第59話 よからぬ妄想

 ねちっこい性格の西森を何とか持ち上げ宥め賺し、僕は早々に飲みの会場をあとにした。

 走って電車に乗り込み、気持ちだけはとても急いでいた。どんなに僕が急いだところで、電車が特急列車に代わるわけもないけれど。

 駅から出てすぐの、大きな横断歩道の赤に掴まり前に進めなくてイライラが募る。腕時計で時刻を確認すれば、既に二十三時を回っていた。

 こんな時間まで、店に居るだろうか?

 西森たちと一緒の飲み屋でもソワソワしていた僕は、用事が終わり次第二人が居るバーへ向かうとフミに連絡してあった。リプライには、待ってると一言。

 フミのことだから、返信の言葉通りこの時間でも待っていてくれるはずと思うけれど、相手がいる場合はどうなのだろう。

 お開きになっている可能性は、高いか。いや、待てよ。寧ろ、お開きになっていることを願う。

 榊さんとの二人きりの時間を、長々と堪能していて欲しくはないからだ。

 榊さんが先に帰ってくれていれば、あ……、けど。二人でバーを出て、もう一軒……、なんていうパターンもあるのかっ。そのもう一軒が健全な場所かどうかも、わかったもんじゃない。

 余計な想像ばかりをし、僕は舌打ちをしながらなかなか青にならない前方の景色をイライラと睨んだ。

 ようやく目的の場所にたどり着き、急いで地下にあるバーの階段を駆け下りる。勢いよくドアを開けたらその音が煩かったのか、店内に居た客の視線が一気に集まった。

 ヤベッ、心理状態が行動に現れすぎている。

 ペコペコと頭を下げながら奥に進み、キョロキョロと首を巡らせたけれどフミの姿も榊さんの姿も見あたらない。

 やっぱり、帰ったのかな……。待ってるっていったのに。

 子供みたいに拗ねながら、一人で焦ってここまで来た自分がなんだか酷く滑稽に思えてガックリと肩を落とした。

 肩を落としながらも、ここまで急いで来たことで喉が渇き、せっかくだからと空いているカウンター席に腰掛けてビールを注文する。細長いグラスに注がれた細かな泡のビールが、おしゃれなコースターの上に置かれスッと目の前に現れた。渇いた喉に一気に流し込んでから、携帯を取り出す。

 フミはもう、マンションに帰ったのだろうか? まさか、まだ榊さんと一緒にいるなんて考えたくはないけれど、思考はどうしてもそちら側に比重を置きたがる。

 フミよりも年上の高校教師。美術なんて教えている、ちょっとインテリな職業。懐かしさに話が盛り上がるのはもちろんだろうけれど、同じ系統の職種なら専門的なことを言っても話がスムーズに進むだろうから、きっと盛り上がり方も違うだろう。僕なんかと話しているよりも、榊さんと話をしているほうが会話のリズムを崩さずにいられる気がする。リズムを崩さずにいられるのは、あくまで絵に関してのことだけれど、あの先生の物腰の柔らかさとフミののんびりとした口調が、想像しただけでも同調していくのが解って大きく息を吐いた。

 まるで、そうやって体内の息を吐き尽くせば、想像する嫌なことも全て出ていくとでもいうように、僕は何度も溜息をついていた。

 グラスにほんの少し残ったビールを飲み干し、榊さんは一人で帰宅してフミはすでにマンションに帰り着いているという図を無理やり想像してみたけれど、うまくいかなかった。

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