再会

 ロンゴミアント。レーギャルン。ウィン。ネキ。ヘレン。ブラックリスト。

 六人の顔を順に見て、彼——今は彼女――は嬉しそうな顔をして吐息した。それはまるで、何十年と続いていた苦しみから解放されたような。頭の片隅に残っていたノイズがようやく取り除かれたかのような、そんな感じだ。

「ロンゴミアント、レーギャルン、ウィン、ネキ、ヘレン、リスト……本当に、本当に懐かしい……君達の顔を見ていると、月日が経ったのだと思わされるよ。本当に長い、でもあっという間に経ってしまった……本当に、長かった」

「ミーリ……と呼んでいいのかしら。今のあなたは姿はおろか、性別も違う。それにもし同じでも、この私にとってのミーリは——」

「あぁ、そうだね。そうだろうね。今の僕をミーリと呼ぶのは、少し抵抗があると思う。それに今の僕は機械仕掛けの時空神デウス・エクス・マキナだ。だから、そう呼んでくれるとありがたいな」

「……本当に、あなたが未来のミーリなの?」

「そうだといえばそうだし、違うといえば違う。今の僕は、ミーリ・ウートガルドがもし機械仕掛けの時空神になったらという未来の可能性。さらに言えば、ミーリ・ウートガルドが女だったらという可能性も含んでいる。だから、ミーリ・ウートガルド本人かと言われればそうだし、でも君の知っている彼とはまた別の存在だよ」

 なんとも曖昧。というか複雑な機械仕掛けの時空神。しかしその事情と言うか設定というかを、ロンゴミアントは即座理解した様子だった。実際に神を相手にしていた武器なだけあって、こういうことには頭が回るのかもしれない。

 そしてそれは、レーギャルンやネキも同様のようだった。神様に使われていた武器なだけあって、こういうことは日常茶飯事だったのだろうか。

 ウィンとリストはいまいちピンと来ていない様子だし、ヘレンは表情からは理解しているのかしていないのかわからない。ヘレンも一応女神アテナの盾なのだし、理解しているとは思うのだが。

「過去の僕。悪いが少し時間をもらうよ」

 未来のミーリ——機械仕掛けの時空神が言う。その少しの時間で、彼女が何をしたいのかはすぐにわかった。姿形、性別が変わっても、彼女もミーリ・ウートガルドだということだ。

「いいよ、未来の俺。これが最後になると思うから。俺がこれを最後にするから……だから、思う存分」

 特別、彼女は何もしなかった。檻を作るでもなく空間を創るでもなく、場所を移動することもなく、ただ吐息しただけだった。

 いやそもそも、彼女は何もする必要はない。今彼女がしたいことは、特別何かを用意する必要はないからだ。

 だって彼女は、ただ話したいだけなのだから。自分がかつて共に戦い、共に歩み、共に生きてきた友達と、話したいだけなのだから。

「リスト」

「おぅ」

 リストが彼女のまえに出る。状況をまだ半分程度理解し切れていない様子だが、ちょっと失言しないかどうか心配だ。何分なにぶんまだ一番関係が浅いため、心配である。

「フォン・リェン・グリムドール・ブラックリスト、会いたかったよ。僕の最後の神霊武装ティア・フォリマ。死神の鎌、生を刈り取る鎌デスサイズ

「何故私の真名を知っている?! さては貴様天界の使者だな?! おのれ、死神の一番弟子たる私を滅ぼしに来たか?!」

 やっぱり理解し切れてない。心配が的中した。どうやら彼女は、目の前の彼女をミーリとは別人と見ているらしい。いや合ってはいるのだが。

 だがそんなリストの反応が懐かしかったのか、あるいは単純に面白かったのか、彼女は笑った。今のミーリの目の前に現れてから、初めて。余裕を示す笑み以外で笑った。

「やっぱり君はリストだ。うん、間違いない。僕の知ってるリストだよ。君は僕を先駆者なんて呼んだけど、どうだい? そこの彼とは、仲良くやれてるかい?」

「無論勿論、仲良くやっている。と言っても、まだ数ヶ月の仲。先駆者とはこれからゆっくり時間をかけて仲良くなっていくとも。しかし、貴様が何故そのようなことを懸念する? 貴様には関係なかろうが」

