渋谷駅の籠城
正午の渋谷駅のホームを、黒色の短髪に強めなパーマをかけた太い眉毛が特徴的な刑事、
駅の構内で爆弾を捜索して二時間が経過した頃、大野警部補は第二ホームのトイレの前に、水色の紙袋に入れられた不審物が置かれているのを発見する。
その不審物の特徴は、数時間前に報告を受けた物と同じ。だが、その近くには落書きがない。
まさかと思った大野警部補は、トイレの中に入る。そして周囲を見渡すと、男子トイレの洗面台に赤色の文字でTAと落書きされていた。
大野は、不審物を発見したことを報告するために、トイレからホームに戻る。丁度その時、大野の耳に男の叫び声が届く。
「動くな!」
アフロ頭の男は、ナイフを取り出し近くにいた髪の長い女の背後に回り、凶器の刃先を女性の首に近づける。
現場に居合わせた大野は、アフロの男に警察手帳を見せながら、近づく。
「警察です。女性を離してください」
「うるさい。金は俺の物だ。警察なんかに渡すもんか!」
「要求はお金ですか? この駅に隠されているはずの七百万円。ですが、まだここに金があると決まったわけではありません。こんなことしても、逮捕されるだけですよ」
アフロの男は刑事の説得に応じず、手にしていたナイフを振り回す。
「何も知らないくせに。俺はどうしても金がいる。そして人生をやり直すのだ」
すると、不審物から白い煙が噴き出す。その様子を見ていた、アフロの男は鼻で笑う。
「このまま爆死も悪くないな。多分、もうすぐ爆発する。死ぬのは俺だけで十分だ」
その間も不審物から白色の煙が噴く。第二ホームに集まる人々は、パニックを起こし非常口に走る。
大野警部補は、逃げることなく、女を人質にとるアフロ男と向き合い、説得を続ける。「心中なんてさせません。罪は償ってもらいます」
気が付いたら、第二ホームにはアフロの男と髪の長い女と大野警部補しか残されていなかった。
「さあ、残ったのは君達だけです。君達も避難しなさい。その女性には罪がありません。無関係の人を巻き込んだ心中なんて、間違っています」
その刑事の声を聞いた瞬間、緊張しきっていた人質の女性の頬が、一瞬緩む。そして、不審物から噴き出た白い煙は、これまで以上に天井に向かい伸びる。
その時、小規模の爆発が起きた。紙テープと紙吹雪が現場に散乱したのを見ると、アフロの男はナイフと肩を落とす。
「偽物だったのか。何のために……」
落胆する籠城犯に大野は手錠をかけた。その後で大野は刑事部長に報告を入れた。
「渋谷駅で偽物の爆弾を発見しました」
電話を切った大野警部補は、人質になった女と顔を合わせようとする。だが、女は刑事が目を離した隙に、忽然と姿を消した。
正午から三十分が過ぎた頃、菅野聖也は愛澤春樹が住む青い屋根の賃貸住宅のインターフォンを押す。
だが、誰も出てくる気配がしない。おそらく留守なのだろうと菅野は思う。
すると、彼の携帯電話に非通知の電話が掛かってくる。
「もしもし」
その電話に出ると、菅野に耳に懐かしい男の声が届く。
『菅野。久しぶりですね』
「愛澤君。今どこにいますか?」
『教えませんよ。まさか、疑っていますか?』
「当たり前です。僕はあなたを止めます」
愛澤は沈黙して、一方的に電話を切る。その後で菅野は愛澤の自宅から去った。
午後一時。渋谷署の取調室で、大野警部補は渋谷駅のホームで起きた籠城事件の犯人の取り調べを行う。早速アフロの男は自供する。「金が欲しかったんだ! 結婚詐欺師に騙されて、六百万円の小切手が盗まれた。商談に使うはずの小切手だ。この事実を俺は隠したかったんだ。残りの百万円は借金を帳消しにするために使いたかった」
取調室のドアを、制服を着た警察官が姿を見せ、大野警部補に一枚の写真を机の上に置く。
「爆破事件の容疑者だそうです。偽物の爆弾が仕掛けられた現場に必ず出没しています。また、彼女はアルバイトとして二十人の一般人を雇い、東京各地で落書きをするよう指示したようです」
その写真を見て、大野警部補と籠城犯は思わず顔を見合わせ、驚愕する。
「本当に彼女が?」
「はい。間違いありません」
写真に写された女性。それは、七年前に自殺したはずの朝日奈恵子だった。
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