魔神攻防戦ーⅡ

 指揮をしていた太公望たいこうぼうが消えたことで、ユキナの軍は混乱に陥る。

 良くも悪くも、優れた軍師がいたことでユキナの軍は盤石な強さを誇っていたが、いなくなってしまえば身勝手な悪魔達が統率された動きなど保てるはずもなく、逆転まではしなくとも、しかしそうなってしまいそうなほど崩壊した。

 太公望がいたことで盤石だった軍は、非常に脆かったのである。

 軍師一人の存在が、戦局をそこまで左右するようにしてしまったのは、軍師一人に指揮を任せていたユキナ側の失敗と言えた。

 そこでミーリは畳み掛ける。

 自ら戦場を走りながら指示を送り、戦況を覆さんと奔走しながら、自身も悪魔を狩っていく。

「ミーリ・ウートガルドがいるぞぉ!」

「倒して名を上げろぉ!」

 悪魔もミーリの存在に気付き、かかってくる。

 だが中級悪魔程度、もはやミーリの敵ではない。

 槍を握ることなく、代わりにロンゴミアントが文字通り一蹴して蹴散らす。

 槍の脚ではなくなってしまったが、代わりに筋力がついたため、蹴りの威力はむしろ上がっていた。

 刃などなくともロンゴミアントの蹴りは悪魔の体を斬りつけ、貫く。

 ロンゴミアントの蹴りで風穴があいた悪魔の体を見て、ミーリは少し考えた。

 実力差を思い知って、悪魔が数体一斉に襲い掛かって来たが、ロンゴミアントを抱き上げたミーリに躱される。

 つい先日まで槍脚だったこともあり、同じ量の脚力強化で飛んだミーリは、いつも以上に高く跳ね上がってしまった。

「“聖槍武脚レッグ・ロンギヌス”、なんてどう?」

「シンプルなネーミングね。でも、気に入ったわ」

「さて、軍師っぽい魔神さんも消えてるうちに叩くよ!」

「えぇ!」

 口づけ、上位契約。

 紫の聖槍を握り締め、舞い降りる。

 突然の飛来に驚いた悪魔達が硬直する中で、ミーリは槍を振るった。

 一撃必殺、常勝の槍が弾ける霊力をまとって戦場を薙ぐ。

 閃光となった霊力が弾けて、さらに遠くの悪魔をも掻き消していく様は、ユキナ側の魔神らをも戦慄させた。

「ユキナ様は! ユキナ様はどこだ!」

「あいつを止めてくれ! このままじゃあ全滅だぁ!」

 万夫不当の英傑も、名だたる悪魔も、一人の少女に助けを求める。

 しかしユキナはすでにその場におらず、ついでに言うとスサノオもいない。

 太公望にスサノオ、そしてユキナ。

 最大戦力と頭脳、大将までもが不在のユキナ陣営は、さらなる混乱に陥る。

 やるべきことをわかっているのは、名だたる魔神の中でも幾重にも及ぶ戦いを切り抜けてきた猛者ばかりだった。

 というよりも、猛者しかいなかった。

 幾数千もの戦場にて猛威を振るった王、ギルガメスは慌てふためく二流悪魔を見て舌を打つ。

 暴力と無慈悲の化身であるところの悪魔が他人に縋り、泣きつく姿など、滑稽とも映らない。

 情けないとも言えず、ただただ馬鹿馬鹿しいと思うだけである。

「余所見をするな!」

「貴様程度、余所見をしていたところで勝てる」

 アーサーがぶつかる。

 錬金術によって作り上げた武装を手に受けるギルガメスに、アーサーは果敢に斬りかかっていくが、ギルガメスは絶えず新たな武装を作り上げて射出してくるためなかなか斬り付けるまでに至らない。

