終日式典 Ⅲ
部屋には料理が並んでいるだけだというのに、生徒達は人がいるというだけで覆いに盛り上がる。
料理が片付けられて空いたスペースを使って、生徒達は一番簡単な力試し――腕相撲を始める。男子はそれで盛り上がり、百円単位の小さな賭けをして楽しんでいた。
とくに楽しませるのが、西の対神学園・ガルドの
「よっしゃぁ! おら、次! かかってくる奴はいねぇのか? あ?」
ケイオスではディアナ相手に一回戦負けしてしまったが、伴次の実力は折り紙付きだ。元々持ち合わせている腕力も常人の数倍ある。普通の力比べで、負けることなどほとんどない。
だがそんな伴次に、強敵が現れる。
それはもはや、人間の肉体の究極形態。一二の試練を乗り越え、神へと昇華した最強の人類。その子孫であるスキロス・ヘラクレス・ジュニアが、伴次のまえに座った。
「勝負」
「いいぜぇ、望むところだ。叩き潰してやるよ」
「負けない」
大半が、ヘラクレスに賭ける。だが伴次に賭ければ二倍もらえると誰かが決めて、次々に伴次に賭けた。結果、ヘラクレスと伴次の賭け金は同じ額に達する。
だがそんなことは本人らに関係ない。二人はただ男として、この力比べに勝ちたいだけだった。
二人、ゆっくりと肘を置き、手を組む。レフェリー役の男子がそこに手を置き、数秒の間を置いて息を吸った。
「レディィィィ……ゴッ!!」
もはや二人の戦いは腕力の勝負ではなく、霊力の戦いになる。霊力で強化した腕力と体重をかけ、相手の手の甲を叩きつけてやろうと全力を振り絞った。
一見、体格から見てヘラクレスが圧勝するかと思われたこの勝負。だが意外にも、伴次がヘラクレスの力に拮抗して、いい勝負になっていた。むしろヘラクレスが負けそうである。
だがそこは歴史上最初の魔神である神様の末裔、ヘラクレス。ただの人間に、単純な力比べで負けるわけにはいかない。腕どころか全身の筋肉を膨れ上がらせ、霊力の量を倍にして自身の力を押し付けた。
凄まじい力に、伴次の腕が徐々にテーブルに近付いていく。そして、あともう少しと追い詰められたそのとき、伴次もまた霊力を増量した。そして少しずつ、少しずつ巻き返していく。
そしてヘラクレスの手を押し返し、また力を均衡させた。
予想を上回る熱戦に、観客である男子達は盛り上がる。そのよそで、女子達はまだ大人になり切れない男子達を見て笑っていた。
ずっと遠くでケーキを食べるミストもまた、吐息する。
「まったく……もう少し落ち着けないのかしら」
「仕方ありません。男は女よりも幼稚なものです」
「はぁ……せめて、あっちの執事のようになってほしいわ」
「あっちの……執事?」
イリスの視線の先では、アスタがフロウラを世話していた。料理を持ってきたり、おしぼりを持ってきたり、それを片付けたり、さすがは執事の家系である。
それを見たイリスはなんの対抗心なのか、アスタにライバル意識を燃やし始めた。
「お姉様! 次は何をお持ちいたしましょうか!」
「イリス? あなた、何を……まぁ、他のケーキが食べたいけど……」
「他のケーキですね! わかりました!」
「ちょっと、イリス――……どうしたの? あの子」
イリスがアスタに対抗心を燃やし始めた頃、もう一方でも対抗心が燃やしていた。それは、ケイオスで準決勝まで進んだ
交際は極秘なので仕方ないが、白夜にも女子を振り払ってほしいとは思う。だがそれは高望みで、全学園で一二を争うほど内気な白夜に、人の手を振り払うことなどできるはずもなかった。
「ねぇ、
「もっとお話ししたいです」
「え、えっと……その……僕は……」
断らなければならないのに、そのための言葉が見つからない。そんな白夜に助け舟が出る。それは白夜の
白夜の背後から肩に腕を回し、蛇のように頭の横から這い出る。
「ごめんなぁ。今から白夜は私のものやねん。ちょっと用件あるから、少し待っててくれるか? 少し、本当に少しでえぇねん」
