vs 機械仕掛けの時空神《デウス・エクス・マキナ》

 未来のミーリ——これからは機械仕掛けの時空神デウス・エクス・マキナと呼称しよう——が飛び上がった高さまで、ミーリも跳び上がった。聖槍を手に、おもむろに構える。

 対する機械仕掛けの時空神は構えない。その手には時計の長針と短針に似た二つの槍を握り締めていたが、とくに構えることはしなかった。

 いやむしろ、彼女は逆に構えているのかもしれない。無の構え、とでも名付けられるほど、気が充実している。事実どこにもスキがない。さすがは未来のミーリ、もはや構えるだなんて面倒なことはしない。

「そうやって構えると、どんな手段で来るか手に取るようにわかるよ、過去の僕。構えとはその術技の基本のかた。攻撃も防御も、その形を軸として組み立てられる。君のそれはなんの流派もない我流だけど、それでもわかるよ。ま、構えなんて見なくても、所詮は昔の僕の形だ。どう来るかなんて、検討が付くけどね」

 そりゃそうだ。なら構えても構えなくても同じではないか。なら構えた方がマシだ。攻撃も防御も、この方がやりやすい。

 ミーリ。相手は未来のあなたなんでしょう? こっちの手は全部読まれるわよ、どうするの?

 心の中でロンゴミアントが訊く。精神世界で心の中での対話ができるというのもなんだか妙だが、今はどうでもよかった。

 とにかく最速で攻撃するよ。あの人相手に戦術も駆け引きもない。とにかく最速……俺の最高で叩く。

 でもあなたの最速なんて、彼女は……。

「まぁ見てなって」

 ミーリが肉薄する。だがその速度は比較的遅い。最速で攻撃すると宣言した直後に関わらず、だ。

 それを、機械仕掛けの時空神は当然のごとく薙ぎ払う。しかしその一瞬、ミーリの姿が消えた。そして現れた。時空神の背後だ。槍を払い、首を狙う。

 だがその一撃は時空神に躱された。さらに高く飛ばれ、距離を取られる。

 すかさずミーリはそれを追いかける。その速度は、またも遅い。だが再び時空神が槍で払ったときにはミーリは姿を消し、今度は頭上を取っていた。

 ここで時空神は、ミーリの作戦を把握する。

 常に最高速度で攻めるが、常に最高速度でいるわけではない。自身の中の最低速度をさらに下げ、最高速度を体感的に速くする。本来の速度が上がるわけではないが、これも立派な戦術だ。

 長槍で聖槍を受けた時空神は、短槍で突く。だがその一撃は躱され、その短槍の上に立たれた。それもゆっくりと。

「なるほど? 僕に対するにはいい判断だ。至って冷静だね。そうでなくちゃ僕には勝てない。まぁたとえ冷静でも、勝てないだろうけど? だってそうだろ? 僕を殺せるのは、あの子だけなんだから」

「それはこっちも言えることだよ。俺を殺せるのはユキナだけ。君に俺は殺せない」

「君の場合はどうかな。君にはまだ弱点が多すぎる。そこを突けば、君を殺すことは意外と容易い」

「言うじゃん、俺女性バージョン。じゃあ手加減しないけど、いいよね」

「構うものか。君は僕を倒さないと先に進めない。そして僕も、君を殺すことでまた、あの日常を手に入れる。彼女達は僕が貰う。僕の物だ。邪魔はさせない!」

 二本の槍を振り払い、ミーリを落とす。そして長さの違う槍の切っ先を合わせ、光を収束させた。

「未来、我が眼前は光で満ちる。過去、我が内心は闇に満ちる。東の果てから西の果てを焼き尽くし、吠える牙はかの天狼。人間よ、臆するな。そなたの牙は折れてはいない。その牙は眼前の光を呑み込み、内心の闇を斬り裂く。人よ、その生は雅なるかな、晴れやかなるかな。故に生きよ、そして死ね……“牙よ、何もかもを噛み砕けフェンリル”」

 詠唱の後に放たれる、巨大な霊術。その正体は青色の狼。天を覆い尽すほどに巨大なその狼の頭が、数億の牙を向けて襲い掛かってくる。

 これに対抗できる霊術は、今のミーリにはない。だが槍がある。ミーリ・ウートガルドにとって、絶対勝利の聖なる槍が。

「ロン!」

『えぇ!』

 着地と同時に歯車じめんを蹴り飛ばし、狼目掛けて跳躍する。槍は霊力によって紅色に輝き、一筋の閃光となって狼を貫いた。

「“槍持つ者の投擲ロンギヌス・ランス流星ステラ”!!!」

 紅の槍が狼を貫き、突進する。そのまま狼を放った時空神の顔スレスレを通過すると、上空で折り返して落ちてきた。だがそんな一撃、時空神なら楽に止められるし躱せる。、だが。

