組み合わせ発表

 開会式は終わり、いよいよ明日から始まるトーナメント一回戦の組み合わせが決まる。トーナメントは回戦ごとにランダムで決まるため、実際は勝ち抜き戦である。

 一日の内に繰り広げられる試合数は、二試合。それ以上は、激しい戦いに闘技場がもたないとされているからだ。故にケイオスは長期に渡って行われる。

「それでは、早速行ってみましょう! 気になるトーナメント一回戦の組み合わせは……これだ!!!」

 この日のために取りつけられた電光掲示板に、組み合わせが発表される。順に全八組の組み合わせが出てくる度に、観客席は湧いた。

 第一試合、ミスト・フィースリルト対、風音凛々ふぉんりんりん

 第二試合、雪白白夜ゆきしろびゃくや対、霜月子猫しもつきこねこ

 第三試合、サーヤ・イルストミ、対フロウラ・ミッシェル。

 第四試合、ディアナ・クロス対、七枝伴次ななえだばんじ

 第五試合、イア・キルミ対リエン・クーヴォ。

 第六試合、ビクトール対スキロス・ヘラクレス・ジュニア。

 第七試合、イリス・フィースリルト対アスタ・リスガルズ。

 そして第八試合、金陽日きんようひ対ミーリ・ウートガルド。

 どの試合も、見逃すことのできないものばかり。その組み合わせが発表されてすぐ、今日この日は解散した。

 出場選手全員、控室に戻る。するとすでに何十人という生徒達が出待ちをしていて、手にはサイン色紙を持っていた。戻ってきた全員、アイドルでもあるゲイザーの二人のファンかと思ったのだが、彼らは二人を素通りして、一番遅れて来ていたミーリに群がった。

「ウートガルド先輩! サインしてください!」

「私も私も!」

「握手してください!」

 実は別の学園でも、ファンが多かったミーリ。その様に、他の出場者達は唖然として、ミーリ本人もまた言葉が出てこなかった。というか、対応に困る。

「どうしよ、ロン」

『……知らないわ』

 ちょっと妬いてるロンゴミアントに聞いたのが間違いだった。双剣から戻ってくれる様子はない。他のレーギャルンやウィンもその様で、ミーリは困り果てた。

「あぁ……わかった、わかった。めんどいから、あとで俺の部屋に来て。順番に対応するから」

「なんだよあいつ、アイドルかなんかかよ。ねぇ兄貴」

「ケッ、くだらねぇ」

 そうは言いつつ、ミーリがモテていることが羨ましいガルドの二人。

 一方で、ゲイザーの二人はミーリに妬く。アイドルとしても活動している二人にとっては、たとえ女性ファンであっても、それが他の学園の生徒に取られたことが悔しかった。

 そして他の出場者は、今のうちにとその場を後にした。

 なんとかファンに帰ってもらって、ミーリはホテルに行く。すると部屋の前で、空虚うつろが一人待っていた。

「久し振りだな、ミーリ」

「ウッチー、部屋入る?」

「いいのか?」

「俺はホラ、パートナーみんな女子だし、気にしないって。あぁ、ウッチーが気にするならいいけど」

「いや、それならお邪魔させてもらおう。色々話を聞きたいし、したいんだ」

 ロンゴミアント達が人の姿に戻る。するとロンゴミアントが全員を連れ、エレベーターホールに行こうとした。

「どこ行くの?」

「お邪魔みたいだから、少し外を歩いてるわ。シティの街をちょっと散歩よ」

「俺のカード持ってく?」

「いいわ、ありがと。ミーリには、明日以降付き合ってもらうから」

「そ、わかった」

 ロンゴミアント達とはそこで別れ、ミーリは空虚と部屋に入る。入るとすぐ上着をクローゼットにかけ、ソファにもたれかかった。空虚はそのまえに座る。

「ウッチー、髪型変えた?」

「うん? あぁ、横の髪を少し後ろに持ってきてまとめてるんだ。そういえばこの髪型にしてからは、会ってなかったな」

「いいと思う。俺はまえみたいなストレートが好きだけど、それも可愛い」

「か、可愛い、か……そうか。それは、よかった」

 そこからの話はまぁ長くて、でも時間はあっという間に過ぎていった。

 空虚には師匠のことまでは言えないが、どんな修行をしたとかそこで神様と仲良くなったとか、そういうことを話した。そして空虚も家でたくさん修行し、強くなったという話を聞いた。

 内容を語ればそれだけだというのに、話すとそれはものすごい量で、結局二人の話が終わるのに、二時間もかけていた。だが楽しくて、全然苦ではなかった。話が終わったのだって、気付けば終わっていた、くらいのことだった。

