紅桜 《くれないざくら》

 全学園対抗戦・ケイオス、開催二日目。早速第一試合が開始される。

 フィールドに結界を張り、致命傷や重傷を無効にする。この結界は対神学園・アンデルス開発で、この結界が一日二試合分しか張れないことも、ケイオスが一日二試合しか行われない理由である。

 試合をするのは、対神学園・ミョルニルのミスト・フィースリルトと、対神学園・グリムの風音凛々ふぉんりんりん

 両足に鎧をまとった凛々は、霊力でブーストして縦横無尽にフィールドを駆ける。脚力強化の鎧型神霊武装ティア・フォリマ迅速ソニックは、走り続ける限り無限に加速する能力を持っていた。

「これがりんのスピード、まだまだ上がるんだから!」

 対するミストは剣を構える。まるで鏡のようなその刀身からは絶えず冷気が漏れ出し、フィールド中の大気を凍えさせる。気付けば闘技場中の温度は、外と比べると十度以上低かった。

 その神霊武装の名は、氷の刃アルマス

せわしない……私、落ち着きのない人は嫌い」

 フィールドを駆け抜ける凛々の速度は、もう音速を超えている。それはやがて光のそれに近付き、もはや目では追えなくなっていた。

「行くからね! “烈迅速ソニック・エッジ”!!!」

「出たぁ! 凛々選手の“烈迅速”! 音速で繰り出される足技だぁ! さすがのミスト選手も、これは万事休すか?!」

 万事休すと思われているミストに、焦る様子はない。むしろ落ち着いて、さらに落ち着いて、冷静に状況を見る。そして高く、高く剣を掲げ、刀身から冷気を噴き出した。

「喰らえぇぇぇぇっ!!」

 音速で繰り出される跳び蹴りが、フィールドを突っ切る。だがそれはフィールド中央で止まった。ミストが凛々の襟を掴んだのだ。音速を超える物体を片手で止め、そのままフィールドに叩きつける。

「“氷結爆発アイスバーン”」

 剣を振り下ろし、柄の先で凛々の腹部を叩く。再び凛々が叩きつけられると、巨大な氷柱が次々と地面から生え、それはフィールドに咲く巨大な氷の花となった。その中央で、凛々は力尽きる。

「試合終了! 勝者、ミスト・フィースリルト! たったの一撃で、二回戦へと駒を進めました! いかがですか、みなもと学園長!」

 今日の解説は、ミョルニルの学園長、源宇宙みなもとそら。オルアをラグナロクに転入させたのも、彼女である。ちなみに歳は、本人いわくまだ二〇代だそう。

「我が学園の生徒が勝ち進んでくれて、嬉しいな。でも、ミストくんの実力はまだまだこんなものじゃないよ? だってまだ、彼女は剣を使ってない。能力を使っただけだ。そんな彼女がいつ剣を使うか、どうか楽しみにしててほしいな」

「なるほど、ありがとうございました! 第二試合は、フィールドが整い次第行いますので、皆さまどうかご準備を!」

「いやぁ……すごいなぁ……」

「ミーリ、TV見てる場合?」

 ミーリはサインに追われていた。昨日押しかけて来たファン達が早速色紙を持ってきたのである。その数、なんと九〇枚。それが面倒なミーリは放置したまま、バナナを食べながらTVを見ていた。

 ロンゴミアントに叱られて、サイン色紙が山になっているテーブルの前に座る。

「なんだかモテるって大変だなぁ……モテたかったけど」

「あなたのこれはちょっと異常だけどね。ホラ、書いて書いて」

 まぁ、このモテっぷりに気付かないあなたも異常だけどね。

「レーちゃん、俺の代わりにTV見ててくれない? 第二試合始まったら教えて」

「は、はい」

 レーギャルンにTVを任せて、サインを考える。思えばこの人生の中で、サインをしたことなどほとんどなかった。数回、荷物の受け取りにしたくらいである。だがおそらく、そんなサインは今求められていない。

 ミーリはバナナの皮を捨てると、マジックペンを持って適当に書き始めた。適当なので、それぞれサインが違う。だが結局どれもミーリのイニシャルが誇張されていて、種類としては五種類程度しかなかった。

