vs ヘラクレス 

 歓声は轟き、熱気は駆け巡る。

 全面黄金色の闘技場、黄金劇場ドムス・アウレア。ケイオスで沸き起こるすべてを受け止め、まるで本物の黄金のように輝いていた。

「皆様こんにちは! 一日の休日を挟みまして、全学園対抗戦・ケイオスも七日目! 本日明日と、第二回戦が行われます! 実況は本日もこの私、等々力三島とどろきみしま! そして本日の解説者は、対神学園・アンデルス学園長、クリス学園長でぇす!」

「よろしくお願いしますね」

 クリス・ハンス。吸血鬼討伐の際にも現場に姿を現した老人である。杖をついていて一見弱弱しく見えるが、実力は折り紙付きだ。

「さぁクリス学園長、本日もまた注目すべき試合ばかりですが、学園長にとっての見どころはなんでしょうか」

「そうですね。今日から新しいシステムが導入されますから、それですかね」

「あぁ、アンデルスが開発に成功したというものですね? 私もよく聞かされてないのですが……」

「まぁ、楽しみにしていてください」

「わかりました! それでは早速参りましょう!」

 控室で、ミーリは揺すり起こされた。起こしたのは、今日のために服を変えたウィンフィル・ウィン。

 髑髏が描かれたシャツに髑髏のネックレス。さらに腰にはチェーンを三つぶら下げて、下は膝上までしかないショートジーンズ。靴はスニーカーで、ここにも髑髏が描かれている。

 そしてトレードマークである髑髏のバッジがついた帽子を被って、行くぞと起きたばかりのミーリの背中を叩いた。

 歓声と熱気で満ちているフィールドへ、二人並んで向かう。すると途中でウィンが片手を上げてきた。珍しいこともあるものだ。

「行くよ、ボーイッシュ」

「勝つぞ、ミーリ」

 拳を突き合わせ、いざ、フィールドへ。

「来たぁ! まずは一回戦、南の最強、金陽日きんようひを破ってきた今大会ダークホース! ミーリ・ウートガルド!!」

 観客席に、主にラグナロクの生徒達がいる方に手を振る。するとミーリファンクラブの子達が黄色い声援を送ってきてくれて、中には自分に手を振ってくれたと失神する子までいた。

 その人気ぶりに、ウィンは後頭部を掻く。

「なんでおまえが人気なのかねぇ。わからん、全然わからん」

「俺も全然わからないよね。ってかいつできたの? ファンクラブって」

「去年あたりじゃねぇか? 知らない間にできてたぞ」

「ホント? 全然気付かなかった」

 なんであんな規模になってても気付かねぇんだよ……俺ですら気付いたぞ。ちょっとウザかったくらいだぞ。

 どうしてモテる奴っていうのは、どいつもこいつも鈍感なのだろうか。そんなマンガやアニメ、現代では小説ですら使われてるキャラ設定が自分の主人に当てはまることに、ウィンは一縷いちるの疑問を感じていた。

 だがそんなことはあとで考えればいい。今は目の前の対戦相手である。

「さぁ対戦相手はこの人! 対神学園・グングニル最強にして最強の人間! スキロス・ヘラクレス・ジュニアァァァ!!」

 神霊武装ティア・フォリマを持たない魔神の子孫、ヘラクレスが入場する。彼が高々と拳を突き上げると、観客席が一斉に沸いた。声としては、彼の強さに惚れこんでいる男のが多い。

 一回戦も神霊武装を使うことなく拳で圧勝したのが、かなり効いているらしい。強い者に憧れる男子としては、ヘラクレスは最高の到達点だった。

 だが彼が神霊武装を持たないのは、その拳に絶対の自信があるからではない。いや、自身の力に自信はあるものの、それは理由ではないのだ。

 繰り返すが、彼の祖先は歴史上初となる魔神、ヘラクレス。つまりは神様だ。神様は神霊武装となった武器を持つことができない。原因は不明だが、拒絶してしまうらしい。そしてそれは、神の子孫であるジュニアもまた同じというわけである。

 だがそれでも、ヘラクレスは強い。神の武器、霊装を召喚しないのも、それ故にだ。激戦は、必至である。

「北の最強が、ダークホースを叩き潰すのか! はたまたダークホースが、北の最強を蹴散らすのか! 注目の一戦です! この試合どう見ますか、クリス学園長」

「そうですね。勝敗は、どちらがに対応できるかでしょうね」

 その言葉を合図にしたかのようなタイミングで、フィールドが揺れる。すると突如、フィールドにいくつもの鉄の塔が現れ、その地面を水で満たした。

 上空には、フィールドの至るところを映しているモニターが浮かぶ。

「クリス学園長、もしかしてこれが!」

「えぇ。第二回戦より導入します、フィールド変化システム。名を、神聖帝国イエラ・アフトクラトリア。今回は水の流れる鉄の塔のようですが、他数十種類のフィールドを用意してますので、どうかお楽しみいただきますよう」

