vs 機械仕掛けの時空神《デウス・エクス・マキナ》 Ⅱ

「告白、だって……?」

 今まさに誰かにしてきたかのような言い方が、機械仕掛けの時空神デウス・エクス・マキナには引っかかった。

 誰かを特別に愛することなんて、できやしない。そんなミーリ・ウートガルドが、誰かに愛の告白なんてものをしただなんて考えられない。そもそもあの海の中で、一体誰に告白したというのだろうか。そこが矛盾している。

「ロンゴミアントにでも告白したのかい? まさか今度は、自分を支えてくれる神霊武装ティア・フォリマを愛しているだなんて言わないよね」

「君は知らないことさ。あの海の中で、俺は会った。とある神様のいたずらで……思えばそうだよね。俺はずっと、彼女を愛してた。でなきゃ、あの子のために戦おうなんて思いもしなかった。俺はあの子を愛してたんだ」

「まさか……ルイに……ルイに会ったのか?!」

「さぁ、どうだかね!」

 肉薄したミーリの斬撃が、時空神に叩き込まれる。二本の槍で受けた時空神だが、動揺のせいかさっきまでのキレがない。力で押し負け、弾き飛ばされる。

「バカな! ルイが来るわけがないだろう?! 僕ですら……僕ですら会えなかったのに! 一五〇〇年かけて願ったのに、会えなかった! なのに、なんで君が!」

「そういう運命を引き当てたからじゃない?!」

「ふざけるな!」

 未来とは可能性の手繰り寄せであり、天命もそのときそのときの自身が持つ運命によって変わる。故に未来のミーリが、現在のミーリの体験すべてをしてきたかというとそうではない。

 逆に言えば未来のミーリが辿った末路を、現在のミーリが辿る保証はどこにもないのだ。未来は可能性の手繰り寄せである。

 それが今、鮮明に表れた。妹ルイとの再会。それの有無。それは確かで、そして大きい差だった。少なくとも、誰かを愛することができるのか、その論点においては、決定的な違いだ。

「僕は……僕は過去の君から生まれた未来だ! 君がそんなに早く気付けたなら、僕は一人になんてなってやしない!」

「俺と君はもう違うんだよ! 俺は、君とは違う未来を生きる! 誰も無くさない! 一人になんてならない! 俺は……誰かを愛する未来を生きる!」

「っ……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」

 槍と槍がぶつかる。火花と霊力とを散らし、擦り切れる。二本の槍を交差させ、弾き飛ばす時空神だが、その懐に蹴りを入れられ、同時に蹴り飛ばされた。

「“槍持つ者の投擲ロンギヌス・ランス多重刃マルチ”!!!」

「“八時アハト”!!!」

 至近距離で繰り出される、連続の投擲技。しかしながら、時空神に何度当たっても傷も何もつかない。

 “八時”は一定時間、すべての武器の能力を奪う霊術だ。奪う能力の中には、殺傷能力も含まれる。無論、自身の武器も含めてだ。だが他は違う。

「“三時ドライ”!!!」

 時空神の肘鉄がミーリに決まる。凄まじい威力の攻撃はミーリを歯車の地面に叩きつけ、体を跳ね上げた。

 しかし解せない。たった今“八時”の霊術を使ったばかりだ。時間は一分後、しかも“九時”に続くはず。そして霊術が切れたあと、一定時間霊術の一切が使えない。そういう効力のはずだ。

 だが今、時空神は自ら“八時”を解術し、“三時”を発動させた。聞いている条件と違う。

「僕は機械仕掛けの時空神だ! 霊術のデメリットも超越してないでどうする! 一五〇〇年もの間、そのままにしているわけがないだろう?!」

 なるほど、それもそうだ。つまり彼女は霊術を自由自在に扱えるわけだ。こちらは一度の霊術の選択が戦闘を左右するというのに。たしかに後日にでも、克服しておいた方がよさそうだ。

