魔神姫君《ゴッタ・デア・プリゼッシン》
ミーリがやられた。
探知した全員が信じられないこの状況下に、戸惑いを隠せない。中でも一番反応したのは、ミーリがやられるのと同時のタイミングで跳ね起きたティアだった。
「ミーミー……? ミーミー!」
行こうとするティアを、ウィンが体を張って止める。そうしなければ、彼女はミーリのところまで駆け出して、ミーリを倒した純白の彼女に仕留められてしまうだろう。
背後からネキのツルも手助けして、ティアを止める。レーギャルンもまたティアの肩を押さえつけるようにして、一生懸命に宥めようとした。
「ミーミー! ミーミー!」
「落ち着け! あいつがこんなんでやられやしねぇよ!」
「うぅ! うぅ!」
ミーリの元に駆け付けたい一心で、ティアは変貌する。背丈はグッと伸び、腰からは数珠のように繋がった蠍の尻尾を、背中には黒の巨翼を生やした。
「“
ツルを引きちぎって、尻尾と翼で払う。だが三人が離れると同時、オルアが結界を張ってティアを閉じ込めた。結界の中で、ティアは暴れる。
「ごめんね、ティア。悪いけど、今君を行かせるわけには……」
だが三人の霊力が与えられ、結界は強化される。破られるのが時間の問題であるのは変わらないが、より時間を稼げそうだ。
「ごめんね、みんな」
「いいからてめぇは集中しやがれ! ここでこいつを行かせたら――!」
「わかってる!」
暴れる開闢龍。その姿を、黒尽くめの魔神は視認していた。彼女なら一蹴りでそこに辿り着き、結界を破壊し、彼女を仕留められるだろう。そうしないのは、それを許さないスカーレットの視線があったからだった。
今組まれている彼女の手は、ティアの元へ行こうとする魔神の手を確実に掴み取り、その頬を殴るくらいいとも簡単にしてくるに違いない。そう予想できるほどの余裕と、経験を感じさせるものがスカーレットにはあった。
「どうした、魔神」
「……いいのですか? 彼、やられてしまいましたよ? あなたの下にいる二人でも、差し向けてみればどうですか」
スカーレットの下――地上にはエリエステルと
二人とも武器を構え、神経を研ぎ澄ませている。だがその視線は魔神のスキを
そんな彼女達を見下ろして、スカーレットは口を尖らせる。とくに怒る様子も急かす様子もなく、少し考えている風だった。
「いや、必要ないだろう。ミーリは負けん。何せ私の最高の弟子だからな」
「その最高の弟子が、負けたと言ったのです。あなただって感知しているのでしょう」
「あぁ、転んだことには気付いているさ。だが転んだだけだ。負けてはいない」
魔神の視線がミーリを向く。
仰向けに倒れていたミーリは槍を掴むと脚を持ち上げ、そこから腹筋と脚を振り下ろす勢いとで立ち上がった。
切れた額から流れた血を舐め取って、首を数度鳴らす。額の傷は流れる血の力ですぐ塞がったが、前髪が額にひっ付いてベトベトになってしまった。その前髪を後ろに流し、頭にくっ付ける。
「参ったな、お風呂入りたいよ」
『今はそんな場合じゃないでしょう? 不死身の吸血鬼の血をもらってたことに、感謝しなきゃ』
「ホント、ミラさん様様だよねぇ……さて」
自分を見下ろしている純白の魔神を見上げ、槍を振り回す。緋色の槍は霊力を電光に変えて、バチバチと音を立てた。
だが霊力最高値である今の状態でも、しょせんは下位契約。最高値の半分程度しか、霊力は放てない。その状態でこの始末。ならば取るべき手段は一つ。
「ロン」
槍から人へ、ロンゴミアントは戻る。繋いだその手を引かれて抱き寄せられた彼女は、そっと、口づけを交わした。
槍脚をそろえ、背をのけ反らせる。そして上半身から溶けるように消え、紫の聖槍が現れた。ミーリの手に握られると紅色に変わり、再び電光を走らせる。
掌で踊り、空を斬る。紅色の残光を残す槍は、ミーリをもその色で照らした。
「上位契約・
「……そうやって格好つけると、強くなるのかしら」
「さぁ。そういう設定だったら、いいんだけどねぇ……そういえば名前聞いてなかったね。魔神さん。名前教えてよ。俺は、ミーリ・ウートガルド」
「……
スノー……ホワイト? 白い、雪……姫……白雪、姫?!
「えぇぇ……!」
全然違う! 俺の知ってる白雪姫はこんな勇敢じゃない! こんな冷たい人じゃないし、強い人でもない! 追手に逃がしてもらったとか絶対嘘でしょ! 絶対自分で蹴散らしたよ! 魔女なんて目でもないでしょ!
