魔神攻防戦ーⅠ

 戦場が広がっていく。

 三万と五万で始まった激突が、時間の経過とともに範囲を広げていき、両軍戦力の増加を続け、戦局はより激しく、より大きく広がっていく一方であった。

 ミーリ軍は聖剣騎士王、アルトリウス・ペンドラゴン。

 ユキナ軍は最古の王、ギルガメス。

 双方の王が激突し、常勝の王が振るう聖剣の輝きが戦場を照らしたのを開幕として、戦争は激化を辿る。

「花嫁! 花嫁よ、無事か!」

 進行してくるユキナ軍の悪魔に負けじと、祈りによって守護騎士を召喚し続けていたハルセスの限界がここで訪れた。

 最初三万だった軍を五万にまで増加させて、ハルセスは限界を迎えたのだった。

 霊力の過度な消耗によって倒れたハルセスは高熱を発し、酸欠で倒れ、激しい頭痛を訴え頭を抑え、呻く。

 彼女を守護するために残っていたリストが彼女を抱え、シスター・アグネスの下へと運んでいったが、医療に明るくはないリストが見てもハルセスの騎士生成能力がもう限界であることは見抜けていた。

 故にシスターのもとへと運ぶ途中でセミラミスの伝令鳩を見つけると、すぐさまハルセス離脱の胸を伝え、セミラミスの下へと飛ばす。

 その伝令を受け取ったセミラミスは事態の深刻化を加味して舌打ちを繰り出すが、戦場に数羽の鳩を飛ばす。

 戦塵と戦煙が舞い上がる激戦の戦場を、平和の象徴である白鳩が飛ぶ。

 すでに戦いは終わっているという挑発と受け取った悪魔と、セミラミスの情報伝達能力を知っている悪魔とが、それぞれの思惑で鳩を妨害すべく飛び出すが、ドゥルガーら魔神がそれを阻止。

