vs 魚の神

 神様討伐メンバー選抜の試験中でも、無論神様は現れ人々を襲う。都市エディオンから遠く離れた虹の村と呼ばれる場所に神様が現れたという報告を受け、ミーリは汽車に乗っていた。

「で、なんで一緒に来たんだっけ」

「いいではないか、ミーリ殿。私はあなたに負けてしまって、もう選抜メンバーに選ばれることもない。ようは暇なのだ。何、心配されるな。同行許可は取ってある」

「あっそぅ」

 ついて来た時蒼燕ときそうえん巌流がんりゅうに、ミーリは珍しく吐息を漏らす。彼らが――蒼燕がついて来た理由は、明らかだった。

「ところでミーリ殿――」

「しつこいよ、あおくん。俺、レーちゃんを助ける気なんてないから」

「だが――」

「ないから」

 蒼燕は言葉を詰まらせる。巌流も手助けしたかったが、手助けできるような言葉が思い浮かばず結局何も言わなかった。ロンゴミアントはミーリの隣で、関係がないかのように車窓からの景色だけを眺めている。そこにあるちょっとヤな空気など、知ったことではなかった。

 蒼燕と巌流がミーリ達の部屋を訪れたのはもう二日もまえのこと。レーギャルンを助けてほしいと言われたミーリは、なんの迷いもなく断っていた。

 理由は単に、面倒くさいからだ。だがそれは言い訳というか表の理由で、裏には一応ミーリなりの理由があった。無論それは言わないので、蒼燕にも誰にもわかったものではないが。

「そんなことより、お弁当食べよぉ? 俺腹減ったぁ」

「で、では買ってこよう。何をご所望かな」

「なんでもいいよぉ。安いのでいいから買ってきてくれる?」

「あいわかった、しばし待たれよ」

 蒼燕と巌流が席を立つ。ロンゴミアントはようやく窓の外からミーリへと視線を映し、膝に手を置いた。

「どういうつもり?」

「……助けてって言われてないのに助けないよ。だって面倒だし。助けてって言ってない人助けると、調子乗るし。不幸そうな顔してれば、誰かが助けてくれるって思い込む。なんかそれがムカつく」

「そういうもの?」

「あいつがそうだった」

 あいつはそうだった。泣き真似さえすれば味方をしてくれる大人をからかって、よくこき使っていた。だからあいつの味方はたくさんいた。そんなあいつのズル賢いところが、嫌いだった。

「だからムカつく。泣けば勝手に助けてくれる、そう思い込んでる奴」

「……そう」

 通称虹の村――レインレッジ。

 村のすぐそばに大きな滝の流れる滝つぼがあり、日中絶えず虹を輝かせていることからそう呼ばれている。決して大きな村ではないが、それなりの数の人々が住んでいる。だが大半は、年端もいかない子供達だ。理由はその村の歴史にある。

 かつて村が大きな水害に襲われたとき、一体の神が村を救った。その神はやがて滝壷に住みつき、毎年のように来る水害から村と人々を守ってくれるようになった。

 だが代わりに、神は人間の大人を欲してきた。生贄だ。神は人を喰わねば力を失う、そしたら村を守れないと、彼らに生贄を差し出すよう言ってきた。

 人々は迷いに迷った挙句、全滅よりマシだと村は神に生贄を捧げた。それから毎年、村は水害から守ってもらう代わりに、神に生贄を捧げるようになった。それが、村の大人が少ない理由である。

 という話を村長から聞いたミーリは、宿で大あくび。きつい話だったというのに、まったく応えていなかった。

「ようはこの村の生贄風習を終わらせたいわけだ」

「その神様が今年欲しいって言ってる大人の数が、もう村を全滅させる勢いにまで達したらしいわ。全滅するなら神様を倒してしまえ、って、なんでもっと早く思わなかったのかしら」

「風習化してたからねぇ、おかしいとすらなかなか思えないよ。実際今だって、おかしいとは思えてない。危機になったから助けてって言ってるだけだ。絶対あとで後悔するね」

「そうね、水害はどうしようもないもの。それでも助けるの?」

「だって助けなきゃ、まるで俺が見捨てたみたいじゃん。助けてって一応言われたなら、助けるよ、絶対」

 ベッドに座るミーリに後ろからこっそり忍び寄り、そして抱き着く。蒼燕と巌流の二人がいることもお構いなく、青髪をどかして耳に口づけした。

「それで? 今回はどうするの?」

「えっと……そうだなぁ」

 翌日、空は曇天、灰色に包まれている。神が降臨する際は必ず曇天だそうで、今にも雨が降りそうだった。そんな中、生贄の儀式は行われる。

 雨に代わって降りしきる滝が、祭壇となる石碑を濡らす。そこには一応抵抗しないように腕と足を縛った大人が数十人座らされていた。

 轟音と水飛沫を上げる滝壺が、やがて滝が落ちているにも関わらずシンと静まり返る。そしてそこから間欠泉のように突如現れた巨大な魚こそ、例の神であった。

 金色の体に左右三つずつの巨大な血眼。大きな口には鋭い牙が並び、ヒレは刃物のように鋭く硬い。宙を泳ぐその姿は、神とは言い難いものがある。

 一年ぶりのご馳走に、魚は大量のよだれを垂らす。そして村人達に何の一言もなく、大口を開けて生贄目掛けて突っ込んだ。本来ならこのまま一気に丸呑みである。だが今回はそうはいかなかった。

