悪魔

 天使と人類の存亡をかけた戦いから、早くも一週間。戦場となったシティは七割以上が破壊されていたが、市民と対神学園・エデンの生徒達の手によって、そのうち二割が修復されていた。

 シティがまた元の姿を取り戻すのも、実際そう遠くないかもしれない。いや元の姿どころか、さらに新しく美しくしようと、市民らは動いていた。

 今回の戦いで、天使の数は大幅に減った。増殖のスピードは言い方が悪いが、虫レベル。またすぐに数を増やすだろうが、しばらく人間を襲うようなことはしないだろう。今回の戦いで、人間は恐ろしいものだと学習したはずだ。

 だが天使の数が減ったことで、懸念される問題もある。悪魔だ。

 天使とは創世の時代から敵対していた存在。天使を白だとするのなら、彼らは漆黒の黒だ。天使は人間の魂を食べるが、悪魔は血肉そのものを喰らう。

 危険度で言えば、天使より悪魔の方が断然上である。彼らは命令に従うなどといったことはしない。何者よりも我欲に忠実で、行動力のある奴らだ。自分のためなら、なんだってする。

 そんな悪魔の数が今後増えていくだろうことが、対神学園の今後の課題だった。

 だがさらに恐ろしいことは、その悪魔達を統率する存在が現れることである。

 今回のクリスのようにとはいかないだろうが、悪魔は自分達にとって有益ないわゆる餌があれば、誰よりも忠実だ。そんな彼らを従える何者かが出てくるのではないかと、対神学園の長達は懸念していた。

 そしてその不安は的中する。

 皆が寝静まる夜中、シティのまだ復興が追いついていない瓦礫の海。そこに、一人の少女が舞い降りる。その場でクルリと回ると、その霊力で周囲の瓦礫を吹き飛ばしてしまった。

 飛ばされた瓦礫の下にいたのは、黒い影。瓦礫の下敷きになっていた天使の遺骸に牙を立て、気色の悪い咀嚼そしゃく音を立てて喰らいついていた。

 背中には、三対六枚の虫の羽。尻には細長く黒い毛の生えた尻尾。四本の腕でガッチリと獲物を押さえ、鋭い牙で喰らいつく。その姿はもう、悪魔そのものであった。

 天使を喰らい、血塗れになったその悪魔は白くなった口元を腕で拭う。そして自分を見下ろしている少女に気付くと、体を大きく揺らしながら迫ってきた。

「なんだおまえ……うまそうな霊力してるな……ハハ、うまそうだ。本当にうまそうだ。食っていいか? なぁ、食っていいか?」

「あなたが、私を?」

 少女は笑う。小さな声でクスクスと、色々な意味を込めて笑う。

 そんな相手を殺して食うことこそ、この悪魔の最高の楽しみだった。四本の腕を立て、つま先で踏ん張り、羽を広げ、突撃の体勢を取る。

 対して少女は何も構えることはなく、笑い続ける。あまりにもスキだらけで狩りやすそうな対象に、悪魔は唇を舐めた。

 そして突撃する。地面を蹴り砕き、風を超える俊足でかける。そして少女の首筋にかぶり付き、息の根を絶った――はずだった。

 そこに少女はいなかった。姿形どころか、気配すらない。着地した悪魔はすぐさま周囲を見渡し、少女を探す。だが直後、その顔を思い切り踏みつけられ、地面に叩きつけられた。

 少女とは思えない力で、地面に顔を押し付けられる。頭蓋骨はあまりの力に軋み、今にも潰れてしまいそうだった。必死にもがくが、抜け出せない。

 そのあまりの非力さに、少女はまた笑った。圧倒的実力の差に、ある確信を持つ。

 やはり自分を殺せるのは、愛する彼だけなのだと。

「無様ね。これが冥界にその名を轟かせた悪魔の力? だから悪魔としての代名詞も、ルシフェルなんかに取られるのよ」

「ルシフェル! 憎い名前を出すじゃねぇかぁ! えぇ! おい! ルシフェル、あの野郎……堕天使のくせしてでかい面しやがって、クソッ! 俺を誰だと思ってんだ! 悪魔の王だぞ! 恐れ多くもハエの王! ベルゼビートだぞ!」

「あなたが蠅の王? 嘘でしょ? あの伝説名高い蠅の王が、この程度の実力なの?」

「馬鹿野郎! 転生してからそう時間が経ってねぇんだ! 今は成長途中だよぉ! これから天使だの人間だのを食って! もう一回悪魔の世界を創るんだ! それが俺の野望よ!」

「そう。じゃああなた、まだまだ強くなるのね? ルシフェルを、殺せるのね?」

「当たりめぇだ! あんの野郎、次会ったときにゃ、ギッタギタのボッコボコにしてやらぁ!」

「フフ、いいわ。ねぇあなた、私のところに来ない? 私のところに来れば、憎いルシフェルを殺す機会に会えるわ」

「何……」

 少女は足をどける。だがベルゼビートは攻撃することもなく起き上がり、その場で胡坐を掻いたまま四本の腕を組み、しばらく考え込んだ。そしてしばらくして、自分の膝を叩く。

「わかった、わかったよ。ルシフェルをボコれるなら、それでいいよ。だが、力はこっちで勝手に蓄えるぜ。こちとら悪魔だ。群れるのは柄じゃねぇ」

「いいわ、それで。でも戦いの時までには間に合わせて。私も殺したい人がいる。その人との戦いのときが、あなたの戦うときよ」

「なるほど。要するにそいつのところにルシフェルがいるんだな? よしわかった。で、そんなてめぇの名前は?」

「ユキナ。ユキナ・イス・リースフィルト。天の女王イナンナと契約した最も神に近い人間……さぁ行きましょう、ベルゼビート。私達、神を討つ軍シントロフォスと共に」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る