戦闘・深夜新宿駅

 ケットシーの回復に時間を要し、ミーリとケットシーの帰宅時間は真夜中になっていた。

 ケットシーの受けたダメージが予想以上に深く、ミーリがおぶって帰ることになったのだが、それでも時間がかかったのは、ミーリの脚ではなく電車を使ったからだ。慣れない電車と、入り組んだ新宿駅という迷宮に迷い、帰るのが遅くなってしまった。

 帰ると、先に帰っていたロンゴミアントに迎えられた。温かい食事を用意してくれていて、ケットシーは疲れ切っていて食べずに寝てしまったが、ミーリは少しだけ胃袋に入れた。

「ごちでしたぁ」

「おいしかった?」

「うん、ありがとうロン。みんなは?」

「俺とそいつ以外は寝たぜ。ネキはさっきまで起きてたけどな」

 上階からウィンが降りてきた。少し辛そうだが、ミーリが残したパンの欠片を食べるだけの元気はあるようだ。

「ボーイッシュ? 霊力切れ? すぐに補給しなきゃだね、おいで」

「……あぁ、頼む」

 ミーリが差し出した手の甲に、ウィンがそっと口づけする。

 下位契約によって繋がったパスによって、ウィンの体に霊力が流れ込む。少し辛そうだったウィンの顔色がみるみるよくなっていき、いつもの調子を取り戻した。

 何が起こるかわからないこの状況。ウィンはどうやら、霊力不足であるにも関わらず言いださなかったようだ。

 他のみんなは大丈夫か、明日聞いておかないといけないようだ。

「ところで、何かあったか?」

「何かって?」

「……何かだ」

 ウィンの声が、少しだけ小さくなった。まるで側にいるロンゴミアントには、聞かれたくないかのようだ。

 ミーリはそれに応じて小声で答える。クンシーに今日言われたことを、かいつまんで話した。

 するとウィンは呆れたように吐息する。そしてロンゴミアントの方を一瞥すると、座っていたミーリに立つよう促した。そしてロンゴミアントに聞かれないよう、今度は耳打ちする。

「槍脚。おまえはもう寝ろ。ただでさえ人間の体になってるんだ。ちゃんと寝ねぇとぶっ倒れるぞ」

「あら、あなたが私の心配? 珍しいこともあるのね」

「あぁ、心配してやってんだよ。だから素直に言うこと聞け。おまえに倒れられたら、俺の大将が困る」

「……そうね。じゃ、お言葉に甘えようかしら。私は寝るわ。おやすみ、ミーリ」

「うん、おやすみぃ」

 ロンゴミアントが上階に上っていくと、ウィンは少し疲れた様子でソファに座る。ミーリを隣に座らせると、また大きく吐息した。

「こういうのは槍脚の仕事なんだがな……」

「どしたの?」

「……ミーリ、おまえ戦いたいんじゃねぇのか? あいつの——ケットシーのために」

「そりゃ……ね?」

「ミーリ、勘違いするんじゃねぇ」

 ウィンが立ち上がり、ミーリの前で片膝をつく。そして現出した拳銃を、自身の前に差し出した。

「俺達はおまえの武器だ。おまえの行く戦場に行って、おまえのしたい戦いを戦う。俺達は、おまえのパートナーなんだぜ? いつもみたいに、今カノを倒すためだとか無茶苦茶な理由で連れ出せよ。その方がおまえらしいぜ?」

「ボーイッシュ……」

「槍脚の台詞じゃねぇけどな。心配してんじゃねぇよ。おまえは誰にも負けねぇ。俺はおまえと、最強になるんだからよ」

「……ボーイッシュ」

「なんだ? 感動したか?」

「違う、頭下げて」

「ハ? ——あぁそういうことか」

 ウィンが頭を下げ、ミーリがやや首を傾げる。するとそこに、凄まじい速度で何かが直進して突き刺さった。

 見ればそれは、青く透き通った長身の矢。明らかに外から飛んできたそれは、一瞬で蒸発して跡形もなく消え去った。

「危ねぇなぁ。流れ弾……じゃあねぇだろうな」

「明らかに狙ってるね。俺とボーイッシュを同時に狙った」

「喧嘩売ってやがるのか。上等、俺達最強コンビに喧嘩売ったこと、たっぷり後悔させてやるぜ。行くぞミーリ!」

「……そだね、行こうか。うん、行こっか! ボーイッシュ!」

「おぉ!」

 ウィンは帽子を脱ぎ、差し出されたミーリの手を握り締めて強く引かれる。そして強く口づけを交わし、上位契約によって姿を変えた。合計九丁の白銀の銃身が、ミーリの周囲に浮かぶ。