もうツッコみどころ満載で止まらない。
こんなにも強くて勇ましいお姫様が、何故継母である魔女によって三度も殺されかけるのだろうか。絶対あり得ない。七人の小人にだって、助けてもらったのではなく従えた様にしか思えない。
というか白雪姫とくれば美しい黒髪と赤い唇の持ち主であるはずなのに、まったくもって大嘘ではないか。髪も肌も何もかも、純白の真っ白である。
そしてこの霊力。黒尽くめの魔神も相当なものだが、彼女も膨大だ。名のある神クラスはあるだろう。本当に、か弱いお姫様のイメージは微塵も湧かなかった。
「そっか……で、その白雪姫は一体何が願いなのかな」
「願い?」
「だって、ティアを殺して世界を創るのは、何か願いがあってのことなんでしょ? あれ、違うの?」
「私をあんな夢見がちと一緒にしないで。あの魔神の言うことが嘘であることくらい、私は見抜いてるわ」
「じゃあなんであの神様に加担してるの? 君にとってのメリットは何」
「……戦争がしたいの」
それは、一人の姫君が言うべきことではなかった――いや、国を思えばこそ、戦争を選ぶ姫もいるかもしれない。だがそれは、最後の最後の苦肉の策。決して軽く選んでいいものではない。
だが彼女は軽々しく、しかも国も何も背負っていないでその言葉を発した。そしてこの場で言う戦争とは、今のところ一つしかなかった。
「第一次神話大戦を、再開しようって言うの」
「再開はしない。新たな戦争を始める。新たな世界を創造し、そこに住む神を決定する。人だけじゃない、腑抜けた神をも敵に回す、第二次神話大戦。本当の強者のみが統べる世界を創り上げる」
「なんで戦争したいの」
「人は弱い。何故現代まで生きてこられたのか、不思議なくらいに。そして醜い。弱いクセしてプライドだけは高い。だから嫌いなの……! そんな人間を滅ぼすと言っていたクセして、三〇年もの間停戦し続けている今の神々も弱い。だから双方を滅ぼして、真の強者だけが新たな世界で生き残る。それこそが、この醜くも美しい世界を救う術だから」
「人間二五億、
「弱い種族は滅びるのが自然の摂理。それに従って、死ぬ奴は死ねばいい。それだけのことよ」
槍と剣がぶつかり、霊力が突風と電光となって弾ける。突風は周囲の木々をへし折る勢いで折り曲げ、電光は周囲を焦がす勢いで地面を駆け巡った。
その霊力に
「ミーミー……」
スノーホワイトの持つ純白の剣に霊力が収束し、光となる。それを炸裂させてミーリを吹き飛ばし、さらに光の弾で追い打ちをかけた。炸裂した光が柱となり、
だがミーリは追撃を躱し、地面を数度転げていた。槍を突き立てて停止し、再び斬りかかる。だがその一撃もまた弾かれ、炸裂する光球で吹き飛ばされた。
これまでこの爆発で、何度も吹き飛ばされていた。その対抗策は、今のところない。何せ彼女が光球を作るのに要する時間は、一秒を切っていたからだった。飛べないミーリとしては、その一秒が速い。
「何を怒っているの。私はただ当然のことを言ったまでよ。怒られる筋合いはないわ」
「いや、怒ってはいないけどね。これは止めなきゃって思って。でもやっぱ強いや、言うだけのことはあるね」
「あなたは言うまでもなく弱いわね。やっぱり人間なんて、この程度ということなのかしら」
「あんまり強い言葉を使わない方がいいよ。負けたときの言い訳ができなくなるから!」
飛び掛かり、斬りかかる。再び剣に止められ光を溜められたが、同時に槍を双剣に変えて斬りつけた。だがそれも躱され、光球の爆発に
だが地面に足裏が触れるとすぐさま蹴り飛ばして、斬りかかった。十字の形で斬りかかり、交差させる。だがその一撃もまた、彼女の剣に火花を散らせる程度の効果しかなく、またも言うまでもなく、言うまでもない方法で吹き飛ばされた。
「負ける? 私が一体どうすれば、あなたに負けると言うの」
爆発によって吹き飛ばされ、体中火傷と切り傷を負う。だがそれらはすぐ吸血鬼の血の力で回復して塞がり、ミーリは即座立ち上がった。体力の低下は、否めないが。
『大丈夫なの、ミーリ』
「あの爆発が邪魔だなぁ」
『あなたは比較的、体重軽いからね』
「うん、すぐ吹っ飛ぶ。師匠みたいに、霊力で足場が作れればいいんだけど」
『あなた霊力操作は上手なのにね』
「まったくだよね。どうやったらできるんだろ、あれ」
ロンゴミアントと相談していると、スノーホワイトの剣が光りだし、巨大な光球を切っ先に溜め始めた。そしておもむろに剣を引き、構える。
「“
突きで繰り出された純白の光球が、炸裂する。
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