vs アンラ・マンユ『悪神遺伝』

 戦場の負の感情を吸収し、時間を経過する毎、自らの霊力と能力を強大化させていくアンラ・マンユと戦うミーリは、アエシュマによってベアトリーチェがやられたことを霊力探知で理解していた。

 戦場独特の乾いた空気が、ミーリの喉を異様に渇かす。

 もう何度目になるか、アンラ・マンユの体を魔剣で斬ったミーリは、剣から滴り手に流れた彼女の血を舐めて渇きを癒す。

 見た目、黒いその血を吸う姿はどこか猟奇的に見えるし、実際その黒い血は穢れに穢れた汚物なのだが、ミーリが口に含んでブクブクと口をすすぎ、吐き出したそれは透明だった。

 自身の霊力で黒血の霊力を押さえ込み、毒素を浄化してみせたわけだが、こんなものを見せたところで、彼女に対しては強がりにもなりはしない。

 彼女はさらに猟奇的に、自身の斬り落とされた指を喰い、空腹を満たして見せるほどである。

 自身の再生能力で指を生やしたアンラ・マンユは、頭髪から引き抜いた刃を再び握り締める。

「行かせないよぉ? ミーリ・ウートガルドくぅん……」

 自身に蓄積し続けている負の感情のせいで、自身もまた狂気に堕ちつつあるアンラ・マンユの目は、すでにミーリ・ウートガルドを見ているようで見ていない。

 世界のすべてを呪い、世界のすべてを破壊し、世界のすべてを穢すことを目的とした、世界を相手取った復讐者のような顔をしていた。

 無論世界を相手に復讐するなんて大事を成せる者なんてのは神ですら存在しないし、それはただ、それだけの絶望を味わったという比喩表現に使われる、ただの言葉遊びである。

 しかし彼女は本当に、本物の復讐者が如く、世界を呪っているかのような目で嗤っていた。

 猟奇的。そして狂気的。

 世界最高の悪心にして悪神。彼女は今、世界を壊して世界を殺す、史上最悪の犯罪者にして復讐者に成り果てようとしていた。それはすなわち、彼女の完全なる復活を表す。

 そう、未だ彼女は不完全な状態である。

 ここまで人類軍を追い詰め、剰え滅ぼしかけてさえいる最強に近い悪神であるが、しかし今の彼女は不完全で未完成であることに間違いない。

 誰もが忘れていることだが、彼女はまだ何千年ぶりの復活から一日も過ごしていないのだ。霊力は足りず、戦いだって未だ本調子とは程遠い。

 しかし確実に、少しずつ、力を取り戻してきている。

 血が弾け、肉が躍り、死が聞こえる戦場で戦い続けることで、彼女は確実に力を、戦いに関する勘を取り戻しつつあった。

 ここまでの戦いは彼女にとって、数万年のブランクを埋めるための準備運動でしかない。

 負の感情の拡散と伝染の精神的攻撃から始まって、徐々にその暴力は具体的かつ具現的となっている。現状、彼女は二体の腕を強化かつ狂化し、人類殲滅に出て来た。

 そこに彼女自身までもが、暴力的なまでの凶悪性を持って出ていったら、収拾などどこにもつかないだろう。彼女を倒し、封じたスプンタ・マンユという善の神が、どれほどの存在だったのかを想像させられる。

『マスター……』

「うん、わかってる」

 ここで普通なら、大丈夫だよ、なんて言葉が出てくるのだが、実際、そんな余裕もなかった。

 相手は時間を経過する毎に実力を増している怪物だ。

 戦いの中で相手が成長するという点では、学園で後輩を相手にする感覚に似ている。だが彼女の場合はそれが脅威的速度で、それがいつ自分の首を断つか、その脅威が確実に自分へと迫っている恐怖感。

 対峙し続ければし続けるほどに、彼女と戦うことに恐怖を感じてならない。その恐怖がまた彼女の霊力となり、彼女を強くしているのだと理解できていても、感じないなどできるわけもない。