 すでにここまでの戦闘でアーサーが受けている傷の量は多くて長期戦は臨めず、剣を振る力も徐々に失われて来たのだが、ギルガメスはまだ一太刀も受けていない。

 一撃で致命傷に至るだけのダメージを与えるには、聖剣を叩き込むしかないが――

「貴様程度では届かぬ。我を誰だと思っているのだ」

 アーサーは知っている。

 誰もが呼ぶ聖剣王は、自分ではないことを。

 選定の剣を抜き、幾多の怪物を退けて、王国を築き上げた聖剣王は実在する。

 だがその名は、アーサー王、アルトリウス・ペンドラゴンではない。

 アンブロシウス・アウレリアヌス。

 王選定の剣を抜き、湖の乙女より聖剣を授かった奇跡の王。天命を授かった王。

 だが彼女は真の聖剣王でありながら、アーサーという代役を立てて、彼の偉業に見せかけた。

 何故そんな必要があったのか。

 命を狙われるのが怖かったのか。

 いや、彼女はアルトリウスよりもずっと強い。そんな心配は杞憂だろう。

 彼女が誰よりも強い騎士であることは、騎士アルトリウスがよく知っている。

 何せ彼女の強さに心酔し、無理矢理にでもついて行った騎士こそが、自分なのだから。

 故にすべてを見てきた。

 彼女の戦い、そのすべてを見届けた。

 最期となったあの丘での戦いもすべて見届けて、彼女の最期をも知っている。

 彼女は誰もが憧れた聖剣騎士王、アーサーその人に違いない。

 だが彼女は俗世から離れ、自身の功績をアルトリウスへと押し付けた。

 結果、アンブロシウスの物語は、アルトリウスの物語となった。

 アルトリウスは王として語られ、聖剣を握った者として語り継がれている。

 だが実際は、アルトリウス・ペンドラゴンは一介の騎士に過ぎず、聖剣を握れるという特質性を除けば、王と張り合った円卓の騎士にも敵わない。

 アルトリウスは、強くない。

 強かったのは、聖剣騎士王アーサーであって、アルトリウスではない。

 アンブロシウス・アウレリアヌス。彼女が強かったのだ。

 だがだからといって、認めたくはなかった。諦めたくはなかった。

 王の名を借りている限り、王の逸話を借りている限り、誰にも負けてはならない。

 負けることは許されない。

 負けてなるものか。膝をついてなるものか。屈してなるものか。

 聖剣騎士王アーサーが、そう簡単に敵に屈してはならないのだ。

 負けてなるものか。屈してなるものか。

 その思いで、ここまで戦って来た。抗って来た。

 だが――

「諦めろ。貴様程度で、我に敵うはずもなし」

 地面が隆起して、山のように盛り上がる。

 アルトリウスの周囲を取り囲み、側面から土塊から作られた刀剣が刃を向けて震えている。

 体にはすでに数本の刀剣が刺さっており、傷口から血が溢れ出て止まらない。

 血液と共に体力までもが外へと溢れ出て、片膝をついた状態から動けない。

 聖剣を握り締める手までも震えて、地面に突き立てて立とうとするが、やはり足に力が入らない。

 生まれたての小鹿らしく、立とうとしては崩れ落ちるのを繰り返す。

 血で濡れて、足が滑る。

「貴様の出番は、もう終いだ」

 百本近くあるだろうか。

 すべての刀剣が霊力を帯びて、熱を帯びる。

 アルトリウスはまだ立てない。なんとか聖剣を突き立てるまではできた。

「聖剣騎士王アーサー……大層な名を持っていても、所詮この程度、か」

 すべての刀剣が射出される。

 黄金色の閃光が弾け、爆煙が立ち上る。

 ギルガメスの凄まじい霊力が周囲に満ちて、誰もがギルガメスの勝利を疑わない。

 聖剣騎士王アーサーは、あっけなく散った。

「聖剣騎士王、アーサー・ペンドラゴン……聖なる騎士を抱きし偉大なる騎士の名を、穢すわけにはいかぬのだぁぁぁぁっ!!!」

 瞬間、煙も霊力もすべて巻き込んで、輝く聖剣が呑み込んだ。

 先ほどまで立てなかった足で一歩、大きく踏み込んで、放つ。

「“絶対王者の剣エクスカリバー”!!!」

 神々しいまでの金色の破壊光線。

 聖剣の名を冠した一撃は、ギルガメスを包み込み、空を突くほど高く伸びて上がる。

 周囲の霊力が、ギルガメスからアルトリウスへと上書きされる。

 濃密で、実に純度の高い霊力が酸素を奪っていく。

 金色から赤々と燃え滾る霊力は赤雷となって、周囲を焼き尽くす。

 何体か味方を巻き込んでしまったが、しかしそれ以上の敵を巻き込んで、聖剣による一撃は多くの敵を屠っていた。

 すべての体力と霊力を使いきって、アルトリウスは膝間づく。

 聖剣は砕け、目の前で散らばるが、アルトリウスは視界に捉えられていない。

 聖剣はアルトリウスが模して霊力で編んだ疑似聖剣。消えてなくなることはないが――

「貴様、さては聖剣騎士王ではないな。大方、その名を借りた一介の騎士か。聖剣を握れるだけで神へと昇華されるとは、やはり神など崇めるものではない。我とてなってしまうのだからな」

 この聖剣の一撃で、倒したい敵はまだ健在だった。

 片腕こそ斬り落とされて重傷だったが、しかし堂々と立ち尽くしていた。

 アルトリウスを見下ろして、高々と剣を掲げている。

 まさに今、首を斬り落とすための剣だ。

「プライドか。責任か。偉大なる名を受け継いだ覚悟あっての一撃なのだろうが、しかし我には届かなかった。が、これだけの傷を与えた。おまえを認めてやる。だから今、ここで死ね」

