六 登録名承認

「迅雷号?」

 ヨリフサ王は書類と茶碗を持ったまま聞きかえした。

「搭乗兵がつけました。いかがしましょう?」

 マトリ公の表情は、冷静な声とちがい、すぐにでも却下してほしそうだ。

「迅雷号、か。芝居の武者が乗る馬の名のようだが。まあよい。承認する。それでいこう」

 マトリ公は渋い顔で王からうけとった書類に署名し、部下にわたした。

「そのような顔をするな。素直でよい名ではないか。われわれだと学をひけらかすようなこむずかしい字がならぶのがおちだぞ」

 玉座の間の北側の窓から、その迅雷号が動作する音が聞こえてくる。塔のまわりを走りまわったり、寝たり起きたりしゃがんだりと基本動作の確認と訓練を行っている。ヨリフサ王はそのようすを見下ろしながら茶を飲んだ。

「すばやいな。いや、気のせいかな」

「いいえ、遠隔操作型にくらべると、ある動作からつぎの動作に移る時間があきらかに早いそうです」

「そうか。使者はいつごろ来る?」

「明日の午後には。そのまえに迅雷号はコウエキケ基地に送ります」

「くれぐれも秘密厳守をたのむ。返事を持った使者が国境を超えるまではな」

「準備はすべてととのっておりますが、使者を迎えるにあたり、お父上の武具はいかがいたしますか。着用なさいますか」

「いや、やめておく。それと、父上の武具はこたびの戦では用いぬ。さすがに父は、自分の武具で弟を討たれるのは忍びなかろう」

 王と公は主だった貴族たちとともに作戦の詳細な部分について再検討を行い、迅雷号以外の二体のゴオレムの配置をわずかに修正し、早馬を飛ばした。基本的には、迅雷号と随伴騎馬隊以外はすべて防戦のみを主とし、味方のゴオレムは敵ゴオレムと一対一になるようにする。これによって二日か三日かせげればよいという極端な計画である。うまくいけば国境の山岳地帯のみが戦場となり、町村や田畑の被害はほぼないだろう。それにしても収穫前の戦はさけたいが、キョウ国があのような態度ではやむを得ない。

 最終的に決定した作戦において、迅雷号と精鋭五十余名からなる随伴騎馬隊は、開戦してすぐコウエキケ山のふもとのコウエキケ基地から、占領された国境守備隊の山頂基地に向かう。このときのみ騎馬隊は中腹で馬を降り、随伴歩兵となる。ここで敵ゴオレムと兵士を無力化し、後の脅威とならないようにする。それから一昼夜で山岳地帯をまっすぐに抜け、カミヅカ王の本城を急襲。対応する時間などあたえずに降伏させる。

「わが国には金も人もない。戦争に時間をかけるぜいたくはできぬ」

 数えきれないほど開かれた会議で、いくつかの作戦を検討し、この急襲案を採用するときに、数人の貴族がなにか言いたそうにしているのを見てヨリフサ王がそう言った。その言葉で、多少の無理があるのは承知で押し通す決意をその場の皆が共有した。

 その日のうちに迅雷号は人の引く車に乗った操作兵によってコウエキケ基地に送られ、イサオと随行するゴオレム技術者ふたりはべつの道をたどってひそかに基地に入った。すでに騎馬隊も到着しており、皆で作戦の確認と、現場でゆるされる範囲で微修正を行った。

 翌午後、謁見の間から見える空は青かったが、濃い灰色の雲がひろがりかけていた。白と黒の布を巻いた使者は前回とおなじ者だった。儀礼的な挨拶を受けながら、その顔はこわばっている。ここにくるまでの道のりや城中のようすから、どのような返答をもちかえることになるかもうわかっており、そういう覚悟をしている表情だった。

「よく参られた。キョウ国王アケノリ・カミヅカ殿から要求された三条件について、ジョウ国王アケノリ・ヨリフサより返答する」

 マトリ公が書類を持って控えている。ヨリフサ王はゆっくり、そしてはっきり発音した。

「返答の一。密猟についてはわが国の捜査により、キョウ国による謀略であることが明らかとなった。よってそもそもわが国による挑発的行為などは存在せず、謝罪、および賠償の要求は不当なものであり、一切応じられない」

 使者は顔を伏せ、床を見つめている。

「返答の二。計量単位の変更は決定事項である。また、アケノリ家の計量単位と比較して帝国計量単位の科学的な優越性はあきらかであり、アケノリ家計量単位を主単位とする合理的な理由はない。よって要求は拒絶する」

 顔を伏せていても、使者のそばの者には、血の気が引いていることがよくわかった。

「返答の三。国家の統一についてはわたしも賛成ではあるが、遺憾ながらキョウ国はわが国に対して謀略をめぐらし、ゴオレムを含む武力をもって侵略を行った。その結果、信頼関係は失われた。よっておたがいを尊重した交渉を行うことはできない」

 ヨリフサ王は言葉を切り、しずかに息を吸った。

「ここに、アケノリ・カミヅカ殿に対し、わが名を王として拝することを要求する。使者殿、即答せられよ」

 これは儀礼的な問いかけであり、返事は決まっていたが、使者は黙ったままうつむいている。謁見の間に沈黙がひろがった。

「いかがなされた。返答は」

「キョウ国王アケノリ・カミヅカの名代として、ジョウ国王アケノリ・ヨリフサ殿の名を拝することはできず、われわれは国王として対等の立場であると申し上げます」

 かすれた声でやっと返答する。

「さようか。遺憾である。ここにジョウ国とキョウ国は戦争状態であると宣言する。なお、戦闘行動の開始は使者殿が国境を越えた時からとする」

 ヨリフサ王はマトリ公に命じて書類をわたさせ、使者は青白い手で受け取った。なにも言わず、作法にしたがって背をむけて立ち去った。

「はじまりましたな」

 マトリ公も青白い顔をしている。

「すべて計画どおりに。状況は逐一報告せよ」

 ヨリフサ王だけが、頬を紅潮させていた。

「叔父と甥。骨肉の争いになるとは。これが両国の運命なのでしょうか」

 マトリ公はつい口をすべらせてしまう。

「マトリ公よ。運命など存在しない。この世の未来はすべて人間の自由な意志によって作られるものだ。そこに神秘や人智を超えた力などは働かない。だからこそ、人間は力のおよぶかぎり精いっぱい生きねばならぬのだ」

「争いが、精いっぱい生きることでしょうか」

「そうだ。この戦争の向こう側には力によって安定したジョウ国が見える。民が平和で豊かに暮らせる国だ」

 居並ぶ貴族たちはそれぞれ未来について考えていた。ヨリフサ王の未来はより良い未来だろうか。しかし、キョウ国や帝国に吸収されるのはましな未来とは思えない。もはや事態はうごきはじめた。それもおそろしいほどの速度で走っている。迅雷号とはよく名付けたものだ。いまの状況にこれほど当てはまる名もないだろう。

 貴族たちはそれぞれの任務のために謁見の間から退出した。雨がぽつぽつ降りだしていた。

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