神を討つ軍《シントロフォス》
当初予定されていた修業期間もいよいよ最終日の七日目。結局ミーリはこのあとも残ってスカーレットの元で修行することが決まり、オルアと
一二人の狩人、リングフィンガーは城で雇うと決まり、ティアも城に住むこととなった。スカーレットの言うことも一応聞けるし、しばらくミーリもいるので大丈夫だろう。今はちゃんと、脚だけでずっと立って歩くよう特訓中である。
そして今、ミーリはティアとオルアを連れて、森の中でも北の山に近い場所へとやって来ていた。まだ日が降りてないのだが、ティアはミーリの背中で爆睡中である。
「ミーリくん大丈夫?」
「大丈夫、ティア軽いから」
「それにしても……随分遠くまで来たね。一体、何があるの?」
「まぁそれは、楽しみにしててよ。気に入ってくれると、嬉しいけど」
山の周囲をグルリと行く形で、三人は森を歩いていく。すると段々霧が出始めて、三人の行く手を見えなくしていく。それをミーリは霊力で払いながら進み、オルアはそれについて行った。
だが少し進むと、ミーリが止まる。何かと思えば、目の前からケルベロスの親子が歩いて来ていて、親と目が合ってしまっていた。
その危険性を知っているオルアは、目を合わせたまま数歩下がって、逃げる姿勢。だがミーリはその危険性を知りながら、ジッと見つめたまま動かなかった。
牙を剥き、唸りながら突撃の姿勢を取る。だがそこから、血の気の多いはずのケルベロスは動かない。それは何故かと言えば、ミーリがジッと、怯えることも恐れることもなくただ、見つめているからだった。
「ごめん、今は君の相手をしてる暇はないんだ……もうすぐ、始まっちゃう」
その言葉が理解できたかのように、ケルベロスは態勢を引く。そしてミーリの元に行こうとしている子供達を舐めて止めると、その子達を連れて霧の中へと消えていった。
そのあとを追うように、ミーリは進んでいく。オルアもまたはぐれないように、急いでミーリに続いて行った。
だが足場が悪くて、少し転びそうになる。それを見たミーリは戻ってくると、ホラと言って上着を掴むように促した。
それを掴ませて、また進む。まるで手を繋ぐのはハードルが高いから、まずは裾からと掴んだカップルの女子のようである。無論、ミーリがそういう構図を望んだわけではない。ただ偶然、こうなってしまっただけだ。
そんな付き合い立てのカップルのようにして、二人は歩いていく。かれこれ城から休憩も入れて四時間ほど歩いてきたが、ミーリの見せたいものはまだ姿を見せていなかった。
四時間も女子を歩かせてまで、見せたいものとはなんだろうか。まぁ考え付くのは、美しい光景だろう。きっとこの先に、そこでしか見られない何かがあるに違いない。
そう先読みしたオルアは、そこで何をされるか、言われるかを想像し始めた。いっそのこと告白だったりしたら嬉しいのだが、おそらくそれはありえない。だとしたらなんだろうかと、頭をフルに回転させて考えていた。
「ついたよ、オルさん」
そんなことを考えているとついに、目的地に辿り着いた。一体何があるのかと思えばそこはまだ深い霧の中で、周囲を見渡しても霧しか見えなかった。
「……今日は残念とか、そういうオチ?」
「いや、大丈夫。ちょっと待ってて」
ティアを下ろして、ミーリはゆっくり先に進む。ミーリが歩いたのは実は水の上で、宙に立つのと同じ原理で歩いていた。そうしてその水たまりの中央に来て、ミーリは片膝をつく。そして強く霊力を叩き込むと、それは姿を現した。
水の中で光る、魚の群れ。ミーリが立つ池の中で、それぞれが強弱異なる薄緑の光を放つ。それらは逃げる様子もなく、ただ光るだけで、むしろ水上にいるミーリを取り囲むようにして悠々と泳いでいた。
その光景がいかに神秘的で幻想的か。他者に伝えようとしても、見た者の頭はうまく回転しなくて、出てくる語彙が足りなくなってしまう。そうなってしまうほど、美しかった。気が満ち足りていて、言葉をわざわざ発する必要もない。