 こんなことをアイドルの人ってやるんだな……大変、ってか面倒。サインの代行バイトとかありそうな気がしてきた。稼げるかなぁ……。

 などと、そんなのがあったら詐欺だろということを考えていた。正直くだらないことだ。

「レーちゃん、次誰がやるって?」

「エデンの雪白白夜ゆきしろびゃくやさんと、グングニルの霜月子猫しもつきこねこさんです。学園序列一位と二位の試合なので、かなり注目されてます」

「だよね。あぁあ、俺も直で見たかったなぁ」

「ミーリはそこでホットドッグとか、ポップコーンが食べたいんでしょう? もう」

 バレてるし。

 ミーリはせっせとサインに取り掛かる。ロンゴミアントはそのサインをまとめて、一つに積み上げた。

 ネキはその隣で、目が見えないというのにサインを見比べる。ミーリの手の動きから、大体どのように書いているのかはわかっていた。サイン色紙というのが初めてで、そっと撫でるように触れる。そのザラザラとした感触がおもしろくて、しばらく触っていた。

 そんなとき、レーギャルンがミーリを呼ぶ。第二試合が始まるようで、ミーリは新しいバナナを剥きながらTVのまえにまた移動した。

「さぁまもなく始まります、第二試合! 今日一番の注目カードです!」

 実況が終わると同時、二つの入場口からガスが出る。そのガスを蹴散らすようにして、二人は入場した。

「さぁやってきました! まずは対神学園・グングニル! 霜月子猫!」

 子猫は全速力でガスを掻っ切り、フィールドまで走る。そして全力で停止すると、フィールドにフルブレーキの摩擦痕が残った。少々熱まで持っている。

「そしてついに来た! 対神学園・エデン! 雪白白夜ぁぁ!!」

 ガスが出るのが止まってから、白夜はオドオドと入場する。それはもう緊張でガチガチで、途中段差も何もないのに蹴躓いた。

「この試合、いかが見ますか? 源学園長」

「子猫くんは、第一試合の凛々くんと一緒で、スピードタイプ。対する白夜くんは、剣術と神霊武装の能力をうまく使う技術タイプ。相手のリズムをいかに崩して、自分のリズムに持っていくか。そこが勝負を分けることになりそうだね」

 白夜は怪しい赤色の光を反射する刀を握る。だが子猫はその場で跳ねるも、何も武器を持っていなかった。唯一武器っぽいのは、手にはめている親指だけ出た手袋か。

「その手袋……それが霜月さんの神霊武装、ですか」

「さぁどうだかねぇ、どうだかねぇ。戦えばわかるよ? うんうん」

 緊張から、手が震える。唾を呑み込み、深く息を吐き出す。だがそれでも呼吸は乱れ、心臓はバクバクと高鳴っていた。もはや早く始まってほしい。そんな思いでいっぱいである。

