vsド・ブランヴィリエ公爵夫人
助けて、助けて、誰かどうか、この声を聞いて。
お願い、誰か助けて。
私は、私はここにいる。私は――はここにいる。
だからお願い、私を助けて――!
「上位契約、
リストとの口づけを交わし、
「“
五発同時の連続突きが、ブランヴィリエに叩き込まれる。だがそれはやがて色を失い、形を失い、毒の塊となってロンギヌスを捕まえた。
だがロンギヌスは自らの力で毒を浄化し、毒液を聖水と呼べるに相応しい者へと変える。毒でないものは操れないのか、聖水は地面に溶けて消える。
そのすぐ側で、ブランヴィリエは嫌悪の表情でロンギヌスを睨んでいた。
「あなた……もしかして聖職者の方ですか? いやですね……聖職者なんて名ばかりの職務に就かれる方は……大嫌いです……!」
吸血鬼のような赤眼を光らせて、ゴシックドレスの裾から新たな毒液を落として蠢かす。
再びロンギヌスを捕まえて動きを止めるが、しかしそれは一瞬だけ。すぐさま毒は浄化され、ロンギヌスを毒すことなく束縛を解く。
しかしその隙に背後に回ったブランヴィリエが、手を振るって袖から毒針を出し、ロンギヌスの首筋に撃ち込まんと突き出す。
しかしそこにミーリが跳んでくる。
鎌を頭上に放るとブランヴィリエの手を
だが上半身と下半身が分かれても、ブランヴィリエは笑みを浮かべてさらに動く。下半身からさらに毒液を噴出し、上半身もミーリの首根を捕まえて締め始めた。
足元と絞められている首から、ジワジワと毒が染み込んでくる。だがロンギヌスの魔力と元々持っていた抗体とが噛み合い、体内に入り込んだ毒を打ち消す。
そして全身を振り回して鎌を振るい、首を絞める上半身と毒を噴き出す下半身を微塵に吹き飛ばした。
だがそこに、エレファが奇声を上げながら突っ込んでくる。右手に光を宿しながら突進し、そしてその右手をミーリに叩き込んだ。
「“
燃え盛る螺旋の突風が、ミーリに叩き込まれる。体を貫通する攻撃は体内を捻って燃やし、人間を絶命に至らしめる――はずだった。
「あ”?!」
ミーリがいない。今の攻撃に吹っ飛んだかとも思ったが、今の攻撃は一点に集中して貫通力を何より上げた。体を貫いたとしても、全身が吹き飛ぶ風速はないはずだ。
「ここだよエレちゃん」
不意に繰り出された回し蹴りをガードするも、凄まじい威力に吹き飛ばされて街路灯にぶつかって海老反りになる。
あまりにも強い力で体を反らされたため、背骨が折れるかとすら思ったが、しかしなんとか持ちこたえた。だが全身が痺れて動けない。特に脚への電気信号がうまく届いていない様子で、まったく立ち上がれなかった。
『先駆者よ、ちとやり過ぎではないか? なんか、人が見たことない角度まで曲がってたぞ今』
「え、手加減したんだけどなぁ……」
「彼女達は魔法使い。近接戦闘はしてくるけど、私達の世界ほど浸透はしてないみたいだから、耐性がないんでしょう」
「そっか」
「それよりもミーリ、彼女どうするの?」
ロンギヌスが差す方には、両手の指と指の間に挟めるだけ挟んだ毒針を握り締め、舌なめずりをしながらこちらを見つめてくるブランヴィリエ。
その目が、かつて自分にとって最適なおもちゃを見つけたときのユキナの企み笑顔と重なって、ミーリは懐かしさと恐ろしさを重ねた感情に揺られていた。
「そだな……うぅん……」
「何もないのならないと言ってください」
「ご、ごめんなさい……ありません」
ロンギヌス口調で怒られて、かなり凹む。ロンゴミアントの声で丁寧語を使われると、なんだか大きなダメージを受けてしまう自分がいる気がする。
その様子を微笑ましいと思ったのかそれともみっともないとか思ったのか、ブランヴィリエは口角を持ち上げた。まぁおそらく嘲笑なので、後者に類するものだろうが。
「仕方ないですね……では私が彼女の相手をしますので、あなたはケットさんを連れて他に行ってください」
「それはヤだ!」
思わずロンギヌスは体勢を崩す、ここに来て、まさかの返答だった。
「そこ、拒否するのですか?!」
「だって……俺はロンのパートナーなんだよ?! なんでパートナー置いてって、俺だけ有利なとこ行くの! 俺はそんなのヤだ! 俺は、ロンの最期を最後まで守り抜く! それが、この戦いでの俺の役目だ!」
忘れていた。いや、思い出さされたという方が正しいのか。
元々自分にはなかった記憶。しかしどんな神のいたずらか、今の自分には彼と戦いを共にした彼女の記憶がある。故に、思い出さされた。
ミーリ・ウートガルドはこういう人間だった。自分の好きな人を、守る戦いをいつだってしてきた。
その好きに特別製がなく、故に気に入れば誰でもとなってしまっているのが問題ではあるのだが、しかしそれでも、ミーリ・ウートガルドはそうだった。
