Beautiful DaysⅢ ― Fear ―
あの出来事の後、叶ちゃんから話を聞き出そうとしたがタイミング悪く目的地のバス停へと到着してしまった。その後も詳細を聞くのは失敗する。叶ちゃんの態度が拒絶的で、その話に関してはあまりしたくないような雰囲気も感じられたためだ。
ただ夢衣に関しては、小声で確認して僕と一緒でまったく心当たりがないことが判明した。
結局この件については具体的な話が出来ないまま三人は各々の教室へと向かうことになる。
気がつけば足は自然と教室に向かっており、目の前の扉に手をかけていた。
「おはようございます」
教室のクラスメイトはまばらだった。担任の
僕の登校時間が早いというのもあるのだろう。
今までなら遅刻ギリギリのタイミングだったのだが、そこはお節介な妹と幼馴染みの無言の圧力が僕をこのような早い到着にしている。
「はい、おはよーさん
「えー! 面倒~」
不幸にも先生に目をつけられてしまった女生徒。ぶーぶーと文句を言い出す
どうやら本日の配布物はいつもにも増して多いらしく、クラスの最前列に人数分配るとしても手伝いが必要な物だった。
「分かりました。なんだか今日はやけに枚数が多いですね」
「ったく、面倒になるよなー。ほら、お前も
「はいはーい、わーかーりーまーしーたー」
「返事ははっきりとしろ!」
「『不審者に関するお知らせ』……?」
ふと手が止まる。
僕が先生より手渡さたプリントの内容が否応無しにも目に入ってきた。
上等な容姿にカラー印刷されたそれは警察から発行されたものらしく、この近隣で発生している不審者とそれにまつわる事件に関する注意書きだった。
だが僕が気になったのはその内容だ。
やけに表現が刺々しいのだ。
それどころか印字は赤と黄色を多用し、いかにも警告を与えようとしている。
これはなんだ?
先ほど叶ちゃんと交わしたやり取りが思い起こされる。
殺人鬼の話題で持ち切り。
それがこのプリントの正体なのだろうか?
僕と妹が知らない、殺人鬼の……。
「なにしてるんだ
「先生、その、殺人鬼ってなんですか?」
思い切って尋ねてみる。
いつの間にか当然の様に語られている殺人事件。
何故僕と妹だけが知らないのか? それはどの様なものなのか。
こんな大層なプリントが配られるほどだ。先生なら少しは詳しい話を知っているだろう。
「知らん知らん、俺は何も知らん。どうせただの頭のおかしい奴だ。いずれ警察が捕まえるだろうから下手に騒がずに集団での下校を心がけて放課後もなるべく外に出ないようにしろ」
「でもでも先生? 殺人鬼『―――』の活動範囲はこの学校を中心に行われているって話だよ! もしかしたらこの学校の生徒だったりして!」
今なんて言った? よく聞こえなかった。
それはまるで初めからそこに無かったかのような、それとも設定が追いつかずに空白だけを挿入したかの様な、そんな歪な違和感だ。
慌てて詳しい内容を聞き返そうとするが、彼女のゴシップ好きな性格がどうやら先生の怒りに薪を焚べてしまったらしい。
何やら不穏な空気を感じてチラリと
「憶測でものを語るんじゃない! それにだ、そのそれ、変な呼び方もやめろ。そういった呼び方をして持ち上げるから犯人の行動もエスカレートするんだ。お前らの何気ない行動が被害者を増やすんだぞ!」
「はーい、わっかりましたー。終わりっと、じゃあね
「――ちっ、全然堪えてないな」
懲りる様子もなく、るんるんとスキップで教室から出て行く
プリントの表現は酷く切羽詰まったものだった。
それが事実であるならば、彼女の様な興味本位で噂に首を突っ込むような態度は許せないだろう。
何かあってからでは遅い。
元気が有り余る学生を相手にしないといけない教師という職業は想像以上に大変なものだと思われた。
もっとも、あんな態度を取れるのは彼女くらいのものだろうという安心感もあったが。
「……先生」
