青と黒の最終決戦 ー竜頭竜尾ー

竜頭竜尾

 黎明の朝。

 正確に吐き捨ててしまえば、この戦いによって何かが幕を開けるわけでもなく、同時に何かが終わるわけでもない。時代の転換期、などの大きな事態にすら発展しない。

 この戦いが終わったとき、勝者と敗者が存在するだけである。どちらが勝ち、どちらが負けるか。それだけの結果しか残らない。

 だが彼らは止まらない。止まれない。

 彼らが歩んだ約十数年はこの戦いのためにあり、彼らが戦い抜いた激戦はすべて、この戦いのための糧であるが故に。

 朝のまだ温まっていない空気が冷たい。季節はもう春だというのに、肌寒く感じられるのは、それだけの高度にいるというだけではないだろう。

 雲を突き抜ける空中庭園。その中でも最も背の高い、庭園の主であるセミラミスの居城の参画の屋根の上に立つミーリ・ウートガルドは、肌を刺す寒さを感じながらも、しかし寒いとは吐き捨てなかった。

 普段ならば身を差し過ぎるくらいに感じる上空の寒さも、このときばかりはちょっとした気付代わり。

 因縁の決着を着ける最終決戦が間近に迫っているこの状況下で、眠くなるなどあり得ないのだが、それでも少しでも気を引き締め、緩まぬようにと寒空の中に立っていた。

 息は真白に凍り付き、髪には雫が張り付いて、肩には雪すらも積もる。

 だが決戦を前に緊張しているミーリの感覚は良くも悪くも鈍っており、それらの寒さをうまく感じ取れてはいなかった。

 全神経、すべての意識が大陸の彼女へと向いており、寒さを感じる感覚が麻痺していた。

 ミーリの青い双眸は絶えず一点を見つめており、そこから一瞬も動かない。それに合わせて体も微塵も震えることなく、彼女が不意打ちをしてきたときのために稼働準備を整えていた。

 すでに臨戦態勢万全。いついつでも出撃可能。

 問題は先に仕掛けるか、先手を譲るかだが。

「先手を取るよ、空虚うつろ

「了解した」

 こちらも臨戦態勢は万全。

 荒野あらや空虚は弦を弾き、矢を構える。

 狙うは大将、その頭。首根を射抜いて即死を狙う。

 無論、そう容易く狙い通りにいく相手ではない。

 先の人類悪との戦闘の最中、過去に魔獣をも射抜き、仕留めたことのある高名な狩人の弓矢すらも、視界に入れることなく相殺するような怪物だ。

 自分の矢が、そう当たるなどとは思っていない。

 だが、牽制くらいならできる。

 今、彼女の体の中にいるのは天の女王を唯一殺せる死の女神。漆黒の瘴気は、女王を殺し得る力であることは間違いない。

 故にわずかながら、ただの牽制だけでもできればと、空虚は弓矢を振り絞る。

 霊力探知ですでにコメカミを捉えている。もしも防御されなければ、一ミリ以内の誤差で射抜ける自信がある。防御されなければ、だが。

「いよいよか」

「……ごめんね」

「この戦いに、巻き込んだことにか?」

 この戦いに生産性はない。

 国と国が争うのは、そこに食糧なり金銭なり、平和なりと、希望と呼べる何かを手に入れるためであり、無益な戦いなど存在しない。

 例え手に入れられるものが誇りや勲章でも、そこには勝利という栄光が与えられることだろう。

 だがこの戦いに、この二人の戦いによって得るものはなく、失うものばかりだ。

 勝ってもかつての想い人をうしない、負ければすべてを奪われる。金銭も食糧も平和もない。何も、何一つ、得るものはない。

 ただ得られるものがあるとすれば、勝利の結果一つだけである。

 そこに彼女を巻き込んだことに、ミーリは罪悪感を感じ始めていた。

 強いて言うならば、彼女の存在こそがミーリにとっての希望であり、彼女との未来こそがミーリが得られるものであったが故に。

 空虚は、静かに首を横に振る。

「嬉しいんだ、私は。私は、おまえの力になりたいと思っていた。だけどおまえは強くて、私になんてできないことまでできてしまうから、必要とされていないと思っていた。だから、こうして必要とされていることに、私は喜びを感じこそすれ、巻き込まれたなどとは思っていない。むしろ――」

 空虚はこのときはにかんだ。

 微笑をたたえた唇は、微笑のままに言の葉を紡ぐ。

「ありがとう、私を巻き込んでくれて。私を選んでくれて。だから、私は全力で応えるよ」

 ミーリはそっと、空虚の横髪を掻き上げる。

 空虚に弓を下ろさせると、微笑を湛えるその唇を自らので塞ぎ、真白に凍る息を交わらせた。

「ありがとう、空虚」

「愛する人の頼みだからな。断る理由はどこにもない」

 ユキナ・イス・リースフィルトは遥か高くに浮かぶ空中庭園の、一点のみを睨んでいた。

 最初こそ見上げているだけだったのだが、ミーリが空虚と二人切りになって、さらに口づけしたのを常識を逸脱した視力で捉えると一気に不機嫌になって、凄まじい殺気を放っていた。

「ギルガメス」

 最古の王にして人類の歴史上最後の半神半人。

 ギルガメスが、黄金の鎧を身にまとって現れる。錬金術によって岩から槍を作り上げると、大きく振りかぶって投擲の構え。

 放つ。

 その行方を、ユキナは目で追った。

 空を裂き、一直線に空中庭園へと駆け抜ける槍。

 その切っ先はミーリではなく空虚に向いており、目の前で恋人が死ぬ瞬間に立ち会わせてやろうというユキナの嫉妬から来る、空虚に対しての宣戦布告兼、殺人予告兼、殺人そのものだった。

 だがその槍を、こともあろうに隣のミーリが受け止めた。

 元々岩である槍を片手で粉砕。そして直後、空虚の矢が飛んできて、ユキナは踵落としで叩き潰す。

 すぐさまユキナは瞬間移動さながらに空中庭園へ肉薄。一瞬で距離を詰めて今度は自らの手――基、脚でユキナを蹴り飛ばしてやろうとするが。

「やっぱり来た」

 ミーリはユキナの行動を読んでいた。

 彼女の行動パターンなど、ミーリからしてみれば先読みは容易い。

 ミーリが空虚と口づけをしてみせたのは、彼女を挑発する意味合いも若干含んでいた。

 というのは言い訳じみて聞こえるだろう。現にミーリが空虚に口づけしたのは、空虚が健気なことを言うものだから、感極まってついしてしまったからである。

 簡単に言えば、自分の彼女が可愛くてしてしまったということだ。これがユキナは許せない。

「ロン!」

 紫の聖槍が、どこからともなく飛んでくる。

 ユキナの脚が空虚を捉えるよりも前に握り締めたミーリは、掴み取った勢いで薙ぎ払う。

 ユキナが飛んでいくとミーリも跳び、聖槍を構える。

 紫の槍が一瞬で緋色に変化し、霊力を迸らせる。

「“槍持つ者の投擲ロンギヌス・ランス”!!!」

 先手を取るか、譲るか。

 逡巡したミーリだったが、先手を取ると決めた。

 開戦はユキナの陣営の槍の投擲だったが、しかしミーリが先に大技を叩き込む。

 開幕速攻。手加減、容赦なし。

 先手を取ると決めたミーリは、有言実行を果たした。

 そしてそれを開戦の狼煙として、両軍が動き始めた。

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