vs 龍殺しの剣《アスカロン》Ⅱ

 ときを一ヶ月ばかしさかのぼり、そこは最高位度危険地域、クラウン・メイヴ。ミーリはスカーレットとの修行の最中だった。

 そんな中で、彼女は笑う。高笑う。それは弟子が新たに見出した力に興奮し、たかぶっているからだった。何十年ぶりについた傷が、心地よくて仕方ない。

 だがその弟子はといえば、スカーレットの一撃を受けて頭を揺らされ、立てない状態にあった。

「こんなに気持ちのいい瞬間は久し振りだ! やはり戦いはこうでなくてはなぁ!」

「師匠、好戦的すぎでしょ……ってか、なんかキャラ変わってません?」

「変わってないさ。これが私の、スカーレット・シャドルト・アッシュベルの姿さ!」

「シャドルト……? なんですか、それ。ミドルネームなんて聞いたことがないんですけど」

「うん? そうだったか? そうだったかな。名前を伏せていたことなど、今だけはどうでもいい! そうだ、せっかくだから話してしまおう。私の娘の話を」

 スカーレット・アッシュベル。その名前は本名ではない。風の噂が具現化した、彼女の仮の名前だ。本人もそう名乗っている。そして彼女の本当の名前は、弟子のミーリ達でも知らないことだった。

 そんな彼女に隠し名があったこと。さらには娘がいるだなんてことは、今の今まで話題にすら出てこなかったことだった。

 スカーレットはミーリの側に腰を落ち着けると、その膝の上にミーリの頭を乗せた。

「シャドルト。そう、私の真の名の一部だ。それだけは、何故か一部の人間が知っている。だから私の通り名の真名は、スカーレット・シャドルト・アッシュベルなんだ。少し長いしな、普段はミドルの部分は名乗らない」

「ふぅん……じゃあ娘ってのは? そもそも師匠、結婚してたんすか」

「いや、していない。夫となる人物は、病気で早く死んでしまったからな。娘を生んだが……私に任せられないと、夫の両親が引き取った。元々結婚にも反対だったんだ」

「じゃあそれ以来、会ってないんですか。会いたいとか思わないんですか」

「そりゃあ会いたいがな、そうもいかん。あったところで、憶えていないというのがオチだと見えてる」

「名前は? 名前はなんて言うんですか。会ったら話しておきますよ、師匠のこと」

「余計なお世話という奴だ。だがそうだな、名前はディアナ。ディアナ・シャドルト・クロス。たしか、おまえより一つ年上か。対神学園・エデンで、最強の座についている」

 滝の水が際限なく落ちる。お互いびしょ濡れで、次の攻撃の機会をうかがっていた。

「私の話を聞いていたか。あの女はどんな顔をしていた? 母親面でもしていたか?」

「寂しそうな、悲しそうな、そんな顔でしたよ。母親面は……してたかな。多分あぁいう顔が、世間では母親の顔って言われるんだろうね」

「ムカつくな……ムカつく、ムカつく、あぁムカつくなぁ! 母親として私に何もしなかったあの女が、母親面などして! まったく、私は母親の真の名前すら知らん! 顔も知らん! まったくあの女は、母親面などするべきではない!」

「先輩、師匠のことを恨んでるんですか」

「恨む? まさか、ただムカつくだけだ。この強さと沸きあがる闘争本能を遺伝としてくれたことには、感謝しているがな。だがそれだけで、その程度で、母親面などされてもムカつくだけだ。それだけだ」

「先輩、先輩はどうして戦うんですか。何かを守るためですか。誰かのためですか。何かを成すためですか」

「どうして戦う……?」

 ディアナの剣が、滝を縦真っ二つに両断する。

 その一撃は決して全力を込められたものではなく、まるで糸一本を持ち上げるために振られたかのような、そんな一撃であった。

「戦いに理由が必要か? 何かを守るためでなくては、戦ってはいけないのか? 誰かのためでなければ、戦ってはいけないのか。何か目的がなければ、戦いなどしてはいけないのか? ならば問うが、自身の好きなことをすることに、いちいち理由が必要か?」

