監獄のリースフィルト

入学試験

 対神学園・ラグナロク、第三闘技場・ヨトゥン。

 西洋の城を模して造られたこの闘技場は、ラグナロクが持つ闘技場の中では一番大きい。故に別名、巨人の闘技場。そこで今年の受験が行われていた。

 試験は筆記と面接、実戦の三項目だが、実質入学を決めるのは実戦だ。戦場に出ようと出まいと、それなりの戦闘技術が要求される。

 そして、その試験の相手を担当するのはそのときの生徒会長と七騎しちきのメンバーである。だが生憎と、今年の試験はそうはいかなかった。

 七騎のメンバーがことごとく依頼と試験の日程が被ってしまい、遅れることになってしまったのだ。唯一参加できるのは生徒会長のヘインダイツ・ロー一人なのだが、彼もまた筆記と面接の試験官をやらなくてはいけなくて、実戦まで手が回らなかった。

 というわけで、今年の試験は少し趣向を凝らし、七騎最強でもあるミーリ・ウートガルドの武器が相手をすることとなった。

 紫の聖槍、ロンゴミアント。炎の魔剣、レーギャルン。有限無限の魔弾、ウィンフィル・ウィン。

 主を持たない武器三人の誰かと相対し、制限時間内に彼女達の腕に巻かれた腕章を奪えば点数となる。

 一応彼女達も神霊武装ティア・フォリマを持たない彼らに手加減はするし、主がいないのでは力は半減。この試験は例年よりも、ずっと難易度の低いものとなることが予想されていた――のだが……。

「来なさい」

 ロンゴミアントと対峙するのは、北欧の拳法を扱う青年。

 両手両足に霊力を込めて、ジリジリと距離を詰める。そしてなかなか攻めてこないことで緊張の糸を一瞬切らしたロンゴミアントが目を閉じたとき、青年は大きく地面を踏み締めて突進した。

 ロンゴミアントの顔目掛けて、正拳突きを繰り出す。

 だがロンゴミアントはその場で背を大きく反らして躱すと、柔らかな上半身をさらに曲げて地面に両手をつき後方に逆立ちする。そして片手を軸に回転し、鋭い光を反射する槍脚で空を掻く。

 青年の右耳を斬りつけると軸にしていた片腕で跳ねて青年の頭上を取り、もう片方の手で青年の頭を鷲掴む。あまりの重さに膝をついた青年の目の前に着地すると、間近にあった腹部に鋼の膝を叩き込んだ。

 本気を出せば鋼鉄すら凹む一撃に、青年は悶絶する。その場で腹を抱えたままうずくまると、そのまま気絶してしまった。

 本当に本気は出していないのだが、手も抜いていない。そんなロンゴミアントから腕章を取れる生徒は、本当にごくわずかだ。全員、ロンゴミアントと当たったら内心諦めていた。

 ならば他の二人かと言われれば、そんな甘くない。むしろロンゴミアントよりも厳しい相手が、そこにはいた。元七騎、ウィンフィル・ウィンだ。

 射程範囲内ならどこにでも銃口を出せるウィンを相手に、何も武器を持たないで挑んだ受験者は即刻撃たれる。かといって武器を持っていればいいのかと言われれば、またそれも甘いことだ。

「ホラ次」

 また一人受験者に点数を与えず、保健室送りにする。次の相手は槍を持つ女子だったが、ウィンの実力を見て完全に腰が引けていた。

「シャキッとしろ! そんな調子でこの先戦えるもんか!」

「は、はい!」

「よぉし……じゃあ覚悟しろよ。俺は手ぇ抜かねぇからな!」

 ウィンの背後に、数十の銃口が現れる。女子に狙いを定めると同時、一斉に射撃した。

 それを、女子は手持ちの槍でさばいていく。同時に放たれた銃撃を残さず槍で撃ち落とし、脚の筋肉をフルに使って地面を蹴り飛ばして肉薄した。

 ウィンは絶えず銃口から銃弾を放ち続ける。止むことのない銃撃の雨を躱すのは容易ではなく、一定の距離まで接近した女子はこれ以上は無理だと判断して距離を取らされた。

 だが距離を取ろうが取るまいが、ウィンは攻撃を止めない。女子の反射速度を見切ると銃弾の速度をさらに上げ、撃ち放った。

 捌いていた女子の体に、銃弾が当たり始める。そして手の甲を撃たれると全身に銃弾を受け、女子はその場で力尽きた。

 その戦闘を見て、ロンゴミアントは吐息する。余所見をしたなと突っ込んできた受験生を回し蹴りで吹き飛ばすと、肩にかかった髪を振り払った。

「ウィン、少しは手加減しなさいよ。これじゃあ試験にならないわ」

「手加減はしてやってる。この程度の攻撃もなんとかできねぇんじゃ、戦場に出たって死ぬだけだからな。第一、おまえだって全然勝たせてやってねぇじゃねぇか」

「あら、私は厳正に審査しているだけよ。それに私程度の近接戦闘にも勝てないんじゃ、先が見えないものね」

「てめぇだって似たようなもんじゃねぇか!」

 ロンゴミアントもウィンも、そう簡単に腕章を渡す気はない。それを感じ取った受験生達はレーギャルンが相手ならと祈る。だがレーギャルンも、これが試験だと自分に言い聞かせていた。

