出発

 二か月。

 長いようでとても短いこの期間はあっという間に過ぎ去った。この期間中に全対神学園はスラッシュの命令によって神様討伐を禁止され、今もそれは続いている状況下。故に生徒達は皆、一つの目標に向けて腕を磨いていた。

 もっともそれは、実力のある生徒ばかり。まだ入学したばかりの一年生や、興味のない学生からしてみれば、それは関係のないことだった。

 そしてそれは、この青髪の青年にしても、同じことである。彼はまったく興味が無く、修業の期間をそこに合わせているわけでもなかった。

 天地のすべてが歯車で満たされた世界で、彼は問われる。

「お兄さんは、出ないんですか?」

「まぁ一応学園最強って言われてるし、選ばれるかもね。でも出る気はないな」

「なんで……ですか?」

「だって面倒だもん」

 そう言うと、少女は寝転がっている彼の前髪を左右にどけ始めた。それになんの意味があるのかというと、実際のところ、まったく意味がない。

「マキナは、ミーリお兄さんが戦うところを見たいです」

「他の機会に見せてあげるよ。わざわざそこで戦う理由が、俺にはないから。それに……俺が出ない方がいいって人もいるしね」

 それは、同じ学園で最強と呼ばれている同級生に、かつて言われたことだった。べつにそんな嫌な風に言われたわけではないが、それでも出ないでくれと言われたのは事実である。

 彼女にとってミーリが出ることは、夢が遠ざかる大きな壁なのであった。それを思うと、出ない方がいい。

 だが少女――マキナとしては戦ってほしいらしい。べつに彼女は好戦的ではないのだが、最近やっと、大好きなお兄さんが自分の力を使ってくれるようになったことが嬉しくて、もっともっと使ってほしいのだった。この小さな女神様が人懐っこいと知ったのは、ごく最近である。

 だがミーリは、今回使う気はない。使うとしたら、それはユキナとの決戦のとき。まぁ、鍛錬で使うことはあるだろうが。

 そんなわけで、ミーリは今回参加する気もやる気もまったくなかった。今はこの力を完璧に使いこなし、ユキナを打倒するのが目標だ。学園の行事に、学園祭のようなイベントでもないのに出るつもりはない。本当に、学園祭とかなら出るのだが。

 ミーリ! ミーリ!

 頭の中に声が響く。師匠だ。何やら慌てているというか、急いでいる様子。ミーリもつられて慌てて起き上がった。

「どしたんだろ、師匠」

「お兄さん、言った方が……」

「そだね。また来るよ、マキナ」

「はい、お兄さん」

 マキナの額に口づけして、ミーリは起きる。起きるというのは現実の世界で起きるという意味で、起きるとすぐスカーレットの顔があった。

「おぉ起きたか、ミーリ」

「どしたの師匠……俺今マキナと……」

「うん、ちょっと急ぎの用事ができた。今すぐシティに飛ぶぞ」

「シティって、東にある世界最大都市のあれ? ここからかなり遠いですよ? なんでまた……」

「うん、それを語ると長くなる。移動中にも話すことにしよう。とにかく向かうぞ。作戦もあるからな」

「リンさん達はどうするんですか? 狩りから戻ってきてないけど」

「それはホラ、エリエステルがいるだろう。まぁいなくても置手紙をしてあるから、大丈夫だろうが。とにかく行くぞ、ミーリ」

「ってかどうやって?」

 その質問に答えることもなく、スカーレットは先に行ってしまう。どうやら相当に急いでいるらしい。ミーリは先日エリエステルが縫い直してくれた上着をかけて隣の部屋に行った。

「ロン、レーちゃん、ボーイッシュ、ネッキー。出掛けるよ」

「ちょっと待って」

 ロンゴミアントは鏡の前に立ち、髪を整えていた。左右の横髪を後頭部に回して結び、それをリボンで留めようとしている。だが初めてのことでうまくいかない様子。

 結局、見かねたミーリにやってもらった。

 レーギャルンは前まで二本の尻尾を作る髪型だったが、今は結ばずストレート。代わりに頭にイルカの尾に見立てた髪飾りをつけていた。最近のお気に入りである。

 ウィンはとくに変わらない。元々彼女はファッションに対してこだわりはないのだ。もっとも四人の中では、一番女性誌を見る方であるが。ただ帽子だけは欠かせない。

 ネキはいつも綺麗である。頭に乗せた花飾りは毎日変えていて、いつも違う色で周りの目を保養してくれる。もっとも彼女としては目が見えないので、数種類ある花飾りを適当に選んでいるだけなのだが。