 相手が今発動しているのは“三時”。すべての能力を攻撃力に持っていく諸刃の剣。防御力も速度も何もほぼゼロになるため、禁じ手と言わざるを得ない。

 だからこちらは使えない。ただでさえ使ったらしばらくはそのままなのだ。防御力ゼロは相手が悪すぎる。

 だがこちらには生憎と機械仕掛けの時空神の霊術だけではない。聖槍と、そして残り二人の神様が体の中——ここそのものが自分の中なので怪しいが――にいるのだ。

 さぁエレシュキガル。ずっと苦しめ続けて来た死の力、今こそ振るうときだ。

 えぇ、やっとねミーリ・ウートガルド。存分に私の力、使ってみなさい。

 返ってきた。やっぱり自分の中にいるらしい。しかもまた、あのお姉さんキャラを作っている。そんな、作らなくたっていいのに。

「ロン、やるよ。ついて来て」

『えぇ、ここからねミーリ』

「じゃあいつもの奴、改めて景気づけにお願いします」

『……しょ、しょうがないわね……』

 ちょっと咳払い。改めて言ってと言われると、少し恥ずかしいらしい。それだけいつもは自然と、心の底から思っていってくれたのか。とてもありがたい。

『私はあなたの槍、必ずあなたを勝たせてみせる!』

「よし来た!」

 ミーリの目が変わる。

 片方は、未来を見る進む時計。片方は、過去を見る戻る時計。未来を見る目は蒼く、過去を見る目は赤い。まとう漆黒は文字通り黒く、まるで、死を司る吸血鬼がごとく鋭眼で、時空神を睨みつけた。

 紅色の槍が漆黒をまとい、より濃く黒に近い赤へと変わる。それは死をまとった邪槍。聖なる槍が、漆黒の力を宿した姿だった。

 そんなロンゴミアントの姿を、時空神は見たことがない。今まで試したことがない。聖なる槍を死の力で汚すなど、考えたくもなかった。

「その槍を……その槍を汚すなぁぁぁぁっっ!!!」

 防御力をグンと下げた状態のまま、肉薄してくる。ミーリはそれに対して切っ先を向け、漆黒を鋭利に尖らせた。そして放つ。

「“邪槍投擲ロンギヌス・ランス冥府深淵アルラトゥ”!!!」

 死の力を宿した槍が、投擲される。

 突撃した直後に冷静さを取り戻したものの、止まれない時空神は、なんとか回避しようと体を捻る。が、槍にまとっている漆黒が範囲を広げ、時空神の体を斬り裂きながら側を通過した。さらに後から漆黒が閃光となって炸裂し、時空神を吹き飛ばす。

 だがすぐさま体勢を立て直し、斬られた肩を修復した。未来のミーリだけあって、吸血鬼の不死身能力も健在だ。しかしその能力をも殺すのが、今対している紅の聖槍である。故に傷の治りは遅い。

 しかもすでに槍はミーリへと戻っている。ミーリは槍を振り回すと、水平に構えて肉薄してきた。

 時空神は槍を構える。

「“邪槍走駆ロンギヌス・ランス冥府追走イルカルラ”!!!」

 漆黒をまとった槍で放つ、連続の突き。その速度は、一秒間に六度の突きを繰り出す。

 時空神は二本の槍で受けるも、修復したばかりの肩が痛んでかたが崩れる。聖槍のせいで受けた傷がまだ塞がり切ってないのだ。故にミーリを槍で牽制するまでに、三度の突きを体に受けた。

「“四時フィーア”!!!」

 相手の体感時間をずらす霊術が発動される。ときに遅く、ときに速くなる感覚のズレによって、ミーリは軽率に動けない——のが狙いだった。

 だが今のミーリに感覚の狂いなどない。特に体感時間に関しては絶対だ。何しろ今エレシュキガルの力と同時に宿しているのは機械仕掛けの時空神。未来と過去、二つの時空を司る力。そんな神に、感覚のズレなどありえない。

 それに気付けなかった時空神は顎を蹴り飛ばされ、脳を揺らされたそのスキに二度の回し蹴りを腹部に叩き込まれた。突きで受けた傷が開き、血を吐き出す。

「“七時ズィーベン”!!!」

 ここで防御に移った。“七時”から始まる霊術は、お互いの死を無効にする。それがたとえ聖槍の不死身殺しだろうとだ。元より不死身を持つというのに、かなり焦っていると見える。

 それほどまでに、ルイとの再会は想定外だったか。それとも、許せないのか。自分を差し置いて、妹と会ったことが。

 二本の槍を構え、肉薄してくる。長槍で薙ぎ払い、短槍で突く。ミーリ・ウートガルドの戦闘に近付いてきた。霊術を使い、冷静さを取り戻そうとしているといったところか。

 悪いがそれは阻止させてもらう。冷静さを取り戻されたら、勝機が薄れる。

「ロン!」

『えぇ!』

 聖槍を分け、双剣に。それで二本の槍とぶつかり合う。今まで以上の速度での勝負に、時空神は張り合ってきた。それが狙いだ。

 速度での勝負に固執してきたところで距離を取り、聖槍に戻して投擲する。速度から急に力比べに持っていかれ、時空神はとっさの判断で槍を受け止めた。漆黒が閃光に変わって弾けることを忘れている。

