赫姫

明日ゆき

第1話崩壊と破壊の非生命

「こんばんは今日はいい夜月ですね」

か細く儚い声が彼女の耳へ入り込んでくる。視線を横へと向けてみるとそこには夜の漆黒に同化してしまっているんじゃあないか?本当に存在しているのだろうか?と、疑問を抱いてしまうほど不明瞭な存在が彼女の隣へ立っているような気がした。今日に限って周りは静かであったため存在に気がついたが、きっと普段なら気がついてはいなかっただろう。そのぐらい声を発した存在は闇に溶け込んでいた。不気味さを覚えつつも何故か親近感が湧いた彼女はつい、声をかけてしまう。

「あ、あの・・・」

すると彼女が問おうとしていたことを見透かしたかのように言葉を待たず、

「ええ。分かっていますよ。大丈夫。貴方を取って殺そうなんて思っていないですから。ただ、私は少しだけあなたとお話しがしたいのです。まぁ、私があなたとお話しをするのはこれが最初じゃあないんですけれどね」

始めてじゃあない。闇はそう言ってくるけれど彼女自身にはそう言った心当たりなんて微塵もなかった。きっとこれは試験勉強の疲れが極限にたまってしまい、ついに自分自身が幻覚をつくってしまったのか。そうでなければ自分が疲れで創りだした幻覚ものと話しをしようなんて誰が思おうか。しばらく月夜に照らされた彼女とそれの間に沈黙が流れる。別に自分の幻覚なんだから気を使わなくてもよかったのだろうけれど、何故か彼女にはこの沈黙が耐えられなくなり口を開く。

「え、えっと・・・つ、月が綺麗ですよね・・・ははは」

何も考えずに口を開いたものだからその後に出てくる単語ことばも平凡で当たり障りのないなんの面白みもない単語が出てくるだけ。彼女自身、自分の話術ボキャブラリーの乏しさにため息を漏らしていると、幻覚らしき闇が言葉を発してくる。

「ああ。余計なことを言ってしまいすみませんでした。私と会ったことがあるなんてそんなどうでもいい話しは忘れてください。それよりも・・・」

ゆらゆらと優雅に流れていた雲が流れ満月が姿を現す、と同時に二人を月光が射す。青白くどこか神秘的な光り。いつもよりもより透明感が増した月光のように感じる。

「アナタはこの世界をどう思っていますか?」

「どう思っているって言われても・・・」

正直なところ彼女がくせいにとっての世界は学校の中が大半を占めているのであって、どう思っているか?なんて良く分からない。と、言うのが本音である。しかし、問うた本人やみは世界規模での質問をしてきているのだろう。核兵器撤廃?人種差別撤廃?世界平和?など当たり障りのないような単語ばかり出てくる。しかし、どれも彼女自身が本心で願っている思いでは無い気がしてしまい言葉を渋ってしまう。それよりも自分の妄想にはつくづく嫌気がさしてしまう。自分が作りだした幻覚と会話を繰り広げ、自分が会話の主権を持っているのではなく幻覚あいてが会話の主権を持っていることがなんとなく腑に落ちない。どうせ自分の作り上げた幻覚だ。問いに返答をすることなく手に持っていた事さえ忘れていた缶コーヒーを開け口につける。自身が作りだした幻覚は真実こたえを待っているのか二人の間にまた、静寂が訪れる。彼女も流石に幻覚と会話をするのにも飽きたのか空を見上げてみる。と、蒼白く輝く星が視界へと入ってくる。この辺りは自然が多く星もひと際明るく見えるため天体観測にはもってこいの場所でもある。

「満月が出てるから今日はちょっと星の色が薄いな」

片手を空へと持ちあげ視界から満月が消えるよう覆う。手の周りから月光が漏れ先の骨が透けて見える気がする。耳を澄ませばカサカサと草木が擦れあっている音も聞こえてくる。夜になると色々と昼間には見えてこない世界が視えてくる。彼女はその空間が好きであった。命。夜は命が身近に感じれる。朝は当たり前のようにいのちが脈を打っている。夜だって当たり前に鼓動うごいている。けれど、夜は朝以上に必死に生きようと蠢いているような生々しさがある。人間は命を削って生きている。それがたまらなく好きで憧れてしまう。