「は、はい……」
「どうぞ、どうぞ」
「ありがとな?」
狂気の神霊武装である姓が怖くて、女子達は退散していく。それに合わせて姓は白夜を部屋の隅に呼び、壁と自分との間に挟み込んだ。いわゆる、壁ドンである。
「白夜……あんた何してるん? 彼女がいるのに他の女の子と……ベタベタしてる場合ちゃうやろ? ん?」
「姓さん……その、僕は、ちょっと……」
「女の子は苦手か? 苦手か? なら彼女なんか作んなや。殺すぞ、ホンマに」
「ご、ごめんなさい……」
「悪い思うんなら、早く彼女のところ行ったり。ホラ、待ってるで」
姓の言う通り、凛々は大量に飲んで待っていた。小柄な体の一体どこに入っているのかというくらいの量を飲んでいる。
酒ではないが、何故か少し酔っているようにフラついている。
「白夜ぁ……」
「ご、ごめん凛々。その、ホラ……お庭解放してるんだって。そっちに行こう?」
「うぅ……」
時刻はすでに夜。人は出て行く方よりも入ってくる方が多く、城側は庭園を開放していた。庭園のライトアップは美しく静かで、カップルが行くには絶好のスポットだった。
グスリカ城の庭など、滅多に歩けるものではない。故に交際中のカップル達は、今がチャンスと夜の庭園を歩いていた。庭と言っても、広さは地方の公園三つ分くらいあるので、雰囲気はバッチリである。
そんな庭に一人でいるのは、酒に酔ってしまったのを醒ましている、
そこに、これまた一人で夜風に当たりに来たウィンが来た。酒瓶を片手に、少し酔っている。
「飲むか、侍」
蒼燕は首を横に振る。だがウィンはその横に座り、自分の酒を
「
「……もう二度と、戦うことは叶わないそうだ」
ウィンはまた、酒に口をつける。その隣で、蒼燕は涙を流してすすり泣き始めた。
「紅葉殿が戦えなくなったこと自体はいい……むしろホッとした。だが、そんな怪我をさせてしまったことが悔しい、苦しい……私は、私の剣は一体、なんのためにあったのかと……私は……」
「馬鹿か、てめぇ」
空の酒瓶で蒼燕を殴る。それで酒瓶が割れてしまうのではないかと思われたが、ウィンの絶妙な力加減で割れなかった。足元に立てたそれに脚を置き、ウィンは新たな酒瓶の栓を開ける。
「俺達はな、戦ってるんだ。怪我人は出る、死人は出る、犠牲は出る。戦うからには誰かがそういう目に遭って、多少なりともそういう奴が出てくる。今回はこっちが二万死んだ。それが今回の犠牲だ」
「それはわかっている。だが、私は……」
「馬鹿、てめぇの連れは死んでねぇだろうが。もう一度言う。この戦いで、こっちは二万死んだ。それだけ、俺達は救えなかった。悔やむんならそれを悔め。おまえ達がこれからする戦いは、全滅したら負けの戦いだ。生き残ってる限り、負けじゃねぇんだよ」
「ウィン殿……」
「てめぇの剣技はまだてめぇの連れを守れんだ。悔やむなら、その連れが神に殺されたときにでもしろ。少なくとも俺のご主人様は、てめぇみたいにしけたりしてねぇぜ」
ウィンが顎で差す方、そこにはミーリがいた。ようやく優勝席から離れられたようで、庭で夜風に当たっている。そんな彼の元に一人、着物を着た女性が近付いてきた。
だがまだ、神と戦うことはできない。肺の一つがミカエルによって潰され、使いものにならなくなっていた。故に肺一つで戦闘ができるようになるまで、さらなるリハビリが必要なのである。
ちなみに同じくミカエルにやられていた
空虚はミーリに断ってから隣に座る。その手にはラムネ瓶が握られ、ミーリに手渡した。ちなみにミーリ、ラムネは初である。
「何、これ」
「ラムネだ」
「あのお菓子の?」
「それとはまた別物だが……多分おまえの好物だぞ」
一口、飲んでみる。キンキンに冷えたシュワシュワの炭酸が喉を刺激し、程よい甘さが鼻腔を突き抜けた。
「うまぁぁ」
