金銀髪の大天使

小さな翼

 それはずっと昔の話。今から六年もまえの話。ミーリ・ウートガルドは姉弟子のエリエステル・マイン、妹弟子の祖師谷樟葉そしがやくずはと共に、修業を終えて野山を駆け回っていた。

 その中に、もう一人。彼女は三人の頭上を飛び、三人より先に目的地に降り立った。そこにエリエステル、ミーリ、樟葉の順で着く。

「ホラ、だらしないわよ二人共」

「は、速いのです……エリ姉ちゃん。樟葉はもうクタクタなのですよ」

「まったく……エリねえは本当に元気だなぁ。あと、君もね」

 彼女は首を傾げる。その頃の彼女はまだ、言語というものを理解し切れていなかった。

「翼、もう治ったね。よかった」

「樟葉も心配でしたが、治ってよかったのです」

「うんうん、これも私の献身的な介護のおかげね」

「えぇぇ、エリ姉手柄独り占めすんの?」

 三人が何を言っていて、なんで笑い合っているのか。それすらもわからない。だが彼女達の言われるがままに介抱され、傷を彼らの元で癒したのは、彼らのそんな笑顔に敵意を感じなかったからに他ならない。

 だから彼女はなんとなく、本当になんとなく、微笑だけを浮かべて頷いた。

「またいつか会えたらいいね」

「会えますよ、ミーリお兄ちゃん。樟葉はそう信じているのです」

「そうね。いつか会えるわ。私達も、その頃にはずっと大人になって」

「そだね。また会える。うん、会えるよ。だから君も元気でいてね」

 その顔はなんだか少し寂しそうで、でも何か他にも言いたそうなのをグッと堪えているような、そんな顔だった。その顔を理解するのに、彼女はそれから数年の時を要したのだが、当時は理解し切れていなくても、何かを悟って飛び上がった。

 三人が手を振って、また何かを言っている。だが、その言葉の意味はわからない。だが何かを伝えたいのだということだけを理解して、彼女は真似して手を振った。

 そして飛び立つ。どこへなのかはわからない。風の吹く方向へ。霊力の流れる方向へ。彼女は翼を広げて飛んでいく。

 その数年後、翼が二枚から六枚にまでなった彼女は、クリスによって捕まり対神兵器として育てられるのだが、それが現在の状況を生み出していた。

 自身を閉じ込めている光の結界。その正体がすべての時空間から断絶する類の上級霊術であることは、すでに解析済み。そしてこれがもうじき解けることも、わかっていた。

 すでに自分に発動が命じられている霊術を起動する準備もできている。あとは詠唱を完了し、行使するのみ。それだけだ。

 その結果、世界がどうなるのかを知っている。自分達がどうなるのかを知っている。だがそれでも、この霊術は発動しなければならない。

 でなければ、生まれてきた意味がわからない。この世界に生まれ出た意味が、理解できない。

 彼女を閉じ込めていた光が、崩れ始める。その亀裂に指先を入れて、ゆっくりとこじ開けていくと、亀裂はやがて大きな穴となって、元の次元と繋がった。

 空は曇天。地上は血に染まっている。天使達は人間達と戦い、互いに血で濡れている。果たしてこの地上を濡らすのは、天使の流す白い血か。それとも人の流す赤い血か。

 結界からゆっくりとその姿を出し、周囲を見回す。風は吹いていない。その翼を広げて、風を起こす。

「一つ、我は――」

 突如として、背後から襲われる。その一撃は、危うくその体を貫くところだったが、翼は特殊な結界を常時張っている。そのおかげで、背後からの一撃には強かった。

 だが一撃が強すぎて、地上に叩きつけられる。それと同時に着地した彼は、飛び上がった彼女を見上げて舌を打った。

「今のは決めたと、思ったんだけどな」

 その姿は、人間。だがどういうことか、感じるものは人間というよりは神に近い。そんな不思議な人間は、紅色の槍を持ってその切っ先を向けた。

「次こそ仕留めるから逃げないでよ、可愛い天使様」

 その姿は、人間。感じるものは神に近い。そんな不思議な人間に、なんだか彼女は見覚えがあった。それはあの日、手を振って別れた少年。なんとなく、本当になんとなくその雰囲気に好意を持っていた、あの少年だった。

「ミー、リ……?」

 

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