 時間を経過する毎に強化――いや、進化していく敵。これほど脅威的な敵もいない。

 故に今回ばかりは、自分は強いなどと言い切れる自信もなかった。いつその刃が首に届くか。そのまえに相手の首を先に落とせるか。時間との勝負。

 いや、そもそも自分の戦いだろう。

 この戦いの中でさらに一段階。進化しなくてはならない。この後に控えるユキナとの、最後の戦いのためにも。

 また一段階、強くならなければいけないのだ。

「レーちゃん、もうちょっと頑張れる?」

『は、はい!』

「よし来た!」

「希望色……希望色の顔だぁ、あいつの顔だぁ……スプンタ、スプンタ潰すよぉ!」

 アンラ・マンユは自身の髪の毛を引き千切り、宙へと抛る。すると散らばった毛の一本一本が気泡を立てて膨らみ、ミーリの頭上を、真っ黒な存在が埋め尽くした。

「“悪神遺伝ジャヒー・フヴァエトヴァダタ”」

 アンラ・マンユと同じ姿をした――いや、もはやアンラ・マンユの分身と言って過言ではない。アンラ・マンユそのものがミーリを取り囲んでいた。

 分身能力。いや、彼女自身の髪から生じたのだから分裂というのが正しいのか。ともかく、これで状況は悪化した。

 無論これも霊術。術者であるアンラ・マンユの意識を一瞬でも刈り取れさえすれば、解術はできる。その一瞬意識を刈り取るというのが、とてつもなく難しい相手なのだが。

「狩り殺す!」

「縊り殺す!」

「捻り殺す!」

「叩き殺す!」

「斬り殺す!」

「噛み殺す!」

「食い殺す!」

「圧し殺す!」

「踏み殺す!」

「突き殺す!」

 様々な死の形を、次々に口にするアンラ・マンユの分裂体。

 それぞれが頭髪から凶器を持ち出しており、狂気を放っている。

 そして本体であるアンラ・マンユは髪を獅子の鬣の如く逆立てて、その毛の束先から禍々しい刀剣を幾数本も出し、握り締めていた。

「“黒黒黒黒ウィザーリシュン”……!!!」

 アンラ・マンユの分裂体が、武器を手に一斉に襲い掛かって来る。

 ミーリは魔剣を複製、射出。分裂体を悉く射抜いていくが、数が減っていくに連れて視界が開け、次第に分裂体が回避できるようになっていく。

 二十体近くの分裂体が魔剣の弾幕を掻い潜り、ミーリに襲い掛かって来る。だがその刃がミーリに届くよりも先に、入って来た横槍――基、弓が、彼女達を横から射抜いた。

 数体はそれが致命傷となって消えるが、まだ何体か残っていた。だが不意に入って来た横槍の存在が彼女達の意識を一瞬だがミーリから逸らし、ミーリはその一瞬で残った分裂体全員を斬り付けた。

 黒い飛沫を上げて消える分裂体。その奥から、本体のアンラ・マンユが揺らめく頭髪で握り締めた十数本の刀剣で迫り来る。

 同時に来る斬撃を捌ききれず、両腕と両脚に浅く切り傷を付けられたが、しかし魔剣ですべての刀剣を叩き斬り、さらに彼女の体に深く魔剣を突き立てて、その熱で燃やす。

 痛みから叫ぶアンラ・マンユだが、しかしその勢いは削がれることを知らない。

 自身の髪の中からさらに刀剣を出すと、あろうことかそれを投げつけて囮にし、それを弾くミーリの隙をついて背後から抱き着くと、自身の頭髪で首を絞め始めた。

 息ができず、魔剣のコントロールができない。ミーリの呻きが、アンラ・マンユに快感を覚えさせる。

「死んじゃえ、死んじゃえぇ」

 と、そのとき、再度襲って来た矢がアンラ・マンユの頭を射抜き、その衝撃と威力で吹き飛ばす。そして黒い瘴気を燃え上がらせ、アンラ・マンユを焼き始めた。

 アンラ・マンユの断末魔が、呼吸を許されたミーリの耳に響く。

空虚うつろ……」

 ミーリの言う通り、矢は空中庭園から、空虚が放っている。

 だがその霊力制御は、未だうまくは言っていない様子だった。

 彼女に託したエレシュキガルの絶対的死の力が、悪神とはいえアンラ・マンユに敵わないはずはない。ある程度の体勢を有していようが、最後には必ず殺す代物のはずだ。

 だがアンラ・マンユは矢を抜き、自らを燃やす瘴気を頭髪で覆って消火すると、頭を射抜かれたというのに未だ狂気的に、ミーリに対して憎悪を燃やし、怪しく舌なめずりをしてみせる。