「……かの王に認めてもらえたのなら、この肩の荷も、まだ、軽くなった方、か」

 空を裂く。

 剣が落ちる。

 血飛沫が舞う。

 そして、ギルガメスが揺らいだ。

 射抜かれた手から剣が落ち、血が弾け飛ぶ。

 そしてアルトリウスの首は、繋がっていた。

 セミラミスの鳩が飛んできて、転移の術式を施して庭園へ消える。

 ギルガメスの怒りに満ちた眼光が、飛んで来た矢の方向を睨んで、即座に剣を飛ばす。

 しかし矢は、その剣をすぐさま土塊に返した。

 ギルガメスと対峙して、アタランテは弦を引き絞る。

 だがギルガメスはわかっていた。彼女は囮だ。

「貴様が我の相手をすると? その傷で」

「傷の大きさで言えば、貴女の方が深いかと思いますが」

「この程度で、貴様と我の力の差が埋まるものか」

 ギルガメスの錬金術は、高等技術と呼んで相違ないものだった。

 あっという間に失った腕の傷口を覆い、黄金の義手を作り出したのだから。

 霊力によって操られるその義手は、地面に触れるとたちまち刀剣を作り上げ、握り締めてからも形を変える。

「さて、貴様は本物であろうな、武神ドゥルガー。貴様も武神の名に恥じないようにと、ただそのためだけに戦う雑魚ではあるまい」

「誇りのために戦う者。愛のために戦う者。戦う理由は、神も人も悪魔も、それぞれでしょう。理由のない者だっています。あなたは、なんの理由もなく戦う獣と一緒ですか?」

「戦うことしか能のない奴が、能書きを……!」

「そう。戦うことしか能のない私を、必要としてくれる人がいます。ましてや、力を失った私を、必要としてくれている。ならば応えなければ。私は、獣ではないのですから」

「武神!」

 ギルガメスとドゥルガーがぶつかった頃、ティアとベルセルクの戦いは激しさを増していた。

 言葉を持たぬ者同士、交わす言葉は戦いのみ。

 唸る拳。軋む骨。悲鳴を上げる筋肉。

 二人の体が、言葉を持たぬ彼らの代わりに雄弁と語る。

「“有翼牡牛クサリク”!!!」

 ティアマト神の子供達の能力を有するティアだが、その姿は以前よりも少し変わっていた。

 翼は鴉の羽で黒く、二枚から四枚へ。

 角は大きく三日月型に曲がり、それを支えるために全身の肉付きが増して筋肉質になる。

 尾骶骨から生える牛の尾は、長くしなって自身の体を叩き、自身を鼓舞している。

 闘牛は揺れるものを見て興奮し、突進すると言うが、今のティアもそうである。

 動く者をすべて標的にして、突っ込む。

「“勇猛突進ブルブル”!!!」

 牡牛の突進力で、自身よりずっと巨大で、もはや筋肉の塊であるベルセルクに突っ込む。

 ベルセルクは剣を捨て、両手で角を掴んで受け止めて、そのままズルズルと押し出される。

 ティアの突進は十数メートルの距離を押し、ベルセルクを悪魔が群がっているところに押して叩きつける。

 さらに角でベルセルクを持ち上げ、空高々と突き上げた。

「“蠍尾龍ムシュフシュ”!!!」

 ティアがまた変身する。

 角は砕け、翼は散り、牛の尾は三つに分かれて黒い龍へと変わる。

 それぞれ猛毒を滴らせる牙を一本持っており、吠えると毒が飛び散って揮発する。

 体は細く、小さくなり、代わりに三本の尾がこれまでよりもずっと長く、太くなった。

