ゴオレムの物語 ―迅雷号出撃―

@ns_ky_20151225

一 新たな可能性

 訓練場にはなにもさえぎるものはない。イサオたち三人は無表情な教官の前で、完全武装しているにもかかわらず、裸になったかのように感じている。


「おまえたちのすることはただひとつ。ゴオレムを止めろ。習ったとおりに行動すればいい。なお、今回は操作兵はねらうな。そういう訓練ではない」


 イサオは大声でもないのによくとおる声の教官と、その背後のやぐらの上で合図を待っている操作兵を見上げた。台にのせた核石のかけらに両手をおき、やはり無表情だ。イサオの左右のふたりは、兵士らしく勇ましく見せようとしているが、緊張と不安でこわばった顔をしている。イサオ自身もおなじ表情だろう。

 そして、やぐらの下にはゴオレムがうずくまっている。人型をした巨大な石の塊で、全身にジョウ国と軍の紋章が刻まれ、腹の中に、操作兵の使うかけらの分だけを分離された核石を抱いている。味方なら神、敵なら悪魔。


「きょろきょろするな。集中。煙塊弾は各自一発。今日のは訓練用じゃない。本物だからな。おまえら初期訓練兵どもにはわからんだろうが、新兵の給料よりずっと値が張る。作るのに手間も時間もかかる。よって無駄にするなよ」


 模擬弾を木の目標に投げる練習とはちがい、今日のは訓練といっても、兵士としての評価の対象になるということだ。兵士に飯を食わせ、住むところを与え、武装させる。一人前の兵士を育てあげるにはそれなりに金がかかる。自分は、投資された金額以上の利益を国家に還元できるだろうか。三人とも腹帯をとおして伝わってくる煙塊弾の重みで、いまさらのように自らにかけられた責務を実感していた。


 教官が手をあげ、副官が赤旗をふると、石の塊がふるえて立ち上がる。全体としてはぎこちないが、関節は材質からは想像できないほどなめらかな動きだ。直立すると成人の三人分以上の高さはある。熊を片手で押さえつけられそうだ。それが石のこすれる音をたてて大またで歩きだし、向こう側の目標を目指す。あそこに到達されたら負けだ。イサオたち三人はほんとうの兵士になって給料をもらえる日が遠のくことになる。

 ゴオレムが目標まであと半分ほどまで進んだところで、また教官が手をあげ、副官が白旗をふる。イサオたちははじかれたように全力で走りだした。ゴオレムは歩いているが、追いついても小走りくらいの速さでいないとおいていかれる。イサオはすぐに遅れだし、いつものことだが、自分の貧弱な体格をうらんだ。


 イサオ以外のふたりはそうなることを織りこんでいたかのようにゴオレムを抜かして左右前方にでて、イサオにゴオレムの真後ろにつくよう合図する。大きな三角を描いて囲み、それぞれが煙塊弾を投げるやり方をねらっているようだ。もっと近よったほうが成功する可能性は上がるが、ゴオレムが一人をねらい、囲みを破る可能性も大きくなる。はじめてのゴオレム相手で慎重になるのはよくわかる。しかし、体力に期待できないイサオが追いつくのを待つよりこういう包囲隊形で攻めたほうがはやいと判断されてしまったのかもしれない。そうであれば、そんなふうに気をつかわれるのにイサオはいらだつ。むしろちび、のろまと馬鹿にされたほうがすっきりする。かといってほかにいい手も浮かばないので指示どおりにし、腹帯の煙塊弾を革帯と細紐で作られた投擲器具に装填した。


 前のふたりがもういちどふりかえる。手信号で確認しあう。まずイサオからだ。距離と速度をみつもって投擲器具をふりまわし、ゴオレムの尻の上あたりをめがけて煙塊弾を投げつける。だが、弾をはなってからゴオレムの動きが変わったのを見て、イサオは奥歯を強くかみしめた。ちくしょう、ゴオレムの奴、急に早足になった。弾はかかとをかすめるようにうしろの地面に落ち、ゴオレムは歩き去っていく。煙塊弾は破裂し、遠目にはさわれそうに見えるくらい濃い漆黒の煙塊を爆発的にまわりにひろげるが、ゴオレムは全身を覆われる前に有効範囲から抜けてしまった。