 滝が再び落ちる。その水飛沫は一瞬より激しくなり、ミーリの体をさらに濡らした。

「いちいち理由が必要なら、それは好きなことでもなんでもない。さっさとやめてしまえ。そして新たに探して見つけることだ。私が何故戦うのかだと? 言っただろう……楽しいからだ!!」

 ディアナが斬りかかり、ミーリはその一撃を受ける。だがディアナの狙いは、至近距離での破壊光線だった。

「“龍魔ドラゴニック”――!?」

 ミーリの鉄拳がディアナの顔面を捉える。その一撃でディアナを結界の縁まで殴り飛ばすと、すぐさま剣の群れを複製、射出した。

 だがそれもすべて、ディアナに斬り砕かれる。砕かれた破片を爆発させたが、彼女はまったく応えていなかった。すぐさま剣を振るい、斬りかかる。

 連続する剣撃の衝突。一撃一撃が水飛沫を上げ、霊力の波動を巻き上げる。度重なる負荷に結界は悲鳴を上げ、ついにヒビを入れ始めた。観客席が、緊張に包まれる。

 ミーリが高く跳び上がり、宙を蹴って結界の頭頂部――滝の上に立つ。そしてフィールドを埋め尽くさんばかりの量の剣を複製し、上空で待機させた。

「“裏切りの厄災レイヴォルト”!!!」

 剣の集中豪雨が降り注ぐ。その中にはミーリもいて、剣と同時に飛び掛かっていた。

 対するディアナは一撃を構える。剣は巨大な光を宿し、十字の剣となって輝いた。

「“龍殺聖人伝説レゲノダ・アウレア”!!!」

 剣の雨を斬り、砕き、叩き潰す。十字の一撃がフィールドで満ち、眩しく照らす。ミーリもまたその一撃に吹き飛ばされ、思い切り強く滝壺の中に叩きつけられた。

 激しい滝の流れによって掻き回される水の中で、ミーリは意識を飛ばしていた。気を失っているのではない。自発的にである。そうでなければ、出て来てしまうからだ。彼女が。

 まだ私の出番じゃない?

 ごめん、まだ。今回は俺とレーちゃんで勝ちたいんだ、エクス。

 そう。まぁいいけど、あまり無視してると、拗ねちゃうからね?

 わかった、気をつけるからさぁ。

 約束よ、ミーリ。

 激しく大きな水飛沫を上げて、ミーリは水面から出る。そうして水の上に立つと、二本の剣を複製した。

 そして握りしめる。そのまま二本の剣を射出して、まるでジェットスキーのようにして水面を滑る。途中まで滑ると手を離し、先に行かせる。自分はその勢いに任せ、真っすぐディアナ目掛けて飛んでいった。

 ディアナは一撃を構える。

「ならば貴様には、戦う理由があるのか?! ミーリ・ウートガルド!」

 今さっき剣の雨を薙ぎ払い、ミーリを撃ち落とした一撃。剣は再び光を十字の形にとどめ、蓄える。そうしてディアナは一歩踏み込み、放った。

「“龍殺聖人伝説”!!!」

 先に飛んでいた二本が粉砕される。だがミーリは止まることも方向を変えることもなく、そのまま突進した。そして、光に呑まれる。だが光の中で、ミーリはその光を切り裂いていた。斬り裂き、斬り払い、飛んでいく。

 そしてついに攻撃のすべてを斬り裂き、ミーリは肉薄する。狙いは懐。攻撃は白髪の吸血鬼が放つ、串刺しの乱舞。

「“龍人剣リザード・スラッシュ”!!!」

「“串刺し狂乱カズィクル・ベイ”!!!」

 剣撃と剣撃がまた、激しくぶつかる。その霊力の衝突は客席の生徒の帽子すらも吹き飛ばすほどで、立っていた生徒達は次々に尻餅をついた。

 そんな威力の剣撃を放った両者は、まるで後ろから引っ張られたかのように後方に吹き飛ばされる。とくに結界との距離が近かったディアナは結界にぶつかり、その壁を凹ませ亀裂を入れた。

