ティアvsベルセルク

 初めに断っておく。

 これはティアという一体の神獣、あるいは魔獣。もしくは、未だ女神に慣れていない未熟な少女の妄想を、さらに妄想するという話。

 机上の空論以下の、神話にも逸話にも伝説にもならない、彼女が描いているかもしれない彼女の頭の中を勝手に想像し、妄想し、語るだけの話である。

 言葉も稚拙どころか拙すぎて、会話など未だほとんどできない彼女には、彼女自身の頭の中を語るということができないため、彼女のジェスチャー、表情、尻尾の揺れ具合などから想像するしかなく、わずかに喋る赤子言葉にも似た言葉から、ある程度を予想するしかない。

 だがいくら妄想の話とはいえ、想像の中での話とはいえ、実際に彼女がした話であることだけは確かだ。

 実際に彼女は幼稚にも過ぎる頭で、赤子ながらに、獣ながらに、未来の理想像というものを描いていたことは間違いない。

 言葉を使えずとも、意思疎通が困難だろうとも、それらを考えて伝えようとする頭は、獣を超える程度には存在するのだから。

 ただの犬がワンワンと吠えているところ、飼い主にはおかわり、と聞こえたのが、飼い主の必死な説明から空耳で、自分達にもそう聞こえたという話ではない。

 彼女は犬をワンワンと言うし、好きと言いたくてすぅきぃと言うし、愛する主人をちゃんと、誰もが認識できる呼び方で呼ぶ。

 故にこれらは彼女の稚拙で幼い言語になり切れていない卵の状態から、多くの他者によって想像された彼女の頭の中の話であって、決して他者本人の頭が勝手に、彼女はこう考えているだろうという妄想だけで言っているのではない。

 そもそも言葉どころか意思の疎通すら、飼い主や人間の妄想で勝手に曲解するしかないただの獣と、ティアは違う。

 彼女は人と同じ表情とポーズ、そして人間に足りないというだけの稚拙な言葉を操る、意思疎通能力をある程度有した存在なのだから、すべてが他者の妄想だとして、完全に的を外しているということもないだろう。

 故にさらに詳細に言っておけば、これはティアという神獣少女の頭の中を完全に妄想した話ではあるものの、ある程度の的を得ているのは間違いない。

 同じ生物で人間に近い存在の思考をある程度想像、想定し、九分九厘まではいかずとも六部程度は当てることができるのが、人間を含めた知的生物の強みなのだから。

 まずティアは、寝るのが大好きである。

 それも獣のように丸くなって、陽だまりの中で眠るのが大好きだ。

 肉が大地、血が海、胸が山で、髪が空となっている母神、ティアマトを思えば、自然の中で眠るのが好きなのは、母の温もりを感じられるからなのかもしれない。

 とにかく彼女は、陽だまりの中で風に吹かれながら眠るのが一番好きだ。

 だが彼――ミーリ・ウートガルドという存在ができてからは、彼と一緒に、陽だまりの下、風の中で眠るのが一番好きだった。

 母の温もりと、愛する主人の鼓動を受けながら眠ることが、今の彼女にとって最高の安らぎなのである。

 故にティアの理想は、ゴロゴロとミーリの膝の上で、陽だまりの下で眠ることだった。

 だがそこに、ミーリの恋人である空虚うつろが現れた。

 ここで重ねて言っておくと、彼女はただの獣ではない。

 獣は自分の経験からしか物事を学習しないが、人間や神には調べるという、他人の行動や経験則から学ぶ方法を有している。

 故に空虚の出身地である和国のことを知ろうと、彦星と織姫に本を持って行って色々聞かせてもらったティアは、やはり神様なのだと言える。

 そして和国についてある程度学んだ結果、和国の建築様式に、縁側という最高の日向ぼっこスポットがあることを知ったのだ。

 縁側ではないが、彦星と織姫がよく日向ぼっこをしながらお茶を飲んでいる姿をよく見かけているティアは、縁側と呼ばれる場所でこそするものなのだと知ると、まずミーリと空虚を想像した。