 そして内心で急かすこと一分半。ついに試合開始のゴングが鳴った。

「試合、開始!」

 開始と同時、子猫が走る。そして勢いよく正拳突きを繰り出した。白夜が後ろに飛ばされる。

 踏ん張ってやっと止まった白夜に、今度はかかと落としが襲い掛かる。白夜が受けると、フィールドがその部分だけ凹んだ。

「開幕速攻! 子猫選手の猛攻だ!」

「武器も使わず体術だけで押すとは、やるねぇ」

 白夜は必死に受け続ける。拳も脚も掌打も、すべてギリギリで受けて躱した。が、その防御は甘い。拳のフェイントからの足技に蹴り飛ばされ、フィールドを転げた。

「先制したのは霜月子猫! 白夜選手、刀では子猫選手の体術に追いつけないか!」

 まったくその通りだった。素早い連続攻撃に、ついていけない。しかも今の一撃で、下顎を打たれた。軽くかすっただけだが、それでも頭がふらつく。

 そんな万全の状態でもない、打開策もない状態で、白夜は立ち上がった。ここで諦めたら、怖いからだ。学園長とか、ディアナとか。一回戦で負けたら絶対に責められる。

 故に、諦めるわけにはいかなかった。

 体勢を低くして突っ込み、斬りかかる。だがすべて躱され、距離を取られた。

 距離を取った子猫は地面を蹴って、飛び掛かる。そして勢いよく拳を振るうと、子猫の手から光が伸びて、刀で受けた白夜の肩を斬り裂いた。

 光の正体は、超高速で伸びた刃。それは子猫の手袋で覆われた掌から出ており、白夜を吹き飛ばすと縮んでいった。

「今のが、霜月さんの神霊武装……」

「そうだよ。名前は飛び出す魔法剣サモセク。刃でありながら手袋の神霊武装。刃を出すその速度は、音速を超える。悪いけど、雪白くんじゃ勝てないよ!」

 掌から音速で、伸縮自在の刃を放つ。その一刀は龍種の頭すらかち割り、両断する。それが霜月子猫の神霊武装、飛び出す魔法剣。攻撃速度では、白夜の剣撃を軽く置いて行く。

「行っくよぉぉ!」

 再び全速力で駆け出し、拳を振るう。

 何度か刀で受けた白夜だったが、再び刃が出てくることばかり警戒して、大きく振りかぶった拳を避けきれなかった。思い切り殴り飛ばされ、刀を落とす。フィールドに張られた結界にぶつかって倒れたが、なんとかダウンを取られるまえに起き上がった。

 だがダメージは大きい。この結界から出れば元通りではあるが、鼻が折れている。鼻血が止まらない。刀もずっと遠く。勝ち目がないと、白夜は諦めかけていた。

「まだやる? まだやります? なんならかかってきてよ! まぁ来なくても、こっちから行くけど!」

 冗談でしょう? やめてくださいよ。僕は強くなんてない……この中の誰よりも弱い。僕は、僕はこの中の誰よりも……

「弱いのに」

『いんや、あんたは強いで、白夜』

 どこからか、声がする。子猫も攻撃の態勢を解いて、周囲を見渡した。だが誰もいない。いるのは自分と、白夜のみ。だが強いて、強いてこの場にいる者を他にあげるのなら、それは二人の神霊武装だった。

 そう、喋ったのは、白夜の刀だった。赤い光を反射する、しかして刀身にまったく赤みのない不思議な刀。それは独りでに跳ね、白夜の目の前に突き刺さった。

『あんたは強い。それはわらわが保証する。何故ってそれは、あんたがこの童を――紅桜くれないざくらを持っているからや。あんたはこの刀を、初めて使いこなした。それは、どれだけ歴史を遡っても、変わらない事実や』

かばね……さん」

 姓。それが白夜の神霊武装の人としての名前。そして紅桜こそ、神霊武装としての、刀としての名前だった。

 彼女の性格を説明するならば、白夜とは正反対と言ってしまえばいいだろう。負けず嫌いで自信家。そして何より、残酷で冷酷。

 しかしその残酷さも冷酷さも、決して見れないものではない。子供が羽虫を捕まえて、羽をちぎる程度のものである。言い換えれば、無邪気なのだ。花札も蹴鞠けまりも縄跳びも、人をいたぶるのも殺すのも、遊びでしかない。同じ、楽しい楽しい娯楽でしか、ない。

 そんな彼女は刀の姿から、人の姿を取った。紫から赤、青と始まる十二単じゅうにひとえ。赤い頭には桜の花を模したかんざしを差して、長い袖からわずかに出した手の甲には、骸骨の手を乗せていた。

「ほな、立ちなはれ。あんたは強い。まだ戦える。何故ってそれは、私を使っているのやから」

 子猫は――いや子猫だけではない。観客席にいる生徒達数名も、姓の姿を見て、霊力を感じ取って気付いた。彼女は危険種、狂気の神霊武装。人の生きる道を、変えてしまうもの。