でもならば他のパートナー達も心配で、そちらにも行きたいはず。それでもなおこの場を譲らず、ブランヴィリエを倒してロンギヌスと――いや、彼女と一緒に行きたいというのは。
果たしてそれは、特別の何かなのだろうか。彼が、特別を持ち始めているということなのだろうか。だとすればそれは――
「俺、笑われるようなこと言ってないよ」
「違うわ……違うの」
笑っていたことに、言われて気付く。同時に目には、彼女の代わりに浮かべた一滴が目にあることに気付いた。
そう、嬉しかったのだ。これは嬉し涙だ。
彼が知らぬ間に、ずっと隣にいた彼女すらも気付かぬ間に、彼には特別ができていたのだから。
いや、違うか。
たったの五年。されど五年。共にいて、共に戦った時間と日々は、長いようで短い。しかしその時間が彼に少しずつ思い出を与え続け、胸の内に溜まり、形作っていたのだ。
彼すらも気付くことなく、彼の中で、彼女の存在は蓄積されていたのだ。それが彼にとって、どんな存在にまで昇華されたのか。
嬉しくないはずはない。
それは自分と似た誰かのこと――自分が作り出した武装のことだ。自分でないとしても、自分の分身がその存在にまで思われているのならば、それは歓喜すべきこと。
例え自分がその存在でなくても。彼を思うこの気持ちはきっと、他でもない彼女のものだろうから。
「嬉しいんです……あなたが、彼女のパートナーでよかったと……」
槍を構え、ミーリへと一気に肉薄する。敵がそうして来たのなら即座に体を真っ二つに両断しているところだが、ロンゴミアントの顔が迫ってくるのでまるで動けない。
そしてロンギヌスがその聖槍でミーリに向かって飛ばされていた毒針をすべて叩き落とすまで、動くことができなかった。
「なら、さっさと倒してみんなのところに行くわよミーリ!」
「……ラジャ!」
『なんか、忘れられてないか私』
二人のいい雰囲気に、リストは入り込めない。だがそこに土足で入り込んだのは、毒液を操りオオトカゲの姿に変えたブランヴィリエだった。
「置いていけないとか、みんなが心配だとか、そういう綺麗事やめてくれません?! 人が他人のため、誰かのためになんて動けるわけないでしょう?! 結局すべては自分のため、自己満足のため! 己の正義を貫くことで、自己満足を満たすことができるから動くのよ! 誰かのためとか反吐が出る発言は控えてもらおうかしら! 他人のことだけを思って他人のために動ける、そんなバカはこの世に存在しないのよ!」
まさに自身のために、家族を毒殺した女性の言い分と言える。しかしまた、その中にわずかながら真実が混ざっているのも事実だ。
ミーリはロンギヌスの前に出ると一瞥、そして目を閉じる。全身を使って鎌を振り回し、その刃をブランヴィリエに向ける。
「ブラおばさんの言う通り。誰かを助けたいと思うのも、誰かを守りたいと思うのも、全部そうなったら俺が満足できるからだ」
「だけどその満足が、俺のその自分勝手な満足が、みんなも満足させられるって信じてる。俺が満足できたなら、みんなを幸せにできたんだって信じてる。俺が満足できる結果が、俺だけのための結果じゃないって信じてるから……だから俺は! この子達を守る!」
始め、ミーリが同意したのだと笑みを浮かべたブランヴィリエだったが、すぐに反論されて歯を食いしばって怒りの感情を露にする。
彼女の周囲で牙を向けていた毒の塊のオオトカゲ達は、その尻尾を変形させる。それは毒の象徴たる蠍の尻尾となって、毒液を垂らした。
「人間は皆独りよがりの生物です。自己満足の塊です。あなたが満足できる結果が、皆が幸せになれる結果? そんな結果に辿り着けると思っているのですか? 英雄気取りの自己犠牲快楽者!!!」
蠍の尾を振り回し、オオトカゲ達が迫ってくる。ミーリは構え、迎え撃つ。
最初に正面から尾が迫る。しかしそれを躱し、オオトカゲの体に石突を突き立てて高く跳ぶ。それを見た残りのオオトカゲ達は一斉にミーリに向けて尾の先を飛ばす。
大量の毒が入った尾の先は、斬れば溢れた毒液が気化して肺を焼く。ミーリの反射神経ならば、斬り飛ばしてくるだろうことを想定した攻撃だ。
そしてミーリは、狙い通り斬り伏せた。すべての尾を斬り、中に入っていた毒が気化してミーリを襲う。肺を焼く致死性の猛毒は、確実にミーリを殺す――はずだった。
「リスッチ!」
『任せろ先駆者! 否、我が主よ! 死神の鎌の力、見せつけてくれるわ!』
魔鎌の斬撃が、空間を斬り裂く。斬り裂かれた時空が元に戻ろうと収縮し、気化した毒ガスを吸い込んでいく。そしてすべてを吸い込むと同時に閉じ、別次元に封じてしまった。
「“
「“
