菅野弁護士との遭遇

 午前十時。誘拐犯からの次の電話が迫る中で、刑事達は各々の準備を済ませる。 丁度その頃に、合田の携帯が再び鳴った。

『北条です。確認と報告をします。まず確認です。誘拐犯から送られてきたダンボール箱に触った捜査員は誰ですか?」

「俺と清水良平。それから荷物を届けた宅配業者。それと荷物を警視庁まで届けた西野と中野の合計五人のはずだ。最も俺が知る限りではな」

『そうか。実はあのダンボールから七種類の指紋が検出された。その五人の指紋はもちろん検出されたが、問題なのは残りの二人の指紋。高野健二が殺害された事件の第一容疑者である中之条透。それと警察官の高崎一巡査部長。彼の指紋も検出されましたよ』

「本当か?」

『はい。間違いありません』

「それはおかしい。高崎は荷物が送られた九時、青田と共に駐車場で待機していた。荷物に触れる訳がない」

『はっきりした。高崎巡査部長。彼は容疑者であることが』

 丁度その時、インターフォンが鳴り、清水良平は玄関へ飛び出した。そして、ドアを開けた先には青田の姿があった。

「戻りました」

 青田は明るく頭を下げると、合田が玄関先に現れ、彼に近づく。

「高崎はどこにいる?」

「高崎さんは駐車場です。車に忘れ物を取りにいきました。もちろん車のキーを彼に預けて」

「何だと!」

 合田は急いで、玄関を飛び出す。すると、目の前を通る道路を、高崎が運転するスカイラインが走り始める様子が見えた。

 その様子を見下ろした合田は携帯電話を取り出し、千間刑事部長に連絡する。

「刑事部長。誘拐犯から届いたダンボールから高崎巡査部長の指紋が検出された。高崎は現在逃走中。至急緊急配備で彼を確保してください」

 合田は電話を切り、戻ってきた青田と顔を合わせ、彼女に指示する。

「青田。清水良平と一緒に銀行に同行しろ。身代金の準備だ。午前十一時までに戻ってこい」

「分かりました」

 そうして青田は、清水良平と共に銀行へ向かう。


 午前十時三十分。静かな曲調のクラッシク音楽が流れるカフェを、小澤実は訪れた。ロゼッタハウスと呼ばれる店の中では、数人の男女が紅茶を味わっている。小澤が周囲を見渡すと、入り口側のテーブル席に、黒髪で後ろ髪の毛先がハネている黒いスーツを着た男が座っているのが見えた。その男のスーツの襟には、弁護士を意味する向日葵のバッチが止められている。

 カフェには不釣合いな男だと、小澤は思った。だが、彼は不釣合いな男とどこかで会ったような気がした。

「小澤君」

 店内で誰かに呼ばれた気がして、小澤は周囲を見渡す。その声の先にあるテーブル席には、伊藤久美が座っている。

 小澤は紅茶を飲む男のことを無視して、伊藤の正面の席に座った。

 それと同時期に、カフェのドアが開き、葛城と部下の刑事たちが入店する。

 刑事達が店内を見回すと、誘拐事件の最重要人物である小澤は、伊藤久美と会っているようだった。さらに、葛城は店内に思いがけない人物がいることに気が付く。

「菅野がいる。小澤はお前らに任せるから、お前らは小澤の周囲の席に座って、奴の会話を盗み聞け」

 葛城が小声で指示を出すと、刑事達は適当に席へ座り始めた。その後で葛城は動き始め、菅野に接触する。

 葛城は菅野に近づき、笑顔で語り始める。

「菅野聖也さん。随分探しましたよ」

 聞き慣れない男の声を聞き、菅野はティーカップを机の上に置く。

「警察の方ですか?」

「なぜわかりました?」

「弁護士の勘です。高野さんの件ですか?」

「警察が接触してきて、先崎に高野に関することだって分かるとは、凄いな」

「秘書から聞きましたよ。高野さんの遺体が見つかったって。それで遺体が発見される直前まで一緒に呑んでいた僕を、警察は疑っているということですね?」

「話しが早いな。口論をしたと飲み屋の店主が証言したのですが」

それを聞くと菅野は表情が変え、激怒する。

「その口論が動機になり、俺が高野を殺したということか。確かに店主の証言は正しい。俺は高野と口論をした。あいつが弁護士の才能ないとか言ったからだ」

「お前の罪。その口論の際に、高野から出た言葉らしいが、意味は?」

「分かりませんね。分かっていても、教える必要はないでしょう」

 落ち着きを取り戻した菅野は、冷たく刑事からの問いに応える。それに対し、葛城は追い打ちをかけた。

「中之条透。お前の家族を皆殺しにした冷酷な殺人犯が、殺しに関わっていたとしたら、どうだ?」

 菅野は葛城からの思いがけない言葉に、頬を緩める。

「僕の経歴を調べていないでしょう? 半年前、中之条に殺されたのは僕の家族ではない。血は繋がっていないから。教会から菅野氏が僕を引き取って養子にした。ただそれだけの関係ですから。それでも、弁護士になるためのお金を用意してくれて、菅野氏には感謝していますがね。兎に角、僕が高野さんを殺したっていう証拠はないんでしょう。アリバイが無いのも事実だけど、証拠がない限りこれ以上は話さない」

 そう言うと菅野は会計を済ませて、店から出て行った。葛城は静かに仲間が座る席に近づき、状況を尋ねる。

「どうだ?」

「先程伊藤が小澤に封筒を渡してから、二人共紅茶を味わっているだけです。菅野の方はどうですか?」

「黒に近いが証拠がない。あれは任意の事情聴取をしても、黙秘するのが落ちだな」

 それから三十分後、小澤と伊藤は別れ、店内から姿を消す。それと同じタイミングで、刑事達は尾行を開始した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る