紺髪の妹

vs 汽車

 西大陸の端から東大陸の中心へ。二つの大陸を股にかける十両編成の夜汽車が、朝焼けに照らされる平野を走る。

 まもなく次の停車駅。だが汽車はまるで速度を落とす様子はなく、駅員達は停止信号に従わない汽車からとっさに逃げ出した。

 汽車は加速を続けたまま、走り続ける。次の駅は終点ではないが、一度その駅を折り返して次の駅に向かうため、事実そのまま行っても先はない。

 どうもしようのない乗客達はただ怯えて、この状況を嘆くばかり。なんとかしてくれと、天に向かって神以外の何かに祈る。

 車掌の乗らないこの完全オートの無人汽車では、彼らはそうするしかできなかった。

 そんな中、騒がしい車内で寝息を立てる青髪の青年が一人。さらにその隣では、夢遊病の少女がウトウトしながら立ち尽くしていた。

 その目の前では、盲目の女性が点字の本を読んでいる。だが彼女もまた外の異変に気付いて状況を把握すると、青年の方を揺り起こした。

「主様、主様。起きてください」

 起こされた青年は事態の緊急さを知らずにゆっくりと伸びて起きる。そして隣で立っている彼女をそっと座らせ、そのまま横にした。

「どしたのネッキー、もう着いた?」

「いえ。どうやらこの汽車、止まらないようです」

「止まらない?」

 外の景色が異常な速度で過ぎ去っていくのを見て、青年はようやく状況を理解する。今寝かせたばかりの少女の肩を叩いて起こすと、食べかけだったクッキーを食べきってから席を立った。

「ネッキー、ヘレン。止めるよ」

「はい、主様」

「ミーリ、大丈夫よ。だってあなたはここで死なないって、さっき誰かが言ってたもの」

「当然」

 青年ミーリは両手を差し出す。その手をそれぞれ取った二人は、そっと甲に口づけをした。そして、その姿を武器に変える。一つは肩掛けケイプ、もう一つはその肩にツルを絡ませる杖だ。

 人の意思と姿を持つ神話伝説の武器、神霊武装ティア・フォリマを武装して、まえの車両へと進んでいく。

 なんとか助かろうと後ろへ後ろへと行く他の乗客達とは反対に進んでいく中で、転んで泣いている女の子を起き上がらせる。泣いている彼女に上着の内ポケットからクッキーを渡すと、頭を撫で回して慰めた。

「大丈夫、大丈夫。だから泣かないでね。ね」

 車両を出て、汽車の連結部分に差し掛かる。石炭を乗せている荷台の上に乗ると、杖を槍に変えて連結部分を切り裂いた。

 加速していく汽車と、動力源を失った車両とでどんどん間が空いていく。その距離がずっと遠く見えなくなると、汽車の制御室に入り込んだ。

 見ると、自動制御システムが暴走している。ごく最近開発され導入された完全自動運転だが、まだまだ問題でもあったのかとにかく暴走していた。絶えず石炭を食べ続け、どんどん煙を吐いて加速している。

 その自動運転をしている装置を破壊してしまえば簡単に止まるが、それだとあとで弁償など言われそうだ。なんとか壊さない手を考えなければ。

『ミーリ、そろそろ止めないといけないみたいよ』

 ミーリの肩から、大量のツルが伸びる。それが絡まって石炭の流れを止めると、制御室の天井を貫いて吹き飛ばした。

 高く跳躍し、汽車の遥か前方を取る。そして自分の脚をツルで固定すると、ケイプを翻した。

 時速一二〇キロ越えで、汽車が突進してくる。ここから先に行かせることは許されない。全力で砂利が敷き詰められた線路の上を踏み締めて、踏ん張る。そして大きくケイプを広げ、汽車の眼前に光の幕を張った。

「“黄昏る獅子の金盾ベルセルク・プロテクト”」

 光の幕に、汽車がぶつかる。踏ん張る脚を地面と繋ぎ止めるツルが数本切れたが、光の幕は獅子の頭部に姿を変え、鋼鉄の塊の突進を弾き飛ばした。

 十数メートルの距離を飛空して、汽車は二転三転しながら吹き飛んでいく。そして、白煙よりも濃い蒸気を噴き出しながら、線路をずっと離れた草原に着地して砕け散った。

 感覚的に吹き飛ばし過ぎたと思ったミーリは、やってしまったと失敗を悔やむ。結局、あとで文句を言われる羽目になってしまいそうだ。

 そうしてガックリしていると、車両を止めた方からトコトコと女の子が走ってきた。車内で転んでいた子だ。後から追いかけてきている親の制止も聞かずに走って来て、思い切り強く胸の中に飛び込んできた。

「お兄ちゃん、ありがとう!」

「……うん、どういたしまして」

 結果、乗客は全員無事。

 汽車を壊してしまったことに関しては、助けられた人達の声があって弁償は免除。それどころか鉄道会社から表彰され、英雄の活躍だとその地域の新聞記事に大きく載せられることとなった。

 そしてその記事は、とある屋敷にも届けられていた。

 場所は北東、地名はジェイル。王国グスリカの領地だが、その地名の由来は過去に大罪を犯した領主が、罰としてそのまるで栄えていない地で一生を過ごすことを言い渡されたことからだそう。

 故に監獄ジェイル

 そして、今やとある噂が原因で住む人が激減しているその地で最も高い場所に、その屋敷はあった。

 歴代領主が代々使ってきた屋敷だ。さすがに周囲の民家と比べると、かなり大きい。だが他の領主の屋敷と比べると、比較的小ぶりな範疇はんちゅうに入るくらいだった。

 その屋敷の中でも一番大きな部屋は、領主である彼女の部屋だった。

 その部屋に新聞を届けるのは、屋敷でも最年少の執事の仕事。新聞を見た領主の顔色を見た彼は、思わず胸ポケットのハンカチを用意した。

「お、お嬢様……」

「大丈夫……大丈夫です。私は、嬉しいんです。あの人がこうして、世間から英雄として慕われていることが。よかった……本当によかった。だから……早く、会いたいです」

 そう言って、彼女は窓越しに空を見上げる。彼女が見るその世界は、誰よりも赤みがって見えていた。

 

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