誘拐の証拠

 午前八時五十分。清水美里の自宅マンションの一室のチャイムが鳴った。ドアを開けると、繋ぎ服姿の刑事たちが姿を見せる。

「清水良平さん。エアコンの修理に来ました」

 合田が頭を下げると、緊張しきっていた良平の顔に明るさが戻る。

 良平は修理業者に扮した刑事たちを部屋に招き入れた。まず、結城は電波を拾う器械を取り出し、部屋中を歩き始めた。

 それから上条と西野は犯人からの電話がかかるまでに逆探知の機械を、リビングに設置する。良平の携帯電話を機械に繋ぐ。

 準備が終わろうとした頃、結城がリビングに顔を出し、合田の耳元で話す。

「どうやら盗聴器は仕掛けられていないようです」

「よし。上条。逆探知の機械の設置が済んだか」

「はい」

 全ての準備は、僅か五分程で完了した。流石誘拐捜査を担当する交渉班だと、春野は舌を巻く。

 一方で合田は、刑事たちに指示を出す。

「十分後に誘拐犯から荷物が送られてくる。その後電話がかかるだろう。電話がかかってきたら上条と西野は逆探知と録音をしろ。交渉は麻生にまかせる。春野と斉藤は、マンション周辺で張り込み。高崎と青田は、マンションの駐車場で待機。すぐに犯人を追跡できるよう準備しておけ。証拠を一通り確認したら西野と中野は鑑識に持って行け。俺はここで待機する。持ち場に着け」

「はい」

 刑事達が声を揃えると、彼らは持ち場に着いた。

 

 そして、運命の午前九時。インターフォンが鳴った。リビングに潜んでいる刑事達は全員首を縦に振り、良平は荷物を受け取るために、出入り口に向かう。

 良平がドアを開けると、そこには宅配便制服を着た若い男がダンボールを抱えて立っていた。

「時間指定の宅配便です」

 胸ポケットのカメラは、宅配業者の男の顔を捉えていた。良平は、サインを済ませ、荷物を受け取る。

「ありがとうございました」

 宅配業者が頭を下げ、ドアを閉める。

 宅配業者の男は、マンションから去ろうとする。だが、そんな男の前に、二人組の刑事が現れた。その男達は、業者の男に警察手帳を見せる。

「警視庁の斎藤です。少々お話を伺ってもいいでしょうか?」

 突然の出来事に、宅配業者の男は途惑う。

 一方その頃、マンションのリビングに良平が顔を出し、机の上に荷物を置いた。

 それから合田はガムテープを剥ぎ、荷物を机の上に並べていく。

 ダンボールの中は、新聞紙が敷き詰められていて、一億円が入りそうな程大きいアタッシュケースとDVDが1枚入っているだけだった。

「DVDの中身を確認します」

  西野はパソコンを立ち上げ中身を確認した。部屋の中にいる捜査員は映像を見た。その映像は清水美里が車に押し込まれる場面だった。微かに手ぶれしている映像から、この映像は固定されたカメラで撮影された物ではないことが分かる。  

 誘拐犯は、彼女を押し込んだ後、助手席に乗り込み十秒も経たない内に逃走した。

「誘拐犯は複数いるな。最低でも三人いないとこの映像は撮影できない」

合田が顎に手を置き推測すると、西野はこの推理に反論した。

「複数とは限らないでしょう。この映像は誘拐犯が複数いると思わせるための罠の可能性もあります」

「違うな。複数と言ったのは運転手が中にいるから。中に運転手がいないとあそこまで短時間で逃走はできない。誘拐犯は彼女を車に押し込んだ人物と運転手。そしてカメラでこの映像を撮影した人物の最低三人はいるはずだ」

 その時、麻生はダンボールを引っくり返し、箱の中に敷き詰められていた新聞紙を、床にばら撒く。それから彼は、新聞の見出しを目で追った。

「合田警部。おかしいですよ。この新聞記事。全てが衆議院議員の大工健一郎氏の汚職事件絡みです。もしかしたら、これも犯人からのメッセージかもしれません」

「麻生。本当か?」

 合田は確認のため、適当に床に散らばった新聞記事を拾う。

 偶然拾った新聞記事は、東都新聞社の平成十六年一月四日の朝刊で、『大工健一郎の秘書、投身自殺』という大きな見出しが書いてあった。

 もしかしたら誘拐事件と大工健一郎は関係あるのか? 疑問に思った合田は、良平と顔を合わせ、尋ねる。

「良平さん。あなたと大工健一郎とは面識がありますか?」

 その唐突な質問に、良平は笑う。

「ありませんよ。中小企業の専務である俺と国会議員が会う機会は皆無なはずだ」

「言われてみたら、そうだな」

 清水良平の最もな答えに合田が納得を示した。

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