 ミーリは吹き飛んだものの、水面を転げただけで済む。だがダメージは大きく、飛んできた斬撃に体中を斬り刻まれた。

『マスター、大丈夫ですか?!』

 大丈夫、大丈夫。それより戦闘中は、脳内会議にしようって決めたじゃんか、レーちゃん。

 ご、ごめんなさい……。

 でもありがとう、大丈夫だよ。

 ミーリは立ち上がり、剣を複製する。その一本を握り締めると、首を傾けて鳴らし始めた。戦いの最中、力んで強張っていた体の硬直が解けていく。さらに溜め息で全身の力を抜くと、両手で剣を握り締めて構えた。

 そしてまた、心の中で話す。相手は、あの歯車の世界で座っている彼女。

 エクス、エクス……聞いてる? 

 聞いてるわよ? どうしたの、私の力を使ってくれるの?

 そのつもり。実は余裕がなくなっちゃってさ。

 カッコ悪い話だった。今さっきまで、本当にたった今さっきまで力を借りないつもりだったのに、緊張感と力みを体から取り除いて冷静になってみれば、事実、力が必要だったのである。

 いいわ。それで? 使

 最初の一分だけでいいよ。それだけで、勝てる。

 いいわ、貸してあげる。私の力、使わせてあげる。

 一度閉じた目の中で、時計の針が動く。片方は進み、もう片方は戻る秒針の時計。それらはやがて止まり、そして進む時計のみ動き出した。それと同時、ミーリも動く。

 水面を蹴り飛ばして肉薄する。それは本当に一瞬で、次の瞬間にはミーリはディアナを蹴り上げていた。

 さらにそこへ追いつき、剣の柄を両手で握りしめその先で叩き落す。そしてさらに空中を蹴ってまた水面に着くと、振り抜いた正拳で殴り飛ばした。

 結界の天井にぶつかり、ディアナが落ちる。だが彼女はすぐさま起き上がり、また高笑った。グシャグシャになった前髪をすべて後ろに流し、血の気に満ちた目でミーリを見つめる。

「そうだ、ミーリ・ウートガルド……おまえも結局戦いを求め、心の底から楽しんでいる生まれついての戦人だ……私と同じ、闘争本能の塊だ……! “蜥蜴龍バジリスク”!!!」

 水面を駆ける光の塊が三つ、大口を開けて突進する。だがその頭をそれぞれ真上から射抜かれ、爆破された。

 大きく上がった水柱から、ディアナが飛び出す。そして大きく振りかぶり、剣を振り回した。全身を使い、勢いをつけて、振り回す。その一撃一撃は重く、鋭いものだったが、ミーリは数度受け続け、最後には止めた。

 そして繰り出すV字の一撃が、ディアナを斬る。噴き出す血を浴びて、ミーリの顔は真っ赤に染まった。

 だがディアナは止まらない。さらに剣を振り回し、襲い掛かる。だがそれもミーリからしてみればスキだらけで、数度の連撃で構えを崩すと、大きくできたそのスキを斬りつけた。

 さらに跳び上がり、前から後ろから、横から斬る。全身を斬りつけられたディアナはフラつくも、倒れなかった。口元にはずっと笑みを浮かべ、脚からは力が抜けなかった。

 これ以上受けたら死んでしまう。そう言われたところで、彼女はうろたえないだろう。むしろ望むところだと、この勝負を受けてしまう。

 ならば、そんな脅しが効かないのであれば、倒すしかない。元々この勝負を、降参や途中棄権で終わらせる気はない。勝つしか、これを終わらせる手段を用意していない。

 ミーリが拳を振り抜くと、ディアナもまた拳を引いた。お互いの拳が、お互いの体に叩き込まれる。

 それで吹き飛んだ二人は着水すると同時に水を蹴り、飛び掛かる。そして文字通りの他者の目に留まらぬ速さで、斬りかかり殴りかかった。

 お互いの攻撃が交錯し、相手に決まる。ダメージは蓄積され、傷は増えていく。しかしそれはディアナだけに言えることで、吸血鬼の血を持つミーリに体力の低下はあっても、ダメージや傷の蓄積はなかった。