 いや関係ないとは断言できないんだよリスッチ。その人俺なんだから。未来の俺なんだから。君のことをよく知ってるんだよ。

「リスト、僕の最後の神霊武装。そして、一番最初に別れた神霊武装。君とは理解しきれないまま、僕は別れてしまったよ。君を失くしたのが、僕の孤独の始まりだった」

 衝撃的な一言に、リストは固まった。さっきまでの発言は、もしかして実はわかっていてのことだったのではと思うくらいに何かを理解して、黙り込んだ。

「君は僕を先駆者と呼んだ。先に孤独になる者、とね。正解だよ、リスト。僕は君を失くして孤独になった。君を皮切りに、僕は孤独者への道を歩き始めたんだ」

 リストは黙ったままだ。こんなとき、彼女なら何か言いそうなものを、このときは何も言わなかった。珍しく、語彙が頭から出てこないのかもしれない。

「君は僕にも言ったよ。私達はゆっくり関係を作っていこう。私達は一緒にいれば孤独にはならない、時間はあるって。でも君はすぐに……先に逝ってしまった。君は本当に罪作りな神霊武装だよ。人のことを見透かしておいて、その道に誘うのだから」

「そんな……私は、私は……」

「わかってる、君は悪くない。君はきっと、女の勘とかで言っただけなんだろう。でも自覚した方がいい。君は死神の鎌。孤独とか、そういう死に近い事柄には敏感なんだ。君のその力は本物だよ」

「ウ、ウム……以後気を付ける。忠告感謝するぞ、婦人」

「婦人、か……フフ、君は今そう呼んでくれるんだね。嬉しいな、先駆者以外で呼ばれるのは。ありがとう、リスッチ」

「ウ、ウム……それは、よかった」

 それだけ言って、リストは引っ込んだ。高身長を折り曲げて、ミーリの後ろに隠れようとする。その表情は恥ずかしそうだった。何にそこまで照れているのかは、わからなかったが。

「ヘレン」

 呼ばれたヘレンが前に出る。彼女は話を理解しているのかしていないのか、というかとにかく眠そうだった。ここで寝られても、かなり困るのだが。

「ヘレン・ウィクトーナ・リルシャナ。何者からも守ってくれた僕の盾、女神の聖盾アイギス。会いたかった」

「……寂しかった?」

「うん、とても。君はずっといてくれたから……だから離れたときがとても寂しかった。君の大切さを、僕は君を失くしたことで知ったよ」

「そう……でもごめんなさい、今の私はあなたには謝れないわ。だって私は、あなたとは別れていないのだもの。私は今のあなたの武器であって、目の前のあなたの武器じゃないから」

 相変わらずハッキリとものを言う。しかもちゃんと、理解している口調だ。さすがはヘレン。相変わらず何を根拠にしているのか不思議でしょうがないが、未来を見通す目は機械仕掛けの時空神相手でも健在だ。

 そのハッキリとした物言いが、彼女にとっても清々しかったのかもしれない。むしろ懐かしさを感じただろう。とても嬉しそうだった。

「あぁそうだね、そうだ……君はそういう子だったね、ヘレン。そんな君だったから、僕は救われていたんだ。他の子がいなくなっても、君がいたから……でも——」

「それ以上は失言よ、ミーリ。威厳を保ちたいのなら、それ以上の言葉は控えなさい。あなたが本当に言葉を送りたいのは、私じゃないでしょう?」

「……本当に、君には敵わない」

 ヘレンは下がる。もう言葉を交わす必要はないと思ったのかはわからないが、見ると言ってやったわという顔をしていた。

「ネキ」

 盲目のネキは前には出ない。その場に座り、声のする方を仰ぎ見る。

「ネキ・バルドーリ・ミスティリオン。君は僕の癒しだったな、神殺しの神霊武装。宿り木の剣ミスティルティン

「初めまして、未来の主様。私はあなたを存じないのに、あなたは私を存じている。なんとも不思議な気持ちです」

 声のトーンやら口調やらで相手を計るネキが、目の前の彼女をどう思っているのかは正直わからない。しかしながら、彼女はごく普通に答えた。ネキにとっての未来のミーリは、今のミーリとそう感覚が違わないのかもしれない。