 ミーリは射抜かれた窓を開けると跳躍し、夜空を駆け抜けた。

 月夜の下、輝く摩天楼。眠らない町。人間達が無尽蔵に巡り巡るその上空を、ミーリは駆け抜ける。

 その速度は流星のごとく、霊力が青白い光を宿す。それを見た町の人間達は、一筋の流星と勘違いして騒ぐ。だがその騒ぎも、ミーリには届かない。ミーリの意識は目の前にいる、ビルの上の影のみに向けられていた。

『あの野郎か……ミーリ?』

「……霊力を感じる」

『ハ? んなもん当たり前だろ? ここに来たって、霊力は感じてるぜ?』

「そりゃ、俺だって感じてたよ? でも……」

 この魔法世界の人達には、確かに霊力がある。感じられるほどの霊力は持っているのだ。そのことが今日を通してわかった。

 しかし、彼女達は霊力以外に別の力を持っている。それの方が大きくて、霊力探知がとてもしづらい。だから来たばかりの頃は、全然気付けなかった。

 だが今、目の前で矢を引いている影には、確かな霊力を感じられる。邪魔するものなど何もない。ここまで純粋に霊力だけを感じるのは、この世界に来て初めてのことだった。

 矢を引いていた影が逃げる。物凄い速さだ。霊力でブーストしている。

 だが速度なら、ミーリもまた引けを取らない。さらに二丁の銃を背中に付け、後方に向けて弾丸を放つ威力でブーストし、加速した。

 そのまましばらく空中での鬼ごっこを続けていると、影が下に降りた。

 そこはようやく、眠りにつこうとしている新宿駅。今日最後の電車が到着し、あの人ごみが夢の後。非常に入り組んだ深夜の迷宮の中へと、影は消えていった。

 ミーリもまた、それを追う。上空から新宿駅のホームに降りようとしたが、ホームの上に張られていた見えない壁にぶつかった。

 上空からの侵入を防ぐ結界か何かのようだ。召喚獣辺りが侵入してしまうのだろう。なるほど、万全な対策だ。

 だがそんなの構わない。こちらには、結界破りの術がある。

「“空貫魔弾ガ・ボルグ”」

 回転数を上げた貫通性の魔弾が射抜く。結界は一撃で崩壊し、ミーリが通り抜けできるほどの穴を開けた。そこから侵入する。

 だがそのせいで、駅のセキュリティーが作動した。

 ホームに現れた陣から、牛の頭を持つ人型の化け物が現れる。巨大な斧を振り回し、鼻息を荒くして襲い掛かってきた。

 だがミーリの敵ではない。斧の一振りを体勢を低くして躱すと跳躍し、牛の頭を脚で挟む。そしてその眉間に数発の銃弾を叩き込み、一瞬で撃破した。

 倒れる巨体から飛び移り、夕方にクンシーも使っていた缶が出るボックスの上に立つ。たしか、自動販売機と言ったか。

『やっちまったな、ミーリ』

「急いでるからさぁ。ま、しょうがないよねってことで——」

 即座、ミーリが撃ち落とす。それは再び、青く透き通った長身の矢。撃ち落とされたそれはホームを転げると、またすぐに蒸発して消えていった。

『様子見って感じだな』

「最初の狙撃は完全に狙ってたのにねぇ」

 まるで指示が変わったみたいだなぁ……。

『ミーリ!』

 同じ方向からさらに二撃。ミーリも連射するが、威力が桁違いで撃ち落とせない。

 寸でのところで自動販売機を蹴飛ばして跳躍し、屋根の柱を掴んで一回転。そのまま降りてその場を走り去った。

『ボーっとしてんじゃねぇよ』

「ごめんごめん。ちょっとね……あそこか」

 調度ホームの反対側——階段の上。そこに影がいる。すると影は今さっきまで逃げていた速度で肉薄してきた。その手には、怪しく輝く長身の刀。

 あり、接近戦は来ないと思ったんだけどな。

「まぁ、いっか!」

 ミーリもまた、ホームを蹴り上げ肉薄する。二丁の銃を握り締め、他の銃で連射した。

 影は撃ち出される弾丸をすべて一振りで弾き落とし、再び構える。ホームに脚を滑らせて肉薄しながら、叩き斬る形で構えた。

 ミーリはそこに飛び込んでいく。大気を蹴り飛ばし、ホームとは平行して滑空する。そして刀が振り下ろされる懐へと、突っ込んでいった。

 銃身で刀を受け止め、もう片方で撃つ。だが銃撃はすり抜けるように躱され、二人はお互いに決められぬまま交錯した。

 振り返り、構える影に銃口を向ける。対峙している影の姿を、ようやくしっかりと目の当たりにした。

 漆黒の瘴気をまとう上着に袖を通さず、フードだけ被って羽織り、その下は上着と同じ漆黒の和装鎧。顔は瘴気のせいで見えないが、その背丈と体つきが女性のそれだった。

 今は刀を握っているが、弓矢も使うのは間違いない。だがどちらが得意なのかは、まだわからない。弓矢での超遠距離射撃。刀での接近戦。どちらも行けるのだとしたら、かなりの強敵だ。

