宣戦布告

 金陽日きんようひ戦の翌日、ミーリはリエンの部屋に行った。朝早く、マスコミメディアもまだいない時間に、ドアをノックする。しかしリエンは現れず、結局部屋に戻ってまた眠った。

「リエンはいなかったの?」

「いたかもね。霊力探知はしてないから、わかんない」

 そりゃ、いくらなんでも女子の部屋を霊力探知はいかんだろう。盗撮の類の犯罪に近い。

 ミーリは仕方なく、作戦を切り替えた。題して、同じホテルの中でバッタリ作戦である。故にメディアに囲まれることも覚悟というか承知で、ミーリは下の階のレストランで朝食を取った。

 メニューは、フレンチトーストである。ロンゴミアントは周囲の視線が気になると言って食べなかったが、ミーリは気にすることなくガツガツと口に運んだ。

「よく食べられるわね、この視線の中で」

「まぁ味は変わらないからね。気分は変わるけど」

「……ねぇ、リエンのこと、あなたはどう思ってるの?」

「どうって?」

「彼女のことだもの、不正はないわ。でもここまでかたくなに口を閉ざす必要がある? 釈明でも謝罪でも、私はすべきだと思うの」

「それはまぁ……そうだけど、ようはプライドの問題なんだと思うな」

 付け合わせのツナサラダをかきこむ。ドレッシングが少し癖があって、正直フレンチトーストとは合わなかった。

「多分あれは、リエンがあの黒い剣を制御できなかったんだよ。あれは狂気の神霊武装ティア・フォリマだろうから、制御が難しいんだろうね」

「でもそれなら、制御に失敗したって――」

「言えないよ。ケイオスの出場選手に選ばれるくらいの生徒が、自分の神霊武装の制御を誤った、なんて恥ずかしくて言えないでしょ? 下手すれば学園にも傷がつくしさぁ。まぁだから、黙ってる方がまだいいんだよ。TVはおもしろくないだろうけど」

 神霊武装の制御を誤った。

 ただそれだけのこと、それだけを言えばいいのに、なるほどただ言うだけにも考えなくてはならないわけだ。さらに言えば、リエンは貴族。そんなことを知られれば、家にまで傷がつく。家族まで、傷付けてしまう。

 だがそれは、沈黙を続けている今も同じこと。リエンの妹エリアも、ホテルから出られずにいる。ただそれで変わるのは、傷の深さだけだ。どちらにしても、深いことには変わらないが。

「厳しいわね」

「リエンがあの神霊武装を制御できるか。それにかかってくるわけだよね」

「できると思う?」

「さぁ」

 食事と会計を済ませると、待っていましたとメディアに囲まれる。ロンゴミアントはその勢いにちょっと怯んだが、ミーリは大あくびしたあと、完全無視でエレベーターに向かって行った。

 訊かれることと言えば、優勝への意気込みや次の二回戦について。だがそれはほぼついでで、やはり同じ学園であるリエンのことばかり訊いてきた。

 まったくもって、こういう餌をもらったときのメディアの力というのは勢いがあるものである。勢いだけで言えば、地獄の番犬ケルベロスにも今なら勝りそうだ。

「ウートガルドくん、クーヴォさんの試合についてはどう思う?」

「同級生でしょ? 何か知ってるんでしょ」

「あの神霊武装の能力は?」

 どの質問も、ミーリは完全無視。カメラやマイクで行先を塞がれるも、片手でどけていく。ロンゴミアントもそれに続こうとしたが、すぐに囲まれて同じ質問をぶつけられた。

 それに気付いて、ミーリはついに振り返る。そしてそこに突き出されたマイクを片手でへし折り、その場を沈黙させた。

「俺のパートナーに何してんの」

 全員、二人の間を空ける。ミーリはロンゴミアントの手を握り締め、強く引き寄せた。

「大丈夫、ロン」

「ありがとう、ミーリ。助かったわ……けど、やりすぎよ」

「そう? まぁいいや、行こ」

 ロンゴミアントを連れて、行こうとする。すると何やら入り口が騒がしくなって、段々とそれが近付いてきた。

 いや、近付いてきたのはその騒ぎ自体ではない。ミーリの方に向かっているそれが、その騒ぎを連れて来ただけだ。その正体は、対神学園・グングニルのエース、スキロス・ヘラクレス・ジュニア。二回戦のミーリの相手だ。

「ミーリ・ウートガルド……」

「どうもぉ、ヘラクレス先輩。ホテルここだったんですか?」

「俺、ここ違う。今日はおまえ、会いに来た」

「俺に?」

「聞きたいこと、ある」

 というかこの人、寒くないのかな。

 まだまだ暑い残暑の続く最近とはいえ、彼は上半身裸だった。しかも下は短パンである。冷房の下に当たると、かなり寒そうだった。

 だがミーリは知らない。彼は極寒の雪山にあるグングニルでも、常時この格好でいるということを。それを知るのは、まだまだ先の話であった。

 ヘラクレスはその場で座りこむ。その巨体は座ることで、ようやくミーリと同じ視線の高さになった。

「なんですか?」

「ミーリ・ウートガルド。おまえ、何のため戦う。何のため、強くなる」

「何のため……ですか」

「俺、戦うことしかできない。それ以外、何もできない。でもそれで喜ぶ人、いる。感謝してくれる人、たくさんいる。だから俺戦う。喜んでくれる人、感謝してくれる人、その人のため、俺戦う」

