vs アーサー/アンブロシウス

 金色の髪を掻き上げて、アンブロシウスは手刀を引く。そしてミーリのことを興味ありげに頭の先からつま先まで見回すと、妖艶に舌なめずりを繰り出した。

「ミーリ・ウートガルド……いい響きね。まるで名前に魅了チャームがかかってるみたい——いえ、かかってるのかしら。だってそう……あなたから素敵な香りがするもの。もっとも、少し嫌な臭いもするけれどね?」

 一方のアーサーことアルトリウスは剣を引かない。ミーリの凄まじい霊力と気迫、そして持っている霊装を警戒している。

「神か、魔神か……いや、この霊力は……人間?」

「そだよ……俺は人間……ちょっと特殊な人間だよ」

「……なるほど。神と聖約を交わしたのか。しかも一体だけではないようだ。少なくとも、二体はその身に宿している」

「よくお分かりで……」

 ってかしんどい……霊術も使っちゃったし、さっさと終わらせないと。

「それで? 聖約を交わした人間が一体なんの真似だ。俺達は今戦いの最中。邪魔をしないでもらいたいのだが」

「無理言わないでよ、神様。ここは人が住む国の上だよ? そんなところで神様同士に戦われたら、困っちゃうよ。元々霊力濃度の高いこの国に、これ以上霊力を撒き散らされたらたくさんの人が死ぬ。だからさ、戦いをやめてとは言わないから、場所を変えてくれないかな。ホント、お願い」

 少し考える。考える素振りを見せた。が、アルトリウスは剣を掲げ、周囲の霊力を収束、蓄積し、一点に集めた。リエンの聖剣と似た攻撃である。

「悪いが、ここの霊力は俺にとって地の利なのだ。ここの霊力があるからこそ、俺はそこの人と互角に戦えている。故に場所は変えられない! 俺が戦いをやめるのは、その人に勝ってからだ!」

 それを見て、アンブロシウスもまた手刀を出す。後ろに引いたその手に光を収束し、巨大で広大な鋭い刃に変えた。

「ごめんなさい、ミーリくん。私はそう……べつにここじゃなくてもいいのだけれど、彼がやめてくれないの。彼に殺されるのもしゃくだし……そうね、だから私もここで抵抗させてもらうわ。でも安心して? すぐに終わらせるから」

「そうだ。すぐに終わらせる。俺が勝って!」

「それは無理ね。何故ならそう、私の方が強いから……!」

 二人の刃に宿った光が膨張する。そして一気に圧縮され、思い切り振りかぶった。

「「“絶対王者の剣エクスカリバー”!!!」」

 二人の聖剣がぶつかり合う——いや一方は手刀だが、それでも凄まじい威力だ。光が天地を呑み込む勢いで広がり、衝突する。

 その光の中心で、核を貫きながらミーリは自分から溢れる力を抑え込んでいた。漆黒の瘴気が、ミーリの全身を駆け巡る。その方向は血の流れとは逆で、血がそれに持っていかれそうになる。

 故にその苦しさから、ミーリは光線を受けていないにも関わらず吐血した。

 光を完全に貫いて、ミーリはその場に片膝をつく。だが二体はそんなミーリに関心する間もなく斬りかかり、剣を振っていた。

 ミーリはそこに追いつき、槍を振るう。間に入ると、とりあえず戦いの原因だろうアルトリウスに斬りかかった。

 短槍で連続で突き、回避させ、長槍の大振りで距離を取らせる。光線を放つ相手だが、基本は剣士。接近戦に持ち込まず、槍のリーチを生かして戦えば殺さずに止められる。そう考えた。

 だが今さっきの彼らの剣撃の名で、神様の正体がわかってしまった気がする。王選定の剣を抜き、聖剣使いの騎士となった聖剣王。絶対王者の剣ともなれば、アーサー王以外にいない。

 そしてもう一人。歴史ではあまり表舞台には出てこないが、童話のアーサー王のモデルとなった王様、アンブロシウスの可能性が高い。

 生憎とどっちがどっちかはわからないが、どちらにせよ相当な剣の使い手だ。まぁ一方は手刀だが。とにかく、魔神だからと言って侮りは命取りだ。下手をすれば名のある神よりずっと強い。

「“七時ズィーベン”」

 だから油断はしない。殺しはしない代わりに徹底的に痛めつけて弱らせる。あとで介抱もするから、とにかく今はやられてほしい。そのために、比較的攻撃力のない霊術を選んだのだから。