「“猛毒猛攻ジクジク”!!!」

 三頭の龍が襲い掛かる。

 レイピアの突きが如く三本の毒牙がベルセルクの体に連続で突き立てられる。

 ベルセルクは地上へと叩き落とされて、ティアは尚連撃をやめない。

 土煙でベルセルクが見えなくなっても、刺さる牙の感覚を頼りに突き立てる。

 毒はかつて、ミーリを襲ったものではない。

 あのときよりももっと強力で、痛みの強い猛毒へと進化している。

 だがベルセルクはまるで応えない。

 毒が効かなくとも、何度も牙を突き立てられているのだから、少なからずダメージはあるはずだが、まるでリアクションがない。

 ここまで、ティアはベルセルクの攻撃を受けていなかったものの、ベルセルクは何度も攻撃を受けている。

 だがベルセルクはまるで応えている様子はなく、攻撃の一切が効いている様子がない。

 攻めても、攻めても、攻めても、何度攻撃を当てようとも、まるでダメージが見られない。

 もう何度、毒を打ち込んだかもわからない。

 だがベルセルクは何事もないように立ち上がって、反撃してくる。

 ティアはかなり焦れていた。どれだけ攻撃しても防御してくる敵とは戦ったことがあったが、どれだけ攻撃を当てても効かない相手とは、戦ったことがなかったからだ。

 自分のことを怪物と自覚していたが、それ以上の怪物を相手にしている気分だった。

「“狂犬ウリディンム”!!!」

 落下速度に任せてティアは落ちる。

 尾は消えて、ティアの体つきも元に戻るが、四肢に黒い毛、鋭い爪と牙を生やして吠える。

 体を捻って回転すると、大口を開けて落ちる。

「“噛噛ムシャムシャ”!!!」

 ベルセルクの体に喰らいつく。

 だがベルセルクはまたも応えず、それどころか平然と、ティアを自身の肉ごと引き千切って投げ飛ばした。

 さらにベルセルクは攻める。

 落ちていた剣を拾って振り下ろし、躱されて、剣が砕けてしまっても次の剣に手を伸ばして斬りかかるだけ。

 悪魔の武器も騎士の武器も関係なく、狂気に促された本能のままに攻めてくる。

 休息はなく、減速もない。

 攻撃は効かない。攻めは怒涛。

 ティアは恐怖する。狂戦士の気迫に呑まれる。

 呑まれた瞬間が、終わりのとき。

「“魚人間クルール”!!!」

 ティアの体に深々と、ベルセルクの巨大な拳が突き立てられる。

 殴り飛ばされたティアは地面を数度跳ね、転げて止まる。

 全身打撲に切り傷、擦り傷。たった一撃で、虫の息。

 口の中で血の味と砂利の味とが混ざって苦く、酸っぱい。

 殴られた腹部から痛みが電流のように流れて、ティアの呼吸を荒くする。

 言葉を持たぬ者同士、この戦いこそが会話である。

 しかしベルセルクはどの攻撃にもただ一言、死ねとしか言ってこなかった。

 戦う理由も意義もない。

 戦いこそが生きる意味だと、狂戦士は死をまとった拳を振るう。

 ティアは口の中の一切を吐き出して、それでも構えた。

 弱音を吐けば、正直死にそうだが、ティアは諦めない。

 死にたくはない。戦いたいわけではない。

 だがティアはひたすら、その後を考えていた。

 この戦いが終わった後、その後の話だ。

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