 教科書によれば、味方にゴオレムがいない状況で敵ゴオレムを止めるには、敵の操作兵からの思考による命令がとどかないように視線をさえぎり、かつ、その状態がしばらく続かなければならない。

 一発目で視線がさえぎられる直前の一瞬、操作兵から命令があたえられ、ゴオレムは、それにしたがって煙塊のどこかからぬけでてこようとする。そこに二発目、三発目と煙塊弾を投げ、視線がつながりきらないようにして、操作兵がつぎの命令をあたえる余裕をなくせばこちらの勝ちだ。命令がとぎれてしばらくたったゴオレムは安全のため停止し、文字どおり石の塊になってなんの役にも立たなくなる。

 本当の戦場であれば、あとは煙塊が完全に晴れるまえに兵がとりついて覆いをかけ、魔法強化した特殊索でつなぎとめてしまう。敵のゴオレムを封じればかなりの戦力を削ることができるし、捕虜交換や身代金でも有利になる。煙塊で視線をさえぎれ。それが訓練兵の習うことだ。


 だから、ふたりは煙塊弾装填済みの投擲器具をふりまわしながらイサオをにらみつけた。いや、こまかい表情はわからないが、こっちをちらりと見たかれらはにらんだはずだとイサオは思った。三発ならまだしも、二発では余裕はない。イサオは顔をそらし、投擲器具をしまって鉄帯をまいた棍棒をかまえる。ゴオレム相手では役に立たないが、戦いをなげてはいけない。戦場ではゴオレムだけが敵ではない。いちおう教科書どおりにしなければ評価にかかわる。


 二発目は右前方の兵士から投げられた。胸にあたり、煙が高速で球状にふくらむ。煤をまぜたねばっこい油のようにも見える。このくらい濃くないと操作兵とゴオレムのつながりを断ちきれない。ゴオレムの全身が覆われてから、もうひとりがゴオレムの予想進路上にまわりこもうと全力で走った。目標まであとわずか、ならばそのまま直進するはず、と賭けたようだ。イサオもそう思う。単純な命令ほど視線がさえぎられる前にとどいて実行できる可能性が高まるからだ。イサオといま投げた兵士は棍棒をかまえて走りながら守備の態勢をとる。ここが戦場ならまわりからおしよせる敵兵にも対応しなければならない。


 三人とも耳をすますが、聞こえるのは自分のあらい息や装備品がゆれる音のみ。いままで聞こえていた石のこすれる音や地面を踏む音がしない。どうした、まさかあの一発できまったか。

 いや、うしろからだ。後退してきた。しかも四つん這いで。やぐらの操作兵は、ぬかりなくすべてを見ている。

 イサオは前方にまわりこんだ兵士に合図した。煙塊のせいで、音は聞こえているだろうが、四つん這いになったゴオレムはまったく見えていないはずだ。

 最後の煙塊弾を投擲器具に装填したまま、兵士はゴオレムを確認できる位置にでようとした。煙塊の左右のどちらかからまわりこむか、一時的に視界がなくなるがまっすぐ突っ切るか。兵士は一瞬迷うという致命的な間違いをおかし、イサオの側からまわりこもうと全力疾走した。

 全身を脱出させたゴオレムは、起きあがるとその兵士から遠ざかるほうへ、これまでの進路と直角に進み、散りかけている煙塊からかなりはなれてしまった。いま弾を投げても前の煙塊とつながらないので脱出は容易だ。それでも、追いついた兵士はきれいな弧を描くように投げ、背中の真ん中にあたり煙塊が発生したが、すぐにゴオレムはゆうゆうと歩いて脱出。目標に到達し、旗をつまんで抜いた。嫌味なしぐさに見える。