 仲睦まじく、隣り合って座る二人。

 太陽の燦燦と降り注ぐ下で、二人は談笑しあい、茶を飲み、語らって、時折、愛を確かめるように接吻すらして、二人の時間と空間を作り上げる。

 そこに、自分は邪魔だとわかっているけれど、しかしそこが世界中のどこよりも、自分にとって温かい場所だとわかっているから、飛び込みたい。

 それこそ飼い犬のように、尻尾を振って飛び込みたい。

 二人の温もりを分けて欲しいし、欲張ると独り占めしてしまいたい。

 二人の生の営みの中に、自分も混ぜて欲しい。

 二人の間に、それこそ子供のように、自分という存在を入れて欲しい。

 二人で一緒に、自分を愛でて欲しい。

 撫でられたい。

 膝を枕にして、陽だまりの下、風吹く中、頭を撫でられながら眠りたい。

 そんな毎日がずっと、ずっと、ずっと、続けばいい。

 続いて欲しい。

 陽だまりの中、二人と一緒に、自分も――

 それが数千年間ずっと一人ぼっちで、誰にも頼れず誰にも構ってもらえず、他人の温もりを知らなかった女神の願い――であるだろうという、単なる妄想である。

 しかして、まったくの外れということもないだろう。

 中らずと雖も遠からず、ということもないはずだ。

 母の形も愛も知ることなく、ずっと一人で、孤独で、命のやり取りを数千年と生き続けてきた彼女にとって、心を許せる相手の隣で、命の危険もなく過ごせるというのは、これ以上ない願いであり、幸せであったのだ。