「気に入ってくれたようで、何よりだ……なぁ、ミーリ」
「うん?」
「ありがとうな」
「なんで? 俺はウッチーに何もできてないよ。守れなかったし、助けられなかった」
「そんなことはないさ。おまえは私が倒せなかった敵を打倒し、世界を救ってくれた。それだけで、私の無念は救われた。命も助けられた。これ以上は、高望みだ」
ミーリはラムネに口を付ける。空虚も自分のを持っていたが、栓は空いているのにまったく口を付けようとしなかった。
苦手だからではなく、今飲んでも、味がわからないからである。それは怪我の影響ではなくて、気分的な問題だ。今は、とくに今は、ドキドキして味なんてとてもわかりそうにない。
ミーリとの距離は本当に近くて、少し首を傾げれば、肩に頭を乗せられそうなくらい近かった。だから緊張する。熱を感じて、緊張する。
「なぁミーリ、憶えているか?」
「何を?」
「私がおまえを守ったとき、私の話を聞くと言うものだ」
「あぁ。今言うの?」
「……いや、逆だ。私はしばらく戦えなくなった。故に、おまえを守ることはさらに難しい。だが、約束は約束だ。とくに自分でした約束。だから守りたい。だから、その……あともう少しだけ、待ってくれないか」
「いいけど、話のネタは大丈夫? 忘れちゃわない?」
「そこは心配するな。うん、大丈夫だ」
「……そっか。じゃあ待つ。ウッチーが約束守ってくれるまで、待っててあげる。だからいつかちゃんと、話してね」
「あぁ、約束だ。あ、これ、いるか」
「え、いいの?」
「あぁ」
「ありがとぉ」
空虚から、ラムネを受け取ろうと手を伸ばす。だがそのとき、ラムネではなく先にそれを持つ空虚の手に触れた。
不意のことに驚き、空虚は危うくラムネを落としそうになる。それをまた二人共拾おうとして、とっさに手を伸ばした。
結果から言えば、ラムネは拾えなかった。二人の腕が、落ちるラムネに届かなかったからである。
だが手が届かなかった理由は、単なるリーチの問題ではない。それはしゃがみ込んだことで、二人の物理的な距離がグッと近くなったからだ。今さっきまでの距離の比ではない。
腕は交錯し、つま先とつま先が当たっている。顔の距離はとくに近くて、あと少しで額と額が当たってしまいそうだった。熱を感じ、呼吸を感じ、相手との距離の近さを感じ取る。
戦闘中にそんなことがあればすぐさま引く反射神経を持っているにも関わらず、二人は引かなかった――いや、引けなかった。戦闘時に働く反射神経がまるで働かない。体はまるで動かず、硬直し切ったままだった。
空虚もミーリも、しばらく固まったまま動かない。その顔は赤面しっぱなしで、目は見開いていた。
「ぁ……」
何か言おうとしてみるものの、舌が回らず語彙も浮かんでこない。それは空虚だけでなく、ミーリもそうだった。まったくどうしたらいいのかわからない。
だがそのとき、ミーリは一時の感情に流されて、落ちているラムネではなく空虚の手を取った。
「ウッチー……」
「み、ミーリ……」
高鳴る鼓動が熱を上げて、体は急かす。呼吸は乱され、冷静さを欠かれる。不安定な意識と体はどうにも噛みあわず、自分でも何をしようとしているのかわからない。
だが後で思えば、そのとき確実にしようとしていたことは、自分からしてみれば恋人同士の関係にある男女がやることであった。
それを止めたのは、自分ではない。空虚でもない。他でもない第三者の手によるものだった。
とっさに働いた反射神経で空虚を突き飛ばし、自分もまた跳んで距離を取る。二人の間を紫色の光線が通過し、花壇の花を一輪散らした。
「何をしているの、ミーリ」
「ゆ、ユキナ……」
月光の光る空に浮かぶ、黒髪の少女。今一番見られてはいけない人に見られてしまったと、ミーリは深く思ったのだった。
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