 目の前に広がる鉄の塔と、フィールドを満たす水。まるで本当にそんな場所にいるかのような感覚。だが霊力で探知してみれば、それは厖大ぼうだいな霊力の塊であった。神が使う霊術に近い。

 図書館とも呼ばれているアンデルスだが、神の力の研究やそれに関わる開発なども手掛けている。これもその一つというわけだろう。

「随分と大掛かりなもん作ったなぁ。あいつ、見えなくなっちまった……」

「この鉄の塔のずっと向こうにいるよ」

「そうだな」

 帽子を脱ぎ、そしてミーリを自分の方に向かせる。そして帽子で口元を隠しながら口づけを交わし、その姿を変えた。細い身体を持つ銀色の銃。そして、ミーリの周囲で浮かぶ八丁の銃。浮かんでいるそれらは素早く回転し、そして止まった。

「上位契約・魔弾の射手デア・フライシュッツ……じゃあ行くよ、ボーイッシュ」

『あぁ、ぶちかましてやれ』

「さぁ、試合開始です!」

 ミーリは早速高く跳躍し、目の前の塔を登る。そうして一番上に立つと、ずっと向こうの塔が一つ、崩壊しているのが目に入った。しかも崩れ落ちていった塔が、次々にブロックになって飛んでくるではないか。

 ヘラクレスだった。目の前の塔を粉砕し、巨大な瓦礫の塊を投げつけている。

 ミーリは浮遊している銃を回転させると順に銃声を響かせ、投げつけられる瓦礫のことごとくをさらに細かく粉砕した。

 だがヘラクレスの投げてくるものは、一つ一つがビルの一フロア相当に大きい。それをぶつかっても怪我も何もしない、ただの砂や砂利にまで砕くのは、それなりの銃弾数が必要だった。故にどうしても、間に合わなくなる。

 結果もっとも大きなブロックは砕けず、ミーリは瞬間的に足場よりも少し高い空中に立ってそこを蹴り、その場から離脱した。

 また塔を登れば、同じ攻撃が来る。ならば次はこの細い塔と塔の隙間から、攻撃するだけである。だがその作戦は、たった二本分塔の側を過ぎ去ったあたりで崩れた。

 ヘラクレスが自らの前方にあった塔という塔を粉砕して、突進してきたのである。これでは塔の陰に隠れての攻撃はできない。もっともそんな戦法、続けていればウィンに怒られてしまうのだが。

 鉄の塔を粉砕するヘラクレスの拳が振られる。態勢を低くして躱したミーリは、浮遊する八丁の銃で連射した。

 鉄を貫通するという意味でなら、自由なる魔弾フライ・クーゲルは上位契約でなくても力負けしない。だがそんな力を持つ銃弾ですら、ヘラクレスには傷一つつけられなかった。

 さすがは歴史に名を遺す魔神の子孫。体ももはや人間ではない。ただの肌と肉で、銃弾をすべて弾き、砕いてしまった。

 八丁の銃を回転させ、連続で撃ち続ける。そのすべてがヘラクレスに当たったが、どれ一つとして傷をつけることはなかった。

 振りかぶられる拳を躱し、ミーリは跳ぶ。塔から塔へと蹴って跳び、その場から離脱した。

「おっとぉ! ヘラクレス選手にミーリ選手の神霊武装では歯が立たないようです! さすがは龍の牙すらその身を貫けなかったと言われるだけのことはあります! 鋼の肉体とはまさにこのことだ!」

「まったくその通りだよね」

『関心してる場合かよ、どうすんだ?』

 とは言ってるものの、ウィンに慌てている様子はない。組んでいる腕を枕にして、今から昼寝しようかなくらいの感じである。

 だがミーリとしても、そこまでの危機感を感じているわけではなかった。当然だ。何故ならこの戦いは負けちゃいけないだけであって、死なないのだから。結界のおかげで、死ぬことがない。そのことが、ミーリから危機感を削いでいた。

 だがだからといって、この状況下にまったく危機感が湧かないというわけではない。

 名のある神であるナルラートホテプでさえ、普通の銃弾で貫通はしなかったが、ダメージは与えられた。それがまったく効かないとなれば、それなりの危機感はもちろんある。

 さてどうしたものだろうか。とりあえず二つ三つは策があるが、逆に言えばそれしかない。それが外れれば終わりである。

 いや正確に言えば、さらに手段はあるのだが、今使いたくはなかった。

 使えば勝てる、確実に。だが次からが面倒になる、これも確実に。

 ミーリは塔の上に立ち、切れた息を整えた。

「攻めるよ、ウィン」

『おぉ、霊力フルスロットルで回してやる!』

 ミーリのいる塔が沈む。ヘラクレスが鉄の塔をダルマ落としのように下の階をぶち抜いて、段々と落としていた。

 ミーリは銃に口づけし、そして跳ぶ。八丁の銃を横一列に並べ、一斉に連射した。

 だがその攻撃自体は、ヘラクレスに効果はない。そんなことは百も承知で、足止めが目的だった。狙いは、手にしている一丁だ。着地と同時に放つ。

「“空貫魔弾ガ・ボルグ”!!!」

 回転数と霊力を上げ、貫通能力を極限にまで高めた銃撃。本来は結界破りや、固い岩石などを貫くために使う技だが、これが初めて効いた。腕に当たった衝撃で、ヘラクレスが一歩後退する。

