赫姫
明日ゆき
第1話崩壊と破壊の非生命
「こんばんは今日はいい夜月ですね」
か細く儚い声が彼女の耳へ入り込んでくる。視線を横へと向けてみるとそこには夜の漆黒に同化してしまっているんじゃあないか?本当に存在しているのだろうか?と、疑問を抱いてしまうほど不明瞭な存在が彼女の隣へ立っているような気がした。今日に限って周りは静かであったため存在に気がついたが、きっと普段なら気がついてはいなかっただろう。そのぐらい声を発した存在は闇に溶け込んでいた。不気味さを覚えつつも何故か親近感が湧いた彼女はつい、声をかけてしまう。
「あ、あの・・・」
すると彼女が問おうとしていたことを見透かしたかのように言葉を待たず、
「ええ。分かっていますよ。大丈夫。貴方を取って殺そうなんて思っていないですから。ただ、私は少しだけあなたとお話しがしたいのです。まぁ、私があなたとお話しをするのはこれが最初じゃあないんですけれどね」
始めてじゃあない。闇はそう言ってくるけれど彼女自身にはそう言った心当たりなんて微塵もなかった。きっとこれは試験勉強の疲れが極限にたまってしまい、ついに自分自身が幻覚をつくってしまったのか。そうでなければ自分が疲れで創りだした
「え、えっと・・・つ、月が綺麗ですよね・・・ははは」
何も考えずに口を開いたものだからその後に出てくる
「ああ。余計なことを言ってしまいすみませんでした。私と会ったことがあるなんてそんなどうでもいい話しは忘れてください。それよりも・・・」
ゆらゆらと優雅に流れていた雲が流れ満月が姿を現す、と同時に二人を月光が射す。青白くどこか神秘的な光り。いつもよりもより透明感が増した月光のように感じる。
「アナタはこの世界をどう思っていますか?」
「どう思っているって言われても・・・」
正直なところ
「満月が出てるから今日はちょっと星の色が薄いな」
片手を空へと持ちあげ視界から満月が消えるよう覆う。手の周りから月光が漏れ先の骨が透けて見える気がする。耳を澄ませばカサカサと草木が擦れあっている音も聞こえてくる。夜になると色々と昼間には見えてこない世界が視えてくる。彼女はその空間が好きであった。命。夜は命が身近に感じれる。朝は当たり前のように
「ん?」
月光が少しだけ弱々しくなった気がしたため彼女は覆っていた手をどけ月を見て見る。が、相変わらず丸々とした月がぷかぷかと夜空を遊泳している。そして、もう一つ、月光、星、以外の物が彼女の視界へと入ってくる。
「凄い。流れ星がこんなに流れてるなんて・・・」
無数の流れ星が夜空を切り裂く。きっと、こんな生々しいことを考える思考時間がなければきっと素敵な自然現象として楽しむことが出来たのだろう。しかし、彼女は考えてしまっていた。思考ではなく本能で願ってしまったのかもしれない。
【流れ星が流れ終わる前に願い事をするとその願いは叶う】
先ほどまで感じることがなかった幻覚が笑った気がした。ふと視線を向ける前に闇は空へと舞い上がる。
「あなたもやはり・・・
「え?」
その言葉を最後に幻覚は夜空へと消えていく。妄想なんだから別に気にする必要なんて無い。そう思いながら視線をそのまま流れ星へと向ける。未だ多くの流れ星が星空を切りきざんでいる。綺麗と言うよりも不気味と表現した方が正しいかもしれない。彼女は不気味な流れ星をナニカに取り憑かれるように手を空へと向ける。と、
「おわっ!」
夜空に飲まれかかった思考が携帯電話の震動によって現実に引き戻される。ポケットの中を急ぎ探し液晶画面を見てみると西院有希という文字が映し出される。学校で仲良くしている異性の友人の一人である。携帯電話が嫌いな彼が夜にかけてくるなんて珍しい。そんな事を思いつつ電話に出ると熱のこもった怒りのような声が耳を襲ってくる。
