vs ミカエル

 シティの街に集結し続けていた天使の流れが、停止する。命令を出していたルシフェルが意識を喪失したことによって、命令が中断。天使達は行く場所をなくしていた。

 シティの街に天使達が来るのを阻んでいたスカーレットは、その流れが止まったことで初めて休憩できた。とてつもなく、酒が欲しい。

 だがシティの街を囲む森にそんなものはなく、仕方なく切り株に腰を落ち着けた。

 ここまですでに二億の天使を狩っている。もうクタクタだった。三柱の一角でも、もう体力の限界である。だがそれでも少し休んだら、すぐに出発だ。今度はシティの街に戻って、あの霊術を破壊しなければならない。

 シティの上空に浮かぶ、巨大な七つのラッパ。思いつくのは、天界より世界の終焉を知らせるというラッパの神話。あれが同時に吹かれた瞬間が、世界の終わりだ。

 だがあれを破壊するには、七つのラッパを握る奏者――七大天使を撃破しなければならない。霊力を探知する限り五体はやられているようだが、一番の強敵の霊力はまだ感じられる。

 まぁもっとも、自分が出て行けば瞬殺できる。だが出て行くつもりはない。何せ今戦っているのは、自慢の愛弟子だ。手を貸すことなどする必要はない。

 だって勝つのは、愛弟子なのだから。

 そしてその愛弟子は、槍を振りかぶって回していた。肉薄するミカエルを迎え撃つ構えだ。

 だがミカエルは途中まで来ると急上昇し、空高く飛び上がる。炎の翼を羽ばたかせ、雲を突き抜けると、そこから炎の塊を降らせ始めた。

 その場一帯を破壊する攻撃を、ミーリは全速力で駆け抜けて躱す。倒れている玲音れおん空虚うつろの二人を抱え上げ、建物の影まで運んで寝かせた。

 玲音の握る剣と空虚の持つ弓矢を槍でつつく。

「ウォルさん! てん、イックー! ホラ起きて! ご主人様のピンチだから!」

 聖剣の神霊武装ティア・フォリマ、ウォルワナと弓矢の神霊武装、天。そして大砲の神霊武装、いくさ

 三人の武器が人の形を取る。ミカエルの霊力によって気を失っていたようで、起きた全員寝起きのような様子だった。少し表情が浮かない。

「主、ミーリ……どうやら気を失っていたようです」

「ウム、手間をかけさせたな」

「お礼は後ででいいよ。それより早く、みんなパートナー連れてここから逃げて。庇いながらだと、戦いにくくてさ」

「わかった……だが時間は稼いでもらいたい。二人共重傷だ。この傷に響かないようにするには、相当慎重にしなければならない」

「わかってるって。その代わり、ちゃんと運んでよ? とくにウッチーの傷、酷いから……お願いね」

「任せろ! 空虚は死なせん! 絶対に死なせん! だから……怪我が治ったら見舞ってやってくれ、頼む」

「もち、当然行くよ」

 約束をして、三人を行かせる。怪我人とは別の方向から飛び出したミーリはビルの壁を縫うように跳躍し、降下してきたミカエルに接近する。

 そして襲い掛かってくる炎を躱し、その背中を突き刺した。機械の体なので刺さりはしないが、地上へと落とす。地面に叩きつけられるまえにミカエルは翼を広げて再び飛び上がったが、ミーリが再度攻撃をするには充分の高さだった。

 地面を蹴り上げ、飛び上がったミカエルの頭上を取る。そしてその頭を鷲掴むと、全身を使って投げ飛ばし、今度こそ地面に叩きつけた。

 さらに落下し、そのまま体重をかけてミカエルを突き刺す。だが鋼の装甲はなかなか貫けず、ミカエルの反撃の方が先に出てしまった。仕方なく、回避のためにその場から離脱する。

 回避したミーリに向かって、炎の弾丸が飛ぶ。それらを躱しながら後退し、攻撃が届かない先で跳躍のために脚を縮ませた。そして地面すれすれを滑空するように、跳んでいく。

「“槍持つ者の投擲ロンギヌス・ランスゼロ”!!!」

 立ち上がろうとしているミカエルに、槍の一撃が決まる。槍を受けたミカエルは勢いよく吹き飛び、ビルガラスを破って中に叩きつけられた。

 本来刃物での突撃の技で、こうして相手が吹き飛ぶなどありえない。相手を突き刺すのが目的なのだ。吹き飛ぶはずはない。それが吹き飛ぶということは、相手に刺さっていないということである。

 ミカエルの装甲は、そこまで固い。立ち上がって出てきたミカエルの胸元を見ると、傷一つ付いていなかった。

 “猛進レイジ”で行くべきだったかな。

 多分どちらでも同じよ。今のままじゃ。

 ロン、槍を赤くできる?

