十四 投擲実験

「感じがちがうとは?」

 サノオが聞き返す。迅雷号の動作試験後の報告会でイサオがもらした一言からだった。留学の見送りのために城の重要人物はキョウ自治区へ出かけており、そのあいだに迅雷号は、城壁で囲まれた庭をつかって各種動作の、もう何度目になるかわからないほどの試験を行っていた。

「これまで、動作指示といえば頭のなかに絵を描くように行っていたのですが、最近は自分の手足を動かす感じになってきました」

「感覚が生じてきたのか」

「いいえ、それはいままでとおなじです。視覚以外の感覚はありません。握っても、踏みしめてもなにも伝わっては来ないのですが、動作の絵はもう描いていません」

「慣れではありませんか。職人が槌や鑿を自分の手指の延長のように使うでしょう。それと同じではないでしょうか」

 カグオが口をはさみ、サノオはうなずいた。

「そうであったとしても、最近、動作速度、正確性の成績が大幅に良くなっているのは事実だ。理論上は遠隔操作型二体と同時に格闘可能だろう」

「動きがずれなくなってきているのはわたしも実感しています。どうでしょう、投擲もやらせてもらえませんか」

 サノオとカグオは興味を引かれる。サノオが言う。

「精密制御に自信があるのか」

「はい。以前城攻めのときに投げてみたことがありますが、そのときより格段に進歩しています。投擲も迅雷号の基本動作に加えましょう」

 カグオが腕を組む。

「そうできたらいちだんと恐ろしい兵器になるな。機動力を持つ投石機だ。それに、いざとなったら格闘も可能な投石機か。やってみる価値はあると思います」

「わかった。まずは限界を確かめよう。どのくらいの距離と高さまで、どのくらいの大きさ、重さのものを投擲できるのか。実用としてはどこまで使えるものか。まずは実験だ。カグオ、計画を立ててくれ。実験場の確保もたのむ」

 サノオは、留学の見送りを終え、城に帰ってきたマトリ公に投擲実験を行うことを報告した。機密扱いが解けないため、山奥で行わなければならず、そのための準備に時間がかかった。

 北の塔で荷造りをしながら、サノオはエオウとカグオに愚痴を言っている。

「どうも、玉座の間あたりは迅雷号の機能向上に関心がうすくなった」

「もうもめごとはないでしょうから」

 カグオが気楽な口調で返事する。

「帝国だって心配ない。留学と称して人質を差し出したわけだし」

 カグオに続けてエオウが軽く言うが、それをサノオがとがめる。

「おい、塔内でもそういう滅多なことを大声で言うな。石にだって耳目はある。皆わかってても口にしてはいけない類の話だ」

「すみません。気をつけます」

「ああ。でも、戦乱じゃないなにか別の考えないといけないことがあって、こちらに無関心なようすだった。なんだろう」

 サノオは釈然としないまま、実験用具を梱包する。迅雷号はうずくまって三人を見下ろしている。

 実験場は王の狩場をつかうことになった。不信を抱かせずに進入禁止にでき、山奥でありながら数日の滞在であればまったく不便はない。サノオ、イサオ、カグオたちは従者用の小屋で寝泊まりする。従者用といっても兵舎よりはましだった。迅雷号は遠隔操作によって先に移送されている。表向きは狩場の土木工事ということになっていた。

 イサオはぬるりとすべりこむような一動作で迅雷号に潜り込み、改良された金具と革帯によって、下半身を固定するまでを一呼吸で意識せずに行う。封印石も固定方法に工夫がこらされ、ひとりで短時間のうちに密封できるようになっている。

 実験は、城壁に備えつける型の投石機が投擲している大きさ、重さの石と、煙塊弾相当の石をどれほど投げられるか、正確性はどのくらいか、上手投げ、下手投げなどの投げ方によるちがい、助走をつけるとどうかなどを確認する予定だった。ゴオレム用の大型の投擲武器や器具をつくるのは、たんに人間用のものを大型化するだけでは強度に問題が生じ、現状では実用に堪えないという意見が出て見送られた。今後の課題として、じゅうぶんな強度を持つ材料が現れた場合、そういった武器をあらためて検討することとなった。

