十五 結婚

 田植えが終わったころ、皇帝より婚約が発表され、同時にフユミ姫の一行が居城を出発した。まず皇帝の居城に入り、皇帝自らと重臣、国内外の貴族から祝いの言葉や品を贈られた後、半月後にジョウ国に向けて城を出た。

 ジョウ国では、発表後、ヨリフサ王は国内外からの祝いへの対応で休む暇もなくなった。マトリ公が結婚式の準備委員長を務め、歳からは想像もできないほど精力的に働いてやっと形式が整っているありさまだ。レムノウル公から事前の通達があったとはいえ、皇帝の発表がなければ表立って動けないので、結局はぎりぎりの対応になった。

「やはり、婚儀も披露宴も城で行う。移動は無理だ」

「しかし、陛下。やはり婚儀は祖神の丘で行い、その後、日を置いて披露宴をこの城でというのが筋かと考えますが」

「筋論はもうよい。フユミ姫と来賓全員の移動と護衛をすべて正しく行うのは帝国兵の動員でもなければできぬ。儀礼や席次をまちがえたらと思うだけで冷や汗だ」

「では、大広間にて連続して挙行の予定で準備を進めます」

「たのむ。マトリ公ばかりに押しつけるが」

「いいえ、陛下は御身を清めねばなりません」

「戦のほうがましだ」

「これも戦です」

 フユミ姫が国境を越える当日の朝、ヨリフサ王は玉座の間で式次第を確かめていた。城門で姫をどのように迎えるのか、城内をだれがどのように案内するのか。その後の婚儀をすませれば、披露宴は格式ばっただけの規模の大きい宴会にすぎない。よけいな言動をせず、うなずいて時間のたつのを待っていればいい。そのぶんマトリ公に苦労をかけるが、いまさら白髪としわが増えたところで本人も気にしないだろう。

 ただ、マトリ公が部下に仕事を振らずになにもかも自分の手元に置いておこうとするのは気になる。こんどの式をきっかけに部下を育て、任せていくようになってほしいが、わかってくれるだろうか。

 それにしても、とヨリフサ王は書類を指ではじく。姫が輿で来るとは思わなかった。整備工事の終わったばかりの中央街道をしずしずと進むのだそうだ。これは古式に則るという意味のほかに、護衛としてゴオレムが四体従っているからだという。いくら帝国とはいえ、こういう状況でもなければ他国のゴオレムを四体も本城に近づけたりはしない。マトリ公に、操作兵をねらう兵を随伴させようかと冗談を言うと、本当にそうしたいですな、と返されたくらいだ。

 しかし、こういう機会を逃さず示威しておくことに感心もする。帝国は四体ものゴオレムを姫の護衛に割く余裕があると周辺国すべてに見せつけているのだ。

 のろしが上がった。ヨリフサ王にもすぐ報告がなされる。フユミ姫、国境通過。一行の構成は事前の通告どおりで変更は認められず。

 輿とはいっても、沿道の人々は姫を直接見られなかった。輿は屋根付きでつやのある黒い木で作られている。その屋根からは黒い紗がたらされており、さらに、中の姫も顔を覆っている。そばには通常よりひとまわり大型の帝国型ゴオレムや人の引く車に乗った操作兵、長い列をなす護衛兵五十人のほかに、女官が十人、周囲に目を光らせている。女官たちは婚儀の後も姫につかえる形でジョウ国に残り、護衛や身の回りの世話を行う。そういう一行を見ると、新婦の初々しさ、ほほえましさを感じるより、帝国の力を実感させられる。見方によっては、物々しいとさえ言えるものであった。人々の声は自然とささやくようになる。

(もっとはなやかなものかと思ってたが)

(あれでいいんだそうだ。帝国は飾る必要がないからね)

(へえ、そういうものかな。帝国に国号がなく、皇帝が名を持たないのとおなじか)

(そうさ。この世に唯一だから名前なんかいらない。姫も飾りつけなんかいらないのさ)

(だからって、お姫様なんだからああも真っ黒でなくていいだろうに)

(黒に近いほうが偉いんだってさ。見てみな、兵でも女官でも真っ黒は着ていないだろ)

(じゃあ、あのほとんど黒に近い灰色のがいちばん偉いのか。なるほど姫のそばにいるな。で、離れたところを歩いてる白っぽい灰色がその部下ってことか)

 沿道の警備にあたっている兵が小さくせきばらいをして私語を制する。祭りのようなにぎやかさを期待した庶民には期待外れの輿入れであった。

 一行は国境通過後、三日目の昼過ぎに入城した。ゴオレムは堀の内側まで入ってきたが、門外で待機となり、操作用の核石は封印された。この封印処置がジョウ国にできる抵抗であり、また、これが許されたことが、統一後のジョウ国がそれなりの力を持っているということを来賓に示していた。