 故に求めるのは何よりも愛しい人の平穏に、自分が寄り添える場所。

 ミーリと空虚が仲良く隣り合って座り、その間で微睡む時間が、何よりも欲しい。

 ティアは、何よりも、平穏を求める。

――ティア。

 自分のことを、そう呼んでくれる人のために。

 自分に、名前を付けてくれた人のために。

 あの人が、彼が、もう戦わないでいいように。

 だから、倒れるわけにはいかないのだ――

「うぅぅぅぁぁぁぁああああああああ!!!」

 刀剣を拾い上げ、全身を震わせながら、咆哮と共に突っ込んでくるベルセルク。

 ティアもまた咆哮で応え、姿を変えて飛び上がる。

「“嵐魔物ウム・ダブルチュ”!」

 獅子の四足に鷲の翼を携えて、ティアは颯爽と滑空する。

 ベルセルクのギリギリ側をわざと通過して煽り、相手をおちょくるのは、自分が相手だと牽制する意味合いもあった。

 その牽制通り、改めて標的をティアにのみ絞り込んだベルセルクは、対空迎撃として、刀剣を投擲した。

 槍のような、投擲そのものを目的としていない武器にも関わらず、投げられた刀剣は空を裂いて、風切り音を置き去りにし、ティアを撃ち落とさんと天を上る。

 だがそれよりも速く、ティアは落ちた。

 自ら回転しながら急降下して、獅子の爪を立てて突進する。

「“獅子爪ザクザク”!!!」

 ベルセルクはガードしない。

 いや、ガードが間に合わなかったと言う方が正しいか。

 攻撃力も防御力もあるベルセルクが、唯一ティアに勝てないのは速度だった。

 ましてや飛行能力さえも、形態によっては有することのできるティアは、機動力の部分で言えばベルセルクよりも勝る。

 攻撃のほとんどが通じないベルセルク相手に、ティアなりに考えた結果、速度で圧倒することを思いついた。

 パワープラス、スピード。

 スピードに特化した形態になって軽量化を計れば、パワーが足りなくなるし、逆にパワーを重視すればスピードに欠ける。

 うまくバランスを取れる形態にならなければと考えて、この形態この攻撃である。

 ティアには、ベルセルクに効果があるという自信があった。

 だが自信は、すぐさま打ち砕かれる。

 ベルセルクの体には、傷一つ付けられていなかった。

 効いているのは突撃の衝撃だけで、爪は固い皮膚に刺さりもしない。

 鋼の肉体とは比喩表現だが、しかし本当に、鋼鉄に近い強度を持つベルセルクの体は、ティアの突撃を真正面から受けて、なんのそのと弾き返したのだった。

 直後、咆哮と共にベルセルクが腕で薙ぐ。

 上から叩きつけられるように振り払われたラリアットに叩きつけられ、ティアは吐血しながらゴムまりのように跳ねる。

 さらにベルセルクから放たれる連打は、雨霰あめあられの如く。

 何度も、何度も、何度も何度も、硬い拳が叩きつけられる。

 翼は折れ、爪は砕けて、体は何度も地面に叩きつけられて、短い悲鳴を漏らす。

 苦しいと何度訴えても、ベルセルクの咆哮は死ねとしか言わない。

 言葉を操れぬ者同士、振りかざした攻撃がその数だけ物を語る。

 何故戦うの。

 何故、あなたはこんなところにいるの。

 誰のために、なんのために、あなたは戦っているの。

 戦う理由を問いかける。

 戦う意味を問いかける。

 だというのに、狂戦士は何も返さない。返してくれない。

 死ね、死ね、死ね、と、吐き出される言葉はどこまでも暴力的でどこまでも非情で、どこまでも、救いようのない。

 狂化、狂うということを知らないティアは考える。

 彼はきっと、陽だまりを知らない。

 陽だまりで寝ころんだことがないんだろうな。

 太陽の温かさを、土の匂いを、風の柔らかさを、彼は知らないんだ。

 まるで、少し前までの自分みたいだ。

 ずっと何かに怯えて、何もかもが怖くて、誰にも心を許せず、周囲のすべてを敵か獲物と思い込み、敵意ばかり向けてきた。

 敵意だけが、相手と向かう感情だった。調度、今のベルセルクのように。

 死ね、とばかりに暴力的な言葉を浴びせた。

 無論、言葉になり得ていない単語の羅列が伝わっているとは思えない。

 だがまとう殺気は確かに、彼女の敵意と殺意を相手に教え込んだはずだ。殺気に怯えるまま、殺されたはずだ。

 無論、彼もまた――ミーリもまた、例外などではなかった。

 だが彼に返り討ちにされ、恐怖を刻み込まれた。この人には敵わないと学習し、殺されると覚悟した。だのに――

 彼は自分を守ってくれた。

 一緒にいてくれるかいと、笑みを湛えて言ってくれた。

 その優しさから、陽だまりと、風、大地の優しさ、温かさを知った。

 だからベルセルクは、ミーリと出会わなかったティアだ。ティアと呼ばれることなかった龍の子だ。一年も経たない前の、ほんとうにちょっとまえの自分なのだ。

 ティアは己と、ベルセルク。とても似つかない自身らを比べて、自分がなり得た自分の未来像を見上げる。

 血生臭い狂戦士。

 言葉も碌に知らない。意思疎通の方法も知らない。

 誰と繋がることもなく、繋がろうともしない拒絶と否定の孤独。

 自分が、数千年身を置いていた地獄の場所を、ティアは目の前にしていた。

「ティ……ティ、ア……」

 頭を鷲掴まれ、持ち上げられる。

 折れた片腕がダランと垂れて、潰れた個所から肉が裂けて血を噴き出している。

 血走ったベルセルクの紅眼は、自ら頭上に視線を向けるよう持ち上げたティアを睨め上げて、そのまま頭蓋を砕き割ってやろうと悲鳴を上げる少女の頭を万力さながらに潰そうとする。

 ティアはこのとき、走馬燈を見ていた。

 ティア自身、走馬燈というものを理解していない。

 彼女の中で、過去の思い出や印象深い出来事が次々と流れ込んできて、どこか懐かしい感覚と、何故それを今見せられているかの恐怖に駆られて震え始める。

 怖い、怖い、怖い。

 誰とも繋がれずとも、免れようとしてきた死だ。

 皆を遠ざけてでも、免れたかった死が、死という、理解し切れていない恐怖の概念が今、ティアの命を狩りに来ていることを、ティア自身理解し切れてはいなかったが、死が、自分のすぐそこまで来ていることは、肌で理解できていた。