「君、誰? なんで俺を襲ったの?」

 無言。答えない。もしかして喋れないのだろうか。正確な射撃を可能にする知性はあるように思えるのだが。

「君も召喚獣って奴? じゃあご主人様はどこかな」

「ぅぅぅ……」

 唸った。まるで獣のようだ。言葉を持たない人型の神が、感情表現のために唸るような感じと似ている。

「いたぞ! 召喚獣が二体!」

「全員で取り押さえろ!」

 警備の牛頭を倒したことで、駅員達が駆けつけてきた。手にはゴツい太身の銃。対召喚獣用の銃のようだ。八方から、銃口が取り囲む。

「大人しくしろ!」

「近くに魔法使いがいるはずだ! 探し出せ!」

「あらら……どうする、瘴気くん。ここは退散しとく?」

 瘴気くんと呼ばれた彼女は静かに頷く。そして次の瞬間ミーリの後ろにいた駅員の銃を斬り捨てた。

 ミーリもまた、駅員が引き金に指をかけた銃を撃ち落とす。ミーリが銃を撃ち落とすと瘴気くんが駅員の手首を浅く斬り、握る力を奪い取った。

「バカな! なんだこいつら……!」

牛頭鬼ごずき馬頭鬼めずきを出せ! 倒してしまって構わん!」

 腕を封じられた駅員が、次々にその場を踏み締める。するとその場に陣が現れ、今さっき倒した牛の頭を持つ巨体と、馬の頭を持つ巨体が現れた。低く太い声で咆哮する。

 だがミーリは目の前に現れた牛頭鬼の胸座に跳び蹴りを喰らわせると、その喉に銃口を突きつけて射出、喉を貫通した。

 一撃で牛頭鬼を撃破したミーリのすぐ側を、瘴気くんが通過する。斧を振りかぶっている馬頭鬼の脚を斬って膝を付かせると、低くなった心臓を貫いた。

 お互いが、お互いの鮮やかな身のこなしと手際に少し感心する。だが同時、感心してしまったことが少し悔しくて、負けじと次の相手に向かって行く。

 気付けば五分と経たずにすべての化け物を倒していて、最後には銃口と剣先を相手の眉間に向けていた。

「な、なんなんだこいつら……!」

「魔法使いはどこだ! まだ見つからないのか!」

「……ここは少しうるさいね。ちょっと場所変えようか」

 瘴気くんも頷く。そして隣のホームへと飛び移ると、刀を消して弓矢に武器を変えた。作り出した青く透き通る矢を、強く引く。そして同時、走り出した。

 隣のホームの相手に、走りながらの射撃。一方は銃、もう一方は弓矢での勝負。

 一見、近代兵器の上に数も多い銃の方が上だと思われるが、この場合は違った。

 すべての銃弾が霊力を込めた魔弾とはいかないミーリに対し、常に霊力の籠った矢を放つ瘴気くんの一撃は、貫通力がある。ただの銃弾では撃ち落とせず、ミーリは回避を余儀なくされた。