 ごめんなさい。さっき回復するために、血の大半を使っちゃったの。

 あぁ……そっか……どうしよっかな。

 紅色の槍だったなら貫けたかもしれないが、血が足りないらしい。こんなときは普通、相手と戦いながら血を吸っていくのだが、相手は機械の天使。まず血が通っているのかすら怪しい。

 脳内会議を進めるが、一向にいい手段が思いつかない。結局最後には、殴るように叩く、という結論に至った。

「行くよ、ロン」

『えぇ!』

 出てきたミカエルを再びビルの中に押し込む。そして壁に叩きつけると、連撃を繰り出して攻め続けた。

 なんとか貫いてやろうと、胸の一か所のみを狙う。だが貫くよりも先に、押し付けていた壁が崩れてしまった。

 そこから攻撃の手段を変える。上から振り下ろして叩きつけ、下から降り上げて持ち上げる。そうして持ち上がったミカエルの顔に拳を叩きつけ、また向こうの建物へと吹き飛ばした。

 だが手が痛い。灼熱に焼かれる鋼鉄を殴るのだ、霊力でどれだけ強化しようとも、痛いものは痛い。そして熱い。下手をすれば、害なす魔剣レーヴァテインより熱いかもしれない。

 そんな相手を再び殴ることは、あまり積極的にはしたくなかった。火傷はごめんだ。

 ミーリは高く跳び、上空から槍を振り下ろす。最高位天使ルシフェルを斬り裂いた一撃で、ミカエルを地面に叩きつけた。

 土煙が上がり、傍から見ればダメージを与えたかのようにも見える。だが実際、ミカエルは何も反応しないので、ミーリとしては手応えを感じられなかった。

 即座離れて、槍を構える。ゆっくり起き上がったミカエルは翼を広げ、またゆっくりと飛び上がった。

 紅蓮の翼を羽ばたかせ、ミカエルが肉薄する。そして灼熱をまとわせた拳を振るい、ミーリに叩き込んだ。

 槍で受けたものの大きく歪み、吹き飛ばされる。ここまでの戦いの疲労が響いているのが、攻撃を受けてよくわかった。建物の外壁にぶつかった背中が、やけに痛い。

 だが立つしかない。今ここで、この炎の熾天使を倒せるのは自分だけ。そう、師匠もきっと信じてくれている。あの人は弟子に関してはそう信じ切るいい師匠だ。

 だから頑張らないといけない。あの人の元でまた修行をしたのだ、負けられない。ここで負けたら、あいつに笑われてしまう。あいつを倒すなど、夢になってしまう。こんな苦境、修行の成果を見せるいい機会だ。絶好のタイミングではないか。

 槍を振り回し、再度肉薄する。拳に炎を宿して突進してくるミカエルの頭上を取ると頭を踏み締め、体ごと槍を回して地面に叩きつけた。

 さらに叩きつけたミカエルの上に乗り、背中に槍を突き立てる。その装甲を破ろうと何度も何度も力任せに突き立てたが、傷一つ付かず、翼を作る炎の火力を上げられて吹き飛ばされた。

 飛び上がり、翼を大きく巨大に膨らませ、そして手を翳す。その手から渦巻く炎の柱を放ち、ミーリを取り囲んだ。

 灼熱が空気を焼き、喉を焦がす。普通に息ができなくなりそうだったミーリは炎を穿ち、突き払った。だがそこに、ミカエルが突っ込んでくる。

 脚に炎をまとわせて蹴り上げ、さらにそこに追いついて蹴り落とす。叩きつけられたミーリは即座に転がり、追撃の拳を回避した。

 槍を構え、肉薄する。跳躍したあとさらに大気を蹴って跳躍し、ミカエルの頭上から斬り裂いた。鋼の肉体を掻き、火花を散らす。だがやはり傷は付けられず、ミーリはミカエルの胴を蹴り飛ばして距離を取った。

 ミーリ、やっぱり今のままじゃ効果が薄いわ。一度退いて、天使の血を集めましょう。霊力を最大値まで高めれば、斬れるかもしれない。

 そうしたいけど、時間がないよ。血を集めてる途中でラッパが吹かれたらアウトなんだから……!?