 折り返してきた槍は一本。しかしながら、光は一瞬の内に数百の数に分散する。結果、たった一秒間の光の雨が、とても躱しきるなど不可能な規模で時空神を地上に叩き落した。

 かつての自分が編み出した技。聖なる槍でもっての一撃。それをまさか、自分が喰らうときが来るとは。これもまた、過去の自分と戦うということか。時空神は改めて理解した。

「“槍持つ者の投擲・フォーレン”!!!」

 落下の勢いを利用しての振り下ろす斬撃。槍を取ったミーリがすかさず繰り出した一撃を、時空神は転がって躱す。すぐさま体勢を体勢を立て直して飛ぶと、二本の槍で薙ぎ払った。

 凄まじい速度の槍の応酬が、ミーリを襲う。すべての攻撃を紙一重で躱したミーリは距離を取り、体勢を立て直すと同時に肉薄した。

 二本の槍と聖槍とがぶつかり合い、火花と霊力とを散らす。お互いの最高速度を叩き込み、相手の槍をへし折ろうと振った。

 が、武器は時空神の槍に神殺しの聖槍。そう簡単に折れるはずもない。折れるような武器ではない。故に散る火花は激しく、霊力は猛々しく舞い散った。

「“槍持つ者の投擲・多重刃マルチ”!!!」

 至近距離の相手に対して、槍を放つ。時空神の槍によってさばかれるとすぐにミーリの元に戻り、そしてすぐさま投げられた。

 その連続。最小限の動きで槍を受け止めては投げ、敵を斬る。それは至近距離だろうと繰り出される、投擲による連撃。その攻撃の最大の利点は、攻撃の数だ。ミーリが止まらない限り、半永久的に攻撃できる。

 槍を投げるので至近距離では向かないと思われるかもしれないが、最速で攻撃するには距離が長すぎてはいけない。故にこの人一人分の距離がある至近距離の方が、徹底的に攻められた。

 だが二本の槍を持つ時空神はこれを的確に捌く。すべての投擲を弾き飛ばし、攻撃の一切を拒絶した。そしてそのまま、霊術の基礎となる詠唱を刻む。

「終焉の破却。開闢の死。祖は蛇にして悪神の子。その喉は大地を呑み込み、しなる体は山脈を包む。しかし人よ、絶望することはない。そして希望することもない。これは命運さだめであり、宿命さだめである。汝の命を待て……“身体よ、何もかもを踏み潰せヨルムンガンド”」

 距離を取り、放たれたのは極大の蛇。先ほどの狼と同じ顔の大きさで、鎌首をもたげて牙を向いて襲ってくる。

 対してミーリは槍を構え、そして高く跳躍する。ただし先ほどのように狼を貫かず、長く伸びる蛇の体を駆け抜けていった。

 体の大きい蛇が、また身をよじってミーリを追いかけるのには時間がかかる。そのスキを狙う。いかに巨大な霊術だろうと、攻撃速度が遅ければ恐れることはない。どんな霊術だって、当たらなければいいのだ。

「“槍持つ者の投擲”——!」

「頃合いかな?」

 一時的に短槍を手放した時空神が指を鳴らす。それを合図に、ミーリの体から黒い炎が燃え上がった。

 一瞬、何かの霊術を仕込まれたかと思った。しかしながら、この炎はまるで熱くないし、逆に冷たくもない。だが実に痛い。この世の苦痛を掻き集めて集中させたがごとく、ミーリの体を焼く。

 この世にも珍しい黒炎の正体に、ミーリは数秒遅れで気付いた。

「これ、エレさんの……!」

「気付かなかったのか? さっきまでおまえを蝕んでいた死の力が、四つの戦いの間一度も君を苦しめなかったことに。当然だろう、僕が止めていたんだから。こういうときのための秘策という奴さ、悪く思うなよ」

 クソ。今まで通りの戦闘ができすぎててすっかり忘れていた。自分の腹の中には今、冥府を司る死の女神の力が流れている。それにずっと苦しんでいたはずじゃないか。

 ここに来てエレシュキガルの力なんて御し切れるわけがない。だってこの力で死なないために、ミドル・オブ・ヘルまで来たのだ。今この土壇場で御し切れるのなら、来る必要などないのだから。

『ミーリ!』

「ロン! 集中!」

『でも……でも!』

 ロンゴミアントの心配もわかる。わかるが、冷静を保ってほしい。こちらは苦痛と漆黒の中にあっても、敵である時空神から目を離していないのだ。ロンゴミアントにも離さないで欲しい。

 自身が、勝利を呼び込む聖槍だというのなら。

「天と地よ、我が天命はここにある。時空を紡ぎ、現れるのは機械仕掛けの時空神。彼こそ天、彼女こそ地。ならば海は……? そう、我である。生命の原初たる、知識の源たる海……さぁ、我に溺れよ」

 三度目の詠唱が終わる。そこに現れたのは、空を覆い尽すほどの水の塊。まさに海そのもの。その厖大ぼうだいな水量と水圧が、見るだけでわかる。これに対抗する術は——ない。

 さらにまだ、第二の霊術である蛇がいる。今にも身をくねらせ、再度襲ってくる構えだ。これは対処できるが、それを対処している間に、上空の水が襲い掛かってくるだろう。それでは対処できないのと同じだ。