 “六時ゼクス”から始まる霊術は力を均衡きんこうさせる。ミーリの霊力範囲内にいる人間、魔神、神。あらゆる力を平等にする。

 過ぎた力は減らされ、足りない力は補われる。よって平等、一定。唯一削げない力は、剣技や体術などの技量のみ。つまり、勝負は実力次第ということだ。

 だがリスクも大きい。つまりは力で勝負できないため、ときに自分が不利となることがある。だから使い時と使いどころはよく考えなければならない。

 ましてや今回の相手は騎士の中の騎士である聖剣王。剣技だけで言えば、おそらくミーリよりずっと上である。

 故に、一番得意な槍で挑む。リーチを生かした戦い方で、接近戦を極力避ける。それでなんとか勝機を掴む。

 相手は二体、そう時間はかけてられない。だが先ほどの会話から、おそらく鎧騎士の方を抑えれば女性の方は説得できるかもしれない。

 故にここは鎧騎士を積極的に攻める。彼を倒して、さっさと彼女を説得しよう。今のミーリには、その考えしかなかった。

 短槍で相手のかたを崩すように突き、長槍で薙ぎ払うように穿つ。斬ると貫くが両方できる槍の利点を生かして攻めたてた。

 だが相手は聖剣王、もしくはそのモデルとなった人物。そう簡単に形は崩せない。そればかりか、長槍での攻撃も受け止められる。攻め切れない。

 さらに霊術の時間制限タイムリミットが刻一刻と過ぎていく。そして、抑えている力の漏出。三つの点が気持ちをはやらせ、焦らせる。それが命取りだった。

「“八時アハト”!!!」

 長槍で上から押さえつけ、短槍で突く。力任せの一撃が、アルトリウスの兜を弾き飛ばす。そこから出てきたのは真っ白な長髪を風に吹かせる、美男子の顔だった。

 自ら距離を取り、アルトリウスは晒された顔を覆う。その顔の中で光る緑色の虹彩で、ミーリを睨んだ。

「おのれ……俺の邪魔をするどころか、兜まで取るか。俺の素顔を晒させたこと、後悔するなよ、ミーリとやら!」

 宙を蹴り、一気に肉薄してくる。その剣撃を真正面から受けたミーリは、同じ強さの力に数メートル押され、なんとか停止した。そして薙ぎ払う。

 だが撃ち出された剣撃に、長槍を弾き飛ばされた。頭上高く、円を描きながら舞う。

 ミーリは短槍で連続で突きを繰り出し、それを弾かせた。さらに脚を繰り出し、距離を取らせる。それと同時に落ちてきた長槍を掴み取り、力強く薙ぎ払った。

 力は平等とはいえ、平等になっている基本の力が強ければそれは強い。現にアルトリウスの一撃も、ミーリを押すことができた。故にこのとき放ったミーリの一撃もまた、アルトリウスの体を吹き飛ばした。

 だが数メートルの宙を転げて、アルトリウスはすぐさま肉薄してくる。そして大きく振りかぶり、縦に一閃した。ミーリはそれを、二本の槍で受け止める。

 しかしそれがいけなかった。剣が光を溜める。それは時間にすればまるで一瞬のこと。その時間で溜められた光は、ミーリが距離を取る間もなく放たれ、ミーリの全身を焼いた。

 が、そこまでのダメージは今のミーリにはない。何故なら霊力量は今同じ。瞬間的に霊力を防壁としてまとってしまえば、致命的なダメージはない。まぁ痛いものは痛いが、まだ耐えられる部類だ。

 今の一撃で、ミーリの上着が吹き飛ばされる。だがそんなことに構う暇もなく、ミーリは宙を蹴って滑空するように肉薄した。

 先に短槍を投擲し、弾かせる。そのスキに構えを取ると、勢いよく突いた。それもまた剣に防がれ、火花と金属音を散らしながらアルトリウスの顔の側を通過する。

 だがすぐさま、ミーリはフリーになった手で拳を作り、思い切り振りかぶった。空を裂く鉄拳が、アルトリウスの腹部を覆う鎧に叩き込まれる。鎧には亀裂が入り、深く鋭く減り込んだ。

 霊力で編んだ鋼鉄の鎧が、ただの正拳突きに砕かれる。そこから溢れ出る霊力の漆黒に呑まれ、腹は焼かれたかのような熱を帯びる。その一撃は、アルトリウスから意識を喪失する瞬間と、呼吸する間を奪い取った。

 数メートルの距離を殴り飛ばされたアルトリウスは、ようやく呼吸できたと咳をする。同時に込み上げてきたネバネバの赤い鮮血を嘔吐すると、聖剣を握り直した。

 対してミーリは、束の間の休息。一瞬だけ、意識を持っていかれていた。正拳突きを繰り出す際に、死の力が漏れ出したのだ。危なかった。危うく、鎧の騎士を殺すところだった。

 現状、未だその力を使ったことがないためにどのような作用が働くのかは知らないが、おそらく予想では、この力は生命を奪い取る。呑み込み、喰らう。そういう力だ。

 もし違うにしても、恐ろしい力であることは間違いない。現実、ミーリから漏れ出る漆黒を目にした女性――アンブロシウスの表情が曇った。

 そして、おもむろに手刀を出す。

「その霊力……一体どんな神様と聖約を交わしたのかは知らないけれど……でも、そうね。危険だわ。これ以上ないくらい危険だわ。あなたがその力を持っていることがじゃなく、あなたがその力を、扱いきれてないことが」