「よく参られた。式までは部屋でおくつろぎください。また、ご希望であればマトリ公配下の者が城内を案内いたします」

「ありがとうございます」

 ヨリフサ王が黒ずくめの姫を迎えて挨拶すると、女官長のサアリイ公が代わって答えた。婚儀が終了するまでは異性との会話はまかりならぬということだろう。姫は覆いも取らずに部屋に入った。

 翌早朝、日の出とともに婚儀が始まった。ヨリフサ王は父の武具を着用し、フユミ姫は黒一色の着物だった。しかし、その胸元の宝石が列席の貴人たちを皆感嘆させた。赤ん坊のこぶしくらいの石をひとつだけつけていたが、それは切子面を持つように研磨された、わずかなにごりもひびもない核石だった。ゴオレムになるはずだった石を装飾にしている。その価値もさることながら、もとの結晶から切り出し、そのように研磨する方法や手間は想像もできない。

 姫は、胸元のきらめく石の重みなど気にもしていないように姿勢よく立っている。体つきは華奢だが、凛とした目で正面を見ている。意志が強そうだなと、ヨリフサ王は行儀悪く横目で見て思う。

 祖神の丘に祭られている先祖たちの象徴として、僧が父の骨壺を捧げ持っている。カミヅカ公は僧の隣に控え、その先祖の護衛役を務めている。ふたりは頭を下げて祖神に結婚を報告し、酒をおなじ杯でいただいて式は終了した。

 僧が退出し、城門を出ると大広間の模様替えが始まり、ヨリフサ王は正室となったフユミ殿を伴って控えの部屋に戻る。マトリ公と女官たちもついてきた。

「皆、ご苦労であった。無事に婚儀をすませることができてこのうえない喜びである。披露宴ではくつろいでわれらを祝ってほしい」

「おめでとうございます」

 マトリ公の目が潤んでいる。それ以上言葉にならない。

 サアリイ公が一歩前に出、ふたりにお辞儀をして言う。

「おめでとうございます。われら女官一同、今後も尽くしてまいりますので、よろしくお願いいたします」

「頼みます。城中のことはマトリ公に確認をしてください」

「承知いたしました」

「さて、宴の準備が整うまでのあいだですが、ひとつ決めておかなくてはならないことがあります。マトリ公と相談したのですが、決定に至らず、さっそくですが皆さんのお知恵を拝借したい」

 となりのフユミ殿、前に立つサアリイ公とひかえる女官たちは、なんだろうとそろって首をかしげる。ヨリフサ王は平然とつづける。

「呼び名です。妻の呼び名をどうするか。どうしても決められませんでした」

 マトリ公が付け加えて言う。

「陛下の母君は生前、お住まいであった東の塔にちなんで、日之出の方、日之出の君と呼ばれておりました。奥様も東の塔にお住まいいただくので、それにちなむのがよろしいかと愚考いたします」

 フユミ殿が笑い声をもらす。サアリイ公と女官たちも微笑んだ。

「殿様がお知恵を拝借というからなにかと思えば。そのようなことを悩んでおられたのですか。わたくしはマトリ公に賛成です。住まいするのが東の塔であればそれにちなみましょう。東雲というのはいかがでしょう」

 ヨリフサ王の顔が明るくなった。

「それは良い。東雲。そう呼ぶことにいたそう」

 控室の外から声がかかる。

「では、東雲、皆の者、披露に参ろうか」

 披露宴ではさっそくその呼び名が公表され、周知となった。ヨリフサ王以外は自然と、東雲の上、と呼んでいた。来賓たちは祝いを述べると、おたがい同士の話のために残る者あり、早めに帰る者ありで大広間は雑然とした雰囲気になってくる。にもかかわらず、女官たちは宴会を始めたときとおなじく、姿勢や配置をまったく乱さず、ヨリフサ王や東雲の上が移動すればまとわりつく糖蜜のように立ち位置を変更する。マトリ公や城の護衛兵はそれに気づいてただただ感心していた。

「おめでとうございます」

「これは叔父上。本日は先祖の護衛役、ありがとうございます」

 ヨリフサ王とともに、東雲の上も頭を下げる。カミヅカ公は正室、年少の子供たちとともに挨拶し、留学中のいとこたちから届いた祝いの書状を読み上げた。

 日の入りとともに宴は開かれ、丸一日間の式次第はすべて順調に完了した。明日帰る予定の来賓にはそれぞれ夕食がふるまわれた。

「東雲、疲れたであろう、まだ早いが、今日はゆるりと休むがよい。サアリイ公、ご苦労であるが、妻を東の塔へ」

「はい。では、東雲の上、参りましょう」

 すこし過ごしたのか、妻と呼ばれたせいなのか、東雲の上は頬を染め、ヨリフサ王に挨拶をして下がった。

 侍従がかるい食事をすすめてきたがそれは断り、渋めの茶を言いつける。贅沢な話ではあるが、だらだらと飲み食いするのはつかれる。いいかげんなところでわたしも引き上げよう。

「マトリ公よ、結婚というのはしてしまえばどうということもないな」

「初日にて結論いたしますのは早計でございます」

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