vs 害なす魔剣《レーヴァテイン》Ⅱ

 降り注ぐ剣の刃は熱い。鉄をも焼き切る熱量を持ったその剣に触れただけで、人は重度の火傷を負うだろう。そんな剣が降り注ぐ中を、ミーリは駆け抜けていた。

 襲い掛かる剣を一つ一つ槍で打ち払い、薙ぎ払い、吹き飛ばす。だが剣は複製され、常に数十の数が発射のときを待っている。無限に降り注ぐ剣の雨は、駆け抜ける槍兵をその血で濡らそうと、絶えず狙いを定めていた。

 五つの剣がまとまって飛ぶ。槍を手のひらで回転させて、ミーリはこれを弾く。だが実際はそれがおとりで、背後で一本の剣が複製され発射された。

 確実に貫いた。

 そう期待したスルトだったが、ミーリはこれを裏切る。正面を向いたまま自分のかかと付近に突き刺し、背後の剣を弾いて防いだ。

 そして今度はミーリの番。フィールドを蹴って急激に距離を縮める。降り注ぐ剣もすべて遅く、ミーリが進んだ後を縫うように突き刺さった。今まで剣をフィールドに刺し、腕を組んでいたスルトがここで初めて腕を解く。突進しながら放たれた槍の一撃を、熱を抱く黒剣で受け止めた。

 そのまま受け流し、崩したところを斬りかかるが、その一撃も槍に受け止められる。結果そのまま押し出して後退させ、頭上から剣を次々に降らせてより遠くへと後退させた。

 かなりギリギリの攻防に、スルトのイラだちが増す。これまでの全戦、相手に何もさせぬままの圧勝で終わらせてきたが故、自分がギリギリで戦っているということが気に喰わなかった。

 しかもその原因が、ただの実力だというのがさらにイラだつ要因で。もしもレーギャルンの手抜きが原因だったら一発殴るだけで済むというのにと、思わざるを得ない。だがそんなことを思っている隙も、実際ないのが現実であった。

 剣の雨を躱して、またミーリが接近している。複製も追いつかず発射も追いつかず、再び紫の槍がスルトの心臓を狙ってきた。剣でまたその攻撃を受ける。

「っ、おのれ……!」

 再び弾かれ、剣を降られてまた後退。そしてまた下がりきった先で、槍を躍らせ三度みたび接近の機会をうかがっている。そんなミーリのことが憎く映った。

 楽しみだったこの戦いが、もう楽しくもなんともない。ただ自分の武器を我が物としようとしたミーリのことが、憎くて憎くて仕方がなかった。怒りを通り越して殺意すら芽生えそうな勢いだ。

 倍の数の剣が複製され、ミーリを四方八方囲む。ドーム状になった剣の群れは、一斉に襲い掛かり、そして一斉に薙ぎ払われた。乱舞する紫の槍が、剣という剣を打ち砕く。

「おのれぇぇっ!!」

 疾走するミーリを、剣が背後から追いかける。フィールドを縦横無尽に駆け抜けて、どんどんと距離を離していくミーリに、スルトは前方から剣を放った。

 挟み撃ちだ、逃げきれまい。

 だがそんなスルトの思惑と前方から来る剣を背を反って躱したミーリは、背後で起こる剣と剣の衝突で起きた衝撃に押されて跳び、スルトの上を取った。

 だがスルトも引かない。すぐさま剣を複製して射出、迎撃する。だがそのすべてが槍によって粉砕され、薙ぎ払われ、届かない。迎撃を諦めたスルトは再び剣を握るが、それがスキだった。

 着地を含めた突きの一撃をさばき切れず、スルトの肩から血が吹き飛ぶ。その後背後からの追撃は剣で受けきり回避したものの、スルトは自分の体に傷ができたことが衝撃的過ぎて言葉を失った。