「綺麗……」
「よかった。気に入らなかったらどうしようかと思った」
ミーリはそう言って、ゆっくりと戻ってきて片膝をつく。そして手を差し伸べ、おもむろに頭を下げた。
「オルさん、実はお願いがあるんだ。俺に、力を貸してほしい」
「僕が……ミーリくんに?」
「ユキナが力を溜めてる。それに対抗したい。でも、学園のみんなはなるだけ巻き込みたくないんだ……だから」
オルアは思う。
こんなに真剣に、僕の力を求めてくれている。必要としてくれている。そして、これには拒否権もある。選ばせてくれている。そんな、選択のしようなんてないっていうのに。
「うん、僕の力だったら喜んで貸すよ、ミーリくん」
「……本当に、いいの?」
「言ったでしょ? 僕はミーリくんを守りたいんだ。だから当然、君を守るために力になるよ。僕は……ミーリくんが好きだからね」
「……ありがとう、オルさん」
魚は皆、ミーリの霊力に引き寄せられて泳ぐ。魚は一種の魔物なのだが、霊力を餌にして生きる小さな種類だった。
そんなことは知らず、オルアはまるで魚がミーリになついているようだと思って笑った。神様だけじゃなくて、動物にも好かれるの? そんなツッコミが内心でされる。
「でも学園のみんなを頼らないで、どうやってこれから戦力を集めるの?」
「オルさんみたいに、俺と戦ってくれる神様を探す。ユキナはもう、学園のや軍の人じゃ、止められない。名のある神様、は贅沢だけど、今回戦った魔神くらい強い神様を探してみるよ」
「……そっか。うん、わかった! 僕も頑張って探してみるよ。頑張ろうね、ミーリくん」
「うん、ありがと」
ちょっといい雰囲気。このままキスまで持っていけるかな?
そうオルアが企み始めたそのとき、ティアが起きる。そしてミーリの手をオルアが取っているのを見てその間に入り込み、ミーリの手を自分の頭に乗せて撫でさせた。
いつの間にやら、腰から生やしている尻尾を振る。
「ティアちゃんは本当に甘えたがりだなぁ」
ミーリくんに限っては。
そんなことを思っていると、ティアはさらにミーリに抱き着いて、そして額に口づけしてしまった。これにはさすがに、驚きと動揺を隠しえない。しかもさらに頬と首筋にまで唇を当て、最後にもう一度額に口づけした。
「ミーミー、ティ、むぅ」
まだ憶えた言語が少なすぎて、何を言っているのかはいまいちわからない。だがそのまえの行動と彼女の表情で、何を伝えたいかは理解できた。
それに応えるように、ミーリもまたティアの額に口づけする。
「ありがとう、俺もティアが好きだよ」
「うぅ! ミーミー、キィ!」
思わず霊力の操作を誤りそうになる。だがそこは冷静に、数歩後退しながら抱き着いてきたティアを受け止めた。
ここまでストレートなティアのことが、ちょっと羨ましいオルアである。
「さて、そういうことなら景気づけに、俺らのチームに名前でもつけよっか」
「名前?」
「なんてしようか……ミーリ軍? チームミーリ? いや、でも、俺の名前が入るのはちょっとなぁ……」
ダメだ、やっぱりネーミングセンスはないや、彼……まったくなんで技の名前は普通にいいのに、こういうときだけ変なの? わざと?
どちらにせよ、このままでは変な名前を付けられる。そう思ったオルアは必死に頭を回転させる。だがオルアよりもいい案を思いついたのは、今までズタボロなネーミングセンスを発揮していたミーリだった。
「
「シントロ……フォス……うん、いいんじゃないかな」
チームミーリよりは断然。
「よし、決定ね」
「うん、よろしく、ミーリくん」
ハイとはいかないが、タッチする。その音は静寂の中で響き、魚達も少し驚いた様子でミーリから距離を取った。
こうして、オルアの力を無事に借りる承諾を得て、神を討つ軍を結成。そのことをロンゴミアント達に伝えるのは、また、四時間後のことであった。
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