「ん?」

月光が少しだけ弱々しくなった気がしたため彼女は覆っていた手をどけ月を見て見る。が、相変わらず丸々とした月がぷかぷかと夜空を遊泳している。そして、もう一つ、月光、星、以外の物が彼女の視界へと入ってくる。

「凄い。流れ星がこんなに流れてるなんて・・・」

無数の流れ星が夜空を切り裂く。きっと、こんな生々しいことを考える思考時間がなければきっと素敵な自然現象として楽しむことが出来たのだろう。しかし、彼女は考えてしまっていた。思考ではなく本能で願ってしまったのかもしれない。

【流れ星が流れ終わる前に願い事をするとその願いは叶う】

先ほどまで感じることがなかった幻覚が笑った気がした。ふと視線を向ける前に闇は空へと舞い上がる。

「あなたもやはり・・・残酷すてきですね」

「え?」

その言葉を最後に幻覚は夜空へと消えていく。妄想なんだから別に気にする必要なんて無い。そう思いながら視線をそのまま流れ星へと向ける。未だ多くの流れ星が星空を切りきざんでいる。綺麗と言うよりも不気味と表現した方が正しいかもしれない。彼女は不気味な流れ星をナニカに取り憑かれるように手を空へと向ける。と、

「おわっ!」

夜空に飲まれかかった思考が携帯電話の震動によって現実に引き戻される。ポケットの中を急ぎ探し液晶画面を見てみると西院有希という文字が映し出される。学校で仲良くしている異性の友人の一人である。携帯電話が嫌いな彼が夜にかけてくるなんて珍しい。そんな事を思いつつ電話に出ると熱のこもった怒りのような声が耳を襲ってくる。

「もしもし!お前今どこに居る!?家に行ってもいなかったけど!」

「は、はぁ?なんで西院くんにそこまで強い口調で言われなきゃいけないの?そもそも、アンタにお前って言われる筋合いないけど!?」

売り言葉に買い言葉。仲がいいからなのか分からないが相手の口調に苛立ちを覚えつい、彼女も同じように口調が強めになってしまう。

「・・・ちっ」

「は?舌打ちとかないんですけど」

「今はそんな事を言ってる場合じゃあないんだよ!どこに居るんだよ!?」

「・・・バス停の前の自販機」

もう一度彼の舌打ちが聞こえてきたかと思えば徐に電話が切られる。彼女もまた地面に丁度蹴りやすそうな石が視界に入り意味も分からなくぶつけられた苛立ちをその石へとぶつけ蹴り飛ばしてしまう。ものの数分でカツ、カツと誰かの足音が聞こえてくる。きっとこの足音は先ほどの電話相手だ。彼女の近くまで来たかと思えば鬼のような形相で睨めつけてくる。喧嘩はたまにしたり意見の食い違いで言い争いなどしてきたけれど、ここまで怒りの込められた顔をされた事はなかった。彼女も予想外の表情に驚きを隠せずにいると肩で息をしながら口を開いてくる。

「これ、どう言うことだよ!」

「これって?」

空へと向かって指をさす。意味が分からなく彼女は向けられた指先を見るだけでよく分からずにいた。しびれを切らしたのかもう一度大きな声を向けてくる。

「だから、この流星群はどう言うことか聞いてんだよ!」

西院が問いたい事は分かった。しかし、その問いを答えられる答えを彼女は持ち合わせてはいない。まるで彼の言い方だと彼女がこの流星群を起こしているようだ。彼女にそんな力もなければそんな事をする意味もない。できたとしてもそれは童話つくりばなしの世界だけである。また、西院の厨二病びょうきが発症したのか。大げさに肩を沈めため息を漏らす。

「なに言ってんの?また、新しい設定?高校にもなってそういうのやめた方がいいよ?」

「・・・何も知らないのか?」

「だから、なにを言ってるのよ?それより、西院くんは勉強しなくても大丈夫なの?明後日から期末だよ?」

「・・・」

彼はぶつぶつとなにかを考えているようだった。彼女の問いはまったくと言っていいほど耳に入ってはおらず状況から見れば無視をされている事になる。流石に彼女も怒りを覚えたのか先ほどの呆れた口調ではなく、いかりが込められた口調になるにはそう時間がかからなかった。

