神殺しのロンギヌス

七四六明

青髪の青年

灼熱の廃村

 周囲一帯は火の海で、建物という建物は灼熱によって燃え盛っていた。

 呼吸をすれば、煙と灰とが混じった空気が喉を焼き、体中の水分と生きる力を奪っていく。

 すべてが今灰塵へと帰ろうとするその村の一番大きな建物――少し前まで教会だった場所で、青年は立ち尽くしていた。

 指に滴る血は、自分のものではない。背後にある煙にやられた元人間達から取り出した、ほんのわずかな残りカス。

 それらを掻き集めて地面に描いたのは、大きな五芒星と、それを囲む三重の円。描いた陣をボーっと見つめたまま、青年はただ立ち尽くしていた。

 感傷に浸ってたりだとかそういうわけではない。ただ眠いだけだ。その場で不適な眠気に襲われて、あくびする。

 大きく口を開け、煙を吸い込むことも構わずあくびし切った青年は、おもむろに、血塗れの手を陣の中央に押し付けた。

「えっと……なんだっけ」

 たしか何か呪文的な詠唱が必要だった気がする。気がするのだが思い出させない。

 こんなことになるのなら、もっと真面目に授業を受けておくべきだっただろうか。まぁ授業に出てたところで、眠って過ごすのがオチではあろうが。

「まぁいいや」

 忘れてしまったものは仕方ない。詠唱抜きで陣に力を注ぎ込む。その力の名前を何と言ったのかも忘れたが、注ぎ方だけは覚えていた。

 注がれる力に呼応して、血で描かれた陣は中心から青白く光る。そこから生じる突風と電光が、青年を襲おうとする灼熱を弾き吹き飛ばした。

 陣の中が光で満たされる。突風と電光の激しさもピークにまで達して、もはや教会の灼熱をすべて弾き飛ばしたその力の中で、青年はおもむろに立ち上がりその手を取った。

「あなたは、私の主になる人?」

 声は問う。青年は少し考えると、傾げた首を横に振った。

「じゃあ、私を使う人?」

 また、声は問う。青年はまた、首を横に振った。

「じゃあ……あなたは私の、何になってくれるのかしら」

 三度みたび、声は問う。青年はまた少し考えると、その首を傾げた。

「そだな……パートナー。一緒に戦う、ただのパートナーだよ」

 声は笑う。一瞬の間を空けたのち、何がおもしろかったのか、青年の手を握ったまま笑い続けた。

「パートナーだなんて、当たり前じゃない。私はあなたに呼ばれたのよ。色々訊いてみたけど、結局はあなたのパートナーになるのよ」

「そうなの? てっきり拒否もあるのかと思ってた」

「ないわよ、ないない。たとえ主人がイヤな奴だったとしても、契約さえしちゃえば私達は主人の味方――パートナーよ」

「ふぅん……じゃあいいや、その、当たり前の関係で。俺は君と、そんな当たり前な関係になりたい」

 声はまた笑う。そして青年の手を手繰るように引っ張り自身の身体を引き寄せると、青年に強く抱き着いた。

「いいわ。好きよ、あなた。気に入ったわ……名前は?」

「ミーリ。ミーリ・ウートガルド」

「ミーリ……ミーリ・ウートガルド」

 光は消え、突風と電光も泡沫のごとく陣と共に消えていく。その場に残った青年ミーリは、その手を握る紫髪の女性のその姿を凝視した。

神霊武装ティア・フォリマは初めて?」

「いや……でも、そうだな……今まで見た中で一番、その……綺麗だ」

「ありがと。では改めまして」

 手を引き、女性は勢いそのままにミーリの頬に唇を重ねる。そして無邪気な子供のような笑みを浮かべて一度離れ、黒焦げの階段を金属音を立てながら駆け足で上った。

「私は聖槍せいそう、血の聖槍ロンゴミアント。今日からあなたの、あなただけの槍になってあげる!」

 ロンゴミアントの槍の脚が、力強くその場を踏みしめた。

 

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