恋するサクラ
季節は真冬。北東の王国グスリカの領地はよく冷える。さらに北側のジェイルは山に囲まれているからか、毎年雪が降り積もっていた。
今年もたった一晩で降り積もり、ジェイルは白銀の世界へと生まれ変わっていた。
「サクラちゃん見て見てぇ。雪だるまぁ」
「あ、可愛いですね」
「そう? じゃああげる」
掌サイズの小さな雪だるまを手渡される。
普通なら誰でも困るところだが、サクラは嬉しそうにはにかんで雪だるまに頬擦りした。
「ありがとうございます、ミーリ様」
「サクラ様、そのようなものはお捨てください。お手が汚れます」
「
「ですがサクラ様……」
「じゃあ今回は許してください」
「なっ、お嬢様!」
「京太郎、お嬢様はやめてください。まえから言っているじゃないですか」
「も、申し訳ありません……」
「じゃあ罰として、あなたも雪だるまを作ってください。大きいのですよ」
「は、はぁ……」
「主よ、我が魔導の邪眼を以てすればその程度容易いぞ? 再び契約の印を結ぼうか」
「黙れリスト。ふざけていると叩くぞ」
「やれやれ、堅物すぎるのも考え物だろうに」
まぁ、あいつのように自由すぎるのも、考え物だがな。
隣で一部始終聞いていたリエンは、そう思う。実際その自由男は雪原と化した庭の真ん中で大の字に寝転がり、速攻で寝に入っていた。
その上に、ヘレンが倒れる。また夢遊病で徘徊していたようで、やっと止まったらしい。すぐにロンゴミアントが追いかけて来て、ヘレンをどけていった。
レーギャルンと
リエンのパートナーであるカラルドとエレインは、ネキと暖炉に当たっていた。
エレインは外はイヤだと眠っていて、ネキは滑ると危ないので室内待機。そんな二人を、カラルドが見ているというところだった。まぁ二人共基本大人しいので、苦労はしないが。
空虚は一人書物庫にいた。開いている本は、闇の女神にまつわる神話が描かれたものだ。
天を司る光の女神と、地を司る闇の女神がいた。二人はとても仲が悪く、いつも喧嘩していた。
何が気に入らないかと言うと、まず好みが合わない。性格が合わない。考え方が合わない。もう根本から、色々なものが合わなかった。
ただし一つだけ合うことがあった。愛する者に対しては、ひたすら一途だったのである。彼女達は姉妹揃って、愛する者を絶対に諦めなかった。
光の妹は愛する王に怪物を送り付けてはそれを倒す彼に狂喜し、闇の姉は愛する男を自身が治める冥界の王にした。片方は尽くし、もう片方は尽くされることに快楽と愛情を感じていた。
そんな二人は最期までいがみ合い、結局は妹が死んでからも二人は相いれなかった。それが光の妹イナンナと、闇の姉エレシュキガルの関係。
と、ここまでは本を開けば誰でも知っている神話だ。
だが実際、イナンナは死んでいなかった。神を殺す武装、
だとすれば彼女の姉であるエレシュキガルもまた、神とは違う何かしらの形で転生しているのかもしれない。そうなっていれば、ミーリの戦力増強には充分役立つだろう。可能性はある。
その可能性をミーリ自身はわからないが、ロンゴミアント辺りが考えているだろう。ロンゴミアントならきっと、それらの可能性も調べている。彼女はそういう人だ。
だから心配はしていないが、でも調べることに決めた。恋人同士の殺し合いなど悲しいだけだが、それでもミーリには家族の仇を取ってほしいし、生きていてほしい。そして願わくば――
だから精一杯協力しよう。リエンのように、自分が彼女を倒すだなんて強いことは言えないが、せめて力になれるようにしよう。そう、決めた。
「空虚ぉぉ!」
外から呼ばれる。見ると雪塗れの戦がピョンピョンと跳ね回り、空虚のことを呼んでいた。雪合戦に付き合わされたレーギャルンと天も、同じく雪塗れである。
「空虚、手を貸せ! 雪合戦だ!」
「何度やるつもりですか、戦」
「今思ったのだ! 二対一では分が悪い! ここは公平に、平等にやろう!」
「あなたが二対一でもいいと言ったのではありませんか。まぁどのような条件だろうと、勝つのは私ですが」
「何を負けんぞ! 空虚、来い! 二人で倒すぞ!」
まったく、緊張感のない。だがまぁ、いいか。