「てかさ、無視とかあり得ないでしょ。急に来て急に黙ってさ?ないがしたいの?ばっかじゃないの。大体さ!西院くんってたまにそう言う風に厨二病こじらせて学校でも意味不明は発言とかするけどあれ、女子完璧引いてるからね」

「・・・ごめんな。俺らの世界の為なんだ。死んでくれ」

謝罪。ぶつぶつと言っていたかと思えば彼女に向かって唐突な言葉。意味が分からなかった彼女は頭をかしげたのだけれど、すぐさま彼女は信じられない光景を目の当たりにする。謝罪と同時に何もなかった空間から鋭利な刃物が唐突に光を帯び出てくる。と、その刃物を彼女に向け振り落としてくる。

「えっ!?」

物語アニメでも見ているような感覚。人間と言う生き物は咄嗟の出来事に理解できず体は硬直し動けなくなってしまう。が、彼女は一味違ったらしい。見事、西院が向けた殺意をかわすことに成功。西院の躊躇いから来たは分からないが彼女は幸運チャンスを手に入れる事に成功する。絶命ていしするはずだった時間が未だ動いている。鼓動が急速に早くなり彼女の体全体に血液を急速に送り始める。体中の体温が急激に上昇している事が分かる。呼吸も多少荒くなってきてしまい、たった数歩ほどしか動いていないのに疲労感がどっしりと肩へと覆いかぶさってくる。

「ちょ、ちょっと!冗談じゃあ済まないって!なにそれ!?」

鋭利な刃物を持った西院は彼女の事をまるでゴミでも見ているかのような冷たい視線を向けてくる。先ほどの取り乱している雰囲気とは違い冷淡な雰囲気を纏っている。

「冗談で俺は人を殺したりしないよ。でも仕方がないんだ?ごめんなさい」

最後まで言葉を告げ終わる前に剣先から眩い光が飛びだし彼女の数センチ横にある自動販売機に穴が開く。プスプスト鉄が溶け自動販売機から不規則な警告音がなり始める。これは夢なんかじゃあない。彼女は咄嗟に自分が出せるであろう最高の力で地面を蹴飛ばす。今、目の前で起こった事は漫画、小説、ゲームの中でしか起こり得ない現象だと思っていた。夢や創話ではなく現実で起こってしまったのだから彼女はパニックになるのは必至である。が、それ以上に驚いている人物がいた。それは彼女ではなく青白い斬撃を向けた西院であった。パニックになれば高知能を持った生物の殆どは釈明を聞きたがる。今までも彼が始末した輩の大体はそのような反応をしている瞬間、斬撃を見た瞬間、腰が砕けてしまった瞬間に殺した。しかし、彼女はパニックなりながらも危険から逃げている。

「普通の人間じゃあないのか・・・何も感じないのに・・・」

独り言を吐き捨て彼女が逃げた方向へ向かい駆ける。



「ちょっと、あれ一体何なの!?・・・もうっ!」

怒りをどこにぶつけていいのか分からず追われているのに大声を出し怒りを体の外へ吐き出していく。大声でも出さなければ冷静でいられなかった。きっと、彼女なりの危機管理能力の高さは彼女の両親からくるものなのだろう。幼いころから彼女は両親に連れられてキャンプなど自然に多く触れることがあったため普通の人間よりも冷静でいられたのだろう。いつも両親とのキャンプで言われていたことが【常に何が起きても冷静であれ】だったのだ。耳がタコになるまで聞かされていたことがやっと役にったらしい。

「え?笑ってる?」

命を狙われているのにもかかわらず彼女は微笑み走っていた。後ろからは姿こそ見えないが人の気配はする。西院がきっと後を追ってきている。死の淵に立たされているのにもかかわらず彼女はその非日常を楽しんでいるかのようだった。

「落ち着け。兎に角、今は逃げること。西院くんから少しでも離れること!・・・うわっ!」

姿も影も見えないはずなのに彼女が走っていた道路の少し先に眩い光が数発撃ちこまれる。精度は低いけれど明らかにあれに当たれば命の保証はない。現に、アスファルトで舗装されていたはずの道路がプスプスト溶け始めている。