 だが、攻撃回数と連射速度では断然ミーリの方が上。故にこの勝負は、お互いの得意分野が異なる勝負をしていた。

 ホームから階段を駆け上がる。その隙にミーリは魔弾を、瘴気くんは弓を振り絞った渾身の一撃を用意していた。

 階段を上がって広間に出た瞬間に、お互いそれを撃ち出す。すると同じ軌道上にあった一撃同士が衝突し、相殺された。

 攻撃力では互角。しかしミーリには、その攻撃力を常に放つことができない。故に困っている。攻撃力では、確実に相手が上だ。

 だからこそ、スピードで勝負するしかない。銃なら弓矢よりも、次の攻撃を撃ち出すまでの間隔は短い。それで勝負するしかない。

 故にミーリは走りながら、常に銃弾を撃ち続けた。相手が攻撃態勢に入っていなくても関係ない。手の銃だけでなく、周囲に浮遊している銃でも連射する。

 そのまま二人は改札を跳び越え、右折し、階段を駆け下りながら撃ち合う。

 この駅を飛び出す気はない。片方は他の人がいると邪魔だから、もう片方は相手を追う形で、駅での戦いを選んだ。

 長い階段を駆け下りて、ミーリは瘴気くんの先を取る。そして正面から、狙い澄ました一撃を撃ち込んだ。

 が、一瞬で見切られ、低い跳躍で躱された。そのままの勢いで、一瞬で弓から刀へと持ち替えた瘴気くんが斬りかかる。

 だがミーリはバックステップで躱し、長い通路へと走り込んだ。そのまま追ってくる瘴気くん目掛けて、浮遊する銃のみで連射する。そして手にしている銃は魔弾のため、霊力を込めていた。

 追ってくる瘴気くんは撃たれる弾丸を見切って躱し、躱しきれないものは斬り伏せる。そして再び刀を消し、弓矢でミーリの背中を狙い始めた。

 攻撃力では銃弾より勝る矢が、撃たれる銃弾を粉砕してミーリに迫る。霊力探知で見ずに躱すが、かなりギリギリになった。

 しかも連射してくる何発かが、銃に当たる。盾でも剣でもない銃身には防御力はほぼなく、銃に当たる度にウィンが苦しみで呻いた。

「ボーイッシュ、大丈夫?」

『ハ! 屁でもねぇよ! それより、いつまでも逃げてんじゃねぇ! 攻めろ!』

「わかってるって!」

 その場で跳躍し、逆さまになる。そのまま走ってきている瘴気くんに狙いを定め、一呼吸終えると同時に魔弾を放った。

 込められるだけの霊力を込めた、最高威力の魔弾。撃たれる矢を貫通し、迫る。だが瘴気くんが弓で振り払うと、弓の消失と共に魔弾が砕け散った。

 さすがにこれには参った。いやそもそも、そんな防御方法は考えてもみなかった。完全に不意をつかれた。

 急加速した瘴気くんが迫る。その手に刀を握り締め、大きく振りかぶった。

『今だ!』

「わかってる!」

 瘴気くんは果たして気付いていただろうか。今の魔弾の攻防の一瞬で、ミーリの周囲を浮遊していた八丁の銃が散開したことに。そしてそれは瘴気くんを取り囲み、グルグルと回り始めた。

「“四面楚歌バラガルング”!!!」

 かなり大変だった。

 八丁の銃すべてに、魔弾を装填するのは。しかもただの銃弾を撃ちながら、霊力を込めるなんて芸当をしてだ。だができた。

 そしてこの瞬間を待っていた。周囲を取り囲んだ八丁の銃から、最速で撃たれる魔弾の包囲網。回避不可能なこの一撃。これで決める。

 行け!

 八方から襲い掛かる魔弾。だがそのすべてを、瘴気くんは避けた。避けきれたわけではない。数発は掠り、体を焼き斬る。

 無理な態勢をしたせいで足を捻り、転げる。止まることなく転げ回った瘴気くんは、壁にぶつかってようやく停止した。立ち上がろうとするが、出血が酷い。

「ここまでね……」

 瘴気くんの被っている上着が、さらなる瘴気を放つ。瘴気くんの全身を覆い尽すと、煙のようになって消えていった。

 その後、声が響いた。誰のものかはわからない、ただの女の声だ。

「今回はここまでにしましょう。ですが次はこうはいきません。ミーリ・ウートガルド……必ずや、あなたの血を、肉を、捧げてみせます」

 声が消えた。気配は最初からない。声の主の干渉は消え、瘴気くんも姿を消した。それが現状だった。ここで終わり。それだけだ。

 ウィンは武装の姿を解き、うんと背筋を伸ばす。いくらかの攻撃を受けたせいか、片腕の袖が破れて傷になっていた。ミーリはその腕を、そっと手にする。

「ごめんね、ボーイッシュ……守り切れなかった」

「気にすんな。傷なんてのはな、戦士にとっちゃ勲章と同じなんだよ。それより今の奴、また来るぞ」

「うん……そだね。戦わなきゃいけないみたい」

「あぁ。俺達を理由に、逃げらんねぇぞ? 俺達が、許さねぇ」

「……うん、そだね。じゃ、帰ろっか」

「ちぇ、また武装にならなきゃかよ。帰ったら、なんか奢れ」

「わかったわかった。うん、ロンには内緒ね」

 ウィンを武装したミーリはまた跳ぶ。その夜新宿の空には、二筋の流星が光り輝いたと噂された。

 

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