恐怖のデジタルデバイド

 佐竹くんが説教入道にスマホの説明を試みてから、既に一時間が経過していました。既に日は暮れかけ、時はまさに逢魔が時。スマホの画面を覗きこむ怪老人の顔は液晶の光で下から照り返され、光の反射の魔術とでもいいましょうか、時おりギョッとするような、一種異様な形相にみえることがありました。しかし、スマホの説明を終わらせないことには事が先に進まないので、佐竹くんは持てる知識を総動員して、この哀れなデジタルデバイド老人にスマホの概念を説きました。

「ふうむ。つまり、わしが持っている携帯電話とは、根本的な設計思想が違うわけじゃね」

「そうそう。ガラケーとは別のデバイスと理解したほうがいいと思うな」

「ふうむ……佐竹くん。いや、その甘ロリ少女の姿でいる時は、敬意をはらい佐竹さんと呼ぼう。佐竹さん、この物わかりの悪い老人に、こんなに丁寧に教えてくれてありがとう。とても勉強になったわい」

「いいえ。ぼくもスマホにはそんなに詳しいわけではないから、あまり要領を得た説明になっていないかもしれないけど。でも、説明する側に立ってみることで、ぼく自身もスマホについてより深く理解することが出来たような気がします」

「ううむ、さすがじゃ。大したものじゃ。その謙虚な姿勢、ひとかどの小学生におさめておくにはおしい逸材じゃ」

 老人は佐竹くんの謙虚な物言いにいたく感心し、小走りで数十メートル先の公園入口近くに設置された自動販売機まで走って行きました。そしてファンタオレンジを二本買って戻ってきて、そばのベンチに腰掛けていっしょに飲みながら、学校の生活の様子や、おじいさんの年金生活についてなど、他愛のない話をしました。

「どれ、日もとっぷり暮れてしまったことだし、子どもはとっくにお家に帰る時間じゃね。いや、引き止めてしまってすまんかった。親御さんが心配なさる前に、早く帰りなさい」

「あっ、いけない。お母さんに怒られる前に帰らなきゃ。じゃあね、おじいさん。バイバイ」

「バイバイ。わしは、帰ったらさっそく今の契約プランを見なおして、スマホへの機種変を検討することにするよ」

 二人は互いに手を振り合って、佐竹くんは北側出口へ、お爺さんは南側へ、別々の方向に歩き出しました。

 その時、お爺さんはとつぜん思い出しました。スマホの講釈のせいですっかり忘れてしまっておりましたが、佐竹くんをかどわかして説教するために、自分は長時間ここで張り込んでいたということに。

「待って待って、ちょっと待ちなさい。ウェイタモーメン」

お爺さんは自転車にまたがり、大急ぎで佐竹少年を追いかけました。

「おや、どうしました。機種変のことで何かわからないことでも出てきましたか?」

「ちがうちがう、そうじゃなくてさ。わしらは別に、スマホの話題でつながった仲じゃないじゃん」

「そうでしたっけ」

「そうだよ。思い出しなさい。わしときみは、犯罪の加害者と被害者という関係であって、それ以上でもそれ以下でもない」

「あっ、そうか! おのれー!」

 ようやく事の次第を思い出した忘れん坊の佐竹くんは、ふたたびスマホを取り出し、改めて「十徳スマホ!」と叫びました。

「ワハハハ、ようやく思い出したか。それではここの流れから再開しようじゃないか。して、十徳スマホというのは、十徳というからには、通常のスマホにくわえて十種類の機能がオプションとして付属しているということですか?」

「そうです」

「わっ、いいな、いいな。それはどこのOSで、どこの電話会社で、どのプランですか? Wi-Fiのみという選択肢はありますか?」

 佐竹くんのスマホ講釈を受けたことによって、怪老人の切り返しもよりいっそう具体的です。佐竹くんは、期せずしてとんでもない怪物を育て上げてしまったのかもしれません。

「いいえ。これは、どこにでもあるスマホに、団員の一人であるジョーカーくんが持ち前の図工の技術を駆使して更なる加工を加えたハンドメイドの一品です。だからこれは正規の販売店ルートで入手はできないのです」

「なんだと。くそっ、ずるいぞ。わしにもくれ」

「妖怪少年探偵団員にしか支給されない限定アイテムだからだめ」

「なんだよ。くそっ、もう良いわい。それなら、お前さんを誘拐して、奪ってしまえばよいことじゃ」

「ふふふ、果たしてそんなことが出来るかな」

「なんじゃと」

「この十徳スマホに隠された十のひみつ機能を知ったあとでも、同じことを言えるかな、と言っているのさ」

「な、なんじゃとて」

 得意げな顔のツインテール少女少年、佐竹くんは十徳スマホを頭上にかかげ、「機能その一!」と叫びました。通常のスマホよりも一回り大きな、何やらごつごつとしたカバーに包まれている「十徳スマホ」、その小さな機体にいったいどんなひみつを秘めているというのでしょうか。

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