最古の人間

 そこは、西の大陸にある古代遺跡。西の最高位度危険地域、原点遺跡エヌマ・エリシュ

 人類最古にして当時最強と謳われた、一人の王が統治していたとされている大地。その逸話が描かれている石碑がある場所だ。

 何故ここが危険なのかというと、滞留している大気に毒素があり、たった数ミリグラムの単位を摂取しただけで、死に至ることもある。それだけの猛毒が、絶えず地下から噴き出しているのだ。

 そんな場所に、降り立つ影が一つ。それはとても小さな女の子で、黒のドレスワンピースを着た黒い長髪を持つ人だった。名を、ユキナ・イス・リースフィルト。

 彼女は毒など気にもせず、ズカズカと奥へ入っていく。遺跡の奥もまた大量の毒素が漂っていたが、ユキナは進み続けた。

 そこに、無数の武器が降り注ぐ。それらを軽いステップで躱したユキナは、内一つの槍をなんなく掴み取った。そしてそれで、残りの武器をもさばき切る。しかしそれが、彼女の怒りを買った。

「その汚らわしい手で我の霊装を使うか。そこまでして死に急ぐというのなら、その命、散らしてやろうぞ」

「あなたでは無理よ、最古の王様。私を殺せるのは、世界でたった一人だけ。ミーリだけなのだから」

下種ゲスめ、そこまでして我の機嫌を損ねたいか!」

 吹き荒ぶ霊力が毒を蹴散らし、吹き飛ばす。そうして現れたのは、全身を黄金の鎧で覆った、黄金髪の女性だった。顔以外では唯一露出した腹部には左右二本ずつのラインのタトゥーが入っており、それは目の下まで伸びている。そのタトゥーと同じ黄金の目が、暗闇の中で侵入者であるユキナのことを睨んでいた。

 手に現出した黄金の剣を持って、斬りかかる。

 取っていた槍を消されたユキナは、繰り出される剣撃のことごとくを回避した。地面を蹴って、天井に逃げる。

「逃がすと思っているのか?」

 ユキナが立った天井が、大きく歪む。暗くてよくわからなかったが、遺跡の奥は壁も天井も床も、すべてが黄金だった。それが形を変え、武器となってユキナを襲う。

 だが天井から降り注ぐ攻撃をすべて回避し、ユキナは着地してクルリと回る。数百もの武器が刺さった黄金の床はその武器を呑み込んで、また綺麗な平らになった。

「逃げ足だけは達者だな」

「当然よ。あなたじゃ私は殺せない。殺せるのは一人だけ。私を愛してくれる彼だけ、あの人だけなの……はぁ、早く会いたいわ」

 左右の壁から、数千という規模の数の武器が襲い掛かる。ユキナは高く跳ぶと、それを一蹴りで一蹴した。

 すべてを砕き、ユキナは肉薄する。そして思い切り蹴り飛ばしたつもりだったが、それは腕の鎧によって防がれた。

 腕の鎧が変形し、鋭い棘が伸びる。それを彼女の腹を蹴って跳び、回避したユキナは数度後方に倒立回転して、距離を取った。

 だが再び、彼女は武器を持って斬りかかる。身を反らし、くねらせ、跳んで躱したユキナに対して、再び距離ができると今度は床から武器を射出した。

 一斉に襲い掛かってくる武器を、ユキナはまた一蹴する。だがその直後に斬りかかられて、ユキナは振り下ろされた剣を脚で受け止めた。

 強大な霊力同士の衝突で、大気が揺れる。遺跡の毒は消し飛んで、一瞬そのときだけではあるが、遺跡から毒が消え去った。

 だが単純な力ではずっと小柄なユキナの方が上で、彼女は剣を折られて蹴り飛ばされた。折れた剣は床に吸い込まれ、消えていく。

「下種が……! 俺に力で勝るなど、そこまでして死にたいか!」

「まったく、あなたは本当に話を聞かない人ね。さっきから言っているでしょう? あなたでは私を殺せない。あなたではもう足りないのよ、ギルガメス」

「我を見下すか……! この我を! 神であるこの我を見下すか! 人間の分際で!」

 床から壁から天井から、すべての黄金から武器が出て、発射のタイミングを待っている。だがそれらはユキナがすべて一蹴りで、発射されるまえに叩き潰した。

 これにはさすがに、ギルガメスもまた言葉を無くす。対してユキナはすべてが黄金の中に消えていくと、その場でクルリと回った。

「最古の王にして半神半人の英雄、ギルガメス。共に戦う友もなしで、この私に敵うと思っているの? 思い出しなさい。あなた達が二人がかりでようやく一つの神霊武装ティア・フォリマに封印した女神が、一体誰だったのか。あなた達に死の恐怖を教えたのは、一体誰だったのか」

 ギルガメスは思い出していた。かつての友と戦った、一人の女神のことを。結果、友の命と引き換えに封印した、あの女王のことを。

「……貴様、天の女王イナンナか! まさか人間を使って復活を……!」

「それは違うわ、ギルガメス。天の女王は未だ神霊武装に封印されたままよ。私はユキナ。ユキナ・イス・リースフィルト。この神霊武装を召喚した、一人の人間。あなたのことは、彼女の記憶を読んで知った。ここで何千年もの間、王座を守っていたことを。かつての友が復活するそのときを、待っているということも」

「貴様が殺したのだ! エンキドゥは……あいつは!」

「あなたが女になってまで求婚を断ったりするからよ。私の怒りを買う、覚悟の上での行動でしょう? だったら嘆かないで、馬鹿馬鹿しい」

「貴様――」

「まぁいいわ。今度は後悔しないように選びなさい。私の誘いをどうするか」

「誘い、だと」

 一瞬で、ユキナはギルガメスと距離を縮める。その身長差を埋めるように跳び上がり、床よりちょっと上の場所に立った。そして、彼女の顎を指先で持ち上げる。

「私の元に来なさい、ギルガメス。あなたの力が欲しいの」

 顎を持ち上げる手を、ギルガメスは掴む。だがどれほど強い力で握りしめようとも、ユキナの腕はピクリとも動かなかった。それが、最近ユキナの手に入れた新しい力であることは、ギルガメスは大昔にした体験から知っていた。

 その力は、神に対する能力。相手の神性が高ければ高いほど、能力は敵する神の力を超える力を主に与える。名を、“金星の輝き持つ天女王イシター”。

「私は近々戦争を起こす。そこで戦いたい人間がいるの。名を、ミーリ・ウートガルド。あなたには、私が彼と戦えるようお膳立てをしてほしいのよ。彼の周りにいる人達を、一掃してほしいの」

「ふざけるな。貴様の私情に何故この我が付き合わなければならん! 断固拒否する!」

「だから、考えてものを言いなさい、ギルガメス」

 顎を持ち上げていた手が、首根を捕まえる。その指は容赦なく首に減り込み、ギルガメスの首を絞めた。

「あなた一人では私には敵わない。そして、あなた達が目指した不死という領域はおろか、転生というステージまで、私は――天の女王はクリアしている。だからできるのよ? エンキドゥの蘇生」

「!」

「かつての友、ではないでしょう? もはや唯一無二。もう彼以外隣に立たせる気はないというくらいの仲なのでしょう? そんな彼が、もし蘇生できるとしたら? この世に復活できるとしたら?」

「な、ん……」

「さぁ、選びなさいギルガメス。あなたでは私に敵わない。たとえ敵ったとしても、あなたはまた永久にここで一人過ごすことになる。だったら……どうするべきかわかるでしょう? ねぇ、ギルガメス」



 

 

 

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