「“世界は青かったエンディング・ブルー”、降下」

 ゆっくりと、しかし確実に、天上の海が落ちてくる。歯車が敷き詰められた空を破壊して、厖大な水の塊が落ちてくる。回避しようにも、規模がでかすぎる。無理だ。

 そんなことを考えている間に、蛇が大口を開けて迫ってきた。こいつもなんとかしなくてはならない。上からは海、下からは蛇、そして我が身は苦痛に燃える。まったく、一体どこから手をつけろというのだ。

「ロン、ちょっと堪えて!」

『ミーリ?!』

 槍を握り締め、燃える体で蛇へと肉薄する。まさか真っ向から迎え撃つつもりではないだろうかというロンゴミアントの心配は、的中した。

 蛇に向かって槍を振るう。しかし人間の一振りなど、大蛇からしてみればあまりにも小さい。その口は容易くミーリの体を呑み込み、喉奥へと送り込む——はずだった。

 口が閉じない。ミーリが蛇の口の先で、二股に別れている舌を貫き、槍を縦にしてとどまっていた。

 顎も外せる蛇からしてみれば、こんなのつっかえ棒にもなりはしない。元より獲物を丸呑みにする蛇からしてみれば、槍を唇に突き立てられたことなど傷にもならない。

 しかしながらこの蛇は舌を貫かれた痛みでもがき、身をくねらせ、その体を大きく持ち上げた。

 そしてぶつかる。あまりの痛みで、蛇には水の塊が見えていなかった。蛇の頭と、それよりもずっと巨大な水の塊とがぶつかり、弾け飛ぶ。

 消えゆく蛇の中から出たミーリは水に飲まれ、激しい水流に押し潰されそうになりながら必死にもがいた。槍を手にしたまま、海流のごとき流れに身を任せながらなんとか外を目指す。

 だが範囲が広すぎる。まるで果てが見えない。いくら泳いでも、水流の勢いに逆らえない。地上の歯車へと叩きつけられる。

 結果、身を焼く痛みと無呼吸の限界。そして襲ってくる水流の力に負け、肺の中の大気を吐き出しながら意識を失っていった。

 意識の喪失の中で、見えたのは紅色の聖槍。自分を絶対に勝たせてくれる、勝利の槍。彼女が呼んでいるのが、必死に呼んでいる声が聞こえる。だがどんどんと、その声も遠くなってきた。

 世界最古の天狼に巨人の大蛇、そして生命の母である原初の海。ここまで多種多様な霊術を、未来の自分が使ってくるとは夢にも思わなかった。きっとブラドやエレシュキガル以外にも、神を取り込んだのだろう。

 悔しいが、強い。最強のミーリ・ウートガルドを名乗るだけはある。だがこちらだって、負けるわけにはいかない。いかないのだ。

 やっと気付けた。何かを好きになるということを。何かを特別に好きになるということを。彼女よりも先に、気付けたのだ。

 だったら負けるわけにはいかないではないか。未来の自分に教えてやらなければならないのだ。というか聞かなければならない。彼女にとっての特別を。

 だから負けるわけにはいかないのだ、負けるわけには。

 だが体の自由はもう効かない。意識も無くなる。もう手がない。こうして何かを考える時間があるのも、全身を焼いている痛みがあるからだ。それすらも感じられなくなる。

 肺の中にもう空気はない。酸素を失った体が、先の方から痺れていくのがわかる。意識はもう微かだ。もう、何もできない——

「お兄様! 手を——!」

 どこかで聞いたことのある声が、見たことのある小さな手が伸ばされる。不思議と視界はハッキリと、意識もあった。

 何がなんだかわからないが、とにかく伸ばされている手を握る。するとその手からは想像もできない力で、強く引っ張られた。

 そうして引っ張られたのは、まるで雲の部屋。見渡す限り、囲んでいる雲、雲、雲。地面も壁も天井もすべて雲という、子供が夢見るような世界だった。

「ここは……?」

 聖槍がない。ロンゴミアントがいない。どこを探しても、どこを見ても、ロンゴミアントがいなかった。

「ロン?」

「お兄様」

 見ると、そこには一人の少女。その姿を見たミーリは、驚愕のあまりに声が出なかった。

 いや逆に、この状況で声など出せようか。だって今、目の前に、今は亡きはずのルイ・ウートガルドが、元気な姿で立っているのだから。

「ルイ……?」

「お兄様!」

 ルイが力強く抱き着いてくる。思わず受け止めたが、何がなんだかわからない。だが、自分をお兄様と言って抱き着いてくる妹が愛らしくて、愛おしくて、つい涙してしまった。

「お兄様、泣いておられるのですか……?」

「うん……うん……ちょっと、びっくりしちゃってさ……だって、君に会えるだなんて思ってもみなかったから……ルイ、俺の妹。こうしてまた、会えるだなんて……!」

「はい。とある神様が、一度だけ会わせてくれるって」

「ある、神様……?」

「名前はたしか……創造神クリエイター、と」

「嘘」

 

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