 死が、己の首を捕まえている。

 己の頭を鷲掴んでいる。

 腕が、脚が、地の底へと引きずり込まれそうになっている。

 血の臭いが鼻を刺す。

 乾いた戦場の風が、頬を撫でる。

 血に濡れて、土砂を巻き込んだ髪の毛先から、死んでいく。意識が、遠のく。

「……あ……ぃ、あ……ティア……ティア!」

 どこからか、声がした。

 突き落とされたのは、陽だまりの中。

 わずかに水を含んだ命の風が、自分を包んで吹いている。

 風が吹いている。水が滴っている。太陽が降り注いでいる。

 皆が、招いている。彼が、呼んでいる。

 そうかまだ、そんな未来が残っているのなら、足掻かなければならない。

 ティアが走馬燈の最中に見た、一度も見たことがない景観は紛れもない彼女自身の理想が描く空想と妄想で、彼女が求める最高の未来。懇願する情景。

 赤と緑と黄色と白と、何より、彼と同じたくさんの青で彩られた世界で、彼らが――いや、彼が笑っている。

 戦いのない、穏やかな世界。愛する人たちと一緒に、静かに、眠れる世界。

「ティア……ブンブン……!」

 自分を鷲掴むベルセルクの指を捕まえ、逆方向に引っ張る。

 指一本に対して片腕の力で抗えば、いくら怪力と言えど苦戦するのは当然で、ベルセルクと言えど、神である彼女の膂力と霊力に逆らうのは難しい。

 結果、ティアを鷲掴んでいた指はすべて逆方向に折り曲げられ、ベルセルクは初めて怪我という怪我を負った。

 初めて、痛い、と、ベルセルクが別の言葉で吠える。

 落とされたティアは着地すると同時に後方へ反転。距離を取って、両手足を地面に着いて、獣の姿勢で唸る。

「“七頭蛇龍ムシュマッヘ”――!」

 全身から発する漆黒の霊力を帯びる。

 魂の波動たる霊力が姿形を変えて、ティアもまた姿を変える。

 鎧のような鱗に包まれた四足には、刀剣に勝るとも劣らない鋭利な強爪。

 自らの熱で血は乾いて、赤い蒸気が漆黒の霊力と混じって全身から上がる。

 燃え上がるように揺らめく黒髪は七つに割れて、蛇のように鎌首をもたげて顎を開く。

 さらに六股に分かれた七つの尾もまた、蛇のようにしなって牙を剥く。

「ティ、ティア、ブンブン!」

 尾の一つがベルセルクに襲い掛かる。

 叩き落としてやらんとベルセルクが拳を振り下ろすが、硬い鱗に覆われた漆黒の尾は突撃の勢いも含めて叩き落とされるものではなく、逆にベルセルクの拳を粉砕して叩き割る。

 槍の石突と同じ形状の尾が、ベルセルクの拳をものともせずに叩き込まれる。

 戦いを傍観していた悪魔の群れへと突っ込んだベルセルクは、すぐさまに立ち上がって反撃のために一歩踏み出そうとして、止まった。

 ティアの尾が、すでに自分へと向かってきていた。

 一発を受ければ次が、また次が、と次々と叩き込まれる。

 連打、乱打。

 ベルセルクの見様見真似で、ティアは連撃を繰り出した。

ブンブンブンブン! 殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴ブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブン――!!!」