「わかっていると思うが
「それは、もちろん」
「ならよし、ほら、ホームルーム始まるぞ!」
出来ればもう少し詳しい話を聞いてみたかったがそれも叶わない。
見た目にもイライラしているであろう先生にこれ以上あれやこれやと質問を重ねるほど僕は無謀でも勇敢でもない。
ただ叶ちゃんより伝えられた話は事実で、それどころか皆が当然の様に知っているという事実をつかむことが出来た。
僕と夢衣だけが知らない。
ある日突然現れた現象。
それが何を意味するのか、残念ながら今の僕には判断がつかなかった。
………
……
…
『そういう訳で
『僕もそうだった。本当に
『当たり前じゃない。ニュースとかでもやってなかったでしょ?』
『そうだよな。とりあえず昼ごはん食べるからまた後でな』
『はぁい、
昼休み休憩。
45分という短い時間に高校生の青春は全て詰まっている。
その貴重な時間を利用して夢衣と今朝から起こっている違和感について情報を交わす。
結果は芳しくない。
お互い得られる情報は似たようなもので、ただ自分たちだけが知らないという事実だけが改めて目の前に置かれた形だ。
……実は妹が犯人で僕に隠している。
その可能性も少しだけ考えた。
だがそれをする意味がないし、彼女がその様なことをする必要もない。
それにあの表情は本当に知らないといった様子だった。
妹のことは良く知っているつもりだ。
彼女が嘘をついているのならば、その気配くらいは感じ取れると自負している。
よってこの線は無し。と思いたい。
そもそも、兄が妹を信じないでどうするのか?
袋小路に入った思考から気持ちを切り替える。
ピョコピョコと可愛らしく動く絵文字を眺めながら軽く笑みを浮かべ、スマートフォンを閉じた。
だが疑念が拭えずヘドロのようにこびり付いたままだ。もちろん夢衣に関してではない。
僕が疑っているのはこの現象だ。
殺人鬼が現れ、いつの間にかそれが当然となっている。
僕の妹はある日突然現れ、いつの間にかそれが当然となっていた。
共通点を持つこの事実を放置すると、とてつもなく良くないことが起こる。
そんな確信めいた不安があった。
*
「なぁ、
「んー? なんだ神妙な面持ちで、ってちょっと待てよ。おーい
「ああ、
僕の昼食は大抵の場合仲の良い友人と一緒だ。
それが
おちゃらけた雰囲気の熊谷と、少々生真面目だが賢く頼りになる高市。
二人共この学校に入ってからの付き合いで、それなりに仲良くやっていると自負する相手だ。
二人なら大丈夫だろう。
あまり昼食時にする話題ではないけど、それよりも殺人鬼について少しでも情報を収集することが今は必要だと思われた。
机を揃えてテーブルを作り、弁当の袋を広げながら相談事を打ち明ける。
「待て待て
「なんだよ?」
「報酬についてだ。何事にも対価は必要。世の中は等価交換なんだぜ!」
「等価交換って言いたいだけじゃないのか? それで、何が欲しい?」
「
初めて聞いた。夢衣はアイドルじゃないぞ? そんなの手に入れてどうするんだよ。
「いや、なんだよそれ」
「なんだと! あんな超絶可愛い妹が居て、その幸運を理解していないとは!」
「ちなみに
「
件の弁当に目を向ける。
高校生男子らしく大きめの弁当にはこれでもかとご飯がギュウギュウに詰められており、それと同じくらい彩り鮮やかなおかずが入っている。
もちろん肉類だけでなく健康面を考えられたバランスの良いものだ。
僕個人としてはもっとこってりしたメニューにして欲しいが、それではダメだと絶対に意見を曲げてくれない。
何度も「夢衣は僕のお母さんか?」といいそうになるが、それをいうと怒られるし好き嫌いをネタにちくちくとイジメられるので特には文句は言わない。美味しいし。
まぁ
「君はナチュラルに持てない男子に喧嘩を売る男だね。もげてしまえばいいよ」
「そうだ! もげろ! ついでに妹さんをください!」