 朝から午後いっぱいかかって、とりあえず数十発を投擲した成績をざっとまとめると、実戦での使用は可能という評価になった。正確性が予想ほどではないが、投石機に比較して速射性があるので、そこは数で補えそうだった。また、その正確性も、イサオによれば、こつをつかめばもっとあげられそうだという予想だった。

 また、投げ方による差はとくにないが、助走はつけないほうがよいという結論になった。飛距離は伸びるが、正確性と速射性を犠牲にするため、そのような予備動作を行う利点に欠けると皆の意見が一致した。

 さらに数日、条件を変えながら実験をつづけ、運用方法としては、当初カグオが直感的に指摘したように、機動力のある投石機として用いるのが最善であるという結論に達した。投石機のように石弾や煙塊弾をそばに積み上げて敵集団や操作やぐらをねらう。また、迅雷号の機動性を犠牲にするが、状況によっては弾を運ぶ籠状の容器を胴体に取りつけて持ち運んだり、荷車を引いたりすることも検討する。

「ご苦労だった。第一回目の実験としてはいい感じだった。投擲が実用に値するということがわかっただけでも行った価値はあった」

 サノオが実験最終日の夕食で満足げに言った。

「投げてるときの感覚はどうだ?」

 カグオはサノオの言葉にうなずきながらイサオに聞く。

「それが、自分が投げる時とおなじで、目標を見てました。振りまわす腕ではなく。握っている石弾の感覚はないんですが、自分が迅雷号になったつもりで投げていました。やはり絵は描いていません」

 イサオは手を握ったり開いたりしながら答える。サノオが食べ終わった皿を押しやって言う。

「しつこく聞いて済まんが、わたしには操作慣れというのが納得しきれなくてな。遠隔操作型ではそういう報告がまったくないから」

 カグオが湯をすすって言う。

「反応速度の差ではないでしょうか。迅雷号は命令から動作までが早いから、あたかも自分が投げているように錯覚しているとは考えられませんか」

「それがなにか問題なんですか。そこまで考えなければならないことではないでしょう」

 イサオがカグオに続けて言う。

「実用上はそうだが、わたしはゴオレムについてはできるだけ理解しておきたい。ただでさえ魔法がかかわると謎だらけになるのに、現象だけあって、理屈がわからないことが増えるのは嫌なのだ。その点では、いまのカグオの説がいいところをついているのではないかと思う」

 サノオが言い、カグオがほほ笑む。

「それに、将来また教科書を改訂するときに、搭乗型の操作について書かないといけないからな」

「じゃあ、遠隔操作型ゴオレムが蹄のある動物を狂乱させる理屈はどうです。説明はつきますか」

 イサオはほんとうに知りたいわけではないが、軽い調子で言ってみた。サノオは仕事に関することであれば、少々つつかれても気にしないとわかってきたからだ。

「まだわからん。以前、見えない光にたとえたが、そこから進展していない。そもそも実験が困難で危険だからな。実験のたびに狂乱する動物をおさえて安楽死処理するのはたいへんだ」

 話の谷間ができ、イサオは湯を飲み干した。カグオがまじめな顔で言う。

「話を変えてすみませんが、迅雷号の機密扱い、いつまで続くんでしょうか」

 サノオが渋い顔になった。

「準備はたいへんか」

「ええ、今回だって機密でなければ軍の訓練場が使えたんです。それならこんなところをおさえなくてもよかったし、費用もかからなかったはずです」

「予算か。今年はまた減ったな」

「減らして、なんにしたと思います? 噂ですけど、ケト家にまわったらしいですよ」

「おい、口に気をつけなさい。エオウか、その噂のもとは」

「いいえ、実験費用のやりくりをしていると、城の算盤連中と仲良くなりますから」

「そんな噂をするもんじゃない。ただ、機密扱いについてはわたしもいろいろ動いてはいる。時間がかかるが、まかせてくれ」

 ふたりは予算の綱引きの話を始める。イサオは、そういう政治の話には関心がない。本当に必要なら、ほうっておいても金が回ってくるはず、と単純に思っている。セトル・セトリルならどんな頓智をつかったかな、と、ぼんやりしていると眠くなってきたので、先に休むことにした。夢のなかでも、迅雷号を動かしていた。

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