 そんな狂気が、この優しそうな男から出てくることに、その数名は恐怖を感じた。一体彼はどれほどの闇を、心に抱えているのだろうかと。

 そんな心の闇に惹かれてか、それとも彼女自身に惹かれてか、白夜はおもむろに手を伸ばす。その手を取った姓は自身を引き寄せると、白夜と口づけを交わした。

 上位契約だ。

 流れる霊力によって、白夜は立ち上がる。そして再び刀へと変わった彼女を握り締め、自身の目の前を水平に切り払った。

「上位契約、かばねべに

「上位契約……でも私だって!」

 子猫の霊力が跳ね上がる。同性同士のパートナーなら、口づけによる契約行動は必要ない。全身の霊力パスをパートナーのと繋げれば、いつだって可能である。

 上位契約をした子猫の手袋は変形し、手の甲から指のように四本の刃の爪を伸ばした。

「上位契約! 魔龍の爪ゴリニッヒ! 行くよ!」

 今まで以上の速度で、子猫は攻める。それを白夜はさばいて捌いて捌き切り、そして斬り返した。

「咲いて、そして散れ、紅桜」

 紅桜の刀身から、桜吹雪が噴き出す。それは本当に紅色の桜で、花びらはやがてフィールド中を舞い始めた。

「何、何?!」

「……紅桜。元はただの、普通の刀。ただその怪しい光の反射の仕方から、いつしか妖刀と言われてしまった。その結果、刀は本当に妖刀になった」

「架空の武器……」

「そんな妖刀の能力は、人を変える能力……僕を、変える力」

 桜が舞い散るその中で、雪白の様子が変わる。髪は伸び、元々肩まであったのが背中まで伸びて、白から紅色に染まる。そして眼鏡の奥のその瞳も、白に青が混じっていたのが真っ赤になって、怪しく鋭い眼光を光らせだした。

「もしかして、狂化?」

「かもしれないです。僕は、まだこの力を理解し切れていない。でも、これで僕はほんの少しだけ、強くなれるから……それで君を、倒します」

 構えた。白夜が一歩踏み出したその瞬間に。

 だがもう、白夜はいなかった。すでに白夜は消えていて、足音は遥か後方から聞こえていた。

「ごめんなさい」

 謝られた理由がわからなかった。だが全身が痛む。おそるおそる見下ろしてみると、全身切り傷だらけで、ダラダラと血を流していた。結界がなければ、すでに致死量の出血である。彼が何故謝ったのか、それを理解した。

 赤い光を放つ刀身が、徐々に鞘に収められる。無数の桜の花びらは、まるで死に化粧をするかのように、子猫の周囲を舞い始めた。

「“屍の紅・暁桜あかつきざくら”」

 すべての刀身が収められる。それを合図にして、より多くの血飛沫が噴き出したり、子猫が悲鳴を上げたりすることはない。ただ静かに、何も起こることはなくただ、子猫はゆっくり力尽きて倒れた。

 起き上がる様子は、ない。

「試合終了! 勝者、雪白白夜ぁ!」

 静まり返っていた会場が沸きあがる。その歓声に手を振ることも、拳を突き上げることもせず、白夜は三度観客席に頭を下げた。そして、対戦相手の子猫にも、頭を下げる。

「ごめんなさい、子猫さん。ここで負けると、学園長やディアナさんが怖いから……だから、本当にごめんなさい」

 TVで試合を見ていたミーリは、見入っていて食べられていなかったバナナを一気に頬張る。そして大きく振りかぶってゴミ箱に投げ入れると、その場で手をパンパンとはたいた。

「なんですか、今の……まったく見えなかった」

「三六連の斬撃を、一瞬で出したんだよ。さすがにあおくんみたいに、一撃にはできなかったみたいだけど」

「マスター、見えたんですか? さすがですね」

「まぁ師匠の槍よりは遅いからね。でもすごいよ、多分まだ出せるだろうし、俺の“串刺し狂乱カズィクル・ベイ”より攻撃回数上かも」

「勝てますか?」

「そりゃ勝つだろうけど、苦戦はするんじゃない? それなりに」

 勝てる。そういうミーリは眠そうで、ちょっと頼りなさそうなのだが、頼もしいとレーギャルンは思った。

「マスター、サインが終わったら、一緒にお出かけしませんか?」

「いいよ? どうせ今日はもう暇だし」

「では、お願いしますね」

 その後、ミーリがサインを書き終えたのは、およそ四〇分後のことだった。そして記者にインタビューを受ける白夜とミストのことを見ずに、レーギャルンとデートに行ったのは、それからまた三〇分後のことだった。


 

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