青と黒の最終決戦 -竜頭竜尾ー
ご都合主義
むかしむかしあるところにと、お決まりの文句から始まる物語を幼少期、何十冊と読んだ。
どれもこれも、当たり前のようなハッピーエンド。例えオオカミに食べられたようと、永遠に眠る呪いに掛けられようと、毒リンゴを食べさせられようと、怪物や龍や魔女が襲ってきたって、みんなみんな幸せになって終わる。
ご都合主義もいいところ。まるで当たり前のように幸せにようになるお姫様。女の子だから憧れないなんてことはなかったけれど、それでも追い詰められた魔女が足を滑らせて落ちて死んだとか、最後は自分で作っていた毒を間違って飲んだとか、本当にお姫様を幸せにするために用意されたお話もたくさんあって、結局物語なんてものは、書き手が主人公を満足させる形で終わらせられればそれでいいんだなって、子供ながらに思っていた。
それだけ賢い子であったし、
でも、だからこそ納得できなかった。
最高位貴族ならばあり得ない話ではあったから、許婚の話も早いとも遅いとも思わなかったけれど、親同士が勝手に決めた相手にときめくだなんてご都合主義を、誰が用意してくれたのかわからなかった。
一目惚れ。
少年ながら大人びた雰囲気とスラッとした体躯。髪の色も瞳の形も何もかも、少女の心には輝いて見えた。彼と結婚できるというだけで心が弾む。今まで何も感じなかった光景にまで、輝きを与えてくれた。
一瞬で、彼は自分にとっての世界になった。
「初めまして、俺はミーリ・ウートガルド。これから、よろしくね」
「初めまして、私はユキナ・イス・リースフィルト。こちらこそ、よろしくお願いします」
私の物語もまた、ハッピーエンドで終わるのだ。世界が、私のためのご都合を用意してくれたのだとさえ思った。目の前の光り輝く世界と共にあり続けられる奇跡。運命と呼ばずなんと呼ぼうか、賢いとは言ったが、この頃はまだ覚えている語彙が少なくて、代名詞が思い浮かばない。
しかしこれだけは確定していた。私はこの人と幸せになる。
例え私が毒リンゴを食べたとしても彼の口づけで目覚めて幸せになる。
例え永遠に眠り続ける呪文をかけられても、彼が目覚めさせて幸せにしてくれる。
例え夢幻暗夜の中へと誘われて閉じ込められても、彼が必ず救い出してくれる。
獣や龍や魔女や、神でさえも倒して自分を救ってくれる。そう、私の物語は出来ている――はずだったのに。
彼は倒してくれなかった。私を選んでくれなかった。私と結婚はしてくれる。私を幸せにしてくれる。けど、だけれどあなたの愛は。私が本当に欲しいものは――
「さぁ、戦おうか。これが最初で最後の、俺と君の大喧嘩だ。ユキナ」
「・・・・・・場所を変えるわ」
天の女王らしく、上空へ飛び上がる。本来、人間なんて無能な生き物が辿り着けるはずのない神々の領域。天の女王という存在を取り込むことで我が物とした私の領域に、あろうことか彼は自分達の仲間と共に敷いた庭園で乗り込んできた。
私はあのままでも幸せになるはずだった。私は彼との子供を産んで、彼と家庭を気付いて幸せになれた。それは確定していた。言い切れる。私は、私が何もしなければ幸せになれた。そういう都合で世界は動いていた。
なのに私は知ってしまったから、気付いてしまったから、欲してしまったから――私は今、私だけの英雄になるはずだった彼と
これがユキナ・イス・リースフィルトの選んだ結末。世界の都合で不満だらけの幸せを押しつけられるくらいなら、私は私の英雄と戦ってでも最高の幸せを紡ぐことを選ぶ。
これもまた、この世界を作り上げた創造主の掌の上の出来事かと思うと腹が立つが、少しだけでもかき混ぜられていれば重畳と言えよう。だってもしそうなら、私は私を作り上げた創造主の想像を超えた幸せを手に入れられるということなのだから。
全知全能の神ではない。万物創造の神をも超えた存在が作り上げたご都合主義を塗り替えて、私は私の幸せをつかみ取る。
自分を追いかけて跳んできた彼の胸に飛び込む。攻撃ではないと気付いて受け止めてくれた彼の体を強く抱き締めて、私は彼の唇に吸い付いて、応じてくれた彼と互いの口の中を貪るような口づけを続けた。
互いにこれが最期とわかっていたからか、私からしてみても彼からしてみても、とても濃厚で永く熱い口づけだった。
だからとても気持ちよくて、私はやめどきを見失いつつあった。
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