機械仕掛けの時空神≪デウス・エクス・マキナ≫
キーナ
東の大陸、エディオンから乗り継いで三つ目の汽車。中央大陸へは最短ルートでも一週間はかかる。故に何日も汽車に揺られないといけない。
のはわかっているのだが、さすがに一週間目となると気も変になってくる。滅多にしない乗り物酔いもしそうになってくる。さらには、今体を流れている力の姓で不安定で、ミーリ・ウートガルドは完全にダウンしていた。
今はロンゴミアントの膝の上に横になっている状態である。
「気持ち悪い……無理、辛い……」
「大丈夫? ミーリ」
「マスター、お水飲みますか?」
「外の空気でも吸うか?」
「いい……ありがと」
レーギャルンとウィンフィル・ウィンも心配してくれるが、まるで応えられない。今は意識を保つので精一杯だった。つい先月、冥府の女神から受け取った力の影響が大きい。
「先駆者よ、地獄の口はもうすぐそこだ。喰われるまえに息絶えるでない。踏ん張れ」
新しく入った
季節は厳しい冬を越え、春真っ盛り。だが去年今年の積雪が多く、まだ解けきっていない都市や国が多い。ミーリ達が今乗っている汽車の外も、一面の銀世界に包まれていた。
その外の世界をジッと見つめ、ヘレン・ウィクトーナ・リルシャナは吐息する。だが残念ながら、彼女の不思議発言を聞く元気も、今のミーリには残っていなかった。
その隣でネキが何やら熱心に指で本を読んでいるが、その内容に触れる元気も今ない。今はこうしてロンゴミアントの膝の上に、頭を乗せているのが一番楽だった。
それを見かねたロンゴミアントが、レーギャルンを走らせる。あとどれだけでキーナに着くか、車掌に訊きに行かせたのだ。すると五分ほどで、レーギャルンが戻ってきた。
「マスター、あと一時間だそうです。それまで頑張ってください」
「ミーリ、聞こえた?」
「うん……うん、聞こえた……聞こえた……ありがと、レーちゃん……ロン、悪いけどこのまんま寝かせて……お願い」
「いいわ。寝て、ミーリ」
ロンゴミアントに撫でられて、力尽きるように眠る。するとミーリの体から、漆黒の瘴気が溢れ出し始めた。闇の女神の死の力だ。常人なら即死である。そしてここは、その常人だらけの汽車内。
ヤバいなんとかしなければ。ミーリのパートナー陣は、周囲に悟られないように対応しようとする。
しかし相手は冥府を治めた女神の力。たかが神々英雄の武器である自分達が、どうにかできる代物ではない。と思っていた。
ずっと窓の外を見つめていたヘレンが、霊力の膜でミーリを覆う。瘴気はその幕の中で逆流し、ミーリに吸い込まれてさらに抑え込まれた。神霊武装とはいえど、ヘレンは他五人と少しランクが違う。
「ありがとう、ヘレン。助かったわ」
「いいのよ。だって私は、こういうときのために彼に付いているのだから」
相変わらず、未来を見通しているかのような発言。しかもその人の目を見れば、その人が今まで生きてきた人生すらも見抜く千里眼の持ち主だ。
しかもリストのように、感覚で物を言っているわけではない。その目は確かに、人生を見抜いている。故に彼女に会った人達は皆、占い師か何かと勘違いするかもしれない。
だが下手な占い師よりも、彼女の千里眼はよく当たる。それはミーリがよく知っていることだ。だから彼女には、口止めをさせている。彼女がもう見抜いているだろう、ミーリ・ウートガルドの過去については。
「それよりも、あと一時間なら私も寝ていいかしら……もう、眠くて……」
「いいけど、動かないように押さえるから。それは了承して頂戴」
「えぇ、わかっているわ。じゃ……お休み……」
そう言って、ヘレンはものの三秒ほどで眠りにつく。夢遊病者である彼女が徘徊しないよう、ネキがツルを伸ばしてヘレンを固定した。さすがにこれを引きちぎってまで徘徊するほど、酷くはない。
ヘレンが寝付くと、それを見計らったようなタイミングでリストが訊いた。
「ところでつかぬ事を伺うが、私が先駆者の物となって早数ヶ月。とある疑問が浮かんだので訊きたい」
「なんですか……?」
「先駆者はいつもニコニコしていてヘラヘラしていて、陽気な人物なのかと思っているのだが、それは間違いないか?」
不思議な質問だ。思わず全員戸惑う。
「なんだそりゃ。そんなのわざわざ聞くことか? まぁたしかに、基本緩いがな。それでも怒るぞ? 簡単に怒る。とくに今カノを誰かに殺されることは許せないみてぇで、そりゃもうブチ切れるな」
「ほぉ……怒るのか。では、泣いたことはあるのか?」
「泣いたことは……泣いたこと?」
少し考えて、ウィンは言葉を詰まらせる。考えてみればミーリが泣いたところなど見たことがない。というか、ミーリの涙を見たことがない。
悲しいときは悲しい顔をして、辛いときは辛いと吐き捨て、誰かが傷付けば泣くよりまえに怒る。そうして、今まで涙を流さなかった。かの吸血鬼の魔神を殺したときだって、悲しみはしたが涙は流さなかった。
そのことを、ウィンは知っている。それはレーギャルンもネキも、そしてロンゴミアントだってそうだった。かれこれ四年近い付き合いになるロンゴミアントですら、ミーリが泣いたところを見たことがなかった。
その様子を見て、リストはミーリを覆う膜を撫でる。
「私は死神の一番弟子。とはいえただの神霊武装だ。
「俺はねぇ。槍脚、おまえならあるんじゃねぇのか?」
「いえ、ないわ。多分、ミーリは自分の過去を誰にも話していないはずよ。過去を知ってるとすれば……スカーレット——ミーリの師匠くらいかしら。ともかく、私は知らないわ」
そう、ミーリは過去を話してくれたことは一度もない。誰にだって、話してくれたことはない。
ユキナを殺すのは妹の仇だと言ってくれたことはあるが、それ以上のことはまるで話してくれない。ミーリが少年時代どんな人だったかや、忌み嫌う両親がどんな人だったかなど、まるで教えてくれないのだった。
ロンゴミアント自身、訊いたことはない。いつかミーリの方から話してくれると信じて、待ち続けているのだ。
それは、召喚されたその日からずっとである。召喚されたその日、燃え盛る教会の中で、ロンゴミアントの手を取ったミーリは言った。
——ロン、初めに言っておく。俺には倒したい奴がいる。たとえ死ぬことになっても、殺したい奴が……そのために、いつか君を使うことになるかもしれない。それを許してほしい
それだけで、当時は充分だった。だが今は長く彼のパートナーをやってきて、寂しく思う。ミーリの過去が知りたいのではない。彼と、その苦しみを共有したい。そう思って待ち続け、もう四年目だった。
「そうか……聖なる槍よ。なんなら私が訊こうか。今のところ図々しく訊けるのは、新入りの私くらいだろう。私が訊こうか」
「それは……いいわ。ミーリにだって、苦しいことはある。悲しいこともある。それを溜め込んでいる方が気が楽なら、それでいいの。ちょっと寂しいけど……それでいいの」
「……そうか。つい世話を焼いてしまった。忘れてくれ、聖なる槍よ」
その後一時間が経って、ミーリ達はキーナに着いた。
キーナの人口はおよそ七億。世界第一位の数だ。さらには中央大陸唯一の国とあって、駅には多くの人がいた。ざっとエディオンの駅の十数倍はいる感覚である。
汽車を降りたミーリは、その中でフラフラと歩く。その足取りは重く、遅い。故に数歩歩いただけで人と接触し、嫌な顔をされた。
なのでロンゴミアントとウィンがミーリを両脇から支え、その後ろにカートのついた荷物をレーギャルンとヘレンが続く。リストはネキに腕を組ませ、ミーリの隣を歩いた。
「ごめん、みんな……」
「ミーリ、今日のところはホテルに行きましょう。今のまま行っても、修行なんて無理よ。絶対倒れるもの」
「でも……危険地域の立ち入りにも期間があるし……」
「やめとけ。今の体じゃ、地脈なんてもの操れやしねぇ。それにあの女神のせいで、グスリカから帰って来てからずっと寝れてねぇじゃねぇか。今おまえに必要なのは適度の睡眠と休息だ。ヘレンと一緒に寝てろ」
「でも……」
最高位度危険地域ミドル・オブ・ヘルへの立ち入りを許されたのはたった三日間。たったの三日と思うところだが、国の調査機関だって一二時間もいさせてもらえないことを考えれば、長い方だ。
それもこれも、許可を取ってくれた
とにかく、期間は三日間しかない。そのうち一日を無駄に終わらせてしまうことが、ミーリは気になって仕方がなかった。これでは休むに休めない。
そんなミーリの名前を、一人の女性が呼んだ。黒の鉄仮面の下にある表情は読み取ることができないが、口調は柔らかかった。
「ミーリ・ウートガルド様御一行ですね。お待ちしておりました。私は/様の秘書をしております、ベディヴィエールと申します。本日は御一行をご案内させていただくべく、参上致しました」
「ベディヴィエール。悪いのだけれど、ホテルに行きたいの。ミーリがこの状態だから、休ませたいのよ」
「向こうに馬車を置いてあります。どうぞ、こちらです」
ミドル・オブ・ヘルに行かないことを問わない辺り、おそらく/から言われていたのだろう。着いたらまずホテルに向かって休むだろう、とかなんとか。
まったく恐ろしい人だ。ミーリが女神エレシュキガルの力を御し切れずに苦しむことも、それによって陥る状態もお見通し。彼曰く、知っていることならなんでも知っているらしいが、本当はすべて知っているのではと思ってしまう。
そんな彼の秘書をしているのだから、この人もおそらくただ者ではない。人間的にも実力的にも、折り紙付きだろう。
まぁもっとも、彼女は人ではなく、魔神のようだが。
駅を出ると、すぐに馬車に乗せられる。するとミーリの目に映ったのは、もうすぐ夜も更ける頃だろうに異様に明るい、空だった。
「ベディさん、この国って白夜とかしたっけ」
「いえ、そのようなことは。ただこの国では、数日前から神同士の争いが起こっているようなのです」
「嘘。なのに誰も避難とかしてないの? どういうこと……」
「国の人間は、この異様な明るさを天変地異かその類だと思っているようです。故に逃げても無駄だと思っているのか、逃げようとしません。ですがそれでも一割程度の人は避難したようです」
「被害はないの……?」
「今のところは。争っている場所が場所なので、元々人もおらず。幸い被害は出ておりませんが……今もこうして夜にも関わらず、昼間のように明るい状況が続いております」
「臭いがするわ……高密度の霊力の臭い……元々この国の滞留霊力量が多いんでしょうけど、それにしたってものすごい濃いわね」
感覚に関しては一番鋭いヘレンが言うのだ、間違いないのだろう。
たしかに霊力探知が効かないほど、大気中の霊力が濃い。おそらく元々の濃度なのだろうが、それが神々の戦いによって撒き散らされる霊力も上乗せされて酷い量になっている。
酸素と同じで、霊力は過剰に体内に溜め込むと毒になる。細胞を破壊し、命を削るだろう。そうなれば、この国に住む約七億人が死ぬ。それは避けなければならない。
「ベディさん、神様達が戦ってるのって、もしかして——」
「はい。ミドル・オブ・ヘルの上空です」
「よし」
「待ってください、マスター!」
隣に乗ったレーギャルンが、腕にしがみついて止める。その目には、うっすら涙を溜めていた。
「マスターは強いです! 最強です! 信じています! でも……今は無理です! マスターは今、万全じゃありません! とても、とても辛い状態です。そんな状態でもしものことがあったら、私……私……」
ミーリははにかみ、その頭を撫でる。そして説得のために流してくれた涙を、そっと拭った。
「ありがと、レーちゃん。大丈夫、俺は死なないよ。俺は死なない。だって……俺を殺せるのはユキナだけなんだから」
レーギャルンの手を優しく
その背中を、レーギャルンは涙で滲む瞳で見つめる。
かつての主を思い出し、急にいなくなってしまう想像をしてしまう。ヤだ。それだけは。
約束してくれたのに。ずっと、死なない限り一緒にいてくれるって、約束してくれたのに。嘘つき。
そんな言葉を噛み締めて、レーギャルンは泣く。ロンゴミアントやウィンがミーリを追いかけようと馬車から飛び出していった中で、レーギャルンは泣き続けた。
そんな少女を泣かせた男は、キーナの上空を駆けていた。絶えず霊力で足場を作り、滑空するように跳んでいく。そうして辿り着いたその先に、二人の神様がいた。
神様はそれぞれ、光の一撃を溜めている。
「「“
光の一撃が放たれる。それがぶつかり、炸裂すれば、再び
「“
霊装である長槍と短槍を握り締め、突っ込む。そして相対する光の間に入り込み、それを同時に貫いた。
たった一人で、二体の魔神の一撃を相殺する。それを見た二体は、それぞれの反応を見せた。
「なんだ……おまえは」
「誰? ただ者でないことは……そう、わかるのだけれど」
体中から瘴気を溢れさせ、一方は進み、もう一方は戻る時計を宿した両目で睨む。握りしめる槍は赤く煌き、光を突き刺した。
「対神学園・ラグナロク五年、ミーリ・ウートガルド。悪いけど、ここから出てってもらうから……!」
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