 だが休む暇など与えない。今度は銃をXの形になるよう並べ、それぞれにより霊力を込めた。

「“塵は塵に・灰は灰にストライク・アッシュ”!!!」

 銃弾の隊列が直進する。その一撃は炸裂し、ヘラクレスの巨体をまた後ろに下がらせた。

 さらに攻撃を続ける。八丁の銃でヘラクレスを囲み、高速で回転させた。そして放つ。

「“四面楚歌バラガルング”!!!」

 ヘラクレスは両の腕で防御する。数十数百の銃弾の嵐が、三六〇度から襲い掛かる。そして最後に放たれた八つの銃弾が炸裂し、ヘラクレスを爆煙で包み込んだ。

「ミーリ選手、反撃開始です! 凄まじい大技の連続! さすがのヘラクレス選手もこれは効いたか?!」

 闘技場が沸く。さすがのヘラクレスも、これは効いただろうという声が多かったが、残念ながらそこまでの効果がないということを、ミーリ本人が一番感じていた。

 事実、ヘラクレスはすぐさま爆煙を振り払い、凄まじい声量で咆哮を上げたのである。体には、一切の傷もない。

「き、効いてなぁぁい!! ヘラクレス選手、ミーリ選手の攻撃をすべて受けきったぁぁ!!」

「信じられない強度の体ですね、さすがは魔神の子孫です」

『まったくだな、驚きを通り越して呆れてきたぜ。どうすんだ、ミーリ』

「本当、どうしようね」

 まずこれで一つ、策が潰れてしまった。といっても、これはただ小回りの利く連続攻撃を次々にぶつけたに過ぎない。

 ならば次なる策は、もっと単純である。さらに威力のある攻撃を、叩き込むだけだ。もっと速く、もっと強く、もっと鋭く。

 ミーリは浮遊している銃をすべて地面に突き立てると、そのうち一丁を手に取った。そして両手に銃を持ち、構える。

「先輩、行きますよ」

 ヘラクレスは咆哮し、突進してくる。行くと言ったのに、わざわざ来てくれるとはありがたい。その方が、この技はやりやすい。

「“銃闘方じゅうとうほう銃技牙じゅうぎが”」

 突進してきたヘラクレスの拳を跳んで躱し、かかと落としで叩きつける。そして二丁の銃を連射し、十発叩き込んだ。

「“弐銃技牙にじゅうぎが”」

 ヘラクレスから降りて、起き上がったヘラクレスの顔面を回し蹴りで蹴り飛ばす。そして無防備になった胴体に銃口を叩きつけ、さらに十発連射した。

「“参銃技牙さんじゅうぎが”、“四銃技牙よんじゅうぎが”、“五銃技牙ごじゅうぎが”」

 足技と銃での殴打、さらに銃撃を組み合わせて、休むことなく、休ませることなく繰り出す連続攻撃。しかも銃撃は繰り出すごとに、威力を増していく。

「“六銃技牙ろくじゅうぎが”、“七銃技牙ななじゅうぎが”、“八銃技牙はちじゅうぎが”、“九銃技牙きゅうじゅうぎが”」

 連続攻撃の最中、ヘラクレスは拳を振るう。だがその一撃も銃撃に跳ね返され、さらに懐に入られた。顎に一発撃たれ、巨体が持ち上がる。

「“超銃技牙ちょうじゅうぎが”!!!」

 繰り出される銃撃で、少しずつ、少しずつヘラクレスの巨体が持ち上がっていく。そして最高にして最後の一撃が、結界の頭頂部に近いところまでヘラクレスを吹き飛ばした。

 銃口から細く出ている硝煙を吹き消すと同時、ヘラクレスが地面に落ちる。下は水が張り巡らされているため、落ちると間欠泉よりも高い水飛沫が上がった。

「決まったぁ! ミーリ選手の猛攻ぉ! ヘラクレス選手、立てるでしょうか? さすがにこれは効いているはずです!」

『今のは効いたろ』

 効いてくれなくては困る。

 だがそんなミーリの思いとは裏腹に、ヘラクレスの裏拳がミーリを殴り飛ばした。鉄の塔を二つほど貫通して、三つ目に叩きつけられる。通過した場所を、時間差で水飛沫が巻き上がった。

「ヘラクレス選手健在ぃぃ!! ミーリ選手の連続攻撃を耐え抜き、渾身の一撃を振るったぁぁ!!」

 ミーリに向かって、ヘラクレスが再び突進する。そして思い切り振りかぶって、拳を叩きつけた。鉄の塔が、粉々に砕け散った。


 

 

 

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