「ネキ……その光のない瞳は、今僕のことをどう見ているのだろうね。君は最期まで、それに関しては教えてくれなかった。君は僕を——ミーリ・ウートガルドをどう思っているんだい?」

 少しの間が空く。そのときネキは滅多に開かない目を開き、光を吸わない色を失った瞳孔を見開いた。

「どう思っている、ですか。そうですね……単刀直入に、尚且つ簡潔に申しますと……私はミーリ・ウートガルドという方に、異性に向けるべき好意を持っております」

 初めて聞いた。前方のミーリも後方のミーリも、ちょっと驚く。

 彼女がミーリ・ウートガルドの武器となったきっかけといえば、ミーリが神を倒すことで人々に報いているというのを知ったからだ。遥か太古は大罪だった神殺しだが、現代ではそれは益に繋がる。その手助けになりたかったと、彼女は言ってくれた。

 だがそれ以降、彼女は自分の感情を話したことはない。そりゃ、嬉しいとか悲しいとか苦しいとかそういうことは言うが、その奥にある感情の根本というか、そういうのはずっと隠されてきた。

 だから知らない。彼女の好意が、そこまで発展しているだなんて。ミーリに対してそんな感情を抱いていたなんて、気付けるはずもなかった。

「主様は優しい方です。どんな状況に陥ろうと、誰かを助けようと諦めません。主様は自分に厳しい方です。どんな状況を打開しようと、完璧だったと満足することはありません。主様はとても純粋な方です。だから間違った形とはいえ、一人の女性を愛し続けられる。私はそんな主様を誇りに思いますし、好きです」

「……君は優しいね、本当に優しい。その優しさに、僕は何度救われただろう。その救いがなくなって、僕はどれだけ苦しんだだろう。僕は君を失くしてから、優しさと言うものを忘れてしまった気がするよ」

「未来の主様。あなたがどのような人生を生き、どのような結末を辿って神になったのか、私には想像の余地はありません。でもあなたは優しい方です。心の底から、親切心にあふれる方です。そのことを、どうかお忘れなきよう」

「ありがとうネッキー。もっと君と、ちゃんと話しておくんだったよ」

 後悔先に立たずとは、言ったものである。しかしながら、未来のミーリは今ようやく後悔した。それも、その後悔を取り戻した後で。これはちょっとした皮肉だろうか。

 今まで一人でいたからこそ気付けたものもあれば、こうして気付けなかったこともある。そのことを、こうして目の前の自分を見ることで感じている。これは、果たして救いだろうか。

 もし救いなら、この展開を用意したのは他でもない。彼女自身だろう。

「ウィン」

「俺の真名も知ってるのか?」

「もちろん。ノークライチッヒ・シュヴァルツェスマーケン・ウィンフィル・ウィン。君は消える最後に、この真名を教えてくれた」

「そうかい……恥ずかしいことしたぜ。まぁやったのはこの俺じゃねぇが?」

 ウィン。彼女はずっと臨戦態勢だ。ここで戦うのはミーリとロンゴミアントだが、彼女はずっと緊張の糸を張り詰めていた。すぐさまにでも拳銃を出し、引き金を引きそうである。