 そしてその狂気の様子は、庭園の空虚もまた望遠眼で見ていた。

 体中から冷や汗を流し、息は乱れ、体内から黒い瘴気が漏れ出ている。

 意識が瘴気に刈り取られそうである。ミーリから、エレシュキガルの力は自分より馴染みやすいなどとは聞いていた空虚だが、その言葉を疑うほどに辛かった。

「空虚様、少しお休みください。そのままでは意識を持って行かれます」

 アタランテと共に戦場の随所随所に援護射撃を入れていた空虚だったが、エレシュキガルの力を御し切れずに暴走。現在その身を焼く死の力に震え、苦痛を味わっていた。

 ネキが空虚の回復役に徹するが、霊力を与えたところでほんのわずか痛みが和らぐ程度で、なんの解決にもなっていない。

 アタランテを護っていたヘレンが空虚に流れる死の力の押さえ込みに加わり、なんとか今の援護が間に合った次第である。

 空虚は絶えずミーリの様子を国崩くにくずしの望遠機能で見ていたが、そこから矢を番え、射るまでの体勢になかなか移れない。体がすでに、言うことを聞かなくなってきていた。

 魔法の異世界で、エレシュキガルの力を身にまとっていたときの記憶はない。逆に言えば意識を失い本能に従えば、おのずとコントロールできるということなのかもしれない。

 だがそれでは意味がない。暴走した状態で、正確な射撃などできるだろうか。最悪ミーリすらも、その手に掛けてしまう可能性がある。

 それでは意味がない。エレシュキガルの力を使いこなし、ミーリのサポートをと、空虚は気力を振り絞る。

『空虚!』

『空虚、無理をしては暴走を……!』

「無理をしなくてなんとする。今私の夫となる人が、命を賭して、戦っているのだぞ。戦場は見えている。弓矢だって届く。私は……もうあいつに遅れるのは御免だ。私は、奴の隣で歩く!」

 立ち上がろうとして、力に酔って片膝を付く。

 そのときヘレンが、空虚の脇を持って支え、自身の肩に腕を回させて空虚を立たせた。

 そして自身の光の膜で空虚を包み、溢れ出る力を抑え込む。

「番の鳥が、今日もどこかで飛んでいく。鴛鴦おしどりは噂ほど、純情じゃないの。いつだって、次の相手を探しているわ。あなた達もいつ番を変えるか、それはわからないけれど、でも今のあなたの番が彼だというのなら、気張りなさい」

「なんだ、これは……」

 体が、少しずつ楽になっていく。

 死の力である瘴気と霊力が、血液のように、体に循環していく。

 生まれたときからそうであったかのように、体に馴染んでいく。

「Masterのときも、こうできればよかったのだけれど……あなたにできて良かった」

「これは、なんだ……? 体が、とても楽に……」

「女神アテナの力よ」

 天空の領域ドードーナに招待され、ミーリとゼウスの交渉が決裂し、その場を去ろうという直前の話。ヘレンはアテナと対面していた。

――おまえが、女神の聖盾アイギス……私の盾、か

――今は違うわ。私は今、あなたの番じゃない。すでに新たな春は訪れて、私は新しい番と空を飛んでいる。今更、あなたの元へ戻ることはできないの

 人格を持った自身の盾と、アテナが邂逅したのはこれが初めてであり、アテナは流暢に話すヘレンを見て多少なりとも驚いていた。

 神霊武装ティア・フォリマとはこんなに喋るものなのかと、思ったくらいだ。

 難しい言い回しをするヘレンに対して、アテナは少し言葉を選ぶ。子供扱いするわけでなく、逆に彼女に対してどのように接するべきか、その値を迷っていた。

 そんな女神に対して、ヘレンは特に何を考えている様子もなく。

――あなたの力を貸して欲しいの

 と、なんの脈絡もなしに、しかし自然に言って見せた。

――あなたの守護の力が必要なの

――言っておくが、今の私の力など大したものではないぞ。絶対悪の攻撃を防ぎきれる保証などどこにもない

――弱気なのね

――神とて、常に自信があるわけではない。かつて美しい髪を持っている女神に嫉妬し、醜い怪物に変えてしまった過去すらある。この純潔を奪われると、多くの神を先んじて殺したこともある。そう考えると、私は嫉妬の神になってすら、いたかもしれない