「もしもし!お前今どこに居る!?家に行ってもいなかったけど!」
「は、はぁ?なんで西院くんにそこまで強い口調で言われなきゃいけないの?そもそも、アンタにお前って言われる筋合いないけど!?」
売り言葉に買い言葉。仲がいいからなのか分からないが相手の口調に苛立ちを覚えつい、彼女も同じように口調が強めになってしまう。
「・・・ちっ」
「は?舌打ちとかないんですけど」
「今はそんな事を言ってる場合じゃあないんだよ!どこに居るんだよ!?」
「・・・バス停の前の自販機」
もう一度彼の舌打ちが聞こえてきたかと思えば徐に電話が切られる。彼女もまた地面に丁度蹴りやすそうな石が視界に入り意味も分からなくぶつけられた苛立ちをその石へとぶつけ蹴り飛ばしてしまう。ものの数分でカツ、カツと誰かの足音が聞こえてくる。きっとこの足音は先ほどの電話相手だ。彼女の近くまで来たかと思えば鬼のような形相で睨めつけてくる。喧嘩はたまにしたり意見の食い違いで言い争いなどしてきたけれど、ここまで怒りの込められた顔をされた事はなかった。彼女も予想外の表情に驚きを隠せずにいると肩で息をしながら口を開いてくる。
「これ、どう言うことだよ!」
「これって?」
空へと向かって指をさす。意味が分からなく彼女は向けられた指先を見るだけでよく分からずにいた。しびれを切らしたのかもう一度大きな声を向けてくる。
「だから、この流星群はどう言うことか聞いてんだよ!」
西院が問いたい事は分かった。しかし、その問いを答えられる答えを彼女は持ち合わせてはいない。まるで彼の言い方だと彼女がこの流星群を起こしているようだ。彼女にそんな力もなければそんな事をする意味もない。できたとしてもそれは
「なに言ってんの?また、新しい設定?高校にもなってそういうのやめた方がいいよ?」
「・・・何も知らないのか?」
「だから、なにを言ってるのよ?それより、西院くんは勉強しなくても大丈夫なの?明後日から期末だよ?」
「・・・」
彼はぶつぶつとなにかを考えているようだった。彼女の問いはまったくと言っていいほど耳に入ってはおらず状況から見れば無視をされている事になる。流石に彼女も怒りを覚えたのか先ほどの呆れた口調ではなく、
「てかさ、無視とかあり得ないでしょ。急に来て急に黙ってさ?ないがしたいの?ばっかじゃないの。大体さ!西院くんってたまにそう言う風に厨二病こじらせて学校でも意味不明は発言とかするけどあれ、女子完璧引いてるからね」
「・・・ごめんな。俺らの世界の為なんだ。死んでくれ」
謝罪。ぶつぶつと言っていたかと思えば彼女に向かって唐突な言葉。意味が分からなかった彼女は頭をかしげたのだけれど、すぐさま彼女は信じられない光景を目の当たりにする。謝罪と同時に何もなかった空間から鋭利な刃物が唐突に光を帯び出てくる。と、その刃物を彼女に向け振り落としてくる。
「えっ!?」
「ちょ、ちょっと!冗談じゃあ済まないって!なにそれ!?」
鋭利な刃物を持った西院は彼女の事をまるでゴミでも見ているかのような冷たい視線を向けてくる。先ほどの取り乱している雰囲気とは違い冷淡な雰囲気を纏っている。
「冗談で俺は人を殺したりしないよ。でも仕方がないんだ?ごめんなさい」
最後まで言葉を告げ終わる前に剣先から眩い光が飛びだし彼女の数センチ横にある自動販売機に穴が開く。プスプスト鉄が溶け自動販売機から不規則な警告音が
「普通の人間じゃあないのか・・・何も感じないのに・・・」
独り言を吐き捨て彼女が逃げた方向へ向かい駆ける。
「ちょっと、あれ一体何なの!?・・・もうっ!」