 実際傷など、レーギャルンを手にしたとき以来だった。

「っ、あぁぁぁぁ!! あぁっ、あぁ!」

 自分に傷口があって、そこから血が流れている。それらすべてが信じられなくて、手についた血を脳内で何度も拒絶処理した。ギッシュ・スルトの目に、自分の血など映ってはいけない。

「何を怖がってるの、スルッチ」

 無数の剣が刺さるフィールドで、紫の長槍を握る青年は訊く。炎の魔剣を握る青年は、彼を殺さんばかりの形相で睨みつけ、歯をむき出しにして食いしばった。

「君は何を怖がってるの」

「ミーリ……ウートガルドォォォッ!!」

 新たに剣を複製し、二本の剣で斬りかかる。怒りと憎しみとで振られる剣は片手ででも侮れないほどに一撃の力が強く、軽くはあしらえない。だがミーリは体と槍を回転させ、躍らせ、乱舞させ、スルトの剣を受け続け逆に押し返した。

 だが押されても押し返す勢いで、スルトはまだ斬りかかってくる。そこにあるのはもう諦めない気持ちなんかよりも、ドロドロとした執念のようなものだった。

「負けるものか負けるものか負けるものか負けるものか負けるものか負けるものか負けるものか負けるものか負けるものか負けるものかぁっ! 負けてたまるものかぁっ!!」

 振られる二つの剣を、槍を分かれさせた双剣で真っ二つに折る。折れた剣先がフィールドに刺さるのと同時、双剣がスルトの体に十字の傷をつけた。

 噴き出す血と、その反動に負けるように後退している自分。そして目の前に立つ、自分を遥かに超えた敵。今まで経験したことのないことばかりが連続して、スルトの脳内は処理が追いつかなくなっていた。

 自分の血も傷も、痛みで麻痺した脳では拒絶処理が間に合わない。はっきりその目に現実が映り、スルトは激高し咆哮した。

 新たに複製した剣を持ち、もはやかたも何もなく突っ込む。剣撃を繰り出せば繰り出すほど、スルトの剣技は素人へと近づいていった。もうすでに客席の何人かはそのザマを見て、勝敗を決している。その結果を信じないのは、スルト本人だけであった。

「俺は勝ってきたのだ! 誰にも負けたことがないのだ! これからも負けるはずがない! 負けて、あんな惨めな姿を晒すことはない! 敗北は罪だ! 敗者は愚者だ! 敗走はみじめだ! そんな姿など、晒すものかぁっ!!」

 ただひたすら力に任せて、スルトは剣を振るう。もはやそこに技はなく、赤子が用途を知らぬまま振り回しているのとなんら変わりなかった。

 そんな剣など、もはや脅威ではない。剣を粉砕したミーリは後ろ回し蹴りを繰り出し、スルトの体を吹き飛ばした。

「そっか、負けるのが怖いんだ、君は」

「何ぃ……?」

「負けて、地べたに膝をつくのが怖いんだ」

「黙れ最強! 貴様とて同じであろうが! 負けたことがないのだろう?! 地に膝をついたことなどないのだろう!? 何をわかった口を――」

「いや、俺普通に負けたことあるよ?」

 学園最強。未だ無敗。そんなミーリ・ウートガルドの敗北。そんな言葉を信じられるのは、客席を含めても一人もいなかった。スルトも言葉を失って、固まっている。当の本人が一番落ち着いていて、淡々としていた。

「俺、師匠がいるんだけどさ。まず勝ったことがない。今まで全戦全敗。で、その師匠のとこで一緒に修行してた姉弟子がいるんだけど、その人にも負けたことがある。全敗じゃないけど、負けた数の方が多い。で、もう一人俺の……まぁ、友達がいるんだけど、そいつにも勝てない。これも全敗。うん、思ってみれば、勝てたことがない……かもしれない」

「なっ……」

「でもさ、負けを知ってると悔しくなれるんだよ、スルッチ。負けたくないって思えるんだ。そしたら次の瞬間には強くなってる。師匠が言うには、敗北を知らない人に勝利なんてないんだって」