 漆黒が閃光となって弾け、時空神を焼く。吹き飛ばされた時空神は二転三転すると踏みとどまり、咆哮した。霊術のお陰で死にはしないが、ダメージはある。霊術が切れたときが、勝負だ。

 そう思っていたのに、時空神は自ら霊術を解いた。そして新たな霊術を発動する。

「“十二時ツヴェルフ”!!!」

「“十二時”か……」

 霊術の中でも最も効果時間が短い上に、切れたあとで霊術が使えないこと十二分もかかる、デメリットだらけの霊術。しかしながら、その効力はその短時間強力である。

 その効力は、体の時間をひたすら巻き戻す。つまりはこの戦闘で受けた傷、失った体力、気力すべてをなかったことにするのだ。チートな回復能力である。

 この効果時間はいくら傷をつけても体力を削っても意味はない。撤退がベストである。しかしながら下がるわけにはいかない。それはもう、意地だった。

「行くよ……!」

 聖槍を双剣にして攻撃を受ける。短槍の鋭い突きから長槍の大振りを躱して背後を取り、剣を振るうが、頭を下げて躱され振り向きもしない後ろ蹴りを喰らって蹴り飛ばされた。

 さらに追撃が来る。相手もこの霊術の発動中に勝負を決める気だ。体勢を立て直す暇もなく、攻撃を受ける。ほとんどを双剣で受けきったが、最後の最後に脇腹を貫かれた。

 黒く染まった血を吐血する。が、すぐに体を捻って蹴りを繰り出し、時空神の顔を蹴り飛ばした。

『ミーリ……!』

「大丈夫……俺には、ミラさんも付いてるから」

 その通りだ、聖槍。案ずるな。

 貫かれた腹部が即時再生する。ブラドの霊力を感じ、頭の中で感謝の言葉を述べた。届いているかどうかは、反応がなかったのでわからないが。

「行くよ、ロン」

『えぇ』

 未だ、相手の霊術は続いている。だが相手も必死、下がらせてもらえるわけがない。それにここで下がるのは、ただの逃避だ。それはイヤだ。

 全速力で肉薄してくる時空神。ミーリは双剣を聖槍に直し、迎え撃つ。

 そこからの連撃の打ち合いは、本人たちにしかわからない。地上で見ているウィン達にも、また使われているロンゴミアントにも、まるで見切れない。見えているのは、未来と過去、二つの時空を見る両者のみ。

 お互い霊力を散らし、火花を散らし、度々斬れる傷口から血を散らす。連撃の打ち合いが軽く一分以上続いたそのとき、時空神が手法を変えた。

 短槍を投げつけ、ミーリに払わせる。そのスキに懐に入り込み、長槍で胸倉を斬り裂いた。派手に血が飛ぶ。

 さらに追撃でもう一度斬り裂く。胸座につけられた十字の傷から血を噴き出し、ミーリは吹き飛ばされた。

 が、すぐに止まる。そして大気を蹴り上げ、肉薄した。対する時空神は長槍を手に、再び振り下ろす。

 その一撃を、ミーリは避けなかった。肩を斬られながら肉薄し、時空神を捕まえる。そして思い切り時空神に頭突きしてお互いの額を切ると、一瞬フラついた時空神の胸座を槍で突いた。

 そのときだった。霊術“十二時”が切れたのは。それこそが、ミーリが待ちに待った瞬間。その瞬間を逃すまいと、ずっと体を這っていただけの漆黒が乱舞した。

「“冥槍突撃ロンギヌス・ランス冥府魔導ニンキガル”!!!」

 漆黒が槍を這い、そして突き出る。さらに鋭く尖った刃となった漆黒は時空神を貫き、その身を焼いた。吐血も微声も焼き尽くす。さらに二度の突撃が時空神を貫き、その身を焼き焦がした。

 死の力と聖槍の力。二つの力に焼かれて時空神は槍から抜け落ちる。そして力なく落下し、そのまま力尽きた。

『やった、の……?』

「いや……多分、まだ」

 ミーリの予測通り、時空神は立ち上がった。その身を漆黒に焼かれながら、フラつきながらも。そして槍を向ける。これが最後だ、そう言っているようだった。

『ミーリ……』

「ロン、これが……最後」

 槍を構え、漆黒を燃え上がらせる。そして時空神が跳躍の構えを取った瞬間に、大気を蹴り飛ばして肉薄した。

 お互いの咆哮が交錯し、響き、肉薄する。そして次の瞬間には、わずかな刃閃の音だけを響かせて、双方の身は交差していた。

 

 

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