緊張感の続く依頼となったとき、戦のこういう性格には助けられる。気を張りすぎそうになるところで、いつもこうして息抜きをさせてくれるのだ。まぁいつもこの調子なのが玉に
「遊んでばかりいるなよ、戦! 今行くから、さっさと終わらせるぞ!」
「おぉよ!」
そんな感じで二日目の午前中を過ごした全員は、
「ミーリ様、午後はどうなさるおつもりですか?」
「雪かきして、そのあとレオくんの特訓するよ。ウォルさん、手伝って」
「承知した」
「
「あ、ありがとうございます……」
「いいな。ミーリ様、私も拝見していてよろしいでしょうか」
「いいよ。でも屋敷の中からね。ウッチー、サクラちゃんお願い」
「仕方ないな」
「ありがとうございます、ミーリ様」
偵察から戻ってきたウィンを休ませる間に、ミーリは雪かきを開始する。といっても雪かきはものの数秒で済んだ。
何せ雪かきを炎の魔剣であるレーヴァテインでやるのだ。無数に地面スレスレまで降らせた魔剣が雪を溶かし、庭と屋敷に一足も二足も早い春をプレゼントした。
そして庭の四隅に魔剣を刺し、雪溶け水で濡れた土を乾かす。わずかに入り込む木漏れ日と合わせて、庭は二時間ほどで回復した。
そして特訓開始である。
初めは木刀を借りて、昨日ミーリがやった剣を玲音にやらせる。
パワーよりも技量で見せるミーリの剣は、元々量の多い霊力でパワーをブーストさせる玲音の剣とは少し相性が悪い。それでもやらせるのは、パワーばかりですぐにへばってしまう玲音の対策としてである。
玲音としては、決まった
慣れない玲音の剣を受けながら、ミーリは間近で自分の剣を見せつける。腕だけでなく、全身で剣を振り回すミーリのスタイルに、いつも以上についていけない。だがこの剣を受け続けることが、今日この日の特訓だった。
木刀を弾かれてもすぐに拾いに行き、玲音は何度もミーリと剣を交える。
結果を言ってしまうと、この日はまるで剣を自分のものにできなかったのだが、焦ることはない。生憎と、玲音には倒したい敵も何もいないのだ。肩に力を入れる必要はない。
玲音の剣を受けるミーリの姿は、女性陣に少しカッコよく映る。元は槍使いであるが故に手クセが少し悪いのだが、それを含めても武器を
どこに魅力があるのかを説明しろと言われても、困ってしまうが。
「ミーリ様はどんな武器でも扱われるのでしたね。ケイオスで拝見しました。ラグナロクでは、すべての武器に関して授業を行うのですか?」
「実技の授業は、武装を持たない体術がメインです。武装の扱いに関しては、個人で学びます。能力がそれぞれ異なりますし、それに沿った戦い方も変わってきますから」
「ではミーリ様は、わざわざすべての武装の使い方を?」
「私は存じ上げませんが、ミーリは師匠の下ですべての武器の扱い方を学んだと。元々そういった才能を持っていたようですが」
「すごいですね……
「えぇ。私達では、とても敵いません」
玲音の木刀が二〇回落とされたところで、特訓はいったん休止。たったの十数分で汗だく息切れ状態にさせられた玲音はヘタリと座り込み、ウォルワナから霊力を分け与えてもらった。
ミーリもまた、ロンゴミアントから水をもらう。そして手首にそっと口づけをもらい、下位契約で霊力を受け取った。
「お疲れ様です、ミーリ様」
「まだまだこれからだけどね。ね、レオくん」
「あ、はい……」
すでに獅子谷は疲労困憊か……まぁ無理もないが。
「ミーリ、特訓はいつ頃終える? そろそろウィンフィルの代わりに、私が偵察に行こうと思うのだが」
「そだねぇ……とりあえず――ロン!」
ミーリと空虚、ロンゴミアントが即座反応する。
銃声が鳴り響くと同時にロンゴミアントが槍脚を持ち上げて銃弾を蹴り砕き、空虚がサクラの頭を抱えて窓の外に自分の背中を向ける。
ロンゴミアントはすぐさまミーリの手を取って槍となると、ミーリによって投擲された。銃撃した暗殺者の脇腹を射抜き、木の上から落とす。
その騒ぎを聞きつけて飛んできたウィンに手を伸ばし、口づけさせて武装したミーリは、その場から跳び上がった。
「ウッチーあと頼んだ!」
「気を付けろ、ミーリ! まだいるぞ!」
「わかってる!」