――でもその臆病が、あなたを守護の女神として確立している。そしてその力が、私には必要なの。いつか来る、冥府深淵の女神、その力を抑え込むための力を

――エレシュキガル、か

 アテナもまた、ヘレンの先読み能力の長けた部分にこのとき気付いた。

 戦場における先読みの才は、戦の女神である自身の特権だと思っていたが、それが自身の武装にも備わっていたということなのか、それともその盾そのものの能力だったのか。

 彼女はとにかく、そのあと女神エレシュキガルの力を誰かが持て余し、暴走させることを知っていた。その未来を、すでに予見していたのだった。

 そしてアテナは同時、それこそ自信がないことなのだがとヘレンに返した。

 冥府深淵の女神、エレシュキガル。天空神ゼウスを父に持つアテナにとっては、正反対の性質を持つ相手である。

 かつて天空の女神、天の女王とさえ呼ばれた女神イシュタル。彼女ですら、彼女の霊力には逆らえなかったと聞かされる。地上の絶対的支配者。

 天の女王とアテナとでは、天の女王の方が格上。そんな彼女ですらかつて敵わなかった冥府深淵の女神、魔女の力を、果たして抑えることなどできようか。

 答えは否、無理だ。

――だけどそれは、女神イシュタルが守護神ではなかったからとも言えるわ

 と、ヘレンは言い切った。

――女神イシュタル。名だたる女神の権能は美と豊穣、そして戦。その本質は戦いに関する美の象徴。あなたと同じよ。だけどあなたと違うのは、彼女にはあなた以上の守護神としての姿がないということ。山を焼き尽くし、天の牡牛をけしかけた破壊神。それが彼女の本質

 不思議なものだ。

 先ほどまでは番の鳥だなんだと言っていた彼女が、こうも真面目な言葉で飾ると印象が変わる。何万年と時を生き、世界を知った放浪者のような、熟年の香りを感じさせる。

 その先見の明は、人間に世界を託した神々であるアテナには、存在しないものだ。

 故に思う。彼女は自分よりも、他人を信じる力に長けている。

――戦いの女神にして美の女神。そして何より絶対的守護神。あなたの防御をそう易々と敗れる神など、この世界に存在などしない。だって、そうでしょう? 私はかつて、あなたの盾だったのだから

 だから信じられると付け加えた彼女の言葉に、アテナは吹っ切れた様子で、方法は一応ある、と切り出して、その方法を、今、ヘレンは実践していた。

 対象を覆うように盾を展開するのではなく、対象自身に自分を覆わせるように霊力を流し込む。ヘレンの霊力を与えられた空虚が、その霊力で、自身の体を保護する膜を張るイメージだ。

 その結果空虚の霊力とヘレンの霊力、そしてエレシュキガルの霊力が混じり、聖と死、そして空虚自身の霊力が程よく混ざり合い、調和する。

「さすがに、私の力を一度は使いこなしてただけはあるわね」

 空虚の中のエレシュキガルが、そう漏らした。

 本来ならばこの方法とて、霊力の順応には早くても数時間かかる計算をしていた。

 だが空虚は一度正気を失い、暴走状態にあったとはいえ、エレシュキガルの力を使いこなしていた存在。力の順応は、他よりも早い。

「さぁ、あなたの夫が待ってるわよ。その矢で敵を射止めなさい。そして、彼の心を射止めなさい」

「……残念だが、私はもう、奴の心は射止めた!」

 だがこれからも、射止め続ける。

 そうでなくては、あいつには私なんかより、魅力的な女性が言い寄っていくからな……私は、奴の妻になる身として、彼女達の分まで、奴を愛する義務がある!

