vsド・ブランヴィリエ公爵夫人 Ⅱ

 新宿は歌舞伎町の街。

 鮮血色の空に、銃声が轟く。

「かぁぁっ! キリがねぇ!」

 二丁の拳銃で甲冑の騎士を撃ち続けるウィンだったが、まるで攻撃が効かないことに段々腹を立てる。

 ただの銃弾はすべて甲冑に弾かれ、魔弾を装填しようにも時間を貰えない。花嫁の召喚獣によって召喚された騎士の群れだが、現在その総数を六〇にまで増やしていた。

 とてもではないが、武装だけで処理できる量ではない。しかもそれに加えて、もう一体面倒なのを引き受けていた。

 灰色の鬣を持つ鎧馬に跨った、女騎士だ。

 地上どころか、ついに空中まで駆けだした馬に跨って、騎士は上下左右、あらゆる方向から攻撃して来る。

 ウィンはその突進を躱しつつ弾に霊力を込め、そして撃つという作業をこなさなければならない。四六時中、動きっぱなしだ。止まって休む時間はない。

 いかに人間よりも体力気力のある神霊武装ティア・フォリマでも、霊力のないこの世界で絶えず霊力を消費し続ければ、疲労だってする。

 だがウィンは走る、躱す、跳ぶ、そして撃つ。あらゆる角度、数、手段で攻撃して来る騎士達の隙を掻い潜り、縦横無尽に駆け巡っていた。

 だが攻撃が効かないので、状況はまるで好転しない。これにはさすがのウィンですら、イライラしてばかりである。

「魔弾さえ込める時間があれば、クソっ! ミーリの奴、んで俺よりスムーズに装填できんだよあの野郎!」

 過去に何度もミーリの武装として戦ってきたが、ミーリが弾を装填する時間は一秒を軽く切る。無論、銃系統の神霊武装の弾の装填は、普通の銃火器に弾を込めるのとは訳が違うが、それでもミーリは速すぎるくらい速かった。

 元々人の姿で戦うことが想定されていないのか、魔弾の神霊武装であるはずのウィンが、装填という重要な場面で主人よりも劣っていた。

 ますますイライラする。

「だぁぁっ! ヘレン! さっさと片付けやがれ!」

「騒がないで。声が聞こえなくなるから」

 ヘレンが相対するは三体の騎士と、その奥の花嫁召喚獣。

 剣を握り締めた騎士が、ヘレンの障壁とぶつかって、跳ね返された攻撃を受けて木っ端微塵に砕け散る。

 そして次の騎士が誕生するよりも前に、ヘレンは凄まじい速度で肉薄し、踵落としから蹴り上げで花嫁を蹴り飛ばした。

 赤い門にぶつかって、跳ね、そのまま下に落ちる。だがヘレンが眠たさで半開きの目で見つめる先は、その落ちた花嫁ではなく、すぐ自分の背後に回って距離を取った、甲冑の騎士を向いていた。

 するとその甲冑がすぐさま剝げ落ち、中から橙色の長髪と緑色の虹彩が現れる。そして瞬時に霊力で白いウェディングドレスを編み上げて着こなした。

 そしてまた両手を合わせ、空を仰いで祈り、騎士達を召喚する。

 再び三体の騎士が斬りかかって来たのを、ヘレンは前方に跳躍し花嫁召喚獣に蹴りを向ける。しかし今度は軽やかに躱され、距離を取られた。

 ミーリがやったら、確実に仕留めていたのだが。そう、思わざるを得ない。

 時折不思議に思っていた。ミーリはヘレンの観察眼を以てしても無理だと判断したことでさえ、成し遂げることが多い。故にミーリの限界を計るのを、いつからかやめたものだが。

「やっぱり私達に許されたのは、人の身と意識だけ。戦士の隣で戦うことは、許されてないのね……」

 ヘレンは一度、鮮血色の空を仰ぐ。そして再び斬りかかってくる騎士を障壁で粉砕し、そしてまた花嫁召喚獣に跳びかかったが、またも寸でのところで躱され距離を取られる。

 が、今度は捕らえていた。ヘレンがではない。花嫁召喚獣の背後に、女騎士の攻撃を躱すと見せかけて滑り込んだウィンがだ。

 振り返ることなく後方に銃口を向け、耳元であることも構わず撃つ。するとそれは花嫁の後頭部を撃ち抜き、そのまま前のめりに卒倒させた。

 が、どこからともなく再び花嫁が現れる。見れば倒れたのは、花嫁が召喚した騎士の一体だった。いつの間にか、場所が変わっていた。

「呼び出した奴と場所を転換できるのか! メンドくせぇなぁ!」

「……やっぱり、私達でを狩るのは難しいわ」

「は?! この野郎魔神とかじゃねぇのかよ!」

「ジャヴェル・ザ・ハルセス。冠する名前は、永遠の花嫁だったかしら。元は花嫁になる女性を守護する神様。命を育み新たな旅立ちに送ることから、春の神様としても知られるわ」