 だが倒れない。どれだけの傷を受けようと、ダメージを受けようと、ディアナは倒れなかった。むしろより強い力で斬り返し、殴り返してくる。ミーリはそれに脅威を覚えた。

 だが限界はある。それはここまでの攻防で感じている。終わらせられる。だがそのまえに、こちらがガス欠になっては意味がない。ミーリはディアナの肩に剣を刺してから距離を取り、新たな剣を取った。

 肩の剣を取ったディアナは構える。もうこの結界とフィールドごと破壊しそうな霊力を剣に込め、十字の光をより巨大にしていた。

「“龍殺レゲノダ・”……!!」

 決めるのは一撃、灼熱の一撃。この水すべてを蒸発させてしまうくらいの熱を乗せて、斬撃として放つ。その一撃を込めて、ミーリは走り出した。

「“聖人伝説アウレア”!!!」

 十字の一撃が咆哮する。その光は水上を駆け抜け、水柱を上げ、すさまじい速度で襲い掛かった。

 その光の中に、ミーリは突っ込んでいく。光を斬り裂き、突進していく。剣にはヒビが入り、先の方から砕け散っていく。だがそれでも突き進み、斬り続けた。

 その果てに見たものは、あいつの後姿。少しはにかんで振り返り、名前を呼んでくるあいつの顔だった。

「ユゥキィナァァァァァァァァァァッッ!!!」

 時計の時針が一つ動く。それと同時、ミーリの斬撃はディアナを斬り裂いていた。

 ミーリの瞳から時計が消え、ディアナから剣が抜かれる。するとディアナは仰向けに倒れ、水に浮いた。

「体が……動、かん……」

 気力はある。むしろ満ち足りている。だが体を動かす体力が、もうすでになかったのだった。

「し、試合終了ぉぉっ! 全学園最強……ディアナ・クロスがたった今、ラグナロクのミーリ・ウートガルドに、敗れましたぁぁぁ!!」

 ディアナは完全に戦闘続行不可。負けだった。敗北。それは彼女にとって、初めての経験だった。だが思う。清々しい、と。

「負けた……負けた、か……そうか、これが負けか。まったくなんだ、随分と気持ちがいいじゃないか。聞いてたのとは違うな」

「いい勝負だったから、じゃないですか?」

「そうだな……対等の、いい勝負、だった……いや、嘘だな。おまえにはまだ、余裕があっただろう。おまえにはまだ、先があっただろう。何故出さなかった」

「必要なかったから。それだけですよ」

 ディアナは笑う。だが今さっきまでの心の底から笑っていたのと比べれば、少しくすんだ笑いだった。

「何が、戦いは冷酷で残酷だ……おまえの戦いが、そうなだけだろう……わざわざ過酷に身を置き、自らから余裕を取り除こうとする……自ら楽しむことを許さない……そんなことをして何が楽しい? 自らの限界を出さず、自ら苦境に身を置いて、何を楽しむというのだ。楽を選ぶのが人間だ……おまえは、人間では……ない……」

「そうかもしれない。でも俺はやめないよ。この先に行くために。あいつを倒すために」

 人間ではない。そう言われたことは、間違いではないのかもしれない。事実、実際、この体はもう人間から遠く離れた存在へと近づきつつあった。

 人々はその存在のことを、はるか太古の昔から、神と呼んでいた。

「これにて準決勝終了! この二戦の結果より、明後日の決勝を戦うのは! 対神学園・ラグナロク、リエン・クーヴォ! そして同じく対神学園・ラグナロク、ミーリ・ウートガルド! 果たしてどちらが、今年のケイオスを制するのか!」

 控室へと向かう途中で、ミーリは大きく咳き込む。そしてその手に、ほんの小さな血の粒を吐き出した。赤と黒が混じった、光を反射しない粒だ。

「マスター、大丈夫ですか?」

「……ダイジョブ。レーちゃん、先に戻ってロンを連れて来て。俺、控室でちょっと寝てるから」

 レーギャルンを行かせて、ミーリは控室へ向かう。するとそこには人がいた。

 レーギャルンではない。リエンでもない。話があると言っておいた、ヘラクレスでも金陽日きんようひでもない。そこにいたのは黒髪の少女だった。

「おかえり、ミーリ」

「……ユキナ」




 


 

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