 片言ながら、その熱はあつく、深かった。

 戦うことで喜んでくれる人がいるのなら、その人のために戦う。なるほどなんとも素晴らしい理由だ。一例の一つに挙げられるくらいである。だが強いて言うならば――

「じゃあ先輩は、相手が誰だろうと戦う覚悟があるんですね」

「何」

「先輩は魔神の子孫なんでしょ? なのに神様と戦うことに、なんの考えも思いもないんですか」

「今の神、人類滅亡企んでる。なら、俺の役目、それ止めること。たとえ相手、神だろうと……倒す!」

「先輩。そんな安い台詞を言うために、ここに来たんですか?」

「何……」

 周囲のメディア陣が、一歩引く。これは見ものだと、何か新しいネタになると思っていたが、とんでもない。このままでは、二人のぶつかり合いに巻き込まれそうである。逃げようにも、脚がすくんでしまって動けない。

「先輩。先輩の理由は確かにいい理由だと思う。そういう考えが、おそらく今後この先も、対神学園の生徒達が持つ戦う理由になっていくんだろうなって思うよ。でもさ、それは喜ばれるから、感謝されるから戦ってるだけで、覚悟も何も薄いんだよね」

「俺、覚悟……薄い……?」

 もうやめてくれミーリ・ウートガルド。

 周囲の全員そう思う。

 だがミーリはやめる様子など微塵もなく、淡々として続けた。

「俺はね、先輩。倒したい奴がいるんだ。そいつはとても強くて、多分先輩なんて小指の一突きでやられちゃう。それくらい強いんだ。俺はそいつを倒さなきゃならない。そのために戦う。そのために強くなる。俺は俺のために強くなるんだ」

「それ、誰かのためなってない。誰かのため、戦うのが正義。自分のことだけ考えてる奴、それは悪!」

「先輩、そんなこと一体誰が決めたんですか? 世界ですか、法律ですか、神様ですか。違う。それは先輩が勝手に決めただけです。誰かのために強くなり、戦うことが素晴らしいと先輩が感じているだけです。それは正しいことだし、たしかに素晴らしいことだけど、でも先輩はそれを今、俺に押し付けようとしてる。それはいけないことではないですか? 先輩にとって、それも正義ですか」

「違う、悪! 自分のため、戦う! 自分の考えだけ押し付ける、それも悪!」

「そもそもそれが違うんですよ先輩! 先輩の悪は、正義の逆みたいに言ってますけど、それは違う! 正義の逆が悪なのは、言葉の上でだけ! 正義の逆は、また違う形の正義なんですよ!」

 お互い、熱という熱が入る。だが息を切らしてるのはヘラクレスだけで、ミーリはただ静かに、ヘラクレスの目だけを見つめていた。

 ヘラクレスの目尻に、腕に、血管が浮かぶ。その手でヘラクレスが自分の膝を叩くと、空気の振動で周囲のものというものが揺れた。何人か、まるで地震にでもあったかのように尻餅をつく。

「もう、わかった。俺、おまえ、このままじゃわかりあえない。だから、決着着ける! 明日、おまえ本気の俺で倒す!」

「いいですよ? もっとも、勝つのは俺ですけどね」

 頭に来ているとはいえ、さすがは学園のエース。その後何事もなく、二人は別れる。あの闘争本能の塊であるディアナでなくてよかったと、周囲は本当に安堵した。

 その後、部屋に戻ると昨日夜遅くに帰ってきた三人が起きていた。本当に遅かったらしく、ヘラクレスの膝を叩いた振動でようやく起きたという。三人には下で何があったのかを話して、ヘラクレスと現在完全に敵対したことも伝えておいた。

「で? 誰で行くの、ミーリ。相手は学園で最強の人間よ」

「どうしよっかね」

 さっきまであんなに篤く語っていたというのに、数秒後にはこの涼しさ。もしかして演技ではなかったのだろうかと思うほど、酷く冷めたものだった。もういつもの調子である。

「レーちゃん、頼める?」

「は、はい、マスター」

 接近戦と遠距離戦の双方でいけるレーギャルン。彼女なら、神霊武装を持たないヘラクレスにも優位に戦える。もっともどの神霊武装を選んだところで、負ける気はまったくしないのだが。

「ちょっと待てよ、ミーリ」

 ウィンがミーリの前に出る。昨晩酒でも飲んだらしく、少しまだ酔いが残っているようだった。だが半分以上、頭は起きているらしい。

「次の対戦、俺を使え」

「ボーイッシュ、やってくれるの?」

「ってか、明日以外俺の出番ねぇだろうが。どうせおまえ、決勝はロンゴミアントで行くんだろ? で、準決勝となればエデンの連中かリエンに当たる。そうなったら、剣や刀の神霊武装に、おまえは銃で行くか? あ?」

 まさしくその通り。その通りなのだが、今のウィンの言葉には疑問が残る。

 準決勝はどうせと言った。それはつまり、この二回戦で勝つのが誰なのか、元七騎しちきの目は知っているようだった。

 そして同時、嬉しかった。もうすでに、彼女は準決勝、さらには決勝の話すらしている。それは言ってしまえば、ミーリが勝つと言ってくれているも同じことだった。ちょっとした信頼の証である。

 酔いがまだあるせいで、口は悪いが。

「とにかく俺を使えって。俺だって暴れたいんだからよ」

「ボーイッシュ……わかった。じゃあ、明日はよろしく」

「おぉよ」

 二人、強くタッチする。こうして翌日のヘラクレス戦のパートナーは、ウィンへと決まった。

 ちなみに昨日の金陽日戦でどういう経緯でネキになったかと言うと、ロンゴミアント以外の三人でじゃんけんし、勝ち残った結果であった。


 

 

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