「じゃあ! なんでその花嫁さんが騎士なんて呼び出しやがる!」

「原理はわからないけれど……そうね。強いて言うなら――か弱い花嫁を護ろうと、男が寄り添ってくる、ということかしら。だから戦闘は彼ら任せ。受けたダメージも彼らに肩代わりさせられる」

「つまり……次から次に騎士を呼ばれるこの現状で、騎士達からまず一掃しろと?! ふざけんな! 兵法と丸っ切り逆じゃねぇか!」

「怒鳴らないで、声が聞こえなくなる」

「さっきからなんの声が聞こえねぇって?!」

「決まってるでしょ? 私達のMasterの、凱歌を謡う逞しい声よ」

 毒液によって作られた蠍の化け物が、ミーリに尾を向けて襲い掛かる。

 その攻撃を躱して尾の先端を斬り落としたミーリだったが、斬った尾から毒液が噴出し、後退を余儀なくされる。

 さらにその地面に染み込んだ毒液を蠍の脚が吸い込み、斬られた尾が再生した。斬り落としても、落ちた毒液を吸って再生する。つまりは無限ループというわけだ。

「ハハハ! まとめて殺してやるわ! 毒が効かないのなら、質量で圧し潰す!」

 そう言って、ブランヴィリエのドレスの袖、裾、胸元。あらゆる体の隙間から、大量の毒液が噴き出してくる。それらを蠍はさらに吸い込み、肥大化し、巨大化した。

 蠍の背後に隠れるブランヴィリエは、咳き込みながら二歩ばかりよろめき後退する。咳き込んでようやく吐き出したのは、大量の胃液だった。

 私の出せる毒の最大出量……一気に出すのはやっぱり、体力が……ですが!

 蠍の怪物が、毒液を蒸発させながら咆哮する。ブランヴィリエの嘲りが響くと同時、巨大な鋏を鳴らして襲い掛かって来た。

 ミーリはそれを即座に躱し、その鋏の上に立つ。そしてその腕の上を駆け抜けて、脳天に刃を突き刺したが、しかしその傷口から噴き出した毒液の勢いに吹き飛ばされ、距離を取らされた。

 その隙に飛び散った毒液を吸い上げて、蠍は再び傷を塞ぐ。

『キリがないぞ先駆者! どうする!』

 斬られても、その傷口から噴き出た毒を吸い上げて即座再生する。斬撃しか攻撃手段がない今、確かに打開策はない。

 しかしながら、狼狽えているのはリストだけであり、ロンギヌスもミーリもまるで動じていない。むしろ二人はアイコンタクトで作戦を立て、その作戦を実行に移そうとしていた。

「リスッチ。一撃で決めるから、俺に少し霊力頂戴」

『お、おぉ! そうか! よかろう! この死神の一番弟子、ブラックリストの霊力! 其方に託したぞ!』

「ありがと――」

 ミーリは攻撃を躱しながら高く、速く後方へと跳ぶ。そして着地と同時に頭上で高く鎌を振り回し、そのまま自身の前方で振り回す。さらにロンギヌスもミーリの後ろへと下がり、聖槍を構えた。