「天、戦! 二重上位契約!」

『はっ!』

『試したことはないが、今なら行けるか! 行くぞ空虚ぉ!』

 二体同時の上位契約。それはリエンの切り札であり、ミーリができない芸当である。

 しかし今、空虚は三人分の霊力を循環させている。その霊力の量、質共に、今までの空虚の領域を遥かに脱した状態。

 故にできると確信していた。何より、できなければならない。

 愛する男を護るため。愛する人と共にいるために、どこまでも、強くなっていく。

天鹿児弓あまのかごゆみ! ――上位契約、天稚彦あめのわかひこ! 国崩し! ――上位契約、大国落たいこくおとし! 二重上位契約――」


「――天速水之大国落あめはやみのたいこくおとし!!!」

 召喚された三つの砲身が空虚の背後で浮かんでおり、その左目には標準装備。

 そして真白の羽衣に身を包み、世界を透き通して見えるほど美しい水で構成された弓を握り締めた姿。二つの上位契約が、ここに成功した。

『やったな空虚!』

「まだだ! さらに異国の神をこの身に宿す!」

 空虚はさらにギアを上げる。

 全身から黒い瘴気を噴き出して、それをあろうことか真白の意匠にまとわせる。

 すると真白の意匠はその瘴気を吸いこんで、漆黒色に染め上がった。胸元を彩る赤い柘榴が、咲く。

天速水猛地之神墜あめはやみたけるちのかみおとし

 漆黒の装いに化けた空虚の両脚から、根のようなものが張って体を固定する。

 大気中の水分を掻き集め、作り出した矢を構える。死の力を這わせた、透明な水ででき、漆黒の瘴気を這わせた異形の矢で、空虚は狙いを澄ませた。

「ここより我が矢はフブルーの如く。汝の魂、喰らいて光る。クルヌギアに堕ちて、魔女の餌と化すがいい。この力、死の女主人なりや――」

 ミーリが見える。

 その敵であるアンラ・マンユも見える。

 再び分裂能力で、ミーリを翻弄している。

 ならば本体を射抜けばいいが、しかし本体は先ほどの矢を警戒して、分裂体に囲われている。

 ならば、それごと射抜く。

「――穿つ! “雨業之讐カルマ・イルカルラ”!!!」

 一直線に、空を駆け抜ける真白の閃光。

 それはミーリとアンラ・マンユの戦う上空で弾けると、白と黒の流星群となって、アンラ・マンユの分裂体を悉く射抜く。

 そのすべてが分裂体を即死させ、その事実がアンラ・マンユに危機感をもたらした。

 アンラ・マンユはすぐさま回避行動を取り、その結果、先を読まれたミーリの斬撃をもろに受けて、さらに蹴り飛ばされる。

 宙に浮かぶ島の一つに叩きつけられると、さらに追撃の矢が刺さってその身を燃やす。その力が死の力だと直感したアンラ・マンユは、すぐさまその矢を引き抜いて自らの霊力でその瘴気を掻き消した。

「こんな霊力、一体誰が……どこから!」

「誰って? 教えてあげようか――俺の奥さんだよ。いい女でしょ!」

「誰が!」

「“巨人の国よ、煌々と燃え盛れムスペルヘイム”!!!」

 馬鹿め、その技はもう何度も喰らった、同じ手を――

 そう思ったアンラ・マンユは、直線的な突進攻撃に対して頭上を取り、二本の刃で斬りかかる。が、ミーリが今回複製した魔剣の数は、九本どころではなかった。

 ミーリを追って走る百を超える数の魔剣が、アンラ・マンユに襲い掛かる。それらがアンラ・マンユを取り囲み、刃に籠った熱で焼く。

「“日はまた昇るライジング・サン”!!!」

 太陽のように輝く炎熱が、アンラ・マンユを焼き焦がす。

 その攻撃から脱したアンラ・マンユがミーリを睨んだ時には、空虚の矢が彼女の首根を貫通していた。

 再生能力で復活するが、矢がまとっていた死の力が徐々にその生命力を奪っていく。

 同じ死の力を持つアンラ・マンユだが、その本質は人間の悪心。純粋な死の女神にしてその力における頂点であるエレシュキガルに、勝てるはずもない。

「このっ……!」

 先に空虚から片付けようと、戦線を離脱しようとしたアンラ・マンユを斬り付けるミーリ。

 別の瓦礫に飛び移ったアンラ・マンユは、再生しながら狂気の目でミーリを睨む。

「させないよ、そんなこと」

 歯を食いしばり、軋ませる。アンラ・マンユの、怒気を孕んだ咆哮が響いた。

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