銃声を聞きつけたリエンが窓を閉め切り、空虚と共にサクラを部屋の奥へと押していく。だが当のサクラはずっと、閉められた窓の向こう側にずっと目を向けていた。
その外では、銃撃戦が繰り広げられていた。木々の間を行くミーリ目掛けて、銃弾が交錯する。
ミーリはひたすら回避に専念しながら、敵の位置を確認していた。移動する者も一度認識してしまえば、霊力探知ですぐだ。
位置は把握した。敵数一三、大所帯だ。だが全員気配を隠すのがうまい。視認でなければ、把握しきれなかった。そういう家業の人間か。
ミーリは一本の木の幹を
そして一斉射撃する。
集中豪雨のように降り注ぐ銃弾は枝をへし折り貫通しながら、標的とその周囲を射抜いていった。着地してすぐ、標的全員の狙撃完了を確認する。全員殺してはいなかったが、両腕両脚は使えなくしていた。
「お疲れ、ボーイッシュ」
『一人も逃がしてねぇだろうな』
「もちろん。んでもって誰も殺して――」
ミーリの視線が、パッと暗殺者達に向けられる。その場で一番自分に近い男の側に滑り込むと、その口を開けて口臭を臭った。
「……やられた」
『どうした』
「みぃんな死んでる。口の中に毒仕込んでたね。即効性のある奴。俺の攻撃が当たった瞬間にはもう噛んでたっぽい」
『そうか』
ウィンは武装を解く。そして暗殺者達が死んでいることを自身の目で直に確認すると、何も言わずミーリの肩だけ叩いて戻っていった。
それと入れ替わりに、ロンゴミアントが走ってくる。ロンゴミアントにも説明すると、一言残念だったわねと慰められた。そう言われると、逆にショックを感じる。だが一番ショックを感じたのは、戻ってからだった。
戻って状況を報告すると、空虚やリエンに仕方ないさと慰められ、レーギャルンやネキには逆に何も言われずただお疲れ様と言われる。そして執事二人には、ガッカリしたという表情で睨まれた。
もう踏まれたり蹴らりたりである。いや実際自分の失態ではないから、責められる筋合いはないのだが、それでもここまで慰められると逆にショックを感じてしまう。ミーリは、そういう面倒なタイプだった。
「ミーリ様」
今度はサクラちゃんか……。
「大丈夫でしたか?」
「うん?」
「お怪我はありませんでしたか? 何も……ありませんでしたか?」
思わず返す言葉を失う。
サクラはずっとミーリの体のあちこちを見回し、怪我をしていないかを探している。その姿が、ミーリの過去の記憶と重なった。
――ミーリ大丈夫? 怪我してない?
昔貴族の飼い犬と、戦ったことがある。
ユキナが大事にしていた人形を彼が持っていってしまったのだ。それを取り返すため、自分よりも一回り大きな犬とミーリは戦った。
結果的に犬に勝ったし、人形も無事取り戻したのだが、ズタボロにやられてしまった。
そのときのユキナそっくりだ。あのときのユキナも、全身を見渡して傷を探していたっけ。そのとき思ったのだ。あぁ、この子は本当に優しい人なんだなと。
過去の姉の姿と、現在の妹の姿がここまで重なるとは思っていなかった。父親が違うとはいえ、同じ母親から生まれた姉妹なだけはある。とはいえここまで似るものなのかと、疑わざるを得ないが。
だが似ている。あいつに、大好きな女の子に。
「どこか痛いところがあったら、言ってください。
あぁもう、可愛すぎる。
なんでこんなに愛らしい。何故こんなに愛しい。
その感情は衝動を生み、ミーリに片膝をつかせる。そしてその手を
突然のことに、サクラは戸惑いながら頬を赤らめる。こういうところは、姉とは違うようだ。あいつなら当然のように受けて、そして喜ぶ。それがあいつだ。
「ありがとう。ダイジョブだよ、サクラ」
「……はい……」
「じゃあちょっと行ってくるね。後始末してくるから」
行ってしまったミーリのことを、目で追う。脚があれば追いかけてすらいただろう今の心情を、サクラは知らなかった。
この胸の中の熱を、まだ一五歳の最高位貴族はまだ知らない。何か悪い病気にかかってしまったのかというくらいに胸が高鳴り、熱がある。
この苦しさを、熱さを、人は恋だと呼ぶことを、今日この時のサクラ・イス・リースフィルトは、まだ知らなかった。
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