「行くよ」

 同時、二人して突撃する。

 蠍が鋏を持ち上げ、膨らんだ尾を小さくして、その減らした体積分尾を伸ばしてくる。毒針のある尾の先だけが大きく膨らんでおり、毒液を滴らせている。

 そしてその尾と鋏を伸ばし、先陣を切るミーリを貫かんとする。

 だがミーリに、回避する様子はない。減速する様子もない。ただ鎌を振り回し、一直線に突進していく。

 そしてその距離がゼロコンマ数ミリまで来た瞬間。すなわちミーリがトップスピードに至った瞬間。

 死の鎌が、刃の形状を変化させる。それは蠍の鋏や尾に引けを取らないほど巨大化し、ミーリ渾身の力で横一文字に振られる。

 さらに縦、左右斜めに。合計四文字の斬撃によって、蠍の巨体が細かく両断された。

 だがそれで終わりではない。

 斬撃はさらに蠍の奥で時空を切り裂き、大穴を開ける。大きく裂けた時空が、元に戻ろうと周りの空間を巻き込んで収縮を始めるが、その穴に向かって突風が吹きつける。

 蠍はバラバラの五体でそれぞれ踏ん張って堪えるが、そこにミーリが肉薄して来た。だがミーリは直前に跳躍し、距離を取る。

 だがその下からロンギヌスが肉薄し、聖槍を輝かせた。

「“槍持つ者の突撃ロンギヌス・ランス聖釘ゴルゴタ”」

 五度の突きが傍から見れば同時に放たれ、バラバラになった蠍の五体を突き飛ばした。

 それは時空の裂け目に飛ばされ、落ちていく。そして勢いよく裂けた時空が閉じ、毒液の蠍は別の時空へと封じられた。

 自身が今すぐ出せる量のすべての毒液を出したブランヴィリエは、驚愕の表情のまま固まる。すでに攻撃手段を失った彼女は、事実もう何もできなかった。

 完全なる敗北。それはもう、決まっていた。

「ナァイス、ロン。俺の狙い、よくわかってくれたね」

「そりゃあ、あなたと私の仲ですもの? ……彼女の代わりに、してあげましょう」

 背伸びして、ミーリの頬に口づけする。ロンギヌスは頬を赤らめ、そしてしてやったりとほくそ笑んだ。

「お疲れ様、ミーリ」

「……うん。ありがとね、ロン」

 互いが互いを想い、認め、信頼している。人間時代のブランヴィリエには、なかったことだ。

 誰も自分を愛していなかった。真に愛した人は死に、自身の運命を呪ったが故に繰り返した殺人の罪で、斬首刑という最期を与えられた。

 だが足掻いた。脱獄し、夫と娘を毒殺すると、その後亡命し生きようとした。足掻いて足掻いて足掻き抜いて、何年も逃げた。

 最終的には捕まり、首を落とされて死んだ。だが悔いはなかった。もう、何もかもを殺し尽した。財産も喰らい尽した。思い残すことも物もない。

 故に、ただ満足だった。

 自分は自分のため、自分だけを愛して死んだ。誰も信じず誰も認めず、誰も信頼することなく――いや、嘘だ。

 自分は愛していた。認めていた。信頼していた。他でもないあの人を。自分は一度、あの人のために生きようと思った。財産が欲しかったのだって、本当は。

「さて、降参してくれる? ブラおばさん?」

 聖槍と魔鎌、二つの切っ先がブランヴィリエに向けられる。ブランヴィリエはしばらく威圧的な眼差しで睨みつけたあと、そのあとすぐに諦めて両手を上げた。

「ミーリ、彼女どうするの?」

「魔神さんだし、とりあえず俺達と一緒に帰ってもらおうよ。ここで死んだら、無事に魂が輪廻できるかわかんないし……とりあえず……!」

 爽やかな笑顔で言ったミーリに、思わずブランヴィリエは戦慄した。その隣で、ロンギヌスは厭きれてもはや笑うしかないために微笑する。

 おそらく、殺すにしてもという言葉を省いたためにかなり残虐的に聞こえてしまっているのだろうが、しかしそれを笑顔で言ってしまうミーリの時折出る天然っぷりには参るしかない。聖槍かのじょも、きっとこれには困ったことだろうことは理解できた。