「“秘剣・燕返つばめがえし”!!!」

 生贄の一人が縄をほどき、魚に向かって斬撃を放つ。勢いによって飛ばされた魚の巨体は滝に衝突し、滝壺に叩きつけられた。だがすぐに跳ね起きて、再び宙を泳ぐように飛ぶ。

「これはどういうことだ、人間!」

 天を裂くような怒号が響く。それはその場にいる人間のものではなく、天を泳ぐ神のものであった。

「我に歯向かうつもりかぁ」

「ほぉ、喋るのか。知能はあると見た」

 神が喋るということは、普通の人間達からしてみれば驚きと恐怖しかない。人間ならざるものが人間の言語を話していると、意外と気色の悪いものである。

 だが対神学園の生徒達のように神と対するようになると、言語を話せるかどうかは相手の力量を図る物差しとなる。それだけの知能があると単に突っ込んでくる神より無論手強いし、駆け引きなどが生じてくるからだ。そこだけは、もはや人を相手にしているときと変わらない。

 現にこの魚の神が喋ると分かった今、蒼燕は一筋縄ではいかないことを理解した。

「三枚おろしにしてやろうと思ったがな」

「人間、我に逆らうか。たかが食物の分際で……!」

 大口を開けて突進する。蒼燕はそれに対して高く跳躍するとその突進を躱し、魚の体に真一文字の傷をつけた。人と同じ赤い血が、蒼燕の顔を濡らす。それを舌なめずりで拭いながら、刀を魚の背びれに突き立てた。

 魚は宙を遊泳し、蒼燕を振り落とそうと速度を上げていく。だが負けじと蒼燕も刀をさらに深く刺して、魚の血を浴びながら踏ん張った。

「離れろ!」

 なら離れてやろうと、蒼燕は刀を抜く。宙に放り出された人間を喰らおうと、魚が急カーブして大口を開け突進する。だがそこは望むところであり、蒼燕は刀を鞘に収めて構えた。

「“秘剣・燕返し”!!!」

 放たれた斬撃が衝撃を生み、魚の眉間を斬り裂く。血を噴きだすその傷口に手を置いて躱すと、滝壺へと着水した。

 大きな刀傷をこのやり取りの間に三か所以上もつけられ、魚は傷ついた頭に血を上らせ怒り狂う。空を上るように泳ぐとターンして、蒼燕が落ちた滝壺へと突進した。

 爆発したかのような音が巨大な水飛沫を上げ、一瞬だが滝を割る。豪雨のような飛沫が周囲を濡らすのを待っていたかのようなタイミングで出て来た魚は、裏返った声で嘲笑い咆哮した。

「さぁて……! 反抗的な食物は、さっさと食ってしまおうか」

 魚が逃げ惑う村人達を六つの血眼で追っていたそのとき、一人の男が落下中であった。手には紫の長槍。はためくのは青の上着と髪。上空から空気を二つに裂きながら、隕石のように火花をまといながら落下していた。

 霊力をまとって限界まで脚力を上げ、滝の上から全力で跳躍したミーリである。

「あちっ、あちちっ」

『ちょっと、大丈夫なの?』

「成層圏から落ちてる気分。空気摩擦で全身熱い」

『もう……無茶苦茶なんだから』

「まぁそう言わずに、頼むよ、ロン」

『えぇ、任せなさい。私はあなたの槍、必ずあなたを勝たせてみせる!』

 落下速度を霊力で上げた紫の流星が、魚の胴体を背から腹へと貫通する。そのまま滝壺へと着水すると今さっき魚が飛び込んだときの比ではない水飛沫が柱を作り、貫かれた魚の鮮血と混ざって赤い雨を一瞬だけ降らせた。

 魚の神がゆっくりと崩れ、滝の水に体が溶けていく。そのまま水となって消えると、水かさが減った滝壺へと帰っていった。

 そのあとすぐにミーリが水面から顔を出して、口に入った水を吐き出す。槍を握りしめながら村を流れる川まで泳ぐと、自力で這い上がった。そのままその場で仰向けに寝転がる。

『お疲れ、ミーリ』

「うぅっす」

 息を切らすミーリに、村の子供達が恐る恐る近づいてくる。ほとんどは家や柱の陰に隠れていたが、一人の女の子がミーリの側で膝をついた。

「お兄さん、大丈夫?」

 体を起こすのもしんどいくらいに疲れていたため、そのままゆっくり腕を伸ばす。女の子の頭に手を置くと、優しく撫で回した。

「大丈夫だよぉ。もう、神様やっつけたから」

「本当?」

「本当」

 女の子の目から、一筋涙が流れる。曇天が割れた隙間から入り込んだ日差しを受けて、ニッコリと笑って言ってくれた。

「ありがとう、お兄さん」

 女の子の言葉を聞いて、村中事態の終結を理解したらしい。村人が一斉に声を上げ、歓喜した。

 その声を聞いた蒼燕も、最後の力を振り絞って川から上がる。泣いて喜ぶ女の子とその頭を撫でるミーリの姿が、なんだか眩しく映った。

「そうか……」

『蒼燕様?』

 刀を収め、蒼燕はおもむろに歩み寄る。村の子供達に囲まれているミーリの側で正座して、そして頭を下げた。

「ミーリ殿、お願いが」

「何?」

 蒼燕の目は鋭かった。だが決して怖くはなかった。周囲の子供達を怯えさせることもない、ただただ真っすぐな目を、そのときしていた。少女を助けてほしいと願っていた時とは、まるで違っていた。


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る