「ふざけるなぁっ!!」

 数十数百、数千の剣が宙に並ぶ。すべての剣が刃先の熱から炎を宿し、橙色に燃え盛っていた。まるで大気圏に突入した隕石のよう。

「俺はギッシュ・スルト! 生まれながらにして絶対の勝者! 敗北を知らぬ者! 敗北を受け入れぬ者! 敗北の味を知らぬ者! 俺こそが……俺こそが最強なのだぁっ!!」

 双剣から槍に戻したミーリは後方に跳ぶ。そして着地と同時、投擲の姿勢で構えた。

 そういえばと、こんなところで脳内は回想シーンへ突入する。師匠の話をしたからだろう。あのときもまだ少年だった青年は、追い詰めた妖精を相手に投擲の構えをしていた。無論持っているのは、普通の槍である。

 そしてその背後で、師匠は弟子の戦いを見守っていた。

――いいな、ミーリ。負けることは罪じゃない。失敗を恐れて失敗することこそが……まぁ罪とまではいかないが、いけないことだ。だから恐れるな、失敗を。敗北を。負けても立ち上がれる力を、私達人間は持ってるんだ

 あのときは、果たして妖精を仕留められただろうか。そこの記憶は、曖昧だった。

「ロン、行くよ。五割くらいでいける?」

『えぇ、前に戦った魚から、かなりの量もらったから』

「オーライ、じゃあ……行くよ!」

 再び後方に跳び、着地と同時にフィールドを蹴飛ばす。全速力で肉薄するミーリに、スルトは流星群のごとく光る剣の大群を降らせた。

「うち滅ぼせ! “厄災の流星フィヨルヴィルズ”!!!」

 フィールドに降り注ぐ、橙色の流星群。フィールドに突き刺さった瞬間に炸裂し、閃光を放つ。そのフィールドの中を、炸裂する閃光の勢いも受けながら加速して突進していくミーリに、百を超える剣が降り注いだ。

 勝った!

 だがその確信も、また裏切られる。

 高く跳躍していたミーリは再び、スルトより上を取っていた。そして思い切り腕を引き、霊力を槍にまとわせて、放つ。

「“槍持つ者の投擲ロンギヌス・ランス”!!!」 

 たった一筋の紫の流星が、橙色の流星群をことごとく粉砕する。そしてスルトにぶつかると、紫の閃光が闘技場全体に弾け切った。

 一瞬の閃光に客席の生徒達はみんな目を閉じる。それからしばらくして目を開けると、映ったのは決着のついたフィールドだった。

 フィールドに刺さる無数の剣と、粉砕され散乱した剣の欠片。そこはまるで戦場のようで、そこに立つものは例外なく勝者である。そしてその勝者は槍を振るい、周囲の空気を掻くと槍をフィールド中央に突き刺した。

 勝者は、ミーリ・ウートガルド。

 新たな最強を名乗った後輩を返り討ちにした現最強の強さに、客席は歓喜し拍手を送る。それらを受けてもなんとも思わないミーリだったが、ただ高い天井を仰ぎ、遠くの山に住んでいる師匠のことをふと思った。

「何ボーっとしてるの?」

 槍から戻ったロンゴミアントに、ミーリはいや、とだけ返して首を振る。大の字に倒れて虫の息でいるスルトへと歩み寄ると、側にいたレーギャルンの隣に座った。

「終わったね」

「はい」

「何か言い残したこととか、やっておきたいこととかある? スルッチのこと一発殴っときたいとか」

 少女は首を横に振る。服の下に隠していたネックレスを出すと、優しく抱きしめた。

「スルト様なら、きっと戻ってきます。いつかまた、先輩に挑んできます。だから私は、それまでにスルト様も認めてくれるようにならないと」

「そっか……じゃあまぁ、よろしくね。レーちゃん」

 差し出された手を取り、少女は首を縦に振る。そしてその腕を軽く引いて自分を寄せると、おもむろにミーリの頬に口づけした。

「よろしくお願いします、マスター」



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