第26話 初旅行 

 一週間ほど経ったころ、フミから電話が来た。これは、とても珍しい事だった。事件だと言っても過言じゃない。

 僕のスマホには、フミの家電の番号と携帯番号が以前からずっと登録されているけれど、その番号が通知された事など、今まで一度だってなかった。

 おかげでスマホの画面にフミの名前が表示されているのを見た瞬間、驚きすぎて画面を数秒凝視したほどだ。凝視してから我に返り、切れてしまうっ! という危機感というか、恐怖というか、焦りを感じ、僕は慌てて通話ボタンを押し耳に押し当てた。

「もしもしっ」

 慌てっぷりが如実に現れた対応に気づいているのかいないのか、フミは相変わらずののんびりとした口調で話し始める。

『淳平。今、大丈夫?』

 僕の仕事の状況を考え、会話を続けていいかどうかをまず初めに訊ねてくれた。気遣いバッチリだ。

「うん。平気。どした?」

『この前のことなんだけど。来週ならいつでも時間が取れそうだから、伝えておこうと思って』

 この前?

 なんだっけ?

 僅かに逡巡したあとに、旅行の事か! と思い当たる。

 てか、フミの方からまさか誘ってくるとは思いもせず、最近よくある驚きをまた味わった。この驚きは、けして悪くない。悪くないどころか、最高だ。一泊旅行は、フミの中でお流れになってはいなかった。

 ヨッシャーッ。

 心の中で力強くガッツポーズをしてから、来週のスケジュールを確認する。

 やべ、どこも微妙にスケジュールが入ってる。けど、フミとの旅行だからなんとか都合をつけたい。

「来週ね。オッケー、わかった。ちょっと確認して、後でまた連絡すんね」

『うん。じゃあ、仕事頑張ってね』

「ありがと」

 ああ、なんかいいっ。こういう、仕事頑張ってね、っていうの、スゲーいいっ。

 まだ付き合ってないけど、付き合ってる感が出てて、スゲー気分がいいっ。

 勝手に浮かれ妄想に走っていた頭を素に戻し、シフトマネージャーになんとか二日間のオフを貰えないかとお願いした。普段いい子ちゃんで仕事を黙々とこなしていたおかげか、たまにはゆっくりと息抜きも必要だよな。なんて労いの言葉付きで調整をしてもらえた。

 普段の行いって大事だよな、なんてつくづく思う。

 不器用な石井に教えてやりたい格言だ。って、こういうのは、格言ていわないのか。

 まぁ、いい。

 とにかく、オフ。

 温泉だ。一泊だ。フミと二人で旅行だー!

 西森並みの能天気さで、僕の心は激しく踊っていた。

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