癒される場所

花岡 柊

1月現在

第1話 僕の好きな場所

 僕は、この部屋が好きだ。

 玄関先には、シンプルな額にクロッカスのイラストが飾られている。すっと細く伸びた葉は凛々しく、鮮やかでふっくらとした黄色や紫色の花たちは、春先のようなやわらかさでいつも僕を迎えてくれる。

 二LDKの雑然とした室内には、リビング兼書斎がある。

 西南の窓にはオレンジ色のカーテンがかかり、夕暮れが近づくとそのオレンジが色濃く変わる。

 空気の入れ替えにほんの少しだけ開けられた窓の隙間からは、都会の尖ったような冷たい風が舞い込み、その濃いオレンジ色をゆらゆらと揺らし、同時に冬の寒さも運んでくる。

 窓辺に置かれた、特に手入れをしなくてもスクスクと育つポトスが、外に向かって葉を伸ばしていた。

 床に座って使う大き目のテーブルには、さっき僕が淹れたコーヒーが置かれているのだけれど、それはカップの中でとっくに冷めていた。

 テーブルに置かれているカップは、二つ。一つは僕ので、随分前に空になっている。

 僕は空っぽのカップを持ち、温かいのに入れ替えようか? と冷たくなってしまったコーヒーがなみなみと注がれたままのもうひとつを手にして訊ねてみたのだけれど、応えはない。

 仕方ない。集中している時には、何を言っても無駄なのはよくあること。

 二つのカップを手にし、冷たくなったコーヒーは捨てて、コーヒーメーカーに残っている二杯分をそれぞれのカップに均等に注ぎ、テーブルのそばへ持って行った。

 手を引っ掛けないような場所へカップをことりと置き、僕は彼女の顔を真正面から覗き込む。

 面長の輪郭に、整えられた眉。少し茶色でストレートの髪の毛の右側だけを耳に引っ掛け、肩先では毛先が自然と内側へ流れている。唇は、下唇の方がよく観察しないと気付かない程度にほんの少しぽっちゃりとしている。けれど、プルンとしているそれは、とても魅力的だ。鼻筋は通っていて、目の横にある小さなほくろが印象的。集中している目は、今は少し細められているけれど、普段はもう少し大きい。眉間に寄せられた皺が、脳内の考え事がマックスに達している事を物語っている。

「あんまり見ないで」

 机の上から視線をはずさないまま、ポツリとフミが洩らした。

「真剣な顔、好きなんだ」

 頬杖をついた姿勢でそう言うと、ふ~ん、とさして興味もない風な声が返ってきた。

 だけど、僕にはフミが照れているのが判るんだ。

 だって、ほら。なんとなく視線が泳いでいるし。なにより、僕が誕生日の時にプレゼントしたピアスをした右耳が、紅く染まっているから。

 その紅みに満足した僕は、フミの邪魔をしないよう自分のカップを手にもち窓辺へと移動した。

 夕陽は何に心を熱くしているのか、眩しいほどにオレンジ色を強調させ、覗く僕の顔も染めている。

 冷たく入り込む冬の風を、僕はほんの少し開いていた窓を閉めて追い出した。

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