 出発位置で副官が赤と白の旗を交差させるように振っている。訓練終了。ゴオレムは帰還し、三人はその横を、煙塊弾の分だけ軽くなったのにつかれた顔で駆けもどった。


「本日の訓練はこれにて終了。各自、今回の作戦について、自分と、自分以外のふたりがどのような行動をおこなったか報告書を作成し、今日中に提出しろ。なお、ひとつ言っておく。反省や謝罪の言葉、および自己や他者の評価はいらん。わたしが欲しいのは作戦行動の報告書だ。解散」


 敬礼をし、装備を手入れして片づけ、補給所で筆記用具を借りると食堂兼集会所の机にむかった。三人ともおたがいに目をあわせず、口もきかない。安物の紙と筆と墨。かすれるかと思えばにじんで汚れる。イサオは字を書くのが苦手だ。孤児収容所で手や肩を棒でぶたれながら覚えた大きさのそろわない字がのろのろと紙にならんでいく。

 それでも、夕食前には仕上げた。ほかのふたりはとっくにできて提出に行ったらしい。いつもは混んでいてせまい食堂も自分一人では広く感じる。


「もうすこしきれいな字は書けんのか。まあいい」


 教官はじっと、まっすぐイサオを見ている。自分だけ椅子にすわり、イサオは立たせたままだ。わざとらしくため息をついて署名をし、既決の箱に報告書を入れて無表情な顔で言った。


「今日、おまえは作戦目標を達成できなかった」

 夕日の赤が部屋中を染めている。

「それぞれが煙塊弾を投擲し、おまえだけがはずした」

 報告書の字は、まだすこし濡れている。

「どうした。なにか言うことはないのか」

「はい、そのとおりであります」

「はっきり聞かせてほしい。今後、おまえを再教育し、さらに金をかけたほうがいいのか、それとも、損切りをしたほうがいいのか」

「自分は、立派な兵士として国のために尽くしたいと希望します」

「その体格でか。走ると遅れ、投擲も苦手。ほかの兵士が棍棒一発で破壊する標的を二、三発。それで立派な兵士か」

「まだ自分は若いので、成長します」

「たしか、十六だったな」

「いいえ、十七であります」

「もういい、わかっている。おまえが収容所の記録を改竄したことは調査済みだ。入隊時は十五か」


 イサオは返答しなかったが、その沈黙が答えだった。


「それはかまわん。取りようによっては、それほどの熱意があるとも考えられるからな。しかし、同年代より極端に貧弱なその体格が、今後急にほかの兵士とならぶとは思えない」

 窓の外が暗くなってきた。

「もしおまえが優秀であれば、収容所での記録改竄程度のことはどうとでもなる。軍は役に立つ兵士ならのどから手が出るほど欲しい」

 教官はちょっと下を向き、またイサオを見て言った。

「これはわたしの個人的な意見だが、人には向き不向きがあって、どうにもならないことがある。おまえは兵士向きではなかったということだ」


 イサオは、人がこんなにおだやかな口調で話すのをひさしぶりに聞いた。


「もし、今後の身の振り方が不安なのであれば、わたしの友人に話をしてもいい。軍向けの物資輸送、設備の整備を請け負っている男だ。そこならそれなりに仕事はあるし、食っていくのに困ることもないだろう」

「考える時間をいただけませんか」

「だめだ」


 遠くから号令がかすかに聞こえてくる。


「わかりました。ご親切に感謝します。お話をお願いします」

「荷物をまとめておけ。明日その男に紹介してやるから、起床したらわたしのところに来い。点呼には出なくていい」

「はい、それでは失礼します」


 イサオは夕食をたくさん食べた。軍隊生活はこれで終わり。悲しくて悔しい。それでも腹は減る。イサオは収容所にいたころから、感情と食欲を別にしておく方法を知っていた。強い感情に負けてなにも食べなかったら、つぎはいつ満腹できるかわからない。腹は満たせるときに満たす。


 その夜は、休みなしに風が吹いた。この季節にしてはめずらしい。明日は雨だろう。

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