 鳩より情報を受け取る。

 これ以上の増援ができないという報告は魔神らの眉根を動かしたが、誰も悲観しなかった。

 いやむしろ、悲観している暇などなかったというのが正しい。

 戦いはすでに激化の一途を辿っており、皆、目の前の事態を対処するのに精一杯で、悲観している暇があるのならば目の前の敵を斬り伏せることを優先せねばならなかった。

 ミーリ軍は現状、それだけの劣勢にあったということである。

 ハルセスの呼んだ騎士よりも、悪魔の方が戦力としては強く、また数も多かった。

 さらにハルセスが軍を増やしたのを見計らって、ユキナ軍もまた戦力を増加。

 ユキナを支持して集った魔神軍を送り込み、形勢をさらに盤石なものに固めてきた。

 悪魔という群れを成して戦うことも少ない生物を軍として操り、さらに癖の強い魔神をも軍として機能させる采配は、敵から見ても見事というほかがない。

 戦乱の世にて仙人と呼ばれた軍師、太公望たいこうぼうの実力が、明るみに出た結果とも言える。

 故にミーリ軍が求められるのは、太公望の早急な撃破であった。

 だが太公望の構える陣地を正確に計れている者はおらず、尚且つ悪魔の軍勢が壁となって前に進むことすら難しい状況下。

 一歩進めば二歩戻され、三歩進んでもまた二歩は戻される。

 後退させられておらずとも、しかして進行も適わない状況に、ミーリ軍は歯がゆい思いを強いられる。

 悪魔だけでも厄介だというのに、さらに厄介なのが後から投入された魔神達で、そのランクはどれも高い神祖だった。

「どけどけぇ!」

 漆黒の馬に跨って、薙刀を振り回す男。

 戦乱の武将にして名を郭多かくた

 数百の武力で以って数万の兵力を打ち滅ぼしたとされる剛勇の武客。

 向かって来る騎士など一太刀どころか一薙ぎで振り払い、自らの配下である騎兵を従えて、戦場を両断するかの如く駆け抜ける。

「どけぃ! 雑魚の首など要らぬ! 敵将の首を出せぇぃ!」

「“称えよ吟遊・聖戦序幕イーリアス・ディアブロ”!!!」

 前方にしか視線をくれていない郭多と騎兵の死角、側方より流れるように撃ち込まれる武装の横雨。

 剣、槍、戦斧、薙刀。大きさも形も異なる武装が、弓によって放たれた矢の如く飛んできて、周囲の悪魔諸共串刺しにしていく。

 数人の精鋭と郭多が逃れるものの、この攻撃によって失った兵の数は多かった。

「真横から奇襲とは、この卑怯者めがぁ!」

「目の前の敵しか殺せないようでは、将軍とは言えないな。しかしまぁ、歴戦の将と見受けるその気概、私の存在価値を認めさせるには些か雅とは言えなくとも充分だろう」

 小さな体躯にしっかりと鎧を着込み、背中には大量の武装を背負った少女。英雄の娘、アステュアナクス。

 武装の雨を成した彼女の投擲能力の高さは、郭多も今、身をもって知った。

 故に武将たる郭多は、すぐさまに対抗策を捻りだした。

 今の狙撃で撃ち倒れた悪魔の一体を盾のように持って、薙刀を振りかざしながら馬を走らせ、突進してくる。

 槍を投擲して迎え撃つアステュアナクスだが、郭多は巧みに死体を盾にして掻い潜り、槍で薙ぐ。

 周囲の見方も敵も一掃しながら、ギリギリで回避するアステュアナクスの頭部を護る甲冑を払い飛ばして、郭多は槍を大きく振りかぶった。

「取ったぁ!」

 郭多が勝利を確信したそのとき、郭多の背に数本の矢が刺さる。

 突然襲い掛かって来た痛みに振り返った郭多の背後に乗ったそれは、郭多の体勢を崩して、馬から叩き落として頭を土に埋めた。

 さらに高く跳躍して距離を取りつつ、それが放つ矢が郭多の率いる残りの精鋭を射貫く。

「武将郭多ともあろうものが、不意打ちにやられるとは情けない。若干、狂気に身を駆られている節が見える」

「狩人、アタランテか……面白い……っぁぁぁあああっ!!!」

 地面にダイブさせられていた頭を起こし、薙刀を振り回して立ち上がる。

 アタランテの矢に貫かれた馬が使えないとわかると自らの足で、アタランテとアステュアナクスの双方を同時に相手し始めた。

