補習内容
帰ったのは、普段夕食を食べる時間よりも一時間以上遅れた夜だった。
負傷した暁人達を起こして、軽傷の暁人には狐が持っていたバッグや財布などを持たせてラグナロクへ。他二人は負傷が酷いため、そのまま病院へ自分の足で行ってもらった。
全ての用事が済んだあとで帰った二人は、まずそろって水を一杯。そのあとロンゴミアントは浴室、ミーリはベッドへと向かった。だがすぐに、ロンゴミアントはミーリを呼び出す。
「じゃあミーリ、お願いね」
そう言って、泡の入った水面器と自分の槍脚を出す。遠慮なく浴室に入ったミーリはおもむろに、手に泡と槍脚を乗せてこすり合わせ始めた。
ロンゴミアントの槍脚を洗うのが、ミーリの一日の役目の一つである。
始めは無難に
「毎度毎度思うんだけどさ、くすぐったいの?」
「そりゃね。槍って言っても脚は脚だもの。人に触られたら、そりゃくすぐったいわ」
「ふぅん……」
「ひゃっ?! こ、こらっ、ミーリ……やめっ、ふぅっ! っ、ひゃあぁ……」
ミーリのいたずら心に火が付いた。ロンゴミアントの脚を、くすぐってくすぐってくすぐりまくる。終いにはロンゴミアントは背中から倒れてしまって、乱れる息を吸い込んだ。
「もう……ミーリぃぃ……」
「くすぐれって合図だべ。今のは」
ミーリのいたずらタイムは終了し、浴室から出た二人はまた、水を一杯口に含む。そして二人でダブルベッドへと倒れ、ロンゴミアントはミーリの腕を枕にして吐息した。
「今日もあなたの活躍だったわね、ミーリ」
「んん。でも、俺はまだあいつには敵わないからね」
あいつの話をするとき、ミーリは決まって同じ表情を浮かべる。悲しそうで寂しそうで、でも思い出すと嬉しそうな、そんなあやふやな感じだ。
それが果たして誰なのかは、ロンゴミアントは知らない。ただ学園でもエースと称されるミーリがそういうのだから、きっとそれだけすごい人なのだろうとは思う。
だが同時、たとえそいつがどんな人だろうと、ミーリが負けるはずはないと思っている。自分さえ持ってくれれば、槍さえ持ってくれるなら、絶対に勝利に導ける。そんな、根拠のない自信がある。
いや、そんな自信が沸いてくるのは、きっと主人がミーリ・ウートガルドであるからだ。そう思えてならない。
「大丈夫よ、ミーリ。私はあなたの槍。あなたのためなら、私、戦えるから」
ミーリの手が優しく撫でる。紫の髪がグチャグチャに撫でられて、喜ぶ。その喜びを全身を伸ばして自らに浸透させたロンゴミアントは、そのまま眠りについた。
時間は深夜零時。月明りが調度てっぺんから、街を照らす頃。寝息を立てるロンゴミアントの隣で、ミーリは紫のつむじを
月光が二人の眠るベッドを照らし、ライトアップする。たまに隙間風すら入れてしまうその窓から、半透明のそれはゆっくりと侵入してきた。
「あら、お邪魔でしたかしら。なんならまた改めますわよ」
「いいよ、いつもこうだから」
入ってきたのは、霊体の九尾の狐。神は霊体化さえすれば、人工物など軽くすり抜けてどこへでも侵入できる。ただしその代わり、霊だから何もできない、というデメリットはあるが。
「それで、話があるとのことでしたわね。この消えかけに、一体何のご用ですの?」
「うん、まぁね」
ミーリが投げつけたそれを、狐は実体を持って掴み取る。それは縁にギザギザの印が入った、東洋の金銭だった。
「換金まえだけど、それもお金でしょ? お賽銭ってことで取っといてよ」
「どういうことですの? あなた、私を殺すつもりなのではなくて?」
「そのつもりなら、あのとき鏡なんか狙いやしない。俺は頼みがあって、君を生かしたんだよ、狐くん」
「頼み……?」
翌日早朝、大あくびをしながら、ミーリはロンゴミアントと立っていた。場所は対神学園・ラグナロク、学園長室。