 しかし全員衣装は新調した。二ヶ月の修行で成長した霊力で編んだ新しい衣装で、心機一転である。

「よし、行こうか」

「ところでミーリ、どこ行くんだ? おまえの師匠行先とか全然言わなかったぞ」

「東のシティだって」

「シティ? 今年のケイオスの開催地ね。偶然かしら」

「マスターは出場しないんですよね」

「するわけないわ。ミーリったら、去年ただ面倒って理由ですっぽかして、一回戦不戦敗だったんだから」

「あぁそうだったな……バカな奴もいるなぁって思ったわ」

 ネキに手を貸すミーリを、三人は見つめる。主人の栄光はパートナーとしては嬉しいものであるが、今回も結局出ないんだろうなということで内心諦めていた。

 全員、外に出る。するとそこにはスカーレットと、顎をゴロゴロと撫でられているティアがいた。

「ミーミー!」

 ミーリに気付いてティアは跳びつく。甘噛みや舐めるといった代わりに、彼女は愛情表現としてミーリの首筋に口づけした。四人のパートナー、ちょっと妬く。

 そんなティアがロングコートの上から羽織っているのは、最近とあるカメレオン型の魔物を討伐して手に入れた皮だった。姿はおろか、霊力すらも遮断する。もっとも気配や臭いは消せないので、意味があるのかというと少し微妙だが。

「ティア、なんでそれ着てるの?」

「うぅ、スー、キる。ティ」

「師匠に着ろって言われたの?」

「違う違う。私はティアに、持ってきてくれるかと頼んだんだ。そうしたら着て来てしまってなぁ」

 持ってきて、と着てを間違えたわけね。なるほど。

 まだまだティアには言葉の勉強が必要なようである。難しい言葉でも大体通じるが、こういうちょっとしたケアレスが多いところであった。もっとも発音に関しては、もっと頑張らないといけないが。

 まぁ、師匠の言うことを聞くようになっただけマシである。今まではちょっと怯えていたところがあったが、最近はない。

「でもどうしてこれ持ってきたんすか? 師匠、これ売りさばいて金にしようとか言ってたじゃん」

「何せ奴らも連れて行くからな」

「二人も? 何、そんなに大掛かりな作戦なんすか」

「大掛かりで派手なのは囮だ。ミーリ、おまえにはやってもらいたいことがある」

 あぁ、きっとその派手な囮なんだな。俺の役。

 ミーリは直感で理解した。影の女王とまで言われている師匠が、今更表舞台に出るつもりはないだろう。

 そして同時、何をやらせたいのかもなんだか想像できてしまった。できたのは、さっきのロンゴミアントの言葉があったからである。なければ、想像などしなかった。

 だからかなりもう、気持ちが億劫である。面倒くさい、帰って寝たいという気持ちが体を支配している。

 あぁもう、眠たくなってきた。

「師匠、俺寝ていいですか」

「急ぎの用だと言っただろう……刺されたいのか、おまえは」

 溜め息が出る。

「まぁそう面倒がるな。今回は猫の手どころか、弟子の手も借りたい一件だ。このまま行くと、戦争になる」

 そう言われてはミーリも目つきが変わる。眠たげな眼から一転、眼光は鋭くなり、眠気はどこかに吹き飛ばした。しょうがなく、本当にしょうがなくやる気を出す。

「仕方ない。じゃあ行こうか、みんな」

「えぇ」

「はい、マスター」

「あぁ」

「かしこまりました」

「うぅ! ゴーゴー!」

 上着を翻し、ミーリは向かう。場所は東で――世界で最大の都市、シティ。今年の全学園対抗戦・ケイオスの開催地である。

 

 


 

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