 矢を番える狩人と、武装を投擲する騎士を相手に、薙刀によるリーチなど利点として働かないどころか無いに等しい。

 故に郭多が求められるのは、リーチを武器とする薙刀でありながら接近戦。

 果敢に前へ。勇猛に前へ。

 郭多の猛進は止まることを知らず、薙刀で二人を攻め続け、ついにアステュアナクスの肩を貫き、投擲能力を奪い取った。

「これにて終い! その素っ首、貰ったぁぁ!!!」

「あぁ、確かに素っ首だ!」

 郭多の薙刀がアステュアナクスの首を斬り飛ばそうと薙いだ瞬間、真横から矢が飛んでくる。

 アタランテが放った矢だが、今度の郭多の視界には入っていた。

 二度もやられればさすがに学習し、対処もしうる。

 猪突猛進だった郭多も、例外ではなかった。

 薙刀で咄嗟に反対に薙いで矢を相殺。そのまま大振りで再び、アステュアナクスの首目掛けて刃が走る。

 だがそれだけの時間があれば充分だった。

 かの武将が薙刀の気道を反対にして矢を相殺し、軌道を維持したままに逆方向から薙刀が首目掛けて迫り来るまでの一拍。

 アステュアナクスが短剣を取り出し、それを投擲して郭多の眉間に突き刺すまでには、充分過ぎる猶予があった。

「な、ぃ……?!」

「大袈裟な槍など必要ない。この距離ならば、むしろ短剣を持てる私の間合いだ」

 郭多は予想だにしていなかった。

 彼女の投擲能力が、まさに短剣一本分より少し広いくらいの感覚でも、実力を発揮するものだとは思えなかった。

 故に油断していた。

 狙撃手など、距離を詰められれば何もできまいと、高を括っていた部分を否めなかった。

 それが彼の敗北に繋がった。

 力尽き、霊力の結晶となって砕け散る。

 魔神、郭多の消滅を確認した悪魔達は戦慄こそしなかったものの、アステュアナクスとアタランテへの警戒度を大きく上げた。

「さぁ、次の獲物はどこのどいつだ。名乗り出ろ!」

 アタランテが弓を鳴らす。

 同時に五本もの矢を番えて弦を張るその姿に、悪魔は引いた。

 だが同時、血飛沫が舞う。

 アステュアナクスの首から血が飛んでいた。

 悲痛に呻くアステュアナクスが首筋を押さえて堪えるものの、第二撃がアステュアナクスの今度は脚を襲う。

 装甲を貫いてアステュアナクスの脚を射止めたのは、銀色に輝く弾丸だった。

 弾丸はアタランテの視野もアステュアナクスの射程圏からも離れた遠くより放たれており、その銃口は未だ、息をするアステュアナクスに向けられていた。

「さすがに魔神となるとしぶとい。首を掠めただけじゃあ死にませんか」

「油断するな、マークスマン。今の一撃で、確実に居場所はバレたぞ」

「安心しなさいよぉ、旦那。こっちに気付いたところでここまで来るまえにあの鎧少女は射抜けます。来たところで、あんた相手に肉弾戦で挑めばお陀仏だ」

「我が拳法は殺めるためのものにあらず。元より武術とは、我が身を護るための心得でなければならぬ。儂がこの戦場にいるのもまた、修行のためであり、殺めるためにない」

「お堅い人だ。もっと気楽にやりましょうや。敵を長距離から射抜く爽快感と来たらないですぜぇ」

「くだらん」

「そりゃ御厳しい」

 マークスマンと呼ばれた男は、スナイパーライフルの照準レンズ越しにアステュアナクスに狙いを定める。

 虫のそれでありながら辛うじて息を残す彼女の息の根を今度こそ止めてやろうと、引き金に指をかける手に一切の躊躇はない。

 命を殺すこと、仕留めることになんの迷いも生じない。

 こちらに気付いて愚策を弄す敵。

 敵が倒れたと喜ぶ味方の上がる士気。

 何より不意を突かれ、息も絶え絶えに弱まる標的。

 どれもこれも、狙撃手として興奮させられるものばかりがスコープを通して見えていた。

「郭多将軍を討ち取ったのは見事。しかし? 油断大敵と申しまして、敵将の首を取ったところで終わらないのが戦争でありますから? あんたの死因は、まさに敵将を倒してホッとしたその束の間、でございます」