――レーちゃん、頑張ってね。試験だから、すぐに腕章を渡しちゃダメだよ? 試験にならないから。

 と、ミーリとも約束している。故にレーギャルンはロンゴミアントやウィンのように自分から攻撃することはなかったが、灼熱の魔剣を複製して自分を囲み、完全に防御していた。

 だが攻撃はしてこないし、正直レーギャルン単体での魔剣の複製速度はそこまで速くない。故にほかの二人と比べると可能性はあるのだが、それでも手強かった。

 結果、一時間の試験で実戦を受けたのはたったの四〇名程度。その中でも腕章を奪えたのは、たった二人だった。

 だが受験生はこの日だけでも二〇〇人以上来る。たった三人で回すのは、骨が折れそうな重労働だ。今はこの調子だが、果たして終盤霊力と体力が持つのか不安である。

 そんな不安を払拭する人物が、ここでようやく到着する。学園のツートップ、ミーリ・ウートガルドとリエン・クーヴォが闘技場にやってきた。

 受験生達全員、絶望的な表情になる。これから彼らが加わることが、わかったからだ。

「ロン、レーちゃん、ボーイッシュ、お疲れぇ」

「マスター!」

「ミーリ!」

「おぉミーリ、遅かったな。試験には間に合うって言ってなかったか?」

「それが乗ってた汽車が暴走したりしてさぁ。もうヤになっちゃうよね。あぁ、ロー先輩にはもう挨拶してきたから、ここから俺も参戦ね。じゃあやろっか、リエン」

「あぁ。ロンゴミアント達は一度下がっていろ。私がやる」

 聖剣と魔剣を抜き、リエンは受験生達の目の前に対峙する。彼女から噴き出す霊力は圧力となり、ようやくロンゴミアント達の対策を脳内でシミュレーションしていた受験生達を圧倒した。

 年に一度の祭典、全学園対抗戦・ケイオス。ミーリの優勝で幕を閉じた今大会から早四ヶ月。リエンはさらに実力をつけた。最強の聖剣と魔剣を持つに相応しい騎士へと成長していた。

 貴族の彼女は親から毎月大量のお見合いが設けられるそうだが、自分より弱い男とは結婚しないと言うと、男達はすぐさま引いていった。お陰で今のクーヴォ家の悩みのタネである。

 そんな彼女が試験を担当すると、腕章はさらに奪えなくなった。一時間で六〇人受け、全員が戦闘不能にされた。もはや受験生全員絶望色で、顔が塗られている状態である。

 その様子を見たミーリは、リエンと交代する。

「リエン、やりすぎだって。もちっと手加減しないと」

「……すまない。戦いは常に全力で挑めというのが、父親からの教えなのだ」

「俺がやるよ。リエン休んでて」

「武装はしないのか」

「うん。それくらいハンデあげないとねぇ」

 ロンゴミアントもレーギャルンもウィンも武装せず、ミーリが出る。

 とは言ったものの、ケイオス決勝戦。序盤はただの肉弾戦闘でリエンを圧倒した。それをTVで見ていた彼らは、誰一人として油断しなかった。優しそうな顔が、逆に恐怖をそそる。