 いや、ベルセルクの見様見真似というのは間違いか。

 真似をしたのは、自分の大好きな主人の連撃。

 石突のような尾、止まらぬ連撃は、ミーリ・ウートガルドの槍捌きに酷似した部分がある。

 ただしベルセルクを倒すため、先に自身が喰らった連打のイメージが未だ強く残っていたこともあり、攻撃回数はミーリのそれよりもずっと多い。

 しかしティアが意識したのは、一度捉えれば逃がさないミーリの瞬殺かつ怒涛の連撃だった。

「ぶぅぅぅぅぅぁぁぁあああああああああああ!!!」

 吠える。

 吠える。

 ティアは狂戦士という単語を知らない。

 狂う、狂っているという概念を知らない。

 故にティアにはわからない。

 狂戦士たるベルセルクの、戦うことしか許されぬ宿命など知らぬティアの胸の内は、陽だまりの下で眠ることの優しさを知らぬ彼に、憐れみに似た感情こそ寄せる。

 まるで、ミーリと出会う前の自分を見ているようだと感傷を受けるものの、同時、そんな自分に負けては堪るかという思いが、連打に込める一撃一撃を重くする。

 ただ殺意を振り撒くだけの存在に、負けるわけにはいかないのだ。

 ミーリへの信愛を込めて、ロンギヌスと叫びたいところだが、ティアにはそれを発するだけの言語能力がない。

 だが気分は、彼女自身は高らかに、常勝の槍の加護をまとった一撃――いや、連撃を放っている気分だった。

 今の自分と過去の自分。

 明らかな差は、ミーリ・ウートガルドと出会ったかどうかなのだから。

 殺意だけを振り撒いていた自分に、ミーリという存在を叩き込む。

「“七龍殴乱打ロン・ドン・ブーツ”!!!」

 正確には、ロンゴミアントの名を取った攻撃にしたく、彼女にとって勝利を意味するブンブンを名前にしたかったのだが、やはりうまく発音できないためにこんな感じになった。

 しかし愛嬌のある名前とは裏腹に、威力は絶大。

 人間サイズの巨大な尾が、ベルセルクの全身に叩き込まれて、悪魔の群れへと押し込まれる。

 悪魔諸共、ベルセルクは乱打に捉えられていて逃げられない。

 悪魔の群れが押し込められて、分厚い壁となってベルセルクをき止める。

 悪魔の壁と挟まれる形になって、ベルセルクの鋼鉄にも近かった鋼の肉体が、ついに悲鳴を上げて潰れていく。

 百、二百、三百。叩き込めば叩き込むほど連打はさらに速く、重く叩き込まれる。

 だがティアにも限界が来る。

 霊力と、何より鋼鉄の肉体を叩き続ける肉体が、限界だと悲鳴を上げる。

 これで倒れろという願いを強く込め、最後の一撃を、七本の尾、すべてを振りかぶった。

「どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!」

 悪魔の壁が、先に耐えかねて散る。

 ベルセルクは一直線に殴り飛ばされて、地面に首が埋まって停止し、そのまま動かなくなった。力なく、海老ぞりになっていた脚が倒れ伏す。

 ベルセルクが倒れた直後、ティアもまたその場に倒れる。

 変身は解け、虫の息で倒れるティアに、悪魔達は近付かない――基、近付けない。

 ベルセルクを倒した力で再び暴れられることを臆したのだ。

 今の戦闘だけで、巻き添えで何体の悪魔が死んだことか。

 ミーリ側の鎧騎士もベルセルクにかなりやられたが、その比ではなかった。

 ティアを討ち取るチャンスだというのに、誰も臆してばかりで近付かない。

 太公望たいこうぼうやユキナがいないことが、ここでも響いた。

「ティア」

 力尽きたティアに触れる腕は優しく、疲労困憊の体を包み込むように抱き上げる。

 視界が霞む中、ティアは自分を抱き上げる人が誰なのかを見て、にっこりと笑みを浮かべた。

「みぃ、みぃ……」

「頑張ったね。ありがとう、ティア」

「みぃみぃ、ちう。ちうぅ」

 安心したのか、甘えてくる。

 だが、拒む理由はない。

 ミーリはティアを抱き寄せて、そっと頬に唇を這わす。

 安心し切ったティアが眠りにつくと同時にセミラミスの鳩が飛んできて、空中庭園へと転移させた。

 ティアは眠る。

 愛する者の隣で。温かな陽だまりの下で。

 しかしそれは、もう少しだけあとの話。

 今は一人だけれども、冷たい戦場だけれども、夢を見る。

 そこにはきっと、愛するミーリがいる。仲間達がいる。

 そして彼らと共にいて、幸せそうにする彼女を見て、星もまた微笑みを湛えることだろう。

 何故なら星は、彼女の母そのものであるが故に。

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