「口上はいい。楽にするならさっさとしてやれ」

「言われなくとも――?!」

 ここで大きく照準がズレる。

 マークスマンがスコープから視線を外すと、飛び込んできたのは金髪の少女。

 さらに彼女のワンピースから真っ白な脚が伸びて来て、不適に下着見えそうなどと思った束の間こそ、彼の敗因だった。

 少女アリスのつま先が、マークスマンの頬を大きく潰して歯を、顎を砕く。

 倒れたマークスマンが激痛に悶えながら口の中の破片という破片を吐き出す様を、彼女は狂気的かつ猟奇的な笑みで見下ろしていた。

「陰からコソコソと、陰気な奴。正面から来なさいな。それでも男?」

 アリスの頬を撃ち抜かんと、横から繰り出される正拳突き。

 防御したアリスの腕が折れ、力なく垂れさがる。

「少女と思えば物の怪の類か。ならば人の領分ではなかろうて。ここからは儂が相手をいたす」

「おやおや?」

 と、アリスはまるで当然と言った様子で腕を治す。

 特に霊術的な兆候は見られず、傍から見ればただ腕を真っ直ぐにして、押し付けただけでくっ付いたように見えた。

「あなた、あの子と同じ匂いがするのぉ。もしや和国の御生まれではござらんか」

「如何にも。しかし我が出自など辿るだけ無駄であろう。今必要なのは言葉ではなく、魔を滅する拳のみ。然らば、御免」

 再び繰り出される正拳突き。

 アリスはそれを足裏で受け止めるが、受け止めた脚の至るところから骨の砕ける音が鳴る。

 それでも平気そうに脚を振り、蹴り返すアリスだが、反撃の拳はアリスの脚をぐちゃぐちゃに変形させた。

 アリスはただ、あらぬ方向に折れている脚を見てもなんとも思わず、気色の悪い音を響かせて元の方向にねじ込み治す。

 その様を見たマークスマンは、それこそ狂気的な光景を見たと血に塗れた嗚咽を漏らした。

「その拳ぃ、何か特別な代物ぉ?」

「我が拳法は人を殺めるためのものにあらず。我が拳、我が武脚は魔性をこそ蹴散らすものである。故に魔性、魔神にこそ我が拳法は真価を発揮する」

「さぁおぉのあんあ! おぃうやっえあっえうははいほ!」

 顎が砕け、舌も碌に動かせないマークスマンが訴える。

 男は静かに呼吸を整えると胸の前で拳を作って構え。

「言われるまでもない」

 とアリスを威圧した。

 凄まじい気迫。もはや悪魔こそ恐れるだろうその気概を、アリスは堂々と受け止める。

「あぁぁ、これは……何やらお堅い武人様とでも当たってしまった感じかな? おかしいなぁ、ただ味方を陰で救うヒーローみたいな立ち位置でいようと思っただけなのに。なんか貧乏くじ、引いちゃったかなぁ!」

「確かに些か雅さには欠けるな。おまえのような、自身をも持たぬ化け物では」

「……自身を、持たぬぅ?」

 ここでアリスの首は、縦に百八十度回転した。

 首の折れる音すら聞こえて来そうなほど、軋んだ人形のように動いた彼女の首は、直後に激しく揺さぶられる。

 彼女が男の言動に、初めて、感情を表に出した瞬間だった。

「この野郎! このクソ野郎! 俺に自分がねぇだと!? 万人の個性、万人の夢を番えたこの私が、僕が、俺が、ワタクシが! よりにもよって個性に欠けるなんてあるかボケぇ!」

「魔性の獣よ、ここに骨を埋めるがいい」

「獣がお好み? ならなってあげるわよ! 獣のように牙を剥いて、鳥のように鳴いて、あぁそうよ! 私こそがジャヴァウォックの怪獣よ!」

「たかが獣に名乗る名などなし。しかし我が流儀に反すること適わず、故に名乗ろう。拳法家、澤山宗海さわやまむねおみ。これより怪物に挑まんとする、一匹の男である」

 太公望は戦場を見下ろしていた。

 武将郭多を失ったものの、未だ残っているのはこの世に名を遺したために神へと昇華されし魔神達。故に優勢に変わりなし。

 さらに言えば、ここまで太公望の描く通りの戦場になりつつあり、すなわち理想的な形で流れていた。

 マークスマンの働きによってアステュアナクスは戦線離脱を余儀なくされ、彼女を庇うアタランテの押さえ込みにも成功。二人の狙撃手を押さえ込んだ。

 そして負傷者を回収する役目にあったアリスを澤山が押さえ込むことにも成功した。

 マークスマンに張らせていれば、最も機動力のある彼女が対処しに行くのは目に見えていたが故の結果である。

 澤山の拳法が司るのは魔性、魔物を殺す力。

 童話の魔神という、人間よりも魔性に近い存在を相手に擦ればこそ、力を発揮する。

 これでアリスの足止めは完了。さらにアリスの討伐そのものを望める形にもなった。

 重畳、重畳。

 序盤で抑えたい戦力は抑えた。

「さて、次の一手は……」

 戦乱の世の軍師、太公望。

 次なる一手が撃ち込まれる――

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