部屋の隅には、騎士の鎧が三騎分。もう一方には、学園幹部である教師が三人。そして背後には、学園でも優秀とされている生徒が三人立たされていた。
目の前の椅子に座るのは、現在の学園長。歴代最年少とされているが、現在の年齢は不詳の東洋の男だ。名前は、
「わざわざこんな時間に呼び寄せてごめんね、二人とも。日中は忙しいものだから、こんな時間しか僕が空いていないんだ。察してくれるとありがたい」
「へぇい」
喉を掻くミーリの態度に、ロンゴミアントは笑い教師達と生徒達は呆れ果てる。だが当の学園長はロンゴミアントと同様で、ミーリのことを笑って済ませた。まるで、可愛い我が子を見るような目だ。
「さて、来てもらったのは、昨日の稲成神社の神の件だ。よくやってくれたね、ミーリ・ウートガルド、ロンゴミアント。他の三人から、話は聞いてる。彼らにもそれなりの単位をあげるけど、一番はやはり君達だ。それ相応の報酬を用意しよう」
「どうも」
「ところで、ミーリくん。聞けば君は、単位が足りないそうだね。このままじゃ進級も危ういんだとか」
「今日補習の内容が出る予定。それが何か?」
どうしてこうも学園長相手だろうと、態度が変わらないのだろうか。すごいと思う反面、危なっかしいとも思う。
そんなミーリに惚れてしまったのだから、ロンゴミアントは仕方ないのだろうなと自分を諦めた。
「何、僕が直々に補習を考えてもいいかなと思ってね」
「学園長、お待ちを――」
口を出そうとした教師の口に、短刀が入れられる。それをやめさせたのは間違いなく学園長帝の手指揮で、止めたのはガラスのように透明な髪を揺らす小さな女の子だった。
袖から伸びた剣をしまい、鎧の騎士の隣へと下がる。
「どうかな、ミーリくん。単位が足りないとはいえ、君はこの学園最強の
「どんなの?」
「何、ちょっとした護衛の依頼さ。どうだろう。今回足りない君の単位を、カバーしてやれるんだが」
「ヤです」
あまりにも即答。そしてあっけなく、帝の話を終わらせる。我慢しきれなくなったロンゴミアントは噴き出して、教師や生徒は一歩前に出た。
「そうか、残念だ。ちなみに、理由を聞かせてもらってもいいかな」
「面倒そうだから」
笑うのを堪えすぎて、ロンゴミアントはもう倒れそう。教師や生徒達は我慢し過ぎて、もう切れてしまいそう。そんな雰囲気が混ざる中でも、ミーリと帝は周囲などまったく気にも留めず、ただ相手だけを見つめていた。
「それに単位なら、自称優しい先生がなんとかしてくれる。護衛なら他の七騎にお願いすればいいよ。俺と違って言うこと聞くから、頼りになる」
「わかった。いいよ、下がってくれ」
一応礼儀として頭を下げて、部屋を出る。その場にいた教師も生徒も、全員溜めに溜めた息を吐き散らした。口角を持ち上げたのは、学園長ただ一人。
「おもしろいよね、彼。さすがは僕のお気に入りだ。ミーリ・ウートガルド」
「さすがね、ミーリ! もう、我慢できなかったわ!」
「何が?」
廊下を歩くロンゴミアントは、我慢してた分大いに笑う。腕を貸すミーリは何が何だかわからなくて、ただただ首を傾げた。
「いいの! ミーリはミーリってことよ!」
「?」
「おいミーリ、これからデートか?」
二人を呼び止めたのは、自称、優しい先生。赤い
「それで? 何すればいいの?」
「神様の討伐だ」
「妥当ね。私とミーリなら、楽にできるわ」
「残念だが、おまえらだけじゃねぇんだなぁ。これが」
二人、顔を見合わせて、そして教師の後ろにいる子に視線を移す。そこにいた小さな女生徒には、二人共見覚えがあった。
「二人にはこいつと、
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