怒りをどこにぶつけていいのか分からず追われているのに大声を出し怒りを体の外へ吐き出していく。大声でも出さなければ冷静でいられなかった。きっと、彼女なりの危機管理能力の高さは彼女の両親からくるものなのだろう。幼いころから彼女は両親に連れられてキャンプなど自然に多く触れることがあったため普通の人間よりも冷静でいられたのだろう。いつも両親とのキャンプで言われていたことが【常に何が起きても冷静であれ】だったのだ。耳がタコになるまで聞かされていたことがやっと役にったらしい。
「え?笑ってる?」
命を狙われているのにもかかわらず彼女は微笑み走っていた。後ろからは姿こそ見えないが人の気配はする。西院がきっと後を追ってきている。死の淵に立たされているのにもかかわらず彼女はその非日常を楽しんでいるかのようだった。
「落ち着け。兎に角、今は逃げること。西院くんから少しでも離れること!・・・うわっ!」
姿も影も見えないはずなのに彼女が走っていた道路の少し先に眩い光が数発撃ちこまれる。精度は低いけれど明らかにあれに当たれば命の保証はない。現に、アスファルトで舗装されていたはずの道路がプスプスト溶け始めている。
「命があればどうにかなる!最後の最後まで諦めてたまるか!」
自分に言い聞かせるように彼女はスピードを緩めることなく走り続ける。一体どこまで逃げ切れば正解なんて分からない。けれど、なんとなくだけれど人が大勢いる場所まで逃げ切れれば勝機はある。そう願い走り続けていた。が、その願いはものの数秒で打ち砕かれてしまう。
「・・・ごほっ」
辺り一面に暖かい鮮血色の液が飛び散る。彼女を致命傷にしたのは斬撃のような鋭利な刃物で切られたようなものではなく散弾銃のようなもので撃たれ出来た傷であった。これは先ほど撃ってきた西院のものではなかった。彼女の目の前には見覚えのない女性が一人凛とした姿で立っていた。どさりと力なく足から砕け地面に広がる自分の血液の上へ倒れ込む。
「よっと。ちょっと目を離すとこうだもんな。やっぱり私たちの秘密を保持するためだからって一人の命を絶つなんて気持ちよくないな。やっぱり西院くんに任せればよかったかな?」
倒れ込む彼女の視界は徐々に定まらなくなり視界が狭くなってくる。が、しっかりと視えていた。真赤な瞳、青色の髪、真っ白なワンピースを着た女性の姿を。
「・・・貴方が殺してくれたのか」
駆けつけると先ほどの彼女が地面へと横たわり横にあるガードレールに青髪の女性が鼻歌なんかを歌いながら足をばたつかせていた。西院を見るなり二コリを無邪気な笑顔を向けてくる。
「西院くんさ、この人間を殺すのに躊躇したでしょ?」
「・・・別に」
「私に隠しても無駄だよ?だって、あんな近くから斬撃を外すほどキミの腕は悪くないし。まあ、後の処理は任せたからね」
トンと西院の肩を叩き彼女は霧のように闇へと消えていく。西院は横たわる彼女を眺める。命が無くなった入れ物。友人だった。学校でも仲が良かった。しかし、もうそんな彼女はいない。ふと、空を見上げてみる。と、何事もなかったかのように流星群は収まりいつも通りの静かな夜空へと戻っていた。
「これでよかったんだ・・・ごめん。本当にごめんなさい」
そう告げながら手に握りしめていた剣を振り剣先から炎を起こし横たわる女性の屍を火葬する。いつもこう。殺意を向けた相手なのにこうして命がなくなる姿を見ると胸の奥が締め付けられ自害したくなってたまらない。彼の首にはいくつもの痛々しい傷跡が残っている。それは、自分で自分を殺めようとした
「あ、西院くん。おはよう。今日は早いんだね」
「ど、どうして・・・」
「どうして?なにが?いつもより学校に来るの早いじゃん」
昨日、確かに火葬したはずの出雲彩乃が西院有希の目の前に立ち笑いながら肩を叩いてくる。
赫姫 明日ゆき @yuki-asita
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