 あと余談で、今さっきファンに囲まれたことも話した。空虚の反応が、ちょっと悪くなったが。

「そうか……おまえも強くなったんだな。龍種に乗って来るなんて、驚いたぞ」

「本当はあんな登場するつもりなかったんだけどねぇ。師匠がやれって」

「おまえの師匠は派手なのが好きなんだな」

「本当だよぉ」

 そこからはそれぞれ師匠の愚痴というか文句で、また二〇分くらい話し込んだ。意外とないと思っていたらあるもので、新たな発見があった。

 その話が終わると、次の話題に空虚が変える。内容は、今さっき発表されたトーナメントの組み合わせだ。ミーリは第八試合なので、試合は四日後である。

「どうだミーリ。相手は南の最強だ。勝ち目はあるか」

「ヨーちゃんね……ミラさん討伐のとき以来だけど、まぁ大丈夫でしょ。あの神霊武装ティア・フォリマは、一応警戒しておくけど」

 金陽日の神霊武装、化血神刀かけつしんとう

 それは毒を刀身に持った短刀。しかもその種類は様々で、数にしたら数千に及ぶ。中には致死性の猛毒もあるだろう。神霊武装の能力だけで言えば、わかっている範囲で最高に危険な相手だった。

 もっとも、対抗策はいくらでもあるし、最後の策もないことはないが。

「奴の実力は、あの討伐依頼のときよりも格段に上のはずだ。油断は禁物だぞ、ミーリ」

「油断はしないよ。どんな相手でも、油断はしない。でなきゃあいつは殺せない」

 このときのミーリの目を表現するのなら、それは魔物の目。敵を見つけた、狩るべき相手を見つけたときの、怒った目。それは見る限り恐ろしくて、緊張してしまうものであった。

 あいつの話をするときのミーリの目は、大体この目だ。だから空虚は嫌だった。あいつの話をされるのが――そんな目を見るのが。

「ミーリ、おまえはなんで修行した。なんで、強くなった」 

「んなの、決まってる。あいつを殺すため、倒すため。今のままじゃ、勝てないから……それだけだよ」

 寂しかった。

 聞けばあいつとは婚約すらした仲だというのに、そんな彼女を殺すことを目標に強くなるだなんて。聞くだけで辛すぎる。涙すら出てきそうだ。大げさではない、本当に。

 だからかもしれない――いや、だからだ。空虚はミーリの頭にそっと、乗せるように手刀を繰り出した。バカ、そんな言えない一言を込めて。

 その一言を感じ取ってか、それとも別の何かを感じ取ってか、ミーリはその手をどかさなかった。いや、どかしたくなかった。あいつと同じ、黒髪の彼女の手を。

 そんな、ちょっと静けさに包まれた雰囲気を、ミーリは少ししてから壊す。方法としては、ただ窓を開けて風を通しただけだった。

「まぁ頑張るからさ。応援してよ。ってかしてくれると嬉しいけど」

「なんだ、今回は随分とやる気だな。わかった、応援しよう。途中で面倒とか言ったら、許さないからな」

「ハハ、怖い怖い」

 窓の外を見つめる目は、少し遠い。外の空を見つめているというよりは、何か別のものを見ているという感じである。それは当然と言えば当然で、今気掛かりなことがあった。

――いいか、なるだけ派手に登場しろ。私達が目立たないようにな

 師匠……。

 その頃その師匠、スカーレットはくしゃみをしていた。場所はひとけのない路地裏で、彼女のくしゃみはこだまするように響いた。その場にいた三人から、シーっと注意される。もっともティアは、他二人の真似をしただけなのだが。

「いやすまんすまん。ミーリが私のことを思ってくれているらしくてな」

「ただ鼻がムズムズしただけでしょ? ここ、埃っぽいもの」

 そう発言したのは、ミーリが闘技場に来たときと同じ布を被った、小柄な少女。その姿は布に隠れていることと、その場が暗闇の中にあることとが重なって見えない。だが声からして、それは歳で言えばまだ十代前半の少女だった。

 その後ろには、平均程度の身長を持つ女性。同じく布を被っているのだが、大きく膨らんだ胸部で女性だとわかる。彼女はずっと周囲を見渡し、同時に霊力探知で人がいないかを感知していた。

「ミス、スカーレット。行くのなら今です」

「よし、では二人共頼んだぞ。私はティアを連れて、別の入り口を探す」

 二人、暗闇の中に消えていく。ティアもそれを追いかけようとしたが、スカーレットによって止められた。肩にかけているだけの布を、頭に被せられる。

「行くぞ、ティア。ここから東に飛ぶ」

「うぅ、スースー。ミーミー?」

「ミーリなら大丈夫だ。あいつは負けない」

「うぅ! ミーミー、ブンブン!」

「あぁ、勝つさ」

 勝ってもらわなければ困る。ミーリ、油断するな。そして、決してを使うな。使うにしても、それは決勝戦だ。だから、絶対に使うなよ。

 愛する弟子の勝利と、無事を祈る。その日の太陽は、もう沈みかけていた。


 

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