 そんな状態のウィンはその眉間に拳銃を突き付ける勢いで、彼女の前に立った。

「で? 俺は何番目に死んだ? ってか、どういう状況で死んだ」

「君らしいね、その強気な姿勢は。君は二番目……そして、君は呪いで死んだ。君が持つ三発の魔弾。そのすべてを使い切ったことによって、君は死に絶えたんだ」

「それはてめぇが使わせたのか。それとも、俺の意思か」

「……君が僕を庇ってね」

「そうか……」

 少し。ほんの少しだけ、ウィンの体勢が落ち着く。臨戦態勢を完全に解除したわけではなかったが、それでも少し肩の力が抜けたように見えた。

 だが次の瞬間、ウィンは取り出した拳銃を彼女の額に突き付けた。ミーリも彼女も思わず不意を突かれた、早業だ。

「腑抜けたこと言うなよミーリ。俺がおまえを庇っただと? そういうことさせんじゃねぇよ。てめぇは俺を最強にするんだ! 下手して俺を殺しやがって!」

「ハハ、厳しいな……あのときの君は、心の底から幸せそうだったけどな……本心は、そういうことか」

「おぉよ。生憎と他の奴らと違って、俺はおまえに恋心だの憧れだのを抱いちゃいねぇ。強いて抱くなら、おまえと最強になるっていう覚悟だけだ。だからおまえは許さねぇ。許さねぇよミーリ。てめぇ一人で最強になったてめぇを、俺は絶対に許さねぇ」

 これもまた懐かしいのか。そして嬉しいのか。彼女は銃口を突きつけられても微笑んでいた。まるで、子の反抗期を見る親のようである。憎らし気、しかし少しだけ嬉しいと言ったところか。

「君は本当に、強さに憧れているんだね。そんな君が……君がいてくれたから、僕は強くなったのだろうけど」

「言ってろ。てめぇは勝手に強くなるんだよ。それに俺は便乗するだけだ」

「そっか、寂しいな」

 ウィンは拳銃を消し、下がる。言いたいことは言えたようで、スッキリした様子だった。ずっと前から、額に拳銃を突き付ける気でいたのかもしれない。

「レーギャルン」

「は、はい!」

 少し緊張している様子で、ウィンに代わって前に出る。しかし少しどころかかなり緊張していたようで、右手と右足が同時に出た。

「レーギャルン・ヴィオ・カタストロフ・ヴィオ。君には謝らないといけないね……僕は君を一人で死なせてしまった。僕は君を独りにさせないと約束したのに、僕は君を一人にしてしまったんだ……今の君にこんなことを言っても仕方ないし、いけないことだとも思うけど……でも謝らせてほしい。ごめん、僕は約束を守れなかった」

「そんな……えっと……」

 困っている。明らかに彼女は困っている。でもこの状況なら、誰でも困るだろう。

 だって、自分にはまったく身に覚えのない未来の話で謝っているのだ。許してほしいと言われても、それは許すとか許さないとかそういうことではない。これをどうするかというのは正直難しい話だ。

 しかし彼女は困りながらも意外と早く、そして結構的を得た答えを導き出した。それは今頭を下げている彼女ではなく、今のミーリに駆け寄ることだった。

「マスター、もう一度約束してくださいますか?」

「約束?」

「はい。私を、絶対に一人にしないって。私を一人で死なせないって。もう一度……約束、してくださいますでしょうか」

「……もちろん」

 ミーリは片膝を付き、頭を低くする。取った手の甲に口づけし、改めて契約とした。本来の神霊武装との契約では逆だし下位契約だが、これが今できる最高の誠意だった。

「約束するよ。俺はレーちゃんを一人にしない。一人にさせない。ずっと一緒にいてあげる。だからレーちゃんも俺と一緒にいて。俺の隣で、戦って」

「……はい、マスター……!」

 レーギャルンは抱き着いて、口づけをミーリの額に残す。それがレーギャルンの精一杯の返答だった。

 しかしこれが正しい。未来間違いを犯す可能性があるというのなら、再度、今度は固く誓えばいいだけの話。未来のミーリではなく、今のミーリと約束する。それがレーギャルンの答えだった。

 その答えに、彼女も納得したようだ。安心したようで、嬉しそうだ。

「未来のマスター。今、ここにいるマスターが約束してくれました。だからマスターが約束を破らない限り、私はあなたを許します。だから……どうか」

「ありがとう、レーちゃん。その言葉だけで、僕にとっては充分な救いだよ」

 レーギャルンも下がる。ここでようやく緊張が解けたようで、ずっとミーリの後ろに隠れていたリストを連れて共に下がった。

「ロンゴミアント」

 ずっと今のミーリの隣にいて、他のみんなと目の前のミーリの再会を見ていたロンゴミアント。その目には、わずかながら涙が溜まっていた。感動ではない、寂しいのだ。未来のミーリの、なれの果てが。

