韓流レプリカント

 怪しげな紙芝居師のおじいさんは、とつじょパンパンパパンとかしわ手を打ちならしたかと思うと、お尻をなやましげにくねくねさせながら「ラララ、ラララー」と高らかに歌いはじめました。

「わっ、おじいさんがになった」

「ちがうって! もう紙芝居がはじまっとるの! 歌と踊りから、にぎにぎしくストーリーが始まるという、そういうボリウッド的な演出なの!」

「そうか。なあんだ」

 気を取りなおしたおじいさんはラララ、ラララーと歌いながら、一枚目の紙芝居をめくりました。めくった先には、マネキン人形のように目鼻だちのととのった女の人たちがはげしくお尻を振っている絵が現れました。

「ラララ、ラララー、わたしたちは韓流アイドルよ。日本での出かせぎはもうかってもうかってしょうがないわ。外貨! 外貨! また外貨!」

「ちょっとおじいさん! 心のきれいな韓流アイドルのみなさんは、そんなことを言ったりしないんだからね!」

「うるさい客だなあ。こちとら気持ちよく演じているんだから、いちいちツッコミ入れんでほしいな。いいから、だまって観ていなさい……エー、そこに現れたるは、日本のゆくすえをうれう国士・北一輝きたいっきせんせいです。ジャーン!」

 次の紙に描かれていたのは、支那服しなふくをまとった中年紳士で、その両脇には、赤地のマントをはおった軍服すがたの青年将校をおおぜい従えています。

「やんややんや。みなさんお待ちかねの和製マーベル・ヒーロー、北一輝先生のご登場とあいなりました。サアみなさん、拍手、拍手! 万雷の拍手を!」

 うながされるまま、たった一人の観客である舞木くんはきまじめな顔でパチパチと拍手をしました。

「さてさて、みんなのヒーロー、北先生は韓流アイドルどもを見てこうおっしゃいました。

『ややっ、向こうからやって来る連中、あれは一体なんだろう。どの娘もみな必要以上に整った顔をしておるが、その美は果たして本当に、天然の産物やいなや。おい青年将校君。あれはもしや、ちまたでうわさのレプリカント(人造にんげん)ではないかね。わたしはもしかして電気羊の夢でも見ているのではないかね』

『あれに見えるは、韓流アイドルでございます。ああやって公衆のめんぜんで恥ずかしげもなく尻をふることによって、わが国から外貨をまきあげておるのです。それでいて、心のなかでは日本国民にむかってペロリと舌を出し、あかんべえをしているのでございます』

『そ、そんな無法がこの帝都でまかりとおっていたとは……グ、グムーッ』

『アッ、先生! どうされました、先生っ!』

『ウム……あまりの衝撃で持病のしゃくが……しかし大丈夫だ。を四粒くれたまえ。これを飲めばすぐおさまるさ』

『先生、二粒で十分ですよ』

『いや、四粒くれたまえ』

『二粒で十分ですよ』

『いやいや、四粒くれたまえ』」

「えー、なにそれどういう意味? 強力わかもとってなに? なんで二粒で十分なの? 四粒のめばいいのに」

「うるさいのう! これはわしのように高尚な映画好きの大人のお客さんをクスリとさせるために仕込んだ『ブレードランナー』ネタなの! わかる人だけわかってくれればいいやつなの! わからないならあとで『ブレードランナー』観とけよまったく……だまってお芝居を観てろっつってんのに、なんでお前はそうなの!?」

 おじいさんは舞木くんを再度しかりつけ、そしてまたおしばいを再開しました。

「『しょくん、あのレプリカントどもをやっておしまいなさい!』

『おおせとあらば、ぜひもありません。ゆくぞ、突撃ーっ!』」


 その後は二十五枚もの紙を使って、青年将校と片目の魔王が韓流アイドルたちをむごたらしい目にあわせる様子がこと細やかに描写されるのですが、それはあまりに陰惨きわまるため、このお話ではくわしい説明をひかえたいと思います。


「く、くるっている……このおじいさんはくるっている……マッドネス、マッドネース!」

 舞木くんは目をおおいながら、『戦場にかける橋』のクリプトン軍医のようなせりふをさけび、そして紙しばいにクルリと背を向けました。

「……おい君、どこへ行くんだ。お芝居はまだ終わっていないぞ」

「お家に帰ります! ああ! ああ! こんなもの、観なければよかった!」

「オヤオヤ、もうおかえりかい? きみの好きなチャン・チョンチャンちゃんがこれから登場するというのに? ほかの韓流アイドルもたくさん出るぞ。みんな出てきて、そしてみんなバラバラにされるんだぞ? ワハハハ……」

「そんなきちがい紙しばい、だれが見てなんかやるもんか! おじいさんはバッドイナフ!」

「ワハハハハ……観ないのか。そうかね。ワハハハハ……」

 その場を立ち去ろうとする舞木くんの背後で、怪老人のくるったような笑い声がいつまでも路地裏に響きわたりました。


 皆さんは「好奇心は猫を殺す」ということわざをご存じでしょうか。舞木くんは、ひょいとかま首をもたげてしまった他愛のない好奇心のせいで、きちがい紙芝居師と関わってしまい、こんなにひどい目にあってしまいました。

 しかし、実はこれは悲劇のはじまりにすぎませんでした。この日の夜、舞木くんはさらなる怪奇にみまわれ、みずからのかるがるしい好奇心に対する、大きな代償をしはらうことになってしまったのです。

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