「じゃあ、縛っておかないといけませんね……何か縛れるものは……」

「縛らなくていいよ。もう毒は出せないみたいだし――」

 このとき、ミーリは完全に戦闘態勢を解いていた。すぐにまた戦闘態勢に入るため、束の間の休息に勝手にしていた。

 それは、彼の癖を知っているロンゴミアントの記憶を持つロンギヌスもまた同じ。

 故に二人が気付いたとき、先ほど戦闘不能にしたはずのエレファ・バックショットがロンギヌスの頭に光を宿す手を伸ばしていた。

 先ほどミーリを貫こうとしたのと同じ魔法なら、ロンギヌスの頭はひとたまりもない。

 同じシチュエーションでミーリが狙われていたのなら、彼女を殺していいのなら、ミーリは即座にその攻撃を躱し、首を落としただろう。

 しかし狙われたのは隣のロンギヌスで、相手は殺してはいけない一般人。神様でないただの人間を殺すことは、道徳的にも禁忌だ。

 だがそんなことは、エレファには関係ない。

 この攻撃も、いわば捨て身。気付かれようと止められようと、敵を一人でも道連れにしてやろうという自滅攻撃だった。

 故に気付かれようと、エレファは構わず突っ込んでくる。その目はもはや狂気のそれで、口角は無理矢理上げているために大きく歪んでいた。

「死ねよクソアマぁぁぁぁ!!! ヒャァッハァ!!!」

「“音無し空弾ケット・ブラスト”!!!」

 エレファの体が、突然吹き飛ばされる。形も色もなく、音もせずにぶつかった何かがエレファを吹き飛ばしたように見える。

 だがそれが何かなど考察する暇もなく、吹き飛ばされたエレファが体勢を立て直し、再度肉薄して来ようとしたところにロンギヌスが先に肉薄し、その聖槍で突き飛ばした。

 高く跳んだエレファの体。しかし落下の間に、エレファの体から何か緑色の気体が漏れ出す。それは次第に形を作り、一人の女になって落ちた。

 エレファは、駆けつけたミーリが受け止める。エレファの髪の色が緑から白に変わると同時、エレファの体から出て来た女の髪色が緑色になった。

「なん、で……私が取り憑いてるってわかって……いやそもそも、どうやって私を切り離し、て……!」

「私は聖職者です。悪しき魂の憑依くらい見抜けます。そしてそれを剥がす術も。私は中途半端な存在なので、こうして悪しき魂を傷付ける形になりますが」

「ックショぉぉ……マジ死ねよてめぇぇぇっ……!」

 女がそれ以上何か言うより前に、鎌の石突が女の背中を打つ。突かれた傷口をもろに撃たれた女は、その激痛によって気絶した。

「俺、この子が無理してキャラ作ってるんだと思ってたんだけど、こういうことだったのか……全然気付かなかった」

「嘘を言わないでください。ミーリなら、少なくとも八割がた気付いていたはずです。悪魔に憑依された人間を見たことがあるあなたなら、魂を見ずとも気付けたはず」

「ここが俺達の世界だったら、間違いないって断定できたんだけどねぇ……まぁでも、おかしいとは思ったよ? 心と体がちぐはぐしててさ、全然馴染んでないんだものねぇ……」

「……でも助かったわ。ありがとう、ケット」

「は、はい! お役に立てて何よりです」

 そういうケットシーは、髪の色が黒から栗色に変わっていた。染めたのではなく、色を落としたのだろう。元々、栗毛の猫だった彼女の地毛は、きっとこの色だ。

 碧眼には強い光が宿っていて、自信とやる気が満ち満ちていることを感じさせた。

「もう行ける?」

「はい。遅れてすみませんでした、ミーリさん。スネーク先生にちょっと呼び止められて……」

「いやいやぁ、なかなか見事なタイミングだったよ? ヒーローみたいだった。で、その先生はどこ行ったの?」

「えっと……騒がしいところに行くと、言ってました、けど……」

 そのとき、遥か遠くで音がした。霊力を探ってみれば、そこにはウィンとヘレンの二人。相手は大多数の有象無象と、神様が一体。そしてもう一体、魔神がいる。

 しかしその魔神は二人とは戦っていない。ただ直立不動で立ち尽くし、動いていないようだった。わからないが、敵ではないということか。

 とにかく行くしかない。もしかしたら、そこにスネークもいるかもしれない。彼には一つ、聞きたいことがある。

「リスッチ、あそこまで行くよ」

『よし来た先駆者よ。奴らに助太刀するのだな?』

「ケットちゃん、君も来る?」

 魔法使いであるケットシーが、わざわざ前線に立って戦う理由はない。だがすでにその常識は、ケットシーの中では取り払われているようだった。

 光を宿す碧眼の中に現れている自信の根源は、決意と覚悟だった。

 無言での返答に、ミーリはよしと頷く。

「ロン、君は――」

「わかっています。ブランヴィリエと彼女達を、個別に結界で閉じ込めてから行きます。大丈夫です。私、あの子と違って空歩けますから」

「うん、お願い」

 場所は変わって再び歌舞伎町。

 女騎士に押されるウィンが、ついに壁際に追い詰められていた。すべての弾を槍で弾かれ、もう打つ手がない状況だ。

「ったくよ……今回いいとこなしだな俺ぁ……畜生……」

 てめぇが来る前に、一人くらい仕留めてるつもりだったのによ。

 無言で、女騎士は槍を構える。そしてその眼光でウィンに死ねと言いつけながら、思い切り槍を振った。

 ウィンは同時、思い切り舌を打つ。そして、叫んだ。

「てめぇなら、このタイミングで来るんだろ?! なぁ、ミーリ!!!」

 ウィンはとっさに体勢を低くして伏せる。するとウィンの背後の空間が開き、そこからミーリが跳び出してきた。

 同時に繰り出す横一文字の斬撃が、馬の首を斬り落とし、さらに女騎士の体を甲冑ごと斬り裂いた。飛び散る鮮血を斬り払い、ミーリはウィンへと手を伸ばす。

「遅くなってごめんね、ボーイッシュ」

「てめぇマジヒーローだよ! 本当に!」

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