「命があればどうにかなる!最後の最後まで諦めてたまるか!」

自分に言い聞かせるように彼女はスピードを緩めることなく走り続ける。一体どこまで逃げ切れば正解なんて分からない。けれど、なんとなくだけれど人が大勢いる場所まで逃げ切れれば勝機はある。そう願い走り続けていた。が、その願いはものの数秒で打ち砕かれてしまう。

「・・・ごほっ」

辺り一面に暖かい鮮血色の液が飛び散る。彼女を致命傷にしたのは斬撃のような鋭利な刃物で切られたようなものではなく散弾銃のようなもので撃たれ出来た傷であった。これは先ほど撃ってきた西院のものではなかった。彼女の目の前には見覚えのない女性が一人凛とした姿で立っていた。どさりと力なく足から砕け地面に広がる自分の血液の上へ倒れ込む。

「よっと。ちょっと目を離すとこうだもんな。やっぱり私たちの秘密を保持するためだからって一人の命を絶つなんて気持ちよくないな。やっぱり西院くんに任せればよかったかな?」

倒れ込む彼女の視界は徐々に定まらなくなり視界が狭くなってくる。が、しっかりと視えていた。真赤な瞳、青色の髪、真っ白なワンピースを着た女性の姿を。

「・・・貴方が殺してくれたのか」

駆けつけると先ほどの彼女が地面へと横たわり横にあるガードレールに青髪の女性が鼻歌なんかを歌いながら足をばたつかせていた。西院を見るなり二コリを無邪気な笑顔を向けてくる。

「西院くんさ、この人間を殺すのに躊躇したでしょ?」

「・・・別に」

「私に隠しても無駄だよ?だって、あんな近くから斬撃を外すほどキミの腕は悪くないし。まあ、後の処理は任せたからね」

トンと西院の肩を叩き彼女は霧のように闇へと消えていく。西院は横たわる彼女を眺める。命が無くなった入れ物。友人だった。学校でも仲が良かった。しかし、もうそんな彼女はいない。ふと、空を見上げてみる。と、何事もなかったかのように流星群は収まりいつも通りの静かな夜空へと戻っていた。

「これでよかったんだ・・・ごめん。本当にごめんなさい」

そう告げながら手に握りしめていた剣を振り剣先から炎を起こし横たわる女性の屍を火葬する。いつもこう。殺意を向けた相手なのにこうして命がなくなる姿を見ると胸の奥が締め付けられ自害したくなってたまらない。彼の首にはいくつもの痛々しい傷跡が残っている。それは、自分で自分を殺めようとした過去きずあと。追悼するように刃物を両手で持ち目を瞑る。いつまで彼は彼女に向けて追悼を向けただろうか。気がつけばもう夜が終わり朝が顔を出し始めていた。彼女が倒れた場所へと視線を向けてみると跡形も全て消えていた。抉りとられた道路でさえ元通りになっており車も通っている。非日常の傷跡は残らない。彼は過去トラウマのせいかいつも以上に冷静な判断ができないまま歩き始めそのまま学校へと向かう。自宅に帰ってもよかったのだけれど、なんとなく命が多く集まるところに行きたかった。一人でいるときっと、また、首の傷を増やしてしまう。まだ、早朝だったせいか学校に居るのは朝練を真面目にしている生徒ばかりで未だ静寂が強く留まっていた。靴を履き替えまた、いつもの日常がやってくる。使者としての役割を終え彼はまた、もとの西院有希にんげんとして日常生活をしばらくの間過ごせると思っていた。しかし、彼は自分の視界に入ってきたある光景をどうしても信じることが出来なかった。どんな状況でも戸惑わない自信があった。人間を捨て心を壊してしまった彼でさえ驚愕してしまう。

「あ、西院くん。おはよう。今日は早いんだね」

「ど、どうして・・・」

「どうして?なにが?いつもより学校に来るの早いじゃん」

昨日、確かに火葬したはずの出雲彩乃が西院有希の目の前に立ち笑いながら肩を叩いてくる。

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