 脳内会議をする暇も与えてもらえない。ミカエルは炎をまとった体術で、ミーリを攻めたてる。炎の拳はミーリにかすり、頬の肌を焼き切った。

「ともかく、なんとか一か所に攻撃を集中するよ。何度か攻撃してれば、いつか脆くなる……かも、しれないはず……?」

『まったく説得力がないわね……まぁ、仕方ないけど。こういうとき、特殊な能力を持ってないのが悔やまれるわね、神霊武装って』

「それは仕方ないんじゃ……」

 攻撃を躱し、バク転で距離を取る。炎の拳を構えて翼を広げるミカエルはさらに火力を上げ、また高く飛び上がった。

 速度を上げ、ミーリ目掛けて急降下する。それに対して構えたミーリだったが、彼がミーリに突っ込んでくることはなかった。

 横から飛び込んできた、巨大な足。それはミカエルの側頭部を蹴り飛ばし、地面に叩きつけて転がした。着地したそれは巨躯を持ち上げ、立ち上がる。北の最強、スキロス・ヘラクレス・ジュニアだ。

「大丈夫か、ミーリ・ウートガルド」

「先輩さん、なんでここに?」

「天使倒してたら、ここに来た。大きな霊力を感じて来た」

「そですか……」

 ミカエルは立ち上がり、再び飛び上がろうとする。だが背後から繰り出された強烈な突きに吹き飛ばされ、また地面を転げて近くのビルに衝突した。西の最強、イア・キルミ。

「貫けませんでしたわ」

「イア先輩まで」

「あら、お二方。もしかして戦ってる最中でした?」

「まぁ、そうですね」

 北に西、そして今回最強となった東。ここまで三方の最強が集う。こうなるとまるで磁力でも発生するのか、何者か知らない何かはこの場に彼女をも引き寄せた。南の最強、金陽日きんようひだ。

「……どういう状況?」

「天使と戦ってたら先輩達と合流したってところだよ。まぁその天使、まだ健在だけど」

 ミカエルは飛翔する。空高く飛び上がって炎の翼を広げるとミーリ達を見下ろし、計算をし始めた。的確な殲滅方法をはじき出す。そして翼から炎の槍を出し、全員に振り下ろした。

 振ってくる槍を、全員回避する。槍が突き刺さった場所はドロドロに溶け、灼熱を放った。全員――とくに裸足のヘラクレスは建物の上へと即座に跳ぶ。だがその足場すら焼き尽くさんと、ミカエルは第二撃の槍を待機させていた。

 そして放つ。

「“比翼龍ワイバーン”!!!」

 対空迎撃用の光の一閃。それが放たれた槍を打ち払い、斬り裂いた。その攻撃を、全員知っている。東西南北の最強の次は、旧最強のお出ましだった。

「何やらおもしろそうな奴とやってるな、私も混ぜろ!」

「最強先輩……いつの間に」

 霊力ずっと感じないから、どこ行ったんだろって思ってたけど……。

 スカーレットの指示でアリス達によって運ばれ、その後はアリスの霊術によって気を失っていたディアナ。だが今ようやく目覚め、まさに救世主のようなタイミングで戦場に投下されたのである。

 ちなみに気絶もスカーレットの指示。その意図は単純に、娘に出て来られては自分が戦いを楽しめないから、だった。

「おい、あの獲物は誰のだ」

「一応俺のだけど……調度いいや。最強先輩、手を貸してください。あの天使固くて、斬れないんですよ」

「ほぉ……斬れないのか。そうか……いいな。斬ったときが楽しみだ!」

 ディアナは高く跳躍し、ミカエルに斬りかかる。その斬撃はミカエルを斬れなかったが地面に叩きつけ、さらにクレーターを作った。ドロドロに溶けた地面が、そのクレーターに流れ込んでいく。

「ミーリさん。あの天使、他の天使とは違うみたいですけど……」

「七大天使だそうです。世界を滅ぼす霊術に引き寄せられて飛んできました」

「炎の七大天使ってことはミカエルね。そう……」

「で、どうやらあいつと霊術が繋がってて、あいつを倒さないと世界滅亡って感じみたいです」

「あいつ、倒せばいいのか」

「はい」

 全員、神経を尖らせる。その意識をすべてミカエルに向け、それぞれの武器と拳を構えた。

「先輩方、例の約束通りお願いします。あの天使、一緒に倒してください」


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