突っ込んでいくミーリの前に、毒液を集結させて作られた巨大な女性像が現れる。長剣と盾を握り締めたそれは、連続で繰り出されるミーリの斬撃を盾で受け止め、そして長剣での一撃で薙ぎ払った。
攻撃を鎌で受けたミーリだが、圧倒的物量に押し負けて吹き飛ばされる。石畳の道を十数メートル転げ、何故か閉まっていた校門に激突。変形させながらも、なんとか止まった。
「いっつぅ……」
『ムゥ、さすがに空中では踏ん張れぬよな? 踏ん張れれば質量の差など、先駆者ならば問題ないだろうが……』
「いや、さすがにトン単位とかは無理だと思うけどね?」
『いや、其方ならやってしまうと思う!』
「ミーリ!」
ロンギヌスが叫ぶ。見てみると、先ほど作られた毒の女性像の口が開き、何やら霊力を収束させているではないか。
そして、それは紫色の眩い光弾となって放たれる。もはや呆れて笑うしかないミーリを、光が包み込んだ。直後爆音と眩しい光が弾ける。
「アッハッハッハ!!! 死んだわ、死んだ! 英雄気取りの偽善者め!」
「だぁれがっ!」
完全に、ブランヴィリエの不意をついた。頭上から落下する勢いを使って、猛毒の巨像を両断する。それが倒れた衝撃で毒液が飛び散ると、その衝撃に隠れたミーリの斬撃がブランヴィリエを斬り裂いた。
だが傷は浅い。胸倉を斬り裂くことに成功したものの、瞬時に後退されて致命傷を与えられなかった。そのまま距離を取られる。
『どうした先駆者! 何故追撃しなんだ!』
「いや、脚が……ね」
とっさに操作したのだろう。巨像を作っていた毒液が、スライム状になってミーリの脚を束縛している。ミーリならば解けない拘束ではないが、しかし即座追撃する隙を奪ったのだった。
「やるなぁ……」
真一文字に斬り裂かれた胸に手を当てながら、ブランヴィリエは自らの過去を遡る。
司法官の家に生まれ、公爵家に嫁いだのは二一の頃。
しかし知っていた。この結婚に、愛などありはしないのだと。
夫であるブランヴィリエ公爵は夫人を愛しておらず、なんの利用価値も見いだせないとばかりボヤいていた。
すでに父の代で司法官との縁はできている。これ以上増やしたところで、意味はないと思っていたからだ。
確かにこれは、お互いの両親が決めた政略結婚。そこに愛などなく、恋など皆無であることは覚悟していた。
だがそれでも、彼女は愛そうとしていた。政略とはいえ結婚したのだ、夫婦になったのだ。愛など、そのあとからでも育める。そう信じていた。
なのに――
おまえなどいなくても構わん。好きにしろ。
そこに、愛など生じるはずもなかった。故にそのあと、自身の父親のご機嫌を取るためだけに体を求められたことには、吐き気と悪寒と殺意しか湧かなかった。
その過程で生まれた娘を愛せるはずなどなく、娘の世話は侍女に任せて自分は恋をした。
自分のための、自分が満たされるための恋だ。その結果とても気の合う愛人を見つけられた。その人との時間はとても満たされたものであり、その人との時間は彼女にとって掛け替えのないものとなっていった。
しかしそれが、父親にバレた。そんなことなど構わずに遊びたいが、父親はそれを許さない。だから殺してしまおうと思った、自分のために。しかし方法がわからない。
そこで愛人に相談した。すると答えはすぐに出た。毒を盛ればいい。少しずつ、少しずつ、相手が気付かぬように、少しずつ弱らせていけばいい。
その回答を得た二人はすぐに行動した。自分達のために。
二人で近くの慈善病院に通い詰め、毎日病人に毒を持って経過を調べた。最初は調合を間違えてすぐさま殺してしまったが、しかし徐々にその配分がわかってきた。
そしてついにその毒の調合と適量を見つけ、すぐさまそれを父に盛った。毎日少しずつ、少しずつ、弱っていく父を見ていくのが楽しかった。待ち遠しかった。自分のために、父が死んでくれるそのときが。
そして死んだ。ようやく、念願が叶った日だった。
結果的に父は死に、夫人は自由と莫大な財産を手に入れた。それが手に入ると、さらなる欲望が刺激された。
愛人と一緒になるには、夫と娘が邪魔だ――殺してしまおう。
毒の調合はもうわかってる。量もわかってる。ただ実行すればいい。
だがしかし、それは叶わなかった。あの日、彼が死んだあの日、すべてが変わってしまった。
「こんのっ……英雄気取りがぁぁぁぁぁっ!!!」
ミーリを捕まえていたのを含め、毒液が一気に彼女の元へ収束する。そして彼女を取り込むと肥大化し、巨大な鋏と尾を持つ蠍の怪物となって咆哮した。
「殺す! 殺す! 私のために! 私はすべてを手に入れて! もう一度! もう一度!」
大気を切り裂く鈍い音を立てながら、猛毒の尾がミーリに迫る。
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