「僕は……君の真名を知らない。僕にとって最初の、そして最後まで付き添ってくれた神霊武装。だけど君は、僕に真名を教えることはなかった。だから教えてくれないかな、君の真名を」

「……それがあなたの願いなのね」

「そうだね。もしかしたら、僕は君の真名を知りたくて来たのかもしれない。過去の自分なんてどうでもいい。僕がどうなろうが、知ったことじゃない。ただ君の真名が知りたい……君の、君の真名を……」

「ごめんなさい」

 それは拒絶。紛れもない。今ロンゴミアントは、彼女を拒絶した。たった一言で、それがわかるくらいに今、彼女はハッキリと彼女に言った。頭も下げず、目をジッと見て。

「あなたに付き添った私が、どんな気持ちであなたに真名を告げなかったのか、それは知らない。そして今、あなたの目の前にいるのは別の私。あなたの槍じゃないの。私は、ミーリの槍。ここにいる、対神学園・ラグナロクのミーリ・ウートガルドの槍。だから……私にとってあなたは他人。そんなあなたに、私の真名は教えられない。教えるわけには、いかない」

「……どうしても?」

「あなたは……ミーリじゃないの。たとえ性別が同じでも、姿が同じでも、態度も口調も同じでも、あなたは私にとってミーリじゃない。ミーリは今、私の隣にいてくれる彼なの」

「今ここで、僕が彼を殺そうと言うのに?」

「ミーリはあなたなんかに負けないわ。だって、私がいる。ミーリは私を使ってくれる。だから負けない。私が勝たせるもの」

 未来の彼女は、自分自身がミーリ・ウートガルドだということを忘却していたのかもしれない。そう思えるほど、彼女は思い出したかのように寂しがった。

 そうだ、これが彼女だ。これがロンゴミアントなのだと、実感しているようだった。忘れていたのは、もしかしてロンゴミアントの性質そのものだったのかもしれない。

 現に彼女は実に満足げな表情で、空高く浮かび上がった。

「満足だ……いや、不満足かな? 彼女達と話せたことは嬉しかった。この上なく嬉しかった。でもそれ以上に、僕はここに来て欲を思い出してしまった。過去の僕、君が未だに持っていないものだ。これは僕の夢だ。今やっと持てたよ……僕は彼女達と共に生きたい。だから手に入れる。君を殺して、僕は……僕は!」

 レーギャルン達五人は下がる。ロンゴミアントはミーリの手を握り締め、深く息を吸った。

「ミーリ……」

 言いたいことはわかる。わかっているつもりだ。

 だからこそ、ミーリはロンゴミアントの手を握り返した。強く、しっかりと。

 それに応えて、ロンゴミアントはおもむろにミーリの前に出る。そしてその身を委ねてミーリの胸に顔をうずめ、擦り合わせた。

 ミーリはその頭を抱き締める。そしておもむろにその顎を持ち上げ、口づけした。

 深く、そして濃く長い口づけ。それはロンゴミアントの姿を脚から消し、再度構築する。現れるのは紫の聖槍。先から先まで鋭く煌く、ミーリ・ウートガルドの勝利の槍だ。

 強く抱き締め、握り締め、そして振るう。その色は即座に紅色へと染まり、未来のミーリに向けられた。

『ミーリ』

「なんだろうね……ロン、彼女にとっての君は特別なんだ。それがすごくわかる。んでもって俺にはそれがない。よくわかった……俺は——俺には特別がない。特別好きなものが、好きな人が、好きな何かが、ない」

『ミーリ……あなたは勝つわ。だって私はあなたの槍。必ずあなたを勝たせてみせる!』

「うん、信じてる」

「さぁ、戦いといこうか過去の僕。ありとあらゆる可能性、無限の僕があれど。この僕こそがすべての可能性の中で最強にして最高のミーリ・ウートガルドだ!」

「君が最強? ありえない。だって君はこの槍を持っていない。必ず俺を勝たせてくれる、この聖槍を」

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