「別に弁当くらいで……」
僕の妹が弁当を作ってくれるのは両親が不在という事情があるからだ。
妹の甲斐甲斐しい性格もあってのものだろう。
過去に自分でも挑戦しようと思ったことがあるが、一回目で禁止令が出された。
だから僕の弁当係は妹だ。文句を言われてもどうしようもない。
「ハートマークつけてもらってる奴が言うセリフじゃないな」
「わざわざこれをするためだけに桜そぼろを買ったらしい」
「健気! なんて健気! なんでこんな奴にあんな天使な妹がいるんだ?」
「普段の行いじゃないか?」
流石に恥ずかしいので話題に触れなかったハートマーク。でかでかと自分の存在を主張している。
夢衣が無駄にご機嫌な様子でハートマークを作る光景を思い浮かべながら、二人からの追求を誤魔化すため程よく味付けされたそぼろと一緒にご飯をかっ込む。
「それで、何の話を聞こうとしたんだい? 恋話? 好きな人でもできたかい?」
どうやら高市は僕の相談事を覚えてくれていたらしい。
熊谷とは違って高市はこういった時に配慮が行き届いているのが嬉しい。
もちろん熊谷の積極的で豪快な性格もとても好ましいが。
さて、しかしどう切り出したものか。
「いや、実は殺人鬼について聞きたいんだけど……」
「昼間っからとんでもない話題を出そうとする奴だなお前は」
僕もそう思う。
昼時に話題にするには余りにも配慮が足りていない。
だが仲の良い友人同士、それも男同士だ。
この程度の話題は許してくれると嬉しい。と言うか僕が知りたいので是非教えてくれ。
「まぁまぁ、確かにどこもかしこもその話題。気にならない方が嘘になるよね」
「けど俺は最高につまらん。ってかお前ちゃんと
「俺が死ぬくらいなら
「お前に友情はないのかー!?」
「友情は存在するが、常に妹の下位に位置しているな」
「こ、このシスコンめ……」
「流石学校でも上位を争う美少女の兄だね。ネジが外れているや」
僕のネジが外れているかどうかは置いておいて、二人ならそれなりに僕の疑問に答えてくれそうだ。
姿勢を少々正して真剣に聞く準備をする。
この現象が異常であるのならば、なんらかのヒントがあるはずだ。
それを決して漏らしてはならない。
「それで、殺人鬼の何が気になったんだ?」
「最近は特に代わり映えもないけどね……それでも被害者は増えているみたいだけどね」
最近……?
初っ端からおかしいぞ? どういうことだ?
「その殺人鬼の話っていつからあったんだ?」
「は? それまたどういう意味だ? そんなの前からに決まってるだろ? 推理ごっこか?」
「いや、純粋に聞きたいだけだ。ちょっと気になったんだ。いつからなんだ。昨日からか?」
確か叶ちゃんは今朝凄く話題になっていたと言った。
だとしたら事件が起きたのは昨日、もしくは数日前だ。
だから最近なんて言葉が出てくるのはおかしい。それじゃあまるで昔から起こっているみたいじゃないか。
「なぁ、
「妹が可愛すぎて頭が可笑しくなったんじゃないかな?」
「かー、なるほど分っかるわー」
「からかうなよ。真剣なんだ」
「だったら余計にヤバイと思うんだけど」
「いいから」
「もしかして、本気で言っているのかい?」
静かに頷く。
語気を少しだけ強めて問い詰めたのが功を奏したのか、二人もようやく僕の態度から真剣さを感じてくれたらしい。
「俺は本気だ。悪い、変だと思うけど真剣に答えてくれ」
二人は顔を見合わせる。
眉を顰めて、先ほどのからかいから一転して心配の表情でこちらへと視線を向けてくる。
突き刺さる同情めいたそれを鬱陶しく思いながら、僕は口を閉ざす。
「あのさ
やがて重い沈黙の後、その言葉は語られる。
「殺人鬼が出始めたのって、一年も前なんだぜ……」
同情の視線は、今や困惑したものへと変わっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます