貴族の執事

 貴族に――それも最高位貴族に使える執事となると、就くのはとても難しい。地元の公務員になる、何十倍の難易度だ。何せ執事には知力だけでなく、体力や接客態度など様々な面が要求されるからだ。

 貴族の執事の採用は、毎年その国主催で行われる。知力や体力マナーなど、執事に問われる資質を限界まで問われ、数百人の中からわずか数人がその年の執事となる。

 狭き門を無事にくぐり抜けた新執事達は、その後数日で雇い先が決まる。ただし執事達に選択権はなく、書類や顔合わせで貴族の方が決める。

 選択権がないのは少し辛いが、大体領主がじかに見て決めるので、職場のニアミスはほとんどない。逆にそれを見抜けることこそ、領主としての人を見る力の表しといえる。

 そして沖田総士郎おきたそうしろう土方京太郎ひじかたきょうたろうもまた、同じように領主であるサクラに選ばれた。

 最初、沖田は仕事ができる奴だったが、誰とも口を利かない無口な男だった。実際、今もそれはほとんど変わっていない。

 そして土方もまた腕っぷしは強かったが、仕事がそこまでできることもなかった。今とは違って、よく近藤こんどうに叱られていた。

 そんな二人が来たのは五年前のこと。そしてそれから調度半年が経った頃、公務をしていたサクラが二人に訊いた。

――京太郎、総士郎。あなた方の家族は今どこに?

 それぞれグスリカ王国から少し離れた近国の出身。家族もそこにいた。それを話すと――このときばかりは沖田も口を開いたのだ――サクラは机の棚から封筒を探し出して、それぞれ二人に手渡した。

――明日から一週間、暇を出します。二人とも実家に帰って、家族に顔を見せてあげてください

――しかし、お嬢様……!

――サクラと呼んでくださいってば。私だって優雅ゆうがに言われているとはいえ、下の名前で呼んでいるのですから。二人とも、ここに来てから休めていませんでしょう? どうぞご家族を安心させてきてください。私は、大丈夫ですから

 それは嘘だった。この頃のサクラは、早々に片付けなければならない公務で立て込んでいた。

 実際一人でも終わらせることができるのだが、それはこの一週間まともに睡眠しなければの話である。それでも暇を出したのは、新入りである彼らがこの頃疲れていることを察したからだった。

 だがこの気配りは、他の貴族からしてみればありえないことだ。ただでさえ人がいないのに暇を出すなんて、自傷行為にも等しい。自分の首を絞めないためにも、せめて交代で暇を与えるのが得策である。

 しかしサクラもまた、それをわかっていないわけではない。そういうことは近藤にしっかり教わった。だがそれ以上に、二人の疲労が溜まっていた。放っておけなかったのだ。

 このときの二人は断るということを知らず、そのままこの休暇を受け入れた。近藤も二人には何も言わなかったが、逆にサクラにはかなり説教したという。

 結果一週間の休暇から二人が帰ると、公務を終えたサクラは倒れて熱を出していた。公務のことを知った二人は、あとで激しく後悔した。

 サクラの病状が落ち着いた頃、二人そろってサクラに謝りに行った。だがそのときサクラがかけた言葉は、二人がまるで予測していないことだった。

――ご家族は、元気でしたか?

 双方の家族が元気だと知ると、さらにこう返した。

――よかった……家族がいるんですから、ちゃんと顔を見せませんとね

 そのとき改めて――いや、初めて思った。

 そうだ、この人には家族がいない。親も兄弟も、誰もいない。それが何故いないのか、二人は聞いたことがなかった。聞けなかったのではなく、単に気にも留めなかったからだ。

 二人はまた後悔する。そして改めた。

 この人の家族になろう。自分達よりも幼く、か弱いこの人を守れる存在になろう。それはきっと、執事かと言われると違うかもしれないけれど、この人に必要なのは執事じゃない。家族だ。

 それから二人にとって、サクラはただの雇い主ではなくなった。とても小さくとても弱い、幼い妹のようになった。

 それからはとにかく頑張った。仕事ももちろん、サクラを狙う刺客から彼女を守れるように強くなった。土方に至っては、ブラックリストを召喚した。結果二人は執事であると同時に、サクラ護衛の最終防衛ラインとなった。

 故に悔しかった。今回の依頼で、赤の他人を護衛として招かなければならないことが。自分達では守り切れないことが。

 そして何よりその依頼相手が、リースフィルト家に因縁あるミーリ・ウートガルドであることが安心できなかった。最悪仇の血筋として、護衛に殺されかねない。そう思うと気が気でなかった。

 悪いのはユキナ・イス・リースフィルトだ。サクラ・イス・リースフィルトは誰にだって優しい人だ。この子は何も悪くない。悪いことなどしていない。

 そんな彼女を守るのだ。この男からも、刺客からも。絶対に、守り切るのだ。

「ねぇねぇ、キョーくんはどうして執事になったの?」

 外出公務を明日に控えた月光輝く夜。酒ではなくウーロン茶で晩酌をする土方に、ミーリが訊く。勝手にコップを持ってきて、隣でウーロン茶を注いだ。

「外出公務は明日なんだぞ。寝なくていいのか」

「キョーくんだって寝てないじゃん」

「……おまえには関係のないことだ」

「いいじゃんケチィ」

「なら訊くが、おまえは何故この依頼を受けた。サクラ様を殺すためか。ユキナ・イス・リースフィルトの代わりに」

「まっさかぁ。サクラちゃんはサクラちゃん。ユキナはユキナ。そこのところの区別は、ちゃんと付けてるよ」

「ハ。言っておくが、俺はおまえのことを信じてないんだからな。サクラ様の身に何かあれば、それはおまえの仕業だミーリ・ウートガルド」

「俺は君達のこと信じてるよ? 君達だけだもん、ご主人様にここまで家族してくれてる執事は」

「ハ?」

 飲み干したミーリは勝手にもう一杯注ぐ。そしてまた飲み干すと、さらにもう一杯を注いだ。

「だってそうだよ? 普通執事や護衛はね、雇い主の家族になっちゃいけないんだよ。そのうちの情報とか内情とか知っちゃうと、情報漏洩ろうえいに繋がるから。だから執事や護衛は、家族になっちゃいけない。そういう暗黙の了解があるんだよ。君だって習ったでしょ?」

 いや、べつに俺は執事養成の学校とか行ってないからな。そういうのは知らん。そうなのか……。

 執事なのに、今更教えられた気がした。さすがは元最高位貴族のお坊ちゃまである。もっともどこでそんな常識を知ったのか、わからないところであるが。

「だからさ。そんな暗黙の了解取っ払って、あの子の家族になってる二人の存在ことが、羨ましかったんだ。俺の家には、そんな人いなかったから」

「ミーリ・ウートガルド……」

「だからさ。俺は信じるよ、あの子の家族を。君達のことを。これからも、サクラちゃんのことよろしくね」

「……フン、言われるまでもない」

 その後数分お互いの晩酌に付き合い、その日はもう寝た。

 余談だが、ミーリが語った暗黙の了解については沖田は知っていたようだ。

 だが当然、暗黙の了解があろうとなかろうと関係ない。自分達は決めたのだ。家族になる。彼女を――サクラを守る家族になるのだと。

 そんな決意を改めて固めた朝。王城から迎えの馬車が来る。

 サクラに同行できるのは、わずか三人。本来なら近藤、土方、沖田の三人がついて行くのだが、それでは屋敷を守れる人がいない。神避けの結界が張られているとはいえ、人が来たらどうしようもない。

 そこでミーリ達の出番である。ミーリと空虚うつろが土方と共に護衛のため同行し、リエンと玲音れおんが沖田、近藤と共に屋敷を守る。それが今回のそれぞれの役割だ。

 実力は申し分ないミーリに、冷静沈着で攻撃範囲に応用が利く空虚を王城に送り、攻撃範囲がとくに広く攻撃力も凄まじいリエンと玲音が残ることが最適と判断された。

 何故屋敷を守る必要があるかと言われれば、秘宝の存在があるからだ。空虚達は知らないので、守る必要性に関しては正直わかっていない。

 だが秘宝があろうとなかろうと、屋敷はいつだって保護対象である。故にとくに疑問に感じることもなく、リエンと玲音は残っていた。

 馬車に揺られておよそ六時間ほど。最北の領地ジェイルから、中心地グスリカまではそれくらいで着く。

 城門で招待状を憲兵に見せると、馬車は城の敷地内に入る。そのまま中央城を横切って、右城の比較的小さな庭に入る。そこで馬車を止めて従者を連れ、全員城内へと進んでいった。

 サクラ以外にも、今回数多くの貴族が参加している。その中には無論、サクラと同じ最高位貴族の人間もいるわけで、彼女のことをひどく軽蔑視している様子だった。あからさまなその態度に、土方は怒りを隠せない。

 と、そんな中に何故か。本当に何故か知り合いの姿を見つける。それはミーリ達と同じように護衛しているのではなく、貴族としているのだった。ミーリがちょっと鎌をかけにいく。

「氷の先輩、お久し振りです」

「ミーリ・ウートガルド……」

 そこにいたのは北の対神学園・ミョルニルで最強を誇るミスト・フィースリルト。普段から蒼いドレス姿に身を包んでいる彼女だが、今日はまたさらに装飾が輝くドレスに身を包んでいた。

 護衛にはもちろん、妹のイリスの姿もある。

 以前からミストはミーリが苦手のようで、今回も話しかけてくるなという顔をされた。

「……話しかけてくるとはね」

「無視しないでくださいよ。気付いてたでしょ」

「……あまり私を厄介ごとに巻き込まないで頂戴」

「何もしてないじゃないですか」

「その子、リースフィルト家の主でしょ? 私の家はフィースリルト。文字の位置違いだってだけで、変に他の家から敵視されてるの。だから、あまり関わりたくないの」

「あぁぁ……似てますね、たしかに」

「わかったら今回だけ……今回だけでいいから私に話しかけてこないで。今話しかけられるのは、本当に迷惑になってしまうの。その子には、申し訳ないけどね」

「……じゃあいつか。いつか会ってあげてください。サクラちゃんいい子なんで。それだけはわかってあげてくださいよ」

「……わかった。わかったから、今回は勘弁して」

「はい。じゃあ行きます……あ、オルさんは元気ですよ。俺の大事な友達です」

「そう……一言余計だけど、まぁ安心したわ」

 それだけ言い残して、ミストはイリスと他二人の執事を連れて先を行った。

 戻ると勝手な行動に空虚は何か言いたげだったが、土方はミストに言いたげだった。拳を握り締め、必死に堪えている。その手を止めているのは、間違いなくサクラの存在が今隣にいるからだった。

 これからが心配である。何せこれから、そういう連中の巣窟に入るのだから。

 城内の奥に入っていくと、そこには大きなホールがある。そこでは今回呼ばれた貴族の面々が、立食パーティーを開いていた。ナツメ姫主催のいわゆる懇談会だ。

 だがその中でも、サクラは浮いていた――というより、浮かされていた。

 当然と言えば当然だ。彼女は今、醜態を晒す者アポストロフィと呼ばれて貴族の間で忌み嫌われている。彼女と関わること自体、全員が避けていた。

 そのことにまた、土方は全力で耐える。

「京太郎、そんな顔をしないでください。私は大丈夫です」

「サクラ様……」

「すみませんが、少しお腹が空いてしまいました。お料理、取って来てくださいますか」

「……かしこまりました。少々お待ちください。リスト、サクラ様を頼んだぞ」

「任せろ。私は死神の一番弟子。触れる者あれば即座に斬り捨ててしまおうて」

「それはよせ。サクラ様の立場が、さらに危うくなる。だがもしそいつがサクラ様を殺そうものなら……そのときは殺せ」

「誰に物を言っている? この邪眼、そんな不届き者は見逃さん」

 リストを信じて、土方は料理を取りに行く。

 空虚もまたてんいくさと共にサクラの周りで警戒しているが、万全とは言えない。何せ頼みのミーリが、ずっと料理に夢中だからである。護衛を忘れているのではないかというくらいの喰いっぷりだ。

 そんなミーリに、近寄る人が一人。それは赤と黒のドレスに身を包んだ、赤い毛先を丸めた髪型の女性だった。

「ミーリ・ウートガルド様でお間違いないですか?」

「そだけど……君、誰?」

「お初にお目にかかります。私はアルカ・バッドロード。貴族バッドロード家の現領主です。あなたとお話したく思います、ミーリ様」

 そう言って、彼女は頭を下げる。そんな彼女の周りには、執事どころか従者もいなかった。

「で、何?」

「つかぬ事をお伺いいたしますが、ミーリ様にはお相手はいらっしゃるのですか」

「相手ってなんの」

「もちろん、婚約相手です」

「いるけどそれが?」

「その婚約を破棄して、私のところに来てくださいませんか?」

「……は?」

 



 

 

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