「ホラホラ、次の人おいで。手加減してあげるからさぁ」

 試験の順番は変えられないし、辞退することもできない。次の生徒は今まで人生で経験したことのないような緊張に襲われながら、前に出る。

 それはとても細い体の、見た目優しそうな男子だった。

「よ、よろしくお願いします!」

「はい、よろしくぅ。そんな緊張しなくていいよ? 俺も適当にやるから」

「い、いえ! あの、全力でお相手してください!」

「いいの? 君、勝てないよ?」

「え、でも……か、勝ちたい、から……勝って、僕も先輩方みたいな強い人になりたいから……! だから……」

「そっか。じゃあ、かかっておいで」

 ミーリが構えると、男子は呼吸を整える。その場で垂直に数度跳ねると、脚のバネを限界まで曲げて前方に向かって跳躍した。

 ミーリに直接向かって行かず、その周囲を駆け回ってスキを窺う。対するミーリは動かず、相手の出方を窺った。

 お互い様子の見合い。このままでは、時間制限が来てしまう。そこでミーリはわざとスキを作り、そこに来るよう仕向ける。

 まだ駆け引きをあまり知らないのだろう。男子は一直線にそのスキ目掛けて突っ込み、霊力を込めた肘鉄を叩き込んだ。

 手ごたえあり。今まで男子が経験した武術の大会なら、確実な一本勝ちだ。

 だが現実はそう簡単にいかなかった。手ごたえは間違いではなかったが、肘鉄は片手で受け止められていた。完全に見切られていた。

 ミーリの手刀が、男子の首筋を捉える。手加減された一撃で意識こそ失わなかったものの、力がまるで入らなかった。膝をついた脚が、立とうとしない。

 ここまでかと、男子は諦める。だがそんな男子に渡されたのは、なんと腕章だった。

「はい、腕章」

「え、え?」

「いやぁ速かったぁ。あれ縮地しゅくちって言うんでしょ? 友達に聞いたことある。目で追えないから、途中から勘で追ってたよ」

 嘘だ。わざと作られたスキ以外、この人にスキなんてものはなかった。絶えず目で追い、肌で感じ、耳で聞いていた。だから仕掛けられなかった。なのに、なんで。

「まぁ実力はまだまだだけど、見込みあるよ、君。ここ来たら、頑張ってね。応援してる」

「……あ、ありがとうございます! 僕、頑張ります!」

「ロン、替えの腕章持ってきてくれる?」

 ロンゴミアントは腕章を渡す。実戦試験が最後だったのか、男子は闘技場の出口にいる担当教官に挨拶して帰っていくところだった。

「いいの? あんな簡単に腕章渡しちゃって」

「だって、試験官が見込みがあるって思ったら渡さなきゃ。べつにここで腕章取れなきゃ、終わりってわけじゃないんだからさ」

「そうね」

 その後、約半日をかけて試験を終え、ミーリ達は休憩についた。

 ミーリが試験をしてからまた一時間後にリスカル・ボルストとオルア・ファブニル。さらにその三〇分後に時蒼燕ときそうえん荒野空虚あらやうつろが到着し、結果試験が終わる頃には七騎全員が参加していた。

 試験が終わり、学園から支給された弁当と飲み物を広げてその場で食べる。ミーリにとっては待ちに待った瞬間で、一人で弁当を三つも平らげた。

 そんなミーリに、リエンは弁当の唐揚げをよこす。鶏肉は少し苦手らしい。

「ミーリ・ウートガルド。残り二人の神霊武装はどうした?」

「ネッキーとヘレン? 家に帰したよ。名のある神様と戦うのはしんどかったみたいで、疲れててさ。帰りに汽車の事故もあったから、先に」

「ネルガルだったか。どうだった、実力は」

「そんなでもなかった。なんか、人間を馬鹿にした神様でさ。ゴミとかクズとか言う酷い神様ひとだったから、手加減なしで倒した。すぐに終わったよ」

「そうか……まぁネルガルと言えば、そこまで大した武勇も神話もない。おまえからしてみれば、大したことない敵だったか」

「そだね。ミーリくんが敵にしたくないのは、そのお嫁さんの方なんじゃない?」

 オルアが食べきれないと言って、弁当の残りをくれる。ミーリはそれ頬張りながら、たしかにと返事した。

 エレシュキガル。冥府を司る闇の女神。ネルガルの嫁であり、そして何よりユキナ――イナンナの姉妹神だ。

 すべての力を奪い去る光の女神と対を成す、すべての力を奪いつくす闇の女神。そんな彼女が自分の作る神を討つ軍シントロフォスにいてくれたら。そんなことを思わざるを得ない。

 彼女の力を借りることができれば、きっとユキナ打倒により大きく繋がるだろう。神を討つ軍を作るとき、真っ先に考えた。

 だが果たして力を借りれるだろうか。彼女は神話や伝説でも、相当に我儘わがままな性格だ。そして何より、性に貪欲だと聞く。生憎とそちらの面では、期待に応える自信はない。

 まぁすべては、かの女神と会ってからだ。転生していないかもしれないし、神話とは性格が違っているかもしれない。交渉できるかどうかも、すべてはそのとき次第だ。

「ミーリくんどうかした?」

「うぅん。なぁんでもなぁい。それより食べないの?」

「うん。実はここに来る途中でちょっと食べてて……ってあれ、獅子谷ししやくん?」

 オルアの言う通り、闘技場の扉を開けてやって来たのは獅子谷玲音ししやれおんとそのパートナーのウォルワナだった。何やら急いでいるようだ。

「先輩!」

「どしたのレオくん。まぁお茶でも飲んで、落ち着いて」

「あ、ありがとうございます」

 一杯のお茶を飲み干す。少し前だったら口も付けなかったが、少し度胸がついて来たようだ。師匠のミーリに似てきたと、周囲ちょっと心配になる。

「先輩! 学園長からお呼びです!」

「学園長から?」

「はい! あ、あと荒野先輩とクーヴォ先輩もお願いします」

「私達もか?」

「なんだ。指名の依頼か」

「三人同時指名なんて、珍しいね」

 三人、食事を済ませて学園長室に向かう。

 部屋には学園長の帝鳳龍みかどほうりゅうと、無口な少女の神霊武装がいるはずだったが、そこにもう一人。眼鏡と帽子で変装した、よく見ればわかる女性がいた。

 

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