 弾き飛ばされた短槍を一度消し、再び手元に現出する。だが短槍はすぐさま、再び手から弾き飛ばされた。アンブロシウスの手刀にだ。

「見逃すわけにはいかないわ。何故ならそう……そうね、私が世界を救ってきた英雄だから。だからこの世界の滅亡の要因は、消しておきたいの。たとえ神様になって、この世と断絶されたとしても」

 彼女が接近してきたことに、まるで気付けなかった。速度においては、鎧騎士より遥かに上だ。そんな彼女との接近戦は今は困る。

 だが彼女はそれをわかっていた。故に距離を取られたと同時、距離を詰めてくる。そして的確にミーリの手を突き、槍を落とさせた。

 二つの武器を失って、ミーリは脚を繰り出す。だが頭を下げて躱されると、立ち上がる勢いで懐に入られ、腹に手刀を繰り出された。

 細く長い指先が、腹に深く突き刺さる。ミーリは吐血し、その手を掴んで体重を寄り掛からせた。

「ごめんなさい、ミーリくん。あなたも私と同じ、この国の人達を守ろうとしただけなのに……でもね、そう。見逃せないの。トロイの木馬を知りながら、城内に入れる人はいないわ。それと同じ……ここで処理しておくことが、この世の中のためよ」

 手刀が抜かれ、返り血が噴き出す。そしてアンブロシウスはミーリの脳天に血塗れの手刀を振り落とし、地獄の穴へと叩き込んだ。

「……ごめんなさい。でもそうね……あなたの言う通り、なるだけ早く決着させるわ」

「落としたのか」

 鎧を修復したアルトリウスが訊く。アンブロシウスはえぇと頷くと、手刀を治めた。

「少し疲れたわ。休憩しましょう、アーサー。あなたも傷を負ったその体で、私とやりたくはないでしょう?」

「……それは助かる。が、逃がしはしないぞ。あなたはここで倒す。絶対に」

「わかっているわ。だから逃げない。けど……次は一撃で決めるわ。彼の希望通り、すぐに終わらせるから」

「望むところ。ではお互い、最強の一撃でもって勝負を決するとしよう」

 普段の数倍、数十倍の重力負荷を受けて加速し、落ちる。深さ六千メートルをわずか数秒で落下したミーリの体は、数トンにも及ぶ力で叩きつけられた。跳ねることもなく、体が埋まる。

 全身の肉が切れ、骨が砕ける。臓器もほぼすべてが潰れ、意識は一瞬で持っていかれた。そして完全に息絶える。心臓の鼓動も止まり、脳も信号の伝達をやめてしまった。

 即死だった。走馬燈を見る間もなく、遺言を残す暇もなく、再度呼吸をする間もなく死んでしまった。

 だがこれも、地球という星からしてみれば小さなこと。大量の骨が埋まるこの大穴に、また一つ死体が落ちてきたことなど、どうでもいいことであった。

 だがそんなどうでもいいことを、捨てない神様がそこにいた——いや、神様であるかどうかは定かではない。

 ただその子が裸足で踏み締めた骨は砂に変わり、固まり、濁った色の宝石に変わる。天上の光の一切が届かない穴の中で、その子の周囲だけが明るく輝いている。そして一切の熱が届かないその場所で、まるで太陽のような熱を発していた。

 その子——彼女はミーリを見下ろす。とても寂しそうな目で、とても悲しそうな目で。しまいにはポトリ、またポトリと涙を流し始めた。

 そして彼女は両膝をつき、とても小さな口を開いてミーリの耳にかぶりついた。歯は立てていないので、傍から見るとキスをしているように見えるが、それでもしっかりミーリの耳たぶを口に入れていた。

 すると彼女を覆っている光が、ミーリにも移る。ミーリの体が光り輝き、熱を放ち始めた。

 それと同時、ミーリは目を覚ました。ただし意識の中。一面に水が張られた水面の大地が、満天の星空を映す世界でだった。

 そこで出会ったのは、頭についた歯車が回る彼女ではなかった。起き上がると、玉座に座っていたのは正体を漆黒で隠した人影だった。

 体つきは少しがたいのいい男。だがそこまで筋肉質というわけでもなく、痩せている。やや高身長で、胴よりも脚の長いモデル体型だった。

 誰だ……? この見た感じモテ男……。性格に難ありタイプ?

 そんなことを思っていると、玉座に座っている相手の漆黒が晴れてきた。徐々にゆっくり剥がれていき、その姿を晒す。すると出てきたのは、性格なんて大体知っている人が出てきた。

 いや、知っているどころではない。知り尽くしている。その人の人生も、人生観も、人生目標も知っている。その人のことだったら、きっとなんでも答えられる。そんな自信がある。

 だってその人は、姿が少しだけ大人びた、ミーリ・ウートガルドだったのだから。

「待ってたよ。昔の俺」


  

 

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