最初の事件 後編
午前八時。二人の刑事が六階建てのビル、東都新聞社を見上げた。
一人は髪を肩の高さまで伸ばしたロングヘアの女性。前髪はなく、色白い額が丸見えとなっている。その女刑事、
被害者が所属していた社会部のフロアまでエレベーターで上がり、警察手帳を見せると、彼らに顎髭を伸ばした眉間に皺が目立つ男が近づいてくる。
二人は、取材スペースに案内され、その男、被害者の元上司である酒井忠次に話を聞く。
「先程、高野健二の遺体が発見されました」
酒井は驚かなかった。そのリアクションに対して春野は質問した。
「なぜ驚かないのですか?」
「あいつは半年前リストラしましたから。もう関係ない」
冷たい被害者の元上司に対し、青田は尋ねる。
「では高野さんの交友関係はご存じですか?」
酒井は思い出したように、顎に手を置く。
「そういえば六本木のザーボンってバーで弁護士の
思わぬ名前を聞き、二人の刑事は驚く。
「菅野聖也。悪魔に魂を売ってでも罪も軽くしてしまう。司法の悪魔。そんな人と仲がいいのですか?」
目を大きく見開く青田が聞くと、酒井は首を縦に振る。
「はい。取材で知り合ったそうです」
「それでは、あなたは昨晩、どこで何をしていましたか?」
春野が疑いの視線で酒井を見ると、酒井は突然激怒する。
「もういいでしょう。これ以上話すことはない。帰ってくれ! 俺はこれから東都大学で行われる、衆議院議員の
強制的に帰らされた二人の刑事は、東都新聞社の玄関前で話した。
「この事件に菅野聖也が絡んでいるとはな」
春野が腕を組みながら呟くと、青田は顎に手を置く。
「動機は怨恨意外の可能性が高いだろう。たとえば国家的陰謀を調べていた高野を殺すために大物政治家が暴力団に頼んで殺してもらったとか」
「暴力団による犯行か。大物政治家が暴力団なんかに犯行を依頼するか。国家的陰謀なら普通はスパイによる暗殺が基本だろう」
「この日本にスパイがいると思いますか? スパイ映画の見すぎですよ」
青田のコメントに対し、春野は苦笑いする。
一方、現場周辺の聞き込みを終わらせた合田と月影は、清水美里が住む東都マンションへ向かった。
インターフォンを押すと、父親らしき男が、ドアを開けた。その男に対して、合田たちは警察手帳を見せる。
「警視庁の合田だ。清水美里さんは学校か?」
その男、清水良平は思わず腕時計を見た。現在の時刻は午前八時二分を指している。
『まあ、明日になったら警察がお前の所に来るから、その時に伝えれば、通報する手間が省けるかもね』
誘拐犯の声が頭を過り、良平は首を縦に振った。
「刑事さん。もしかして、東都公園で男性の射殺体が発見されたのか? それで遺体の表面の壁には、タイホシロと書かれた落書きがあったんじゃないのか?」
「なぜ知っている? そのことはマスコミには伏せているようが」
二人の刑事は、疑いの視線を良平に向けた。だが彼は、思い切り首を横に振って、刑事たちに訴える。
「助けてくれ。娘が連続殺人犯に誘拐されたんだ」
「連続殺人犯?」
二人の刑事は声を揃えて尋ねた。それから良平は刑事たちを部屋に招き、事情を話した。
「なるほど。その誘拐犯は、東都公園で遺体が発見されることを知っていた。犯行手口など犯人しか知りえない情報を口にした。そういうことだな?」
合田が確認すると、良平は首を縦に振る。
「はい。娘は殺人犯に誘拐されたんです。刑事さん。助けてください。今日の午前九時に娘を誘拐したという証拠が送られてきて、その五分後に犯人が要求を伝えるようです」
「午前九時まで証拠はゼロか?」
月影が呟くと、良平は首を傾げた。
「どうしてですか? 防犯カメラに娘が誘拐される様子が映っているのでは?」
「映っていない。あの夜の公園の防犯カメラの映像は、なぜか消えていた。だから誰に誘拐されたのかも分からない」
「そんな」
落胆する清水良平に対し、合田は彼に尋ねる。
「因みに、あなたの職業は?」
「株式会社アカツキで専務をしています。会社の取引でトラブルになったことはありません」
良平は、一応名刺を刑事に手渡す。その後で合田は被害者の父親に告げた。
「兎に角、一時間後までに捜査員を派遣する」
刑事は誘拐事件の被害者の父親に頭を下げて、捜査会議のために、警視庁に戻った。
だが、刑事達は知らなかった。清